095 ノーブレーキの茶番劇
ルー以外の女性陣がテーブルに着いて、緊急会議を始めた。
俺とルーは離れたソファーで、ぐったりしている。
「そうやって無制限に親切にしてると、いずれ地獄を見ることになるわよ?」
「だけど、できる範囲のことはしておきたいからなあ」
「相手次第って部分もあるでしょ?」
「それは当然だろ? 逆の立場だったらどうなんだよ?」
「え? そもそも成立しない質問なんだけど?」
「なんでそこまで壁があるんだろうな……小百合さんは」
「ちょっと!?」
「最近、隙あらば誰かとイチャついてませんか涼平さん?」
「ひっ!? 向こうに居たんじゃ?」
妖怪《旅館のラファ子さん》が、家まで憑いてきてしまった――
ソファーに座らせて、妖怪にも俺の考えをちゃんと話しておこう。
「真愛達とはミシュクトルのエデルクアで別れることになる」
「パーティーに招き入れるつもりはないと?」
「みんなで遠足に行くわけじゃないからな……誰かが死ぬ可能性だってある」
「ラファと違って、あたしは理解してるつもりだけど?」
「そうでしょうか?」
「どういう意味かしら?」
「無理をしているという意味ですが?」
「なんでそうなるのよっ!?」
「そこは俺にはなんとも言えないけどさ、とにかく色恋沙汰で揉めるぐらいなら、俺は一人でやっていく。少なくともやるべきことを終わらせるまでは、誰かと欲に溺れる日々を過ごすつもりはないからな?」
「つまり私が足を引っ張っていると?」
「ラファ、あなたねえ……」
「違うとも言えるし、そうだとも言える。俺はラファにも助けてもらいたいけど、ラファが俺と居る時間だけを望むなら、目的が噛み合わないだろう?」
「あのね……涼平も思考が硬直しちゃってるのよ。『さあ、次、次――』って突っ走ってたら、周りは疲れるでしょ?」
「だったら俺はどうすればいいんだよ?」
「二人でゆっくりデートしてきなさい」
「では、次はルベルムさんで」
「だからあたしはいいってば!」
「いいえ、それは私が許しません」
ラファがルーに何を感じているのかはよく分からない。だが、一方で俺はルーと居るときのほうが気楽なのも事実なのだ。おそらくそれはラファが感じている何かと無関係ではないのだろう……きっと子供なのは俺も同じなのだ。
「分かったよ……なんかそういうゲームみたいであれだけど、ラファともルーともゆっくりデートしよう」
「あたしはいいから……」
「なら、私もやめます」
「では、私とデートしましょう!」
「メリンダさんは人妻でしょ!?」
向こうのテーブルの話し合いも終わったようだ。
帰ってすぐに深刻な話をしている俺達を、人妻が茶化しに来てくれたのだろう。
「禁欲的であることが悪いわけではありませんが、それも世界の多様性の一部にすぎません。『戦うか、死ぬか』だけでは、早晩、人は壊れてしまいます」
「俺はブラック企業の社畜みたいになってるってことか……」
「それはよく分かりませんが、貴方が越えるべき困難は、人並みの思考で辿り着けるような場所にはありません。『楽しむか、死ぬか』という考え方も、あって然るべきでしょう。もっと肩の力を抜いて、他人の意見にも耳を傾けるべきなのです」
「いえ……私が涼平さんを苛々させているのです」
「ラファさん――女性とは生来嫉妬深く飽きっぽい生物なのです。それは生存本能であり、子孫を残すための本能です。けれど、貴方は本能に負けるような人間ではありませんよね?」
「ですが……子作りしたくなるのです。本能に勝てる気がしません」
「はいはい、真愛ちゃんとフリシーは部屋に戻りましょうねー?」
「いえ、いい機会なので聞いておくべきです」
「メリンダさん!?」
「貴方もです、ルー。気を張り詰めすぎて自分に幻滅すれば、結果自暴自棄になるだけです。その前に己の本心と向き合うべきです」
「巻き込まれたっ!? あたしはいいですから、ラファを宥めてやってください」
「いえ、ルベルムさんも同類です……まだ顕在化していないだけですので」
「ちょっと待って!?」
「ではこうしましょう。状況を整理するために、涼平さんには女性一人ずつと二人きりでデートしてもらいます。そして私達がこの茶番劇を、より面白いものに変えるのです!」
「あの……キャラ変わってませんか、メリンダさん?」
「涼平様、お母様はこんなですわよ? 元から」
「『こんな』とはなんですかフリシー! そのとおりです!!」
俺とルーは、揃って額に手を当てた――まあ、こういうところなんだろうな。
メリンダさんの言わんとするところは分かるんだけど……人生の先達が率先して状況を闇鍋にぶち込むのは困ったものだ。
ぐったりした俺は、抵抗は無駄と判断して呟いた。
「了解です……楽しくデートしましょう」
「えっ!?」
唯一ルーだけが抵抗の意思を見せたが、圧倒的多勢の前では無力であった――
§
肉体と精神、両方の疲れから泥のように眠ってしまった俺が目覚めたのは、翌日の昼前だった。
さすがのラファも、あのあと夜這いを仕掛ける気にはならなかったようだ。
元々、この先の予定は『エデルクアに戻って中央大陸へ移動』という、ざっくりしたものだったので、時間に追われるわけではないけど、本当にこんなにのんびりしていいのだろうか……と思わなくもない。
明日世界が終わるとしたら――みたいなありふれた歌と違って、一秒後に終わるかもしれない世界なのだ……正常化させたいと思うのは当然ではないだろうか?
