093 命名
翌日――
朝から短槍を求めて武器屋に向かったものの、やはりラファのような特殊な用途に適したものが見付からない。
そこで武器屋のおじさんに、ラファの特殊な使用法を伝えて適合しそうなものを尋ねてみると、『打根』という武器を教えてくれた。
全長一マトに満たない長さで、穂は通常の槍より短い。本来は矢、手裏剣、短刀として使える上に、棒に括り付ければ槍にもなるという便利武器なのだが、補助的な武器であってメインで使う者は居ないらしい。
「羽根が少々邪魔ですが、面白い武器ですね」
「そいつは対魔族を想定して金属の一体型で作られている。少々重いが、近接武器としての用途も果たせるんだよ。魔石も組み込めるようになっている」
「魔鉱石の含有量も多く、重量バランスも悪くないですね。これもジィスハ由来の武器なのですか?」
「分かるのか? ここだけの話、それはエイネジアではなくジィスハ製なんだよ」
「言っちゃっていいんですか……それ?」
「そこのお姉さんの持ってる大太刀だってジィスハの物だろ? よければちょっと見せてもらえないか?」
「ええ、構わないですよ」
ルーはそう言っておじさんに【加密列】を渡すと、おじさんは恭しく受け取って、「これは!?」と驚嘆しながら拵えを観察し始めた。
さすが武器屋の親父だけあって、超重量の大太刀をひょいひょい持ち上げているが、扱いは慎重でそこらにぶつけたりはしない。
「な、茎を拝見したいのですが、よろしいでしょうか?」
「なんで唐突に敬語になるんですか……いいですよ?」
おじさんが慎重に目釘を抜いて柄を外しているあいだ、ラファは暇なのか打根の羽根を毟り始めた。まだ購入してないんだけど……気に入ったのかな?
そして【加密列】の茎を見たおじさんは突然ぼろぼろと涙を流し、声を震わせて言った。
「まさか……ここでコジロさんの刀を見られるとは……」
「ご存知なんですか?」
「俺はラギナトゥナの出身でな……カノスケ先生やコジロさんには世話になったんだよ……って言っても知らないだろうけどよ」
「いえ、昨日会ってきましたけど。ここだけの話ですが」
「なんだって!? それは本当か? いや、この刀……そういうことか」
「コジロさんの家ではアヤメさんにもお世話になりました。食事とか。鹿ノ介さんはシィオルナカナ村に引っ越してましたけど、ご健勝でしたよ。刀工は引退して、鍛冶職を続けているみたいです」
そう言った俺を見て、おじさんはまたぼろぼろと涙する。
察するに、もう向こうには帰っていないんだろうな……。
俺だって日本の家族の近況を聞いたら泣くかもしれない。
「そうか、みんな元気で……そうか……ありがとう」
「感謝されるようなことはしてませんよ。遊びに行っただけですから」
「気軽に行けるのか。やはり冒険者は凄いな」
「あたし達が戦えるのは、刀工のみなさんや武器屋があってこそです」
「ありがとう……こっちに出てきた甲斐があるってもんだ」
「それで、その……あっちで羽根を毟ってるのが居るんですけど……」
「ああ、構わんよ。どうせ誰も買わないから、持っていってくれ」
「そんな! ちゃんと代金を払いますよ、彼が」
「俺な……それな……いいんだけど」
「いや、こいつを見せてもらったんだ。こっちが金を払いたいぐらいだ」
「でしたら」
「ちょっとラファ! 手を出さないの!!」
うちの犬がご迷惑を……。
涙を拭ったおじさんは、宝刀を扱うように丁寧に目釘を打ち直してルーに返却すると、お互いにラギナトゥナ村の今昔話を交わしながら、打根の筈部分を、腰から金具で吊り下げられるように加工してもらった。
「代金は支払うので、ルーが活躍したら【加密列】の銘を広めてください」
「そんなことしなくても、その刀を託されたんだ――あんたらならすぐにジィスハまで届く活躍をするだろうさ」
「そうですね。頑張ります」
「あと、投擲用途ならこいつをサービスで付けよう。貫通力に劣るが魔石を仕込めるから、術士タイプなら面白い使い方ができるだろう」
おじさんはそう言って売り場から苦無を二本持ってきた。
打根といい、魔石を組み込める投擲武器は短槍だけじゃなかったんだな。
ラファは「なるほど、これはこれで……」とか言いながら、自分の周囲で回転させている。気に入ったようだ。
うちの犬に玩具を与えてくれてありがとう。
「俺の店に、こんな大物が来てくれるとは思ってもみなかったよ」
「まだランクAですから。大袈裟ですよ」
「いや、【ブルレスケ】の使い手【疾走する諧謔】に、コジロさんの刀の使い手である、【旋斬繊月】だぞ? 武器屋にとっては売るものが無いレベルだからな……そこのお嬢さんには悪いが」
「私は影の者ですので、お気になさらず」
「忍を志しているのかい?」
「ええ。いろんなものを忍んでいますから……それはもう、いろんなものを」
ラファが変なことを言い出さないうちに、ルーと二人で引き摺って店を出た。
とりあえず、これで喫緊の要件は終えたかな。
あとは、ウィッチヘーゼルの聖堂の管理人さんに挨拶しておくべきだろうか?
