094 愛すべき喧騒
「また来いよ!」
ギルドを出ようとしたとき、遠巻きに見ていた冒険者から声が飛ぶ。
大きな荷物を背負った俺達が、もう町を離れると察したのだろう。
「居心地悪そうにすんなって! ジィスハ人は感謝を忘れないぞ」
「いつだって歓迎するからね!」
「自分達だけで戦おうとするなよ? 俺達だって負けるつもりはないからな!」
「まあ、負けてるんだけど」
「追い抜いてやるさ!」
そう言って、俺達とは直接関わりのない面々が笑う――
エイネジアは他の国へ移動しない冒険者が多いと聞いた。
地上よりも海のほうが危険度は高い。ランクを上げるのも大変なはずだ。
「また来ます! その時は模擬戦でもやりましょう!!」
「え、それはちょっと……」
「ガチで殺し合うのはちょっと……」
『狂犬』の噂が広まって、俺やルーも同類項に括られてしまったようだ。
当の狂犬は既にこの場に居ない……アイスを買いに行きやがったな。
項垂れる俺とルーの横で、ラス爺さんが「まったく、軟弱な奴ばかりだな!」と笑っている。
爺さんがそんなだから、俺達纏めて『狂犬ズ』扱いされてるんですけど……。
釈然としないまま冒険者に別れを告げてギルドを出ると、やはりアイスを食べている狂犬ズ・グレーの隣に、何故かウィッチヘーゼルの聖堂の管理人さんが居た。
「管理人さん、昼寝は終わったんですか?」
「あらあら。わたくし、寝ておりませんよ? 交代が来ましたので、ご挨拶にと、こちらへ伺いました」
『ウソツキ!!』
寝てたんだな……。
「おうリリア、久しぶりだな!」
「ラシッド様も、お元気そうで何よりです」
「管理人さんも元冒険者だったんですよね?」
「ええ。『元』といいますか、例外といいますか……この町でゆるりと過ごさせていただいておりました」
「リリアは【ブルレスケ】の守護者だからな。強いぞ。雰囲気に騙されんなよ?」
「えーっと……最強の魔剣の守護者って……?」
混乱する俺を余所に、初対面のルーが管理人さんに自己紹介をしている。
ラス爺さんの話によると、【夢遊の雛芥子】リリア・ルキナティアさんは現役のランクSで、代替わりするか【ブルレスケ】が町を離れるまでは、ウッチヘーゼルの聖堂で警護のみを担当する、特殊な冒険者らしい。
町の住人達も、ただの管理人と思っているのではないだろうか……。
実際、徽章も着けておらず、まったく強者オーラが無いゆるふわさんなのだ。
「ということは――魔王が町を狙っても防げるってことですよね?」
「最終防衛ラインってことだな。リリアが勝てない魔王を斃せるランクSなんざ、ほとんど居ねえよ」
「討伐証明……返上したほうがよくないですか? 俺」
「もっと強くなりゃいいんだよ、馬鹿野郎!!」
「なるほど。それもそうですね」
ランクSの新たな一面を知った気がする……ゆるふわさん、凄い。
『バーカ』
そんなジゼルさんも話がしたいだろうと、管理人さんに擂粉木を手渡して、風評被害の元凶の片割れに問いかける。
「ラファは何一人でアイス食ってるんだよ」
「どうぞ」
「いや、俺も食べたいって意味じゃなくて……」
クッキーの入ったアイスを一口もらっているあいだに、管理人さんはジゼルさんとの話を終えたようで、擂粉木を返してくれた。
やはりゆるふわ美女で、とても冒険者には見えない。
「早いですね。もう話はいいんですか?」
「ええ、ありがとうございます。長い付き合いですから。滝原様こそ、お気を付けてゆかれますように。今後のご健勝とご活躍を祈念いたしております」
「はい。ありがとうございます」
「俺も次の用事があるから行くが、やるべきことは分かってるだろ? 焦らずにランクSまで上がってこい! 俺が引退できるようにな」
「それは今すぐでも構いませんよ?」
「この小娘が!! またぶちのめしてやるからな!」
「次は引導を渡します」
仲がいいんだか悪いんだか……この二人は。
だが元気に去っていくラス爺さんは笑っていたので、そういうことなんだろう。
その後管理人さんにも別れを告げ、俺達はエイネジアの町を離れた――
「飛行訓練はどうする? 短距離で慣らすなら、ここから始めてもいいけど?」
「あたしはその前に【加密列】を慣らしておきたいかな」
「私も実戦で試しておきたいことがあります。ですので――」
ラファが両手を伸ばして抱っこを要求してきた。散歩に疲れた犬か?
