088 夜は正装で
村の周辺には特に強い魔族も見当たらず、秋の自然を満喫しながらぼけーっと歩いていると、不意にジゼルさんが何かに反応した――
といっても音声で知らせるのではなく、スマホのマナーモードのようにブルブルと振動しただけだ。
「えーっとジゼルさん……オブラートで包んで遠回しに言いますけど、それは少々HENTAIチックな機能になってしまうのではないでしょうか?」
『エロガキ!!』
直後――ジゼルさんの反応の意図を正しく理解する。
俺の眼前には、まったく気配も無しに一人の人間が立っていた。
服装は、全身がもう完全に…………異世界で忍者って。
もしかして、ジィスハ以外にも居るのだろうか……。
「この程度か。御屋形様が言うほどの人物とは、俄に信じ難いな」
「えー。喋り方は普通なんだ。率直に言ってがっかりしました」
「なんだと!? お前は正式な口調を知っているとでも言うのか」
「はい。だけど教えてあげません」
「ならば力尽くで吐かせるまでだ!」
なんでこんなことに……。
俺は何がなんだかよく分からない理由で、突如現れた異世界忍者に戦いを挑まれてしまった。
気配遮断の能力は極めて高い。まさかランクSクラスなのか?
コスプレに嵌った一般人ではない。軽く【鳴弦】を当ててみても無反応なのだ。
「一応言っときますけど、それ、昼間にするような格好じゃないですよ?」
「なんだとっ!? お前は何を言ってるんだ?」
今時、欧米の忍者オタクでも知ってるレベルの知識すら……異世界ギャップか。
これではいずれ、オレンジ色の忍装束とか着てしまう――由々しき事態だ。
やはり相手はそれなりに強い。残像を残しながら瞬間的に移動して、手裏剣とか投げてくる。そして俺の中では、ある疑問が記憶から優先順序ランキングを駆け上がって現在の第一位になった。それは――【朦蟾】だ。
忍者といえば自来也の蝦蟇。つまりはヒキガエルを連想させる。
反りの無い直刀による打ち込みを躱しながら、問うてみる。
「あのー。【朦蟾】とかいうチンピラをご存知でしょうか?」
「何――っ!?」
動きが止まり、わなわなと震え始めた……これはよくないパターンか?
すると、異世界忍者は予想外の動きをとった――土下座だ。
「頼む。奴の居場所を教えてくれ!!」
「えっ!? 知りませんけど?」
「ならば力尽くで訊き出すまでだ!!」
腹立ってきた……すると、今まで無関心を装っていたジゼルさんが、にゅーっと伸びて二つに分かれた。
『シバキタオセ』
ジゼルさんも苛々していたようだ。
コミュニケーションが成立しない相手は、斯くも迷惑な存在なのである。
なので俺は仰せのままに殴ってやることにした。ジゼルさんのお肌のために。
相手は気配を消すのが得意なようだが、俺にはジゼルさんが居るのだ。
両手に握った擂粉木がほんの僅かだけ、相手の居る方向に力をかけてくれる。
俺も反応速度には自信があるので、位置さえ分かれば相手の攻撃は当たらない。
更には慣れる。ピュンピュン動き回るが一撃は軽い。対人の戦力だ。
これでは魔王とは戦えない……となればランクS冒険者には到底敵わない。
「悪いけど、俺はもっと上に行く。あんたでは師匠やジゼルさんに手も足も出ないだろう」
「なんだとっ!? 私がランクA如きと同等だとでも言うのか?」
「まず喋り方がダメ。衣装がダメ。そして何より――冒険者を侮るなよ?」
可哀想だが直刀は粉砕した。こんなスタイルから入ってもダメだ。
そして異世界忍者は分身の術を使う。これもダメだ。
範囲攻撃がある限り、一万人に増えようと全部吹き飛ばされる。
俺は自身を中心に爆炎魔術を放つ。《エラスモテリウム》と同じ要領だ。
自然に優しくない攻撃だが、冒険者をナメてる相手に思い知らせておきたい。
すると忍者は瞬間的に離脱して爆炎を免れるが、煙に紛れて接近した俺に背後をあっさり取られ、軽快な打撃音が二度響く――
異世界の忍者は、俺の『ケツバット二連打』によって突っ伏して倒れた。
「忍の流儀に従って、潔く自害してもらうで御座るよ」
「な、なんだその口調は!?」
「ふむ。自害すら致せぬと申すか……いやはや呆れたモドキで御座るな」
「私はモドキなどではないっ!!」
「ならば、リピートアフターミー。『拙者は忍の者で御座る』」
「せ、拙者は忍の者で御座る――こ、これはっ!? 馴染む……何故だ……」
「然様。何故ならば、それこそが正式な流儀に御座るからな。次は俺のことをこう呼んでみよう。『お主』と」
「お、お主は何故、そのように由緒正しき口調を知悉しているので御座るか?」
「強いて言うなら、血――かな」
「血統で御座るか……参り申した。――――はっ!? 何故私はこんな口調を?」
「もう、お主一人でも大丈夫で御座ろう?」
「あ、ありがたき幸せに御座りますっ!!」
さて――
鍋底ブレイカー友達の輪を作って遊んでいる場合ではない。
質問は二点。『何故俺を襲ったのか』と『【朦蟾】との関係』だ。
一つめの答えは『つい、カッとなって』で、問題の二つめは――
「彼女とは昔、恋仲で御座った。拙者と離別した後に抜け忍となり、中央大陸へと逃れて以降の足取りを追えずにいたところで御座る」
