090 不思議空間のエリカ
居間に通してもらって腰を落ち着けたあと、あらためて自己紹介を交わした。
すると、カノスケさんは鹿ノ介栄吉さんだった……まさか名字だとは。
まず俺達がジィスハを訪れた理由と、無事【加密列】を譲ってもらえた話を終えてから、謎の洞窟と鳥居の場所、そして噂の真偽について訊いてみた。
「洞窟の奥まで入れるかは定かではないが、あの鳥居を作ったのは間違いなく日本人だろう。朱塗りの明神鳥居だからな」
「異世界なのに、日本の神様を祀ってあるんでしょうか?」
「あれを作った人間は、儂がこの村に来たときには他界しておったから、詳しいことは分からんが、調査に向かった叉鬼が言うには、『結界のようなものが張られている』らしい」
「障壁ではなく結界か……本当にこっちの世界の概念とは違うものたみいだな」
「確かにヴィスティードの魔術に結界という概念は無いわね……近いもので言えば異次元空間との境界を開く魔術とか、召喚魔術ぐらいね」
「【ナンバー・スリー】か……少なくとも高位魔術が使えるランクの人間、しかも天人で元日本人の冒険者が作ったと考えるべきか」
師匠ではない――そういう仕掛けを師匠が作るとしたら、鳥居など作らず誰にも気付かれないようにする。
ジィスハの鳥居は、『誰かに気付いてほしい』という意図で作られたものとしか思えない……『誰が、誰に』の部分は、さっぱり分からないが。
「ラファが居たらよかったんだけどね……」
「調査結果次第では、次回のミステリーツアーで連れて来ればいいさ」
「お前さんがたも、かなり高ランクだな。まだ若いのに頑張っとるなあ」
「鹿ノ介さんも冒険者だったんですか?」
「いや、儂は端から技術職を選択した。戦ってはおらん」
「今でも鍛冶屋さんをやってるみたいですね」
「ああ。といっても趣味程度だ。もう刀は打たんよ」
コジロさんとは違って鹿ノ介さんは穏やかな表情をしている。
やはり刀鍛冶は精神が酷使されるんだろうか……。
こうして雑談を続けても埒が明かないので、まずは実物を見に行こう――
洞窟のある場所は村からそれほど遠くなかったが、それは俺感覚であって、一つ山を越えるルートになるため、一般人ならば半日ぐらいかかる距離だ。
「本当に鳥居だな……しかも思ったよりちゃんと作られている」
「洞窟というより岩の窪みって感じね。奥の壁がすぐそこに見えるじゃない」
確かに岩山の麓に穴があるのだが、浅い。壁面から二マトも無いだろう。
穴の手前三マトほど離れた位置に、高さ五マトほどの立派な鳥居があり、穴の中には特に何も置かれていない。
まったく意味不明で、カメラがあったら撮影したくなるミステリースポットだ。
この奥に入っていくということは、外から見ればいきなり消えるようなもので、普通に考えれば有り得ない話だ。
「鳥居をくぐってみてもいいかな?」
「あ、あたしは行かないわよ……」
「まあまあ、そう言わずに。調査だよ調査」
「誰からも依頼されてないじゃないっ!」
「もうちょっと洞窟になってるのかと思ったらすぐ壁だし、大丈夫だろ?」
「大丈夫じゃなかったら何があるのよっ!?」
お化け屋敷の前で押し問答するカップルじゃないんだから……。
そこで俺は提案した。
「じゃあ奥の壁にタッチして戻ってくるから、ルーは鳥居の前で見ててよ」
「もし涼平が消えたらどうしたらいいのよ?」
「手を合わせて拝む?」
「キミは神様じゃないでしょっ!?」
「そんな心配しなくても……ちょっと行ってみるよ」
そう言って鳥居の手前で一礼してからくぐり、穴の奥の壁に右手をつくと――
そのまま右手が吸い込まれた。
まったく想定していなかったため、バランスを崩して前につんのめるように倒れる俺に、ルーが駆け寄って左手を引こうと掴んだのだが、一緒に穴に吸い込まれ、結局ルーも一緒に謎空間に入ってしまった――――
あれだけ恐がってたのに、なんで掴もうとするかな……。
感覚としては落ちたのではなく前に進んだだけで、視界は暗いが本来の洞窟の闇とは違うように思う。もっと手探りでしか進めないぐらい漆黒に覆われるはずだ。
つまりは何らかの明かりを得ているはずだが、それが何かは分からない。
振り返っても外ではなく、真っ黒な空間しか見えない。
まあ、光魔術があるんだけどね。
光球を浮かべると、俺の左手を掴んだままルーが硬直していた。
何故か口をパクパクさせている。
「どうした? 空気なら問題無いと思うぞ――って、あれ?」
声が出ていない――
空気の振動もなければ骨伝導もない、ただの口パク状態だ。
ルーも同じ状態なのだろう。俺の手を引っ張って後ろを指し示す。
「戻ろう」ということだろう。とりあえず同意して踵を返すと、不思議なことに何歩進んでも外に出られない。これは……まずい状況だな。
ルーは涙目になって何かを訴えているが、まったく聞こえない。
耳がダメになったわけではない。何故なら足音はちゃんと聞こえているのだ。
不思議空間――ちょっと楽しい。
顔に出てしまったのか、ルーが俺にパンチを繰り出してきた。怒っている。
それを避けながらどうしたものか……と思案する。
一つの選択肢として『外に出られないなら奥に進んでみる』というものがあるんだが、半べそ状態のルーをどうやって説得すればいいんだ……。
そういえば、ジゼルさんはどうなんだ? 脳内に直接話しかけられるはずだ。
「ジゼルさん、これってどういう状態?」
『シンイキ』
「神域? だから会話できないってこと?」
『ゲンゴ』
「ヴィスティードの言語だと無理ってこと? だけどジゼルさんとは会話できてるじゃん」
『テンサイ』
「ああ。なるほど――って、全然理解できないんだけど!?」
『ニホンゴ』
「マジで? 日本語なら通じるってこと?」
俺が日本語でそう呟くと、横で見ていたルーがビクッと身を震わせてから、一歩後退った。
どういうことだ? 何かエロワードでも言ったかな?
