089 旅程の最終目的地へ
俺達は一旦コジロさんの家に戻り、少し遅めの昼食をご馳走になった。
新たな大太刀には、コジロさんの手で【加密列】と銘が刻まれているらしい。
カモミールの和名で、やはりアヤメさんが決めたようだ。
武器に名前を付けるのは個人の自由だが、この世界で『銘』を周知させるには、使い手が相応の活躍をしなければならない。
国宝級の一振りの代金は俺が支払う。あとでルーに請求するつもりはない。
これは言わば必要経費なのだ。……あれ? やっぱりおじさんがお金で囲ってるみたいになってないか?
「俺はルーのパパだったのか……」
「どういう意味よ!?」
そして俺は、恐る恐る村のトップに尋ねてみる。
「こ、小切手で払えますか?」
「ええ。ジィスハではそれほど多くの現金は必要ありませんから。エイネジアとの貿易が一番大きな商取引になりますが、相手も元はジィスハ国民ですから融通は利くのです。私どもは何処へか逃げたりはしませんので」
「確かに一般的な貿易とは大きく違うんでしょうね。他国内に独立した特区があるようなものですか?」
「もっと踏み込んでいますね。エイネジアはルトクーアに土地を借りた別の国ぐらいの位置付けになります」
「地球のジブラルタルとかアラスカみたいなタイプの飛地とも違うし……特殊すぎて難しいな。テアムルトみたいな独立国家とも違うんだよなあ」
むむむと腕組みして唸っていると、ルーが続けた。
「テアムルトは移動型浮遊島という特異性から『空飛ぶ国家』として容認するしかないけれど、エイネジアは国としての独立を要求しているわけではないから、ルトクーアが許容できる範囲から逸脱しない限りは自由ってことでしょ?」
「ルトクーアにとっては国防、税収の両面で有益ですから。エイネジアが独立を求めないのもジィスハが沈黙を保っているのも、根本は同じ理由です。平和があってこその繁栄ですから、順番を違えれば一からやり直しになってしまいます」
ルトクーアも、利益を手放すぐらいなら締め上げたりはしないってことか。
そこらへんのバランス感覚が、地球とは違うのかな……。
「地球の場合、砂場で棒倒しやってる感じでエグいからなあ」
「地球とは比べないほうがいいわよ? 頭のおかしな人物が現れたときにぶん殴るのが人間だけとは限らないし。キミだってこの世界のパワーバランスを変える脅威なんだから、そこは自覚しないとね?」
「だって俺、妖怪ムジカクだし」
【フィオーレ・マネッテ】の二人も協力してくれる。俺達だけであれもこれもと首を突っ込むべきではないだろう。それは理解していても、自分の無知無学っぷりが情けなくなる。何より、地球と比べると人口、経済、軍事力に天然資源……と、あらゆる条件が違いすぎるのだ。
「まだまだ世界を周って勉強しないとダメだなあ……俺は」
「気にかけてくれるのは嬉しいが、踏み込んで沈むぐらいなら現状維持のほうがいいこともあるんだよ。何事も地固めが必要でな、刀も同じで――」
「お二人のような冒険者は、おそらくこれから先、厄介な人間が関わってくることになります――ですから、この国についてはあまり気にしないでください。弱みになりますから」
「おいアヤメ! 俺の話をぶった斬るなよ!!」
「お二人ともありがとうございます。俺は『よかれと思って』で暴走しないように気を付けます」
平凡な日常を愛すべきものだと実感するための要素に満ちた世界でも、その平凡に価値を見いだせない厄介な人間は現れるのだ。
「中央大陸の何が問題なのか……なんとなく分かってきた気がする」
「人口密度も上がるから、順番を間違えたまま突っ走るしか、選択肢がなくなってしまうのかもしれないわね」
「魔人や魔王も出現しやすくなるんだろうな」
「それならそれで、あたし達は勝つけどね。そうでしょ?」
「まず飛ぼうか、ルーは」
「うるさいわねっ!! キミも脱擂粉木目指しなさいよっ!」
俺の意思でどうにかなるんだろうか?
