091 旅館の妖怪
ルーは秘密を抱えたような気持ちのまま行動を共にしていたせいで、余計に過敏になっていたところもあるのだろう。今はすっきりした表情をしている。
「涼平の召還儀式のときだって、『あたしも日本人!』って言いたかったのよ」
「そこが運命の分かれ目になったんだな……」
「今更だけど、ラファが居なければ普通に言ってたわよ? 最初、なんか疑われてたのよね……あたし」
「よく分からないけど、詳しく訊くのはやめておこう。なんか恐い」
「あたしも『変な誤解が解けてからでいいか』って。そしたら、そのあと……」
「まさかの『二年後へ続く』だもんな……だけど、ルーはそんなに思い切った容姿に憧れてたのか?」
「だって……元はちんちくりんだしボサボサの黒髪を伸ばした三つ編みだし、胸も――って、何を言わせるのよっ!!」
「そんなに気にしなくても、俺はどっちのルーだろうと仲間に誘ったぞ? ラファも来たけど、あの時一人残って助けてくれたのは、本当に嬉しかったから」
「だからコンプレックスなのよ……キミがそういう人間だから余計にね」
「よく分からないけど、今の姿で人生を楽しめばいいじゃん。可愛いんだし」
「もうっ!! そういうとこなのよっ!」
どんどん顔が赤くなっていく。
俺は他人の劣等感に共感する機能が欠落してるみたいだけど、仲間として楽しく旅ができればいいんだけどな……。
それでも、一つだけ気になったことがあった――
「嫌なら言わなくていいけど、変わった名前にしたのは理由があるのか?」
「うっ……そこを訊くかな……相変わらずデリカシーが無いわね……」
「いや、マックスとか【テクフレ】なんかも変えてると思うんだけど、『如何にも感』があるだろ? だからもっとこう――シャーロットとかソフィアとか、それっぽい感じのを付けるんじゃないかなーって」
「うう……ラファに言ったら殺すからね? ……本名を捩ってるのよ」
「ああ、北原さんか!」
「声に出さないでっ!」
「ということは、ルベルム――ってなんだ?」
「もう許して……」
『リリー』
「百合? ああ、百合子――いや、小百合さんだな!」
「ちょっ……なんでっ!?」
「ジゼルさんは何でも知ってるんだよ」
「くっ……思わぬところに敵が……」
「いい名前じゃん、北原小百合さん。昔のアイドルみたいで」
「だから嫌だったのよ!! でも……そうね……変えるべきじゃなかったわね」
「じゃあ、今から小百合で」
そう言った途端、ぼんっ、と頭から煙が噴き出してフリーズしてしまった……。
仕方ないので固まったままの小百合さんを優しく抱き締めて、村まで飛んだ。
「そうか、本当に入れたのか……」
「はい。日本人にだけ反応するようになっていたみたいです」
「儂も行ってみればよかったな……まあ刀は必要ないが」
「そうですね。行けば入れたかも」
「いや、長生きはしてみるもんだな……面白い話を聞けたよ」
「俺も面白い経験ができました」
調査報告のため鹿ノ介さん宅に立ち寄り、まだフリーズしているルーの頭に氷嚢を乗せて寝かせておいた。
鹿ノ介さんは優しいお爺ちゃんで、終始和やかな雰囲気で会話は進んだのだが、もうじき日が暮れる時間になる。ジィスハ弾丸ツアーも、そろそろ終わりにしなければならない。
あまり何泊もしていると、大きな犬が海を渡ってこちらへ来てしまう。
「ルー、そろそろ帰るけど大丈夫か?」
返事が無い。
「小百合――揉むぞ?」
「ほんとに斬るからねっ!?」
真っ赤な顔のまま脇差を手にして飛び起きた。いい反応だ。
どうにかルーを再起動させて帰り支度をしていると、鹿ノ介さんが何やら大きな包みを渡してくれた。ずっしりと重い。
「面白い話のお礼だ。持っていくといい」
「なんですか?」
「ここで最初に試したものだが、石の俎板だろうと切っちまうから、包丁としては廃棄するしかない失敗作なんだよ」
「いやいや、刀匠の包丁なんて、そんな気軽に貰えませんよ!?」
「武器として使うほうが有用だ。あんたらが持っていくといい」
「そうですか……では、小百合さんをここに置いていきます」
「ちょっと!? あたしで支払わないでっ!!」
「そりゃ嬉しいが、お嬢ちゃんにもまだやることがある。そうだろ? 弟子の刀を大事に使ってやってくれ」
「はい。【加密列】の銘が世界に知れ渡るまで、あたしは負けません!」
「気楽にいくといい。そいつが駄目になったときは、また替わりがあるだろうさ」
鹿ノ介さんに別れを告げ、俺達はエイネジアへの帰途に就く。
たった二日だが、濃密な二日だったな。沢山の人に出会って話を聞いて不思議な体験をして――また来るときが楽しみだ。