『シエスタ』
「昼寝? もうそんな時間か……のんびりしてほしいし、今回はやめておこう」
今はもう、そこに護るべき魔剣は居ないのだから――
エイネジアは嫌いではないし、むしろ好きなほうなのだが、一つ問題がある。
俺達は、この町で有名人になってしまったのだ。
町を歩いていて絡まれることこそないものの、時折冒険者から向けられる胡乱な眼差しのせいで、どうにも居心地が悪い。
更には、『【ブルレスケ】に選ばれたらしい』『【黒橡の魔王】と戦ったらしい』『【峻厳迅壊】と喧嘩しているところを見た』『金の力で美少女を侍らせている』といった囁きも聞こえてきた……。
最後のは微妙に肯定したくないが、しょうがない。俺はパパなのだ。
まあ、温泉にも入れたし、真愛達も待たせている――そろそろ帰ろう。
「昼食後に町を出ようと思う。二人は行っておきたい場所とかあるかな?」
「結婚式場へ」
「特に無いわね。真愛ちゃんとフリシーにお土産を買っておくぐらいかしら」
「俺も何か買おうかな?」
「三人で、ってことでいいでしょ? 一人ずつ渡しても気を使わせると思うし」
「そうだな。気を使わせると昇格祝いもやりにくくなるもんな」
「酷いです……二日も放置して老人に乱暴させた挙げ句、スルーなんて……」
「言い方! じゃあラファは次の町までお姫様抱っこで移動ってのはどうだ?」
「ルベルムさんと交代でも構いませんよ?」
「あたしはいいわよっ!」
「じゃあルーがラファをお姫様抱っこして、その次は俺を頼む」
「「却下」」
昼食を済ませた俺達は、ルーがお土産を買って戻ったらエイネジアを離れる。
まだ一週間ほどしか経っていないのに、ハシャートクでの出来事が遠い記憶のように感じる――俺はまだ空も飛べていなかったのだ。
挨拶のためにギルドに立ち寄ると、ラス爺さんがもう戻っていた。
ほんとに元気だなあ。
「おう! もう町を出るのか?」
「はい。いろいろお世話になりました」
「そういうのはいらないんだよ馬鹿野郎! 【旋斬繊月】の嬢ちゃんの刀も、手に入ったみたいだな?」
「結局、海を越えることになりましたけどね」
「そうか。【弄炎の茨姫】も、武器は新調したんだな?」
「はい。また殺し合えますよ?」
「おい涼平! 嫁さんの頭のネジ、ちゃんと締めといてやれよ? 長いこと冒険者やってるが、模擬戦でわざと自分の腕を斬らせた馬鹿野郎はこいつぐらいだ」
また周囲がざわつくことを……というか嫁じゃないし。
今後ラス爺さんの中でラファは、『希代の変人冒険者』として記憶され続けることだろう。まあ概ねその通りなので、訂正する必要はない。
そのラファはラファで、爺さんの膝にパンチを入れるフリをして頭を押さえられている。それを見た周囲の冒険者は、少女が本気なのかただ戯れているだけなのか分からず、困惑の表情を浮かべる――二人は楽しそうだけどな。
そこへルーが買い物から戻ってきた。
「なんでちょっとした騒ぎになってるのよ……こんにちは、【峻厳迅壊】」
「おう! そいつが新しい刀か。――使えそうか?」
「はい。この【加密列】があれば、これからも戦えます」
「だが、まだ魔王とはやり合うなよ? お前らは途中を端折りすぎなんだよ」
「そこは自覚してますから、ご心配なく」
「それでお前ら、パーティーネームは決めたのか?」
「あ。忘れてた……」
「だったらジゼルに決めてもらえよ?」
「それじゃ訊いてみてください」
老人に擂粉木を手渡した。
俺達と違ってラス爺さんは普通に会話できるのだ……羨ましい。
ギルド内で邪魔にならない場所に移動してしばらく待っていると、ラス爺さんが「そりゃお似合いだ」とか言って、子供みたいに笑っている。
ジゼルさんも俺相手とは違ってツンケンしてないんだな……羨ましい。
そして爺さんは、俺に擂粉木を返しながら言う。
「【ファーシカル・フォリア】だとさ。意味はいずれ本人から訊くといい」
「『裸踊り』とかじゃないですよね?」
「それだったらあたしは即パーティーから外れるわよ!!」
「淫靡な意味でしょうか?」
「違うよ馬鹿野郎!!」
『オニアイ』
ジゼルさんもパーティーの仲間だ。意味は分からないが、折角自らアイデアを出してくれたのだから、その名前で登録しておこう。
ルーは意味が分かってるっぽいけど、複雑そうな表情を浮かべて「本人から訊くべき」と言うだけで、教えてくれなかった。
「簡単に死んでくれるなよ? 【ファーシカル・フォリア】」
「ラス爺さんこそ、お迎えが近いからって無茶しないように」
「世界を面白いと感じたんだ。簡単に死ねるかよ馬鹿野郎!」
そう笑いながら突き出された年季の入った拳に、俺もコツン、と合わせた。
ラファとルーも同様に拳を当てる。
年老いても娯楽があるのはいいことだ。
世界はまだまだ面白くなる――きっと獰神だって楽しみにしているだろう。




