092 暗号は小百合
温泉から出ると旅館の夕食時間は過ぎていたので、外で食べることになった。
土手鍋料理の店に入り、お互いの二日間と今後の予定について話し合う。
ラファは既にお土産のチョーカーを着けてご機嫌だ。
ラス爺さんは北方の町へと魔人討伐に向かったらしい。元気な爺さんだなあ。
「ラファの近接戦強化の方向性は、どんな感じ? 必要な武器とか」
「武器はオリジナルのものを作ってもらおうと考えています。中央大陸に腕のいい職人が居るようです」
「なるほど……じゃあ当面はこれまでの短槍でいくのか?」
「二本とも破壊されました。今ぶら下げているのはモックです」
「もう戦闘では使えないってことか……どんな訓練したんだよ?」
「左腕も切断されました。その場で治しましたが」
「あなた、【峻厳迅壊】と殺し合いでもしたの!?」
ラファが言うには、『お互い面白くなって本気でやり合ってしまった』らしい。
どっちも戦闘狂かよ。
腕は斬られたのではなく、相手の隙を作るために斬らせたのだ。
「あのなあ……俺はそんな戦い方は許さないぞ? 絶体絶命の窮地ならまだしも、模擬戦でやることじゃないだろ」
「それはプロポーズですか?」
「違うよっ!? とにかく二度とやっちゃダメだからな?」
「はい……でも嬉しいです。心配してくれるのですね」
「当たり前でしょ? あなたは涼平が気にしないと思ってたの?」
「右手が左手になっているぐらいでなければ、気にしないのでは? ……と」
「言っとくけど、ラファのブラのサイズが上がっただけでも分かるからな?」
「やはりHENTAIっ!?」
「定期的に確認してください。実測で」
「しないよっ!?」
本当に分かるわけがない――そうでも言っておかないと無茶をするからな。
次はラファの武器探しも必要になったわけだ。
そういえば、鹿ノ介爺さんから貰った包丁があるな……まだ見てないけど。
「ジィスハで凄い刀匠から包丁をもらったんだけど、使ってみる?」
「いえ、切断系の武器はそれなりに膂力が必須ですので、無理です。真愛さんのほうが向いているのではないかと」
「てっきり欲しがるかと思ったのに、そういうものでもないのね」
「私は涼平さんがいれば何も必要ありません」
「もう結婚しなさいよ」
「ルベルムさんはいいのですか?」
「なんであたしの許可が必要なのよ?」
「いいのですね?」
「あの……俺の意思が度外視されてるんですけど」
ラファは執拗なまでにルーの本心を訊き出そうとするが、ルーはそういうのじゃないと思うんだけどな……どちらかといえば、俺がラファやルーに抱いている感情に近いのかもしれない。
『すべてを投げ出してイチャイチャしていたい』とか、そういう前のめりな感じにはならないんだよなあ。円グラフにしたときの占有率が違うというか。
「ラファの願望に俺の意思が介在する余地がないなら、それはいつか俺達の身を危険に曝すことになるぞ?」
「そうね。ラファが感情の赴くまま突っ走って窮地に陥れば、涼平も危険になる。天人は強力な攻撃装置であると同時に、自爆装置でもあるからね」
「ふ……」
「麩?」
「二人は結婚するのですか?」
「どんな飛躍よっ!?」
誰もが何か欠けていて足りていない――
俺の場合は、おそらく躊躇する心。ルーが言うように、無茶をする人物が仲間内にいれば、危険は当人だけの問題ではなくなる。そこを忘れてはいけない。
ルーは低い自己評価のせいで、潜在能力を出しきれていないように思う。
そしてラファは、やはり感情の抑制が危ういところだろうか?