「ところでルーは、なんであの祭壇の刀を手に取らなかったんだ?」
「ちゃんと日本人として入って認めてもらわないとね? 気持ちの問題よ」
「なるほど。『こんにちは、北原小百合です! 今日は精一杯頑張ります!!』って言ってから入るんだな」
「なんのオーディションよ!? っていうか、ラファに本名のこと喋ったら本当に斬るからね?」
「えー。じゃあ斬られてラファに治してもらおう」
「そこまでしてでも言いたいの!?」
「仲間内で秘密はよくないと思うなあ」
「それとこれとは別の話なのよっ!」
……わからん。
日が落ちる間際の茜色に、同じ色の山が融け合うジィスハに別れを告げる――
俺は弱みだらけのルーを抱き締めて、第二飛行形態でエイネジアへ飛んだ。
§
「ささ、ルベルムさんは部屋へどうぞ。確認がありますので」
「なんの確認よ!?」
「有無の確認です」
「なんの有無よ!?」
俺とルーが旅館の受付でチェックインの手続きをしていると、『俺センサー』を備えた人物がホラー映画のように後ろに立っていて、温泉に向かうべく部屋に荷物を置きに行こうと思ったところで、ルーが捕獲されてしまった。
《旅館のラファ子さん》――新たな妖怪の誕生である。
帰って早々これか……と呆れている俺に、新妖怪が抱き付いて言う。
「やはり匂いがします。ささ、温泉へどうぞ」
「ラファ、ステイ」
「やはり私が犬扱いでしたか……皆で謀っていたのですね」
「すまない、俺のミスだ。正しくは『妖魔退散』だったよ」
「む。私が日本語を理解できないとでも? 空白期間は伊達ではないのですよ?」
「それは困ったな。主にルーが」
「ちょっと!? 巻き込み事故禁止!!」
「やはり――旅先で何かあったようですね……私に近接戦闘だけでなく、嗅覚まで鍛えろと? 犬扱いはそのためですか?」
「なかなかに畳みかけるな、ラファ。だが残念ながら犬は妖怪へと変化してしまったのだ。愛犬家の俺が妖怪にお土産を買ってくると思うか?」
「なるほど……マニアックなのですね、涼平さんは」
「俺はジィスハで『HENTAIさん』と呼ばれた男だ。ほら見ろ、ルーがそっと逃げているぞ? 早く人間の心を取り戻すんだ」
「逃げるとは……やはり……」
「さっきから『やはり』ってなんなのよ!?」
あと一日ジィスハに居たら、犬の妖怪は我慢できずにちゃぷちゃぷと海を渡って襲来していたに違いない。
このままでは旅館からつまみ出されてしまうので、俺は荒ぶる妖怪を鎮めるための切り札を取り出した。
「見ろラファ。霊験灼たかな『OMIYAGE』だ。ここで鎮まらなければ、エイネジアの犬にプレゼントすることになってしまうぞ?」
「何を言っているのですか涼平さん。私がエイネジアの犬ではないのですか?」
「そこは認めるのかよっ!?」
「ささ、早く荷物を置いて進呈の儀式へと移行するのです」
「言っとくけど国宝級のお宝とかじゃないからな? ハードル上げないで!!」
「しっかり温泉で疲れを癒やしてください。戻ったらやることは一つですよ?」
「二人とも、いい加減受付の前から離れなさい! 迷惑でしょっ!!」
「母さん……」
「母様……」
「どんなアレンジよっ!?」
赤面したルーのツッコミにキレが戻ったことを確認した俺とラファは、何事もなかったかのように整然とその場を離れ、荷物を置くために部屋へ向かう。
釈然としないルーの表情を見て、ラファが吹き出した。
「冗談です。確認しなくても分かりますから」
「何が!?」
「ジィスハではお風呂に入っていないのでしょう? ゆっくり体力を回復したら、早々にハシャートクへ戻らなければ、真愛さん達を待たせてしまいます」
そう言ってから、ギルドの受付嬢のような笑みを湛える。
ルーは口を横に開いて「分かってたの?」と言いたげな顔で俺を見た。
一方の俺は俺で、待っているあいだにいろいろ策略を練っていたのかな……と、一人きりのラファを想像して、その愛らしさに顔が綻んでしまう。
そんな俺達を見て不思議そうに首を傾げるラファは、やっぱり犬みたいだ。
再び俺が一人部屋、ラファはルーとの二人部屋に荷物を移動。温泉が閉まる前に急いで入浴セットを用意する。
「部屋割りは元に戻したし、とにかく温泉だな」
「私は妻なので同室ですね?」
「いつ入籍したんだよっ!?」
「お二人でごゆっくり。あたしはお先に――」
「逃しません」
ラファはルーの入浴セットが入った鞄の紐をがしっと掴み、そのまま女湯に付いていった。
旅館の人、騒がしくてごめんなさい。……もう泊めさせてもらえないかも。