「だけど俺だけ日本語話せても意味ないんだよなあ……」
「……せるわよ」
「そうか、ルーは日本語にも詳しいもんな!」
「……ええ」
「行ってみる、奥に。たぶん、このままですと、出られへんやねん。外」
「普通に喋りなさいよっ!? そうね……い、行ってみましょう」
そうして俺がまた振り返って一歩踏み出そうとすると、後ろからルーが俺の手を掴んだので、そんなに恐いのか? と思いつつ、服の袖を掴まれたまま奥へ向かって歩を進めた。
「鳥居がある謎空間で、日本語しか話せない。そこに俺が入れたのはなんとなく理解できるけど、なんでルーも入れたんだろう? 手を掴んだからかな?」
「それは……」
「何か心当たりでもあるのか? お守り持ってるとか」
「いいえ、そういうのじゃなくて……」
慣れない日本語のせいか、歯切れが悪いな……。
そんな会話をしながら歩いていると、然程進んでいないのに突如目の前に祭壇のある空間が現れた。
距離の認識がおかしくなりそうだ……ほんの数歩だぞ?
「これが噂の祭壇か。確かに刀が置いてあるな……しかも大太刀か」
鞘に収まった状態ではなく、刀身だけが恭しく刀掛けに据えられていた。
【加密列】より更に長く、柄を付ければ五マトを超えるだろう。
茎に刻まれた銘は日本語でもヴィスティード語でもなく、アルファベットだ。
「なんて読むんだろう? め……めらん――」
「【メランセラ】ね。たぶんだけど、植物の『エリカ』の品種だと思う」
「ああ、蛇の目のやつなら知ってるぞ」
「それの仲間ね。態々その銘を刻んだ理由があるんだろうけど、あたし達に分かるわけがないわね」
障壁でコーティングされたその大太刀は、錆一つなく青白く輝いている――
おそらく魔剣だろう。
「……持っては行けないわね」
「なんで?」
「あたしには……その資格が無いからよ」
「まあ、【加密列】があるしな」
「そういう意味じゃなくて……はあ」
「なんで溜息? 今、呆れる要素あったっけ?」
「違うわよっ! ……自分に呆れてるのよ」
「よく分からないけど、これって刀を手にしないと出られないのでは?」
「昔ここに入れた人は、刀を持って出てこなかったんでしょ?」
「そういえばそうだな。まだここにあるもんな」
「手を合わせましょう。たぶんだけど、それで出られるようになると思う」
何がなんだかよく分からないがルーは分かっているようなので、言われたとおりにしておこう。
俺とルーは二拍手、合掌して目を瞑る。
瞼に光が当たる感覚があったので目を開いてみると――外に居た。
「狐につままれたような状態って、こんな感じなんだな」
「ごめんね……モヤモヤした態度で」
「え? 何が? 俺のほうこそ引き摺り込んで恐い思いさせて、ごめん」
「……やっぱり言っておくわ。元々隠すようなことでもないし」
「何? ロリ専百合ってこと?」
「違うわよっ!? あたし……見た目はこんなだけど……日本人なのよ」
「そうなんだ」
「反応薄いわねっ!? 悩んでたあたしがバカみたいじゃない!」
「それって悩むことなのか? 召還されたときに容姿を変えられるんだし、どこの国出身とか他人は気にしないと思うんだけど」
「本人が気にするのよ……コンプレックスみたいなものね」
「なるほど、わからん」
村へは一気に飛んで戻らずに、少し歩きながら話をする。
ルーが病気で亡くなって転生したのは知っていたが、日本で生まれ育ったこと、召還された年代が違うことを話してくれた。
一九八九年、十三歳のときに召喚されたようで、もしそのまま日本で暮らしていたら、俺の親に近い世代になる。
どうやらルーは、ずっとそこが引っ掛かっていたみたいだ。俺はそんなこと全然気にならないんだけどなあ……。
過去には戦国時代から召還された人物も居たみたいだし、容姿を若返らせて転生する者も居れば、師匠みたいな年齢不詳タイプも居る。
『そういえば……』と腑に落ちる部分もいくらかはあるが、最初から知っていたとしても、俺の接し方は何も変わらなかっただろう。
「キミがそういうタイプなのは理解してるんだけど……切っ掛けがないと言い出せないのよ、こういう話は」
「そうだな。ロリ専百合とかな」
「それは違うって言ってるでしょ!?」




