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096 託する思いは

 今回、背後霊が除霊されているのは、真愛とロール子に魔術指導をするためだ。

 この町を離れれば、いよいよ二人の冒険者コンビとしての修練が始まる――

 しばらくは俺達が同行するとはいえ、命懸けの旅であることに変わりはない。

 最低限身に付けなければならない基礎の習得度を、ラファに見てもらっている。


 俺がギルドから戻ると、ルーも加わって冒険者教室が続いていた。


「真愛、手合わせしてみるか?」

「はい! 死んだらラファさんにゾンビにしてもらいます!!」

「殺さないよ!? 覚悟決めすぎだろ」


 メリンダさん宅の庭は模擬戦には狭すぎるため、町の外でやることにした。

 すると、どこからかギャラリーの冒険者が集まってきて、ちょっとしたイベントのような雰囲気になってしまった。


「俺は武器を使わないから、殺す気でこい」

「はい、殺します!!」


 周囲がざわつく――狂犬ズ・グレーは、弟子も狂犬にしてしまったようだ。


 相変わらずランクDとは思えないほどの鋭い攻撃に、周囲の冒険者からも感嘆の声が漏れる。

 俺は喰らってもノーダメージだが、それでは訓練にならないので一応攻撃を捌いてみたりしていると、何やら不服そうな表情を浮かべて、真愛が言う。


「私も殺してください!!」

「どんな要求だよ!? 俺が本気出したらこの一帯が吹き飛ぶぞ?」

「じゃあそれで!」

「できるかっ!!」


 どうやら真愛は、俺がどのぐらい凄いのかを周囲の冒険者に見せたいようだ。

 そんな『知り合いが有名人』みたいなノリには付き合っていられない。

 俺は体捌きだけで全ての攻撃を受け流してから、ちょん、と足を引っ掛けて後ろに倒れそうになった真愛を、そのまま空中でぐるぐると回転させる。


「冒険者の力は見世物じゃないんだぞ? 見世物っていうのはこういうことだ」

「ひょえええええええええええええええっ!?」


 しばらく回してから止めて「ほら、ルーのところまで走れ!」と背中を押すと、ぐるぐるバットの状態でふらふらと進み、こてん。とひっくり引っ繰り返った。

 聞き覚えのある声で「やはり鬼畜……」「女子供相手のほうが興奮するらしい」「強姦魔!!」などと(いわ)れのない中傷が飛んできたが、ラファが【鳴弦(めいげん)】を発すると周囲は沈黙に包まれ、中には気絶した者も居るようだ……。