とにかく、やるべきことは山積している――と、その前に。
「コジロさんやアヤメさんは、シィオルナカナにある謎の洞窟について何か知りませんか?」
「お父様の師匠である、カノスケ様が居る村ですね」
「えっ!? そうなんですか?」
「何かの縁を感じますね……カノスケ様は何かご存知かもしれません」
「師匠は天人だからな。もし行くんだったら話を聞いてみるといい」
「そうですね、是非会っておきたいです」
「ちょっと! それ……あたしも行くの?」
「ルーはこの村の専属浅右衛門ということで」
「い、行けばいいんでしょっ!」
のんびりしていると夕方になってしまう。俺達はそこで話を切り上げて、早々にラギナトゥナ村を発つことに決めた。
俺は心躍る状態だが、ルーはどんより顔をしている。
そんなルーにコジロさんが脇差を手渡している。鍔の無い匕首タイプのようだ。
「あんたにはこれも持っていってほしい。金はいらん。迷惑料と思ってくれ」
「そんな! ちゃんと代金を請求してください、彼に」
「俺!?」
「迷惑料でしょ?」
「なんで迷惑料が行ったり来たりなんだよ」
「金はいらんよ。あんたに【加密列】を使ってもらえるんだ、この程度オマケしたぐらいで文句は言わんよな? アヤメ」
「不始末の口止め料だと思って受け取ってください」
「わかりました、ありがたく使わせてもらいます。叉鬼のみなさんも悪気があってやったわけではないので、程々のところで牢舎から出してあげてくださいね?」
「警備が手薄になるからな。夜までには出してやるさ」
「そういえば、ここは他の村ほど存在を隠そうとしていないみたいなんですけど、どうしてなんですか?」
「ジィスハでもいろいろってことだ……どうせ煙は上がるし音も出るからな」
「以前、叉鬼衆が『鬼』を模した面を被ったら冒険者に殺されかけて、それを切っ掛けに偽装をやめたのです。今ではその冒険者とも交流があるのですが、そもそも発案者が無能だったのです」
「おい! そこまで言わなくてもいいだろ!!」
発案者はコジロさんか……そして訪れた冒険者は、おそらく――
「シンですか? その冒険者は」
「はい。ご存知なのですか?」
「ジィスハの実情を教えてもらいました」
「そうですか。次に来たときには口に塩を詰めて縫い付けておきましょう」
「やめてあげてください……」
俺達はサムラ親子とルーに未練たらたらの刀工達に別れを告げ、また村から離れた場所で飛び立った。
ルーは両手を俺の背中に回し、大太刀をがっちり掴んでいる。
遠目には異様な姿に映るとは思うが、長い大太刀のおかげで姿勢制御が安定したような気がする。第二飛行形態だな。
「あたしは入口で待ってるから、一人で入りなさいよ」
「お化け屋敷じゃないんだから……そこまで怖がるほどのものか?」
「お、お化けなら斬るけど怪奇現象は斬れないじゃない!」
「落ち着け、ルー。恐怖で言動が意味不明になってるぞ」
まあ、先に話を聞いてからだな。異次元空間に繋がってるとかだと危険だし。
地球に繋がってたらいいんだけどなあ。
それも時代が違ったら喜べないか……戦国時代とか。
今度はかなり念入りに偽装されている村を発見したので、いつものように少し離れた場所に降下して第一村人を探すと、防護柵の近くで柿の木らしきものに登っている子供を発見したので、声をかけてみる。
「おーい! 誰か大人を呼んでくれないかなー?」
「て、てきしゅーっ!!」
「えっ!?」
正しい反応と言えば正しい反応なんだろうけど……優しく声をかけたつもりだったのになあ。
程無く武装した叉鬼が数人出てきたので、「カノスケさんに会いに来た」と伝えると、叉鬼の代表者が話を聞いてくれることになった。
「あんたら大陸の冒険者だろ? こんな僻地の村にいきなり現れたら、普通は問答無用で攻撃されてもおかしくないからな?」
「すみません。脅かすつもりはなかったんですが、ここまで警戒されるのは初めてだったもので」
「他の村にも行ったのか? その証を見せてくれれば信用できるんだが……」
【加密列】は行方不明になっていた刀なので話がややこしくなる。ルーが貰った脇差と、俺がお土産に買ったチョーカーを見せると、「おお、これはコジロさんの刀じゃないか。それにヤウグァト村の七宝焼か」と、ようやく納得してくれた。
ギルドが無いと、こういう面でも苦労するんだな。
俺達はいつもの自己紹介をしてから、用件を告げる。
「以前ラギナトゥナ村に居た、カノスケさんという方に会いたいんですが」
「ああ、鍛冶屋のカノスケさんだな。案内しよう」
そう言って先導してくれた建物は、ナバルクアとはまた違う雰囲気で、周囲の木々に紛れるように作られた家だった。
鍛冶屋ということは、今でも何か作っているのだろうか?
叉鬼の男性が屋内に声をかけると、欠伸しながら老人が出てきた。
カノスケさんはコジロさんの師匠というぐらいだから、かなりの高齢だと思っていたのだが、まだまだ元気に動き回れそうなぐらい矍鑠としている。
「滝原ってことは、お前さん日本人かい?」
「はい、召喚された天人です」
「そりゃ災難だったな。まあ上がるといい」
災難――か。この老人も、いろいろあったんだろうな……。
§
朽ちた廃屋に見える家の地下。
秘密の部屋に呼び出した人物は、眼前で土下座している――
彼は御庭番衆に属する一人、【鼈鏡】。
「御屋形様。拙者の不祥事の処罰、なんなりと受ける覚悟に御座ります」
「なんですか、その話し方は。相手は【ブルレスケ】に選ばれし人物。間違っても勝てる見込みはありません。期せずして身の程を知る機会を得られたのは、今後のためにも有益でしょう。皆にも『尻を痛打され呆気無く破れた』と通達しました」
「そ、それはあまりにも無慈悲に御座る……」
「命拾いしましたね。相手の度量に感謝すべきです」
「はい……そこは痛感至極に御座ります」
「今はまだ、静かに身を伏せる龍のように待つのです。有為転変も、すべては我々の認識次第なのですから」
「停滞の変移に滝原どのが関与すると? それほどの人物でしょうか……」
「彼が中心となるでしょう――ですが、我々を背負わせるわけにはいきません」
「拙者も百折不撓の精神で御身に報いる所存に御座ります!」
「貴方は長期謹慎処分です」
「そんなーっ!?」
けれど、迷彩服はいい提案です。慣習を頑なに遵守する彼等にも、柔軟な変化が必要でしょう。
そしてあの少年少女も、今はまだ自由闊達に動くべきなのです。
終わりは一瞬で訪れる世界なのですから――