「ジゼルさんは……どうなんだろな」
『カンペキ』
「そういうところか」
「ほら、ラファが変なこと言うから、涼平が擂粉木と二人の世界に入っちゃってるわよ?」
「む。最強の魔剣が本妻ですか……勝てる武器はあるのでしょうか?」
「あたしに訊かれても知らないわよっ!?」
『イトマゴイ』
「待てラファ。ジゼルさんに離縁を求められたじゃないか」
「それは朗報です」
「話が前に進まないわね……」
確かに。俺達はコントの台本を書きに牡蠣を食べに来たわけではないのだ。
――うん、この駄洒落はダメだな。
「とにかくラファの武器選定と、俺は独身を貫くことが優先だ」
「分かりました。ジゼル・トゥオネラさんも横一線ということで」
『チガウ!!』
「もういいわよそれで……。で、武器についてのアドバイスはもらったの?」
「【峻厳迅壊】が『受けるのは無理。弾き飛ばされる』と、ごく平凡な見解しか提示してくれなかったので、ついカッとなって……」
「どんな理由で殺し合ってるんだよ!?」
そういえば……俺もジィスハで似たようなタイプに絡まれたなあ。
あの忍者は、ラファと気が合う希少生物なのだ。殺さなくてよかった。
俺が胸を撫で下ろしていると、すーっと半眼になった旅館の妖怪が呟く。
「『部屋の内側の鍵が勝手に開く』そんな怪奇現象が起こるのは、涼平さんの部屋かもしれません……それは今宵、丑三つ時――――」
「俺はゆっくり眠りたいんだけど?」
「なんの話をしてるのよ!? それで……殺し合いで解決案は得られたの?」
「ええ、有意義な殺し合いでした。予測を越えてもらわなければ、打開策など見いだせませんから」
「高速戦闘の先ってことか……確かに読み合いと限界速度の先に『防ぐ』という動作があるからなあ。ラファの場合、止められるものなら相手が動く前に止められるだろうし」
「はい。そもそも攻撃をさせないのが一番ですから。ただ――【峻厳迅壊】も言っていましたが、『神速』と対峙するならジゼルさんのように肉体を捨てない限り、『物理的限界は存在する』という、当たり前の結論になってしまいます」
「つまり、人の姿のまま『神とそれ以外』の壁を越えるには、当たり前でない方法を模索するしかないわけだな」
「すべてのランクSにとっての課題よね……あるのかしら? そんな方法」
「可能性としては魔石の存在ですね。現状はジゼルさんとの会話は困難ですから、直接神託の塔に赴くしかありません」
ランクSの通訳を挟めば会話は可能だが、それではダメだ。
本当なら俺達がランクSに昇格してからやるべきことなのだ。
またここでも、何を優先すべきかに齟齬が生じる問題が発生してしまった――
「それでも、当面使う武器は必要だろ?」
「私に魔王を超える魔術操作ができれば、そこらの棒っ切れでも斃せます」
「コジロさんが泣くよそれ!!」
「ラファのほうが魔王に見えてきたわよ……」
「今はまだ無理ですので、適当なものを購入しておきます」
「ああ、それなら明日、武器屋に行こう。お金は俺が払うから」
「いえ、自分で出しますよ? 私は集るだけ集って剰えその刀で『斬る』だの、どの口が言うのやら――みたいな、どこかの誰かさんとは違いますから」
「うっ……ちゃんと払うわよっ!! ……分割払いでいいかしら?」
小百合さんが名前どおり小さくなっていく――
だが俺は、大きな小百合さんで居てほしいのだ。身体の一部分の話ではなく。
「全部俺が出すし、それは俺の役割だと思ってるから。言わば二人のパトロンみたいなものだと思ってくれ」
「では私は情婦で」
「そういう意味じゃないよっ!?」
「あたしは払うから……悪いし」
「そこなんだよ。武器の支払のために金策してるぐらいだったら、魔王でも斃せばいいんだから……やるべきことの順番の問題なんだよ」
「じゃあ、魔王を斃したら返す」
「それでもいいけど、ルーは孤児達のためにもお金が必要だろ?」
「キミだってお金は必要でしょ?」
「俺は困ってないから。まだまだ余裕あるし」
「なんでそんなに余裕なのよ? 何か悪事に手を染めてる?」
「あの……涼平さん」
「俺は偉大なる師匠から、お小遣いを沢山もらったのだ!」
「ふーん。……そういうことかあ」
隣でラファが額に手を当てて嘆息している。
確かに――巨額のお小遣いを貰った事実を、恥じることはあっても誇るべきではないのは分かる。分かるのだが、犯罪者扱いされる謂れもないのだ。
ちゃんと銀行にお金があるのだから。
……あれ?
「キミでしょ? 寄付したの」
「え? な、なんのことかな? いくら俺でも卵の黄身を寄付したりは――」
「『明星のともがら』を救ったのは涼平なんでしょ?」
「違うぞ、ルー。『明星のともがらと小さな庭』だ」
「タイニィ・ユイットさんって誰?」
「懇意にしてもらっている知人ですが何か?」
「オクトってフランス語でなんて言うか知ってる?」
「寡聞にして存じませんが何か?」
「もういいわよ……キミがバカでいい奴だって分かったから」
「だから違うって、俺じゃないぞ小百合さん」
「ちょっ!? ここでぶっ込んでくるのそれを!!」
「今のはどういう意味ですか涼平さん?」
何一つ誤魔化せていないが肯定もしていない。
というか、ユイットってそういう意味だったのかよ師匠……。
ラファがルーに「小百合とはなんの暗号でしょうか?」と詰め寄っているので、「『小さな少女をこよなく愛する女性』って意味だよ」と説明しておいた。
全世界の小百合さん、ごめんなさい……。
一方で目の前の小百合さんはといえば、口をぱくぱくさせて否定の言葉を探した挙句、やがて小さな声で「違うわよ」と呟いた。
隠し事をするとこうなるのだ。
『オマエモナ』
ジゼルさんは的確だなあ。