そういえば、何か約束したような……。
「次の町までな?」
「喜んで!!」
「次は狂犬ズ・ピンクな?」
「いらないわよっ! っていうか、誰よそれ!?」
髪の色にしたはいいが、俺は肌色だ……ここはリーダー特権でレッドだな。
グレーをお姫様抱っこしたままで次の町リノカラトに着いたが、防壁から町へ入ってしまうとまた長くなるので迂回して進むと、まだ町へ戻る馬車が向かってくるのが見えた。
ルトクーア側で一番被害が大きかったのは、この町かもしれないな……。
その後は魔獣に出遭えば斃しつつ、次の町ヤーラフトゥルもスルー。
ハシャートクに到着した頃には、すっかり日が暮れていた――
やはり飛行移動と比べると、かなりの道程だ。
「お疲れ様。なんか家に帰ってきた心境だ」
「ほんとね。たった一週間なんだけど、長く感じるわ」
「その一週間で、狂犬ズ・レッドさんに大きく差を付けられてしまいました」
「彼はもう、ヒトであることを捨ててしまったのよ……」
「まあ、そもそもが改造人間みたいなものだし」
「しれっと語る内容じゃないわよ、それ」
「ずるいです……グレーだけ生身なので、改造してほしいです」
「グレーも既に人間の域を超えてるからね? あたしだけ普通だし、狂犬ズからは脱退を表明するわね」
「ピンクは何を言っているのですか? そのような普通乳は存在しません」
「なんの話よっ!?」
壁門には顔馴染みになったおじさんがいて、「よう、久しぶりだな!」と覚えていてくれた。
俺達が通過した後、何故か後方で煙玉を打ち上げていたが、それがなんの合図か俺には分からない……町の中は特に変わりはなく、外から魔族の気配もしない。
当前のようにティルス家に泊めてもらうのも図々しいので、先に宿を探してから訪ねようと考えた俺達の前方から、小さな物体が全力疾走で接近してくる――
真愛だ。
「おかえりなさあああい!! 遅かったじゃないですかあ!!」
「ただいま。ああ――さっきの合図か」
「そうです! なかなか帰ってこないからお願いしたんですよう!!」
「あまり他所様に迷惑かけちゃダメだぞ?」
「お願いしたのはメリンダさんなので!」
「何してんのメリンダさん!?」
すると、遠くからよたよたと走ってくる少女と、その後ろをジャージ姿で追いかける凛々しい女性の姿が見えた。
「あの母娘は、何してるんだ?」
「丁度夜のラントレをしてたんです。そしたら煙玉が見えたので」
「そうか。邪魔しちゃ悪いし、家に戻ってゆっくり風呂に入ってくれ。少し経ってから行くよ」
「汗ですか!? 臭いますか?」
「ん? いや、全然気にならないぞ?」
「だったらどうして逃げるように立ち去ろうとするんですか!!」
「真愛ちゃん。あたし達は宿を探してるところなのよ」
「え? なんでですか?」
「いや、あまり図々しいのはよくないからな」
「だったら私はまるっと否定されてるじゃないですかあ!?」
「いえ、真愛さんは正しい。誤謬があるのは涼平さん、あなたのほうです!」
ジャージ姿でビシッ! と俺を指し示すメリンダさん。
両手を使った大仰な仕草は、妙に芝居掛かっている。
……こんなキャラだったっけ?
それから遅れてロール子がよたよたと追い付いてきた。汗だくで死にそうな顔をしている。まあ、一週間で劇的に体力は付かないだろうな。
「あの、みなさんお疲れ様。ただいま戻りました」
「ならば帰る場所はどこなのですか?」
「え? でも悪いかなあって……」
「どこなのですか?」
そう言って、また芝居掛かった仕草で自宅のほうを指し示すメリンダさん。
俺は他の面子を見渡してから、「またお邪魔させていただきます」と言うしかなかった。いや……マジでこんなキャラだっけ?
一方でロール子はスライムになりそうなぐらい、へにゃへにゃになっている。
真愛は「えへへー」と笑ってご機嫌だ。元気だな、こっちは。
ほぼ一週間ぶりのティルス家に入ると、屋内が綺麗に修繕されていた。
たった一週間、されど一週間だ――世界は止まったままではない。
まず俺達より汗だくの三人が一緒に風呂に入り、その後俺達が順番に入浴しているあいだに夕食を用意してくれた。
今夜は簡単なもので済ませようと思っていたので、ありがたい。
「事前に知っていれば、もっとちゃんとした料理を用意しておきましたのに」
「そもそも宿を借りる予定でしたから。エイネジアを出たのも昼過ぎですよ?」
「え!? 大陸東端の町から半日で帰ってきたんですか?」
「いや、最高速度で飛んだら一時間かからないぞ?」
「ほわあ!? 死なないんですか?」
「落ち着け真愛。俺は日帰りでロディトナから戻っただろ?」
「そ、そうでした……うーん、でもでも……」
「どこか行きたかったら連れて行ってやるぞ? 飛んで」
「え!? じゃあモウモウテイマ・ランド!!」
「MMLJか……この世界にあったらいくらでも連れて行ってやるんだけど」
「あ、つい……えっと、どこでも……空から世界を見てみたいです!」
モウモウテイマ・ランド・ジャパンは、日本にある巨大テーマパークだ。
俺が軽く口にした言葉から、お互いに胸を締め付けられるような思いをする結果になるとは……迂闊だった。
「それじゃ南の国にでも行ってみるか!」
「あの……二人の世界に入っているところ申し訳ありませんが、その場合――私はまた留守番ということでしょうか? また、留守番なのでしょうか?」
「いやいやラファ、飛んで見て帰ってくるだけだぞ? 泊りじゃないから」
「飛行船でもあればいいのですが……この世界では難しいでしょうねえ」
「そうですね、メリンダさん。高速飛行だと、浮遊岩とか滅茶苦茶恐いですよ」
「ルーさんも飛んだんですか!?」
「あ……え、ええ。ちょっと大事な用件があったのよ?」
「『あ』ってなんですか『あ』って!? ずるいです!!」
「私など、何度も何度も抱かれましたが?」
「ラファ、言い方!! 『飛んだ』が落ちてる、抜け落ちてる」
「わ、わたくしも空から世界を眺めてみたいですわ!」
「でしたら私も」
なんでメリンダさんまで……もう、どうにでもしてくれ……。




