087 一進一退ラギナトゥナ
村の中を進むと、そこかしこから金属を打ち付ける音が聞こえる――
これでは偽装して隠れても意味ないか。
老齢の男性は周囲から「親方」と呼ばれているので、偉い人なのだろうな……と思いながら付いていった先は工房ではなく屋敷で、やはりこの村の長のようだ。
客間に通されると、三十代ぐらいの美しい女性がお茶を淹れてくれた。
「俺の名はコジロ・サムラだ。村長もやってるが、ほとんど工房に入り浸りで実務はそこのアヤメに放り投げている」
「娘のアヤメです。村のことでお話がありましたら、私のほうへお願いしますね。お父様はなんにも分かっておりませんので」
「おいおい、『なんにも』は言い過ぎだろう! 少しぐらいなら俺でも――」
「少しでは意味がありません。十全か零かで言うならば、それは零なのです」
ぴしゃりと言い放った。この家では娘さんのほうが上なんだな。
コジロさんは頭を掻いてぶつぶつと文句を言っているが、アヤメさんは素知らぬ顔をしてお茶を飲んでいる。
俺達がいつもの自己紹介を済ませて用件を告げると、コジロさんは難しい顔で切り出した。
「大太刀なあ……冒険者が使える格の物は、『ある』と言うより『あった』と言ったほうがいいかな」
「有り体に言えば『ない』ってことですか?」
「いや、事情があってな……」
そう言ってコジロさんがアヤメさんをちらっと伺うと、アヤメさんは湯呑を手にしたまま鷹揚に頷く。
「この村にとって……いや、ジィスハにとっての不祥事だ。他言無用で頼む」
「はい。何があったんですか?」
「魔族に持ち去られたんだよ……大太刀を」
なるほど……それは一大事だ。
戦うための武器を、戦うべき相手に奪われたのだから。
「魔人や魔王ですか?」
「いや、《オーガ》だ。サイズが丁度よかったのかもしれない」
「それは最近の話ですか? この付近に強い魔族の気配は感じませんけど」
「分かるのか!? まだ一ヶ月も経っていない。それから俺達も近隣の村でも探してるんだが、見付からないどころか向こうから襲ってもこない……通常なら、こんなことは有り得ないんだがな」
「《オーガ》は既に死んでるとか?」
「その可能性もある。だが、それならどうして死んだかが問題になる」
「そうですね……魔族同士が殺し合うことはないので、人間が討伐して隠しているなら、その理由が分からない」
「何者かが斃してその大太刀を持って既にジィスハから出た、という可能性はどうかしら?」
冒険者志願者か。有り得ない話ではないが、何故隠すのだろうか……。
咎人という可能性も――と考えていたら、コジロさんが顎に手を当ててぽつりと呟いた。
「あいつがまだ生きているなら可能性はあるが……考えたくはないな」
「心当たりがあるんですか?」
「もう十年以上前の話だ。魔族の討伐目的ではなく、人斬り刀を求めてこの村まで来やがった男を、叉鬼の連中が追い払った。ところが逆恨みして村の一般人に手をかけて討伐対象になった。それから数年後、遠くの村で討たれたと聞いたんだが、この村の人間は遺体の確認をしていないからな」
「誰かが庇って逃したと?」
「あるいは殺したつもりで逃げられていたか……いずれにしても過去の話だ。今となっては真偽を確かめようがない」
ルーは若干諦め顔だ――『これ以上は無駄足かも』と感じているのだろう。
「他に実戦で使えそうな大太刀は一振りも無いんですか?」
「あんたらは分かってると思うが、冒険者が使うなら魔王とも戦えなければ意味が無い。そこらの棒っ切れと同じでいいなら、ジゼル・トゥオネラのような覚悟は必要ないってことになる。違うだろ? 勝てない武器なら渡せない」
「あたしは……使い手が未熟で、破壊されてしまいました」
「生き残れば武器は替えが利く。死んで武器だけが残されても意味が無い。そこは使い手の技量との兼ね合いだ。俺は勝って生き残るための武器を預けたいんだよ」
その信念は、ただ頑固な職人気質ではなく、戦う人間のためということか……。
ならば、行方不明の大太刀は自信作なのだ。どうにか発見できればなあ。
そんな会話から何かヒントを得たのか、ルーが問いかける。