「ロディトナに居たみたいなので、死んだかもしれませんよ?」
「なんと!? ――されど、あれも隠密の端くれ。易々と死ぬるような輩では――」
「たった今、ランクA冒険者に手も足も出なかった人が言うかな……」
「あれは悪女に御座る。滝原どのも、ゆめゆめお気を付けなさりますように」
「俺の名前も知ってるんですね……誰の指示ですか?」
「それは……四肢を断ち落とされようと申せませぬ」
「いや、擂粉木ですから斬れません。いや……できるかも。やってみようかな」
「な、何卒御容赦を。死するときは、御屋形様を護りて逝きとう御座る」
「知らんがな……」
「む。それはまた別の忍用語に御座るか?」
面倒臭いので無視しよう。
その後、変な忍者のプロフィールを訊くと、名前は『ゲンナイ・コウヤマ』で、二つ名は【鼈鏡】――こちらは植物の名前だけど、鼈はスッポンか。
年齢不詳。というか顔まで隠れてる忍装束なので、目しか見えていない。
『それは夜間の隠密行動用で、黒か濃紺のみ着用』と、ドレスコードを教えてあげた。昼は一般人を装っておいたほうが何かと便利だろうに……。
ついでに迷彩服も教えると感嘆していた。ダメだな……この世界の忍者は。
そして俺とルーだけでなく、【フィオーレ・マネッテ】の二人も、ジィスハでの行動を監視されていたのだ。
さすがに飛行魔術は使えないのか持ち場を決めて、連絡網は鳥などの動物を使役しているらしい。
戦力としては心許無いが、隠密行動と諜報活動は優秀なのかもしれない。
「どうか、今般の失態は口外をお控えいただければ……と」
「仲間には全部話します。それ以外の人には……うーん、こちらは何も悪くないわけだし、どうしようかなあ」
「せ、拙者、滝原様には全力で助力致す所存に御座ります!! 何卒、御宥恕を」
「まあ、有益な話も聞けたので、他の人には黙っておきます。……たぶん」
平伏する忍者が可哀想に思えてきた。刀も砕いちゃったし。ジィスハの人達には黙っておこう。
そもそも、突っ掛けてこなければ何も問題は発生しなかったのに。
そしてコウヤマさんに刀代を払おうとしたら固辞されたので、俺は「次に俺達がジィスハを訪れたときは、なるべく監視のみに徹してください」とお願いしてからその場を離れた――
これだけ派手にやったのだ。ルーも来てしまうかもしれない。
こちらに向かってくる者が居ないか確認しながら、慎重に急いで村へ戻った。
「ただいま。特に脅威になるような魔族は居なかったよ」
「どんな嘘よ!? あれだけ派手に爆音轟かせて、それはないでしょ」
「いや、くしゃみしたら出るときってあるじゃん?」
「同意を求めないでっ!? 説明しないと新しい刀で試斬するわよ?」
ルーはちゃんと大太刀を受け取ったようだ。全長三マトほどあるので遠くからも見えていた。
隠していただけなら手入れも問題無いだろう。ちゃんと鞘もある。
さてこれから慣らしを――というところで俺の爆炎魔術が発生したのだ。
「まあ、問題が無いのは事実だし。慣らしを続けてもらっても大丈夫だぞ?」
「あとでちゃんと話してよねっ!」
叉鬼の代わりに見回りに向かった人物が『大丈夫』と言っているのだから、他の村人にはどうしようもない。叉鬼は隔離牢から何か訴えているのだろう。
そして不満顔のルーの重力魔術によって、鞘が大太刀から離脱する――
美しい刀身だ。魔王に砕かれた大太刀も、愛さんによる丁寧な手入れが施されていたが、新たな刀は素人目にも比べ物にならない風格を備えている。
その大太刀を手にするルーが軽々振り回す様を、村の外の騒ぎに飛び出した村人が遠巻きに見学している。
「使えそう? バランスとか」
「ええ。むしろ前のより使いやすいぐらいね。軽く感じていたから」
「それだけ成長してるってことなんだろうな」
「だといいけど。少し間合いを測りたいから、そこに立っててくれる?」
俺と距離を空けてから、再び新たな大太刀を振り回す。
当たれば腕どころか胴体が軽く斬り飛ばされる勢いだが、俺はじっとしていた。
その様子を腕組みして眺めるコジロさんの隣にアヤメさんも居る。
二人は優しい眼差しでルーの姿を見守っていたが、村人は驚愕しているようだ。
「《オーガ》どころじゃないな……あの速度で斬られたら斬られたことも分からないだろう」
「そうだな。むしろ切断面が綺麗すぎて治せてしまうかもしれない」
「それなら『ふらむべるじゅ』とかいうやつのほうがよくないか?」
「それだと製法がなあ……」
「いや、対魔族用の大太刀の発想は『断ち斬る』より『圧し斬る』だから、逆にあの速度でなければ綺麗には斬れないだろう」
「どうせならあのハゲ斬っちまえばいいのに」
「そうだなあ。俺達は打つことはできても振って試すことはできんからなあ」
「じゃあ、この村専属の試斬役ということでどうだ」
「そうだな、専属の御様御用ということで」
「ああ。専属浅右衛門だな」
何か勝手に決まってるんですけど……というか、日本の江戸時代の話だろそれ。
すると、ルーがその一団に向かって一言。
「折るわよ?」
刀工一団は土下座しながら「やめて、それだけはやめて」と懇願した。
やはり会心の一振りなのだろう。