 狂犬ズ・グレーは、間接的煽り耐性を鍛えなければならない。

 俺が咄嗟にガードしていなければ、ロール子も気絶していただろう。


 ルーは真愛を抱き締めて「虐められたのね? あとで一緒に法廷に行こうね?」などと囁いている。

 だから俺は瞬間加速で逃げた。空へ――

 集まった冒険者が周囲をキョロキョロと見渡していたので、上から声をかける。


「このあとティルス家にて、ルベルム・ノースフィールドのランクA昇格祝賀会を大々的に開催します! 冒険者のみなさんも、こぞって参加してくださーい!!」


 ルーは唖然として見上げていたが、意識の戻った真愛は満面の笑顔で、親指を立てた拳をこちらに向けて突き上げた。

 呆然としていた聴衆から歓声が上がる――なかなかいい宣伝になったようだ。

 唯一の誤算は、ラファの【鳴弦】で気を失った人が居ることか。


「ちょっと!! あたし、聞いてないんだけど!?」

「ルーには言ってないからな」

「えっ!? 他のみんなは知ってたの? ドヴォールクさんやメリンダさんも?」

「当然だろ? パーティー会場なんだし」

「だけど、これはちょっと大袈裟すぎるでしょ……」

「『涼平さんのヴィスティード二周年記念』も兼ねていますので」

「へっ!? 俺、聞いてないんだけど?」


 やられた……どうりで背後霊が「付いていく」と言わなかったわけだ。

 大人数を引き連れてティルス家に戻ると、屋根の上に横断幕まで作られていた。

 そこには――


【ルベルム・ノースフィールドさん、ランクA昇格おめでとう!】

【涼平さん、二年でランクA凄いです!!】


 ――と書かれていた。二行目はただの感想だな。

 一周年は師匠と二人でお祝いしたっけ……と思い出したら、何故だか涙腺が緩みそうになったが、ここはぐっと堪える。


「何、また泣いてるの? メリンダさん呼ぼうか?」

「泣いてないし!! やめて、メリンダさんの包容力は危険だ!」

「ふふふ……犬を甘く見ているから泣かされるのです」

「ルーさん涼平さん、おめでとうございますっ!!」

「わ、わたくしなどがお祝いに参加しても構わないのでしょうか……」

「ありがとう、ロール子も手伝ってくれたんだろ?」

「ろ、ロール子ではありませんわっ! ちゃんと、名前で呼んでください……」

「そうですよ涼平さん!! フリシーってば張り切りすぎて、二階から落ちそうになってたんですから!」

「ちょっと、真愛!! それは言わないようにとお願いしましたのに!」

「あ……ごめんフリシー。でもでも、悪いのは涼平さんですからっ!!」

「俺!? 俺かあ……ごめんな、フリシー?」

「いえ、その……今後も気を付けてくださると嬉しい……です」


 パーティーのメイン会場は、来賓であっという間に埋まってしまった――

 俺が庭に面した窓を開け放って外へ出ると、メイドさんが手早く第二会場を用意して、ドヤ顔を見せる。

 彼女は魔術が使えるので、一人でも一般人十人ぶんの仕事をこなせるのだ。

 破損した家の補修も、ほぼ一人でやってしまったらしい。


 しばらくするとマイルズさんがやってきて、「お祭り騒ぎだな」と驚きながらもルーにお祝いの花束を渡していた。

 『あれが真のモテる男の姿だよな……』と感心する俺の前では、三名の冒険者が土下座して縮こまっている。


「ギルマスに聞きました! 魔剣【ブルレスケ】に選ばれし、次期ランクS候補の一人である【疾走する諧謔(かいぎゃく)】様に対する非礼を、ここにお詫び申し上げます!」

「魔王討伐した方に向かって、とんでもないことを口走ってすみませんでした!!」

「どうか、命だけは……俺達、まだここで終わりたくないんです!」


 ランクS候補って……まだまだ程遠い話だ。マイルスさんは、この三人にどんな話をしたんだろうか?

 ここはパーティー会場であって処刑場ではないのだ。俺は三人の口にプチシュークリームを放り込み、声を張る。


「えー、みなさーん! この中で一人だけマスタード入りシュークリームを食べていない人が居まーす。迫真の演技をしているのは誰でしょうか?」

「モガアアアァッ!!」


 場を大いに盛り上げてもらった。


 そんな大賑わいのパーティーもお開きとなり、後片付けを済ませた俺達が食堂に集まって、メイドさんが淹れてくれたお茶で一息ついた頃には、日付が変わろうかという時間になっていた。

 就寝前に、ルーが選んだお土産を一人ずつに渡していく。

 ゴツい灰皿だけ異彩を放っていたが、ルーから「間男退治にどうぞ」と渡されたその灰皿を手にしたとき、影の薄い借金パパの口角が少しだけ上がったのを、俺は見逃さなかったぞ?


「あの……たぶん私がその灰皿で殴っても、灰皿が砕けるだけで涼平さんは無傷だと思うんですけど?」

「しーっ。真愛ちゃん、こういうのは気持ちの問題だからね? 『殺れるかも?』と思うことが明日への活力になることもあるのよ」


 借金パパは「知ってたさ……」と呟きながら、ガックリと肩を落とした。

 俺はただ、愛煙家にならないことを祈るばかりだ――

 メリンダさんとフリシー、真愛の三人は、エイネジアの特産品である真珠をあしらったアクセサリーを眺めて、嬉しそうにしている。

 そしてルーは気を利かせて、メイドさんにもメリンダさんとお揃いのネックレスを渡していた。

 メリンダさんのものが太陽、メイドさんのは月をモチーフにしたデザインだ。


「それから、真愛――これは真愛のために買ったとかじゃないんだけど、使えそうならプレゼントするよ」

「使えなくても貰いますっ! なんですか?」

「見てから言えって……四本セットの包丁だ」

「ほんとですかっ!? 欲しいです貰いますっ!!」


 そういえば、真愛は家が飲食店だったな……すっかり忘れていた。

 ただ――鹿ノ介さんからの忠告があるのだ。


「それを作ったのはジィスハの刀工でも頂点に居た刀匠なんだが、つい気合が入りすぎて、石の俎板(まないた)まで真っ二つの凄まじい切れ味になってしまったらしい」

「それって料理には使えない感じてすか?」

「不可能ではなくても、料理に無駄な神経を使うだろうな」

「そこまで凄い包丁なんて、生まれて初めてです」

「刃物としては国宝級だ。どう使うかは真愛に任せるよ。いろいろ試してから結論を出すといい。俺達の中で、それを一番有効に使えるのは真愛だからな」

「そんな、私なんかに勿体無いです! ありがとうございます!!」

「もう一つ――。これはルーに言ってもらったほうが説得力があるかな?」

「じゃあ涼平と鹿ノ介さんに代わって言うわね。真愛ちゃん――それは、生き残るために一番有効な使い方をしなさい。どれだけ大事なものでも、命を守るためなら捨てるという判断も必要になるからね?」

「はい! 使うならハラキリ覚悟でってことですね?」

「う、うーん……」


 ルーが頭を抱える……相手は冒険者になってまだ数ヶ月だもんな。

 すると、メリンダさんが助け舟を出してくれた。


「真愛さん。涼平さんから貰ったのですから、とても大事な宝物ですね?」

「はい!! 一生大事にします!」

「盗まれたら? 破壊されたら? 谷底に落としたら? 魔獣に刺さったまま逃げられたら? ――冷静でいられますか?」

「……いられません」

「涼平さんは、その宝物のために真愛さんが死んだら『あんなものを贈るべきではなかった』と、いつまでも悔やむことになります」

「はい……でも、どうすれば……?」

「真愛ちゃん。涼平が受け取ったのは『正しく使ってくれる人に(ゆだ)ねたい』という意思であって、どんなふうに扱うかは重要ではないのよ。分かる?」

「えっ!? そうなの? 俺は不燃物の廃棄処理を任されたのかと……」

「なんでキミが分かってないのよっ!?」


 高ランク冒険者の使用にも耐える武器になり、売ればひと財産になる――

 俺が真愛にこの包丁をあげる理由としては、そこが一番重要なのだ。

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