そんなことを考えながらのそのそと起き出し、顔を洗いに部屋を出ると、真愛が何か言いたげに纏わり付いてきた。
「どうした? 戦闘訓練でもしたいのか?」
「違いますっ! あの……いろんな町に行ったんですよね……?」
「ああ。日本みたいな島国にも行ってきたぞ」
「それで、その……みんな武器とか新しくなってますよね?」
「うん? 真愛も新しい武器が――」
そこまで言いかけて、昨日のバタバタでお土産を渡すのを忘れていたこと、ルーの昇格祝いのこと、更には俺がこの世界に来て二年目になることまで、一気に思い出した。そういえば晩秋だったよなあ……。
「ああ――なんかいろいろごめんな、真愛?」
「いえその……お土産とか武器とかじゃなくて、お話が聞きたいなあ……って」
うん、正直でよろしい。
俺は寝起きでなので、真愛に「またあとでな? 楽しみに待ってていいから」と告げてドアを閉める。そして遠ざかる足音は、軽やかなスキップだ。
うん、正直でよろしい。
ルーも忘れているのではなく、おそらく俺が寝ているから気を使ってまだ渡していないのだろう。
ラファと合流後、部屋を尋ねてみると――
「あっ!? ごめん!!」
忘れてた。
疲れとは恐ろしいものだ。
ブラック企業とはこれほどまでに人間の思考能力を奪うものなのか……と、就活すら未経験なのに恐怖を感じつつ、俺は俺で鹿ノ介さんから貰った包丁のことを思い出していた。
「それじゃ適当なタイミングで真愛に渡しておいてもらえるかな?」
「こうなると渡すタイミングが……難しいわね」
「そうだよな。普通は流れで渡すもんな」
「あらためて渡すならあらたまって渡せばいいのです。進呈式です」
「ラファは進呈式に思い入れでもあるのか?」
「いえ、仰々しい響きが好きなだけです。あと『式』と付くものが――」
「それなら夕食のときにでも渡そうか? 何を買ったんだ?」
「大したものじゃないわよ? 女性三人にアクセサリーと、ドヴォールクさんにはキミを殴れるように、頑丈そうな灰皿を」
「おい!? というか借金パパは煙草とか葉巻吸わないだろ?」
「だから武器よ?」
「俺は理不尽な暴力と傷害教唆犯とは、断固戦うからなっ!」
「状況次第では加勢します」
「何その引っ掛かる表現!?」
「とにかく夕食のときに渡すのね? あたしは今から出掛けるけど、勝手に渡さないでよ?」
そう言って、ルーは『明星のともがらと小さな庭』へ向かった。
我ながら長くて言いづらいなこれ……院長、ごめんなさい。
今夜は進呈式だけではない。ルーの昇格パーティーがメインだ。
メリンダさんに『ルーには内緒で準備しておきたい』とお願いすると、ノリノリでメイドさんと打ち合わせを始め、ルーが不在のあいだにみんなで手分けして準備作業を進めた。
慌ただしく準備を終わらせると、俺は一人で冒険者ギルドへ向かう。
ロディトナ消滅でバタバタしていたギルドも、今は平素の姿に戻っていた。
「やあ、【疾走する諧謔】。魔王を討伐したらしいね? 大したものだな」
「お久しぶりです、マイルスさん。こちらにも情報が届いているんですね」
「ルトクーア全体の危機だ。当然のことだよ」
ということは、ミシュクトルのギルドにも伝わっているのかもしれない――
ただ、俺の実力で斃したわけではないので、正確な内容を伝えるために応接室へ移動して、事の経緯を話した。
「――なるほど。だが、胸を張っていればいいんだよ。もし揶揄するような人間が現れても、どちらが上かは君自身が一番よく分かるはずだ。単独で《ドラゴン》も斃したんだ。戦闘力は既にランクSに肉薄しているだろう」
「まあ、《ドラゴン》の討伐証明は取れなかったんですけど……それが余計にややこしいというか、ちゃんと探せばよかったんですけど、他の問題もあったので」
「ジィスハか……偶然とはいえ、確かに繊細な問題に関わってしまったようだね。我々ギルド側も、国家間で折り合いが付いている問題には口を挟まないからね」
「俺も納得いかない部分はあるんですが、当面は静観しておこうと思っています」
「それが賢明だ。今後も同じことが言えるぞ? 君達はまだ若い――勢いに任せて首を突っ込めば、事を荒立てる可能性もある」
「はい。政治は難しいです……俺はまずランクSを目指します」
「そもそも【ブルレスケ】に選ばれるのがどれほど凄いことなのか、君が一番理解していないのかもしれないな」
「に、逃げられないように頑張ります……」
その後、ルーの昇格祝いに招待すると、「時間が取れたら伺うよ」という『前向きに検討』系の言葉が返ってきた。
相手は多忙なギルマスなのだ――無理強いはできない。
「差し当たっての目的は果たしたんだ。君も少しゆっくりするといい」
「会う人会う人みんなからそう言われます……」
「他人を信頼すればいい。今もどこかで誰かが戦っているんだ」
「はい。旅に出たのに視野が狭くなるバカは俺ぐらいでしょうね」
「それもまた修行だ」
そう言ってにかっと笑うマイルスさんに感謝を告げて、ギルドをあとにした。