「この村の中に――いえ……大太刀を《オーガ》に奪われたとき、討伐に向かった人は何人いますか?」
ルーの質問に、コジロさんは訝しげな表情で答えた。
「全部で五人だ。全員がこの村の叉鬼だが、それがどうした?」
「その人達はランクA相当の魔族と戦えるんですよね? それでも大陸には出て行かずに村を守り続けている」
「ああ、冒険者志願が居れば行かせている。強制はしたくないからな」
「みんなジィスハを愛してるんですね……だったら、大太刀はこの村か、この近くにあると思います」
「ルー。それって《オーガ》討伐に向かった叉鬼が隠してるってことか?」
「だが、そいつらが奪われたんだぞ?」
「斃せるのなら『奪わせた』とも考えられますよね?」
「――っ!?」
コジロさんは言葉を失っているが、俺にとってもそこは盲点だった。
身内の犯行ってやつか……。
なるほど、目線を外ではなく内に向けるとその発想は理解できる。ジィスハの人間に使ってほしいなら、『今はまだその時ではない』ということか。
コジロさんは渋面で唸っている。
祖国を、村を、刀を愛するが故に犯行に及んだのだ。複雑な心境なのだろう。
「もし、そのとおりなら……隠す理由も分かる。俺はそんなやり方を許さない」
「武器は使ってこそ、ですか?」
「使い手を選べるなら最善だが、俺達は戦いを極めた人間ではないからな」
「ああ、ジゼルさんとの比較ですか。でもジゼルさんは変人ですから」
『コロス!』
「あ、訂正します。ジゼルさんも変人ですから。変人仲間なんです」
『チガウ!』
「分かるだろ? 強いから託せる、弱いから託せないというものではない。使い手を見極めるだけの修羅場を俺達は経験していない」
「ここに居るルーは俺より刀の扱いに長けています。俺の出身国の『侍』みたいに克己的で強いんです。――なので、適材適所って考え方もあるんじゃないかと」
「キミみたいな人外に言われてもね……」
「侍か……地球の日本語は俺も師匠からいくらか教わったが、あんまり覚えられなくてな……刀の銘として入れる文字も、アヤメに決めてもらっているぐらいだ」
「私は会話も可能ですよ? 相手が居ないので使う機会がありませんけど」
「ということは、お師匠さんは亡くなられたんですか?」
「高齢ではありますが、健在です。今は余所の村で暮らしております」
その人にも会ってみたいな……今回はそういうツアーではないけど。
少し気持ちが軽くなったのか、コジロさんが腰を上げて言う。
「四の五の言ってても仕方ない。容疑者に自白させるか!」
「ええ、この村の恥です。絞め上げましょう」
「お前……そんなだから嫁ぎ先も――いだだっ!」
この家とこの村でヒエラルキーの頂点に君臨する人物が、コジロさんの耳を引っ張りながら立ち去った。
§
程無く容疑者五名が呼集され、居間で正座する面々の中には第一村人も居た。
アヤメさんは態々雨戸を閉ざして室内を暗くした上で、卓上に集光ランプを置いている……ノリノリだな。
並んで正座している男達も、コジロさんよりアヤメさんに怯えているようだ。
「さて――なんの話かお分かりですね?」
「さあ……それがさっぱり……」
「お分かりですね?」
答えた男性にランプを向けるアヤメさんの顔を、下から光が照らす。
その圧力に、別の男性が震える声を漏らした。
「俺は……『やめよう』って言ったのに……」
「お前っ! 裏切るつもりか!?」
「だってほら、こいつ……アヤメさんのこと――」
「それは今言うなっ! タイミング悪すぎだろお前っ!!」
額に玉の汗を浮かべながら、隣の男性の口を押さえている。
いろいろあるんだなあ……と眺めていると、アヤメさんは声色一つ変えずに同じ質問を重ねた。
「なんの話かお分かりですね?」
「はい……すみませんでした……」
「お前っ!? それだったら俺が先に謝るっての!!」
「出遅れたな? そんなだから告白も――」
「やめろって!!」
「大太刀は――無事なんですよね?」
続けて下からホラーライトを受けた愛さんが問う。やはり威圧感が凄い。
その隣で俺は、コジロさんと「お茶、美味しいですね」などと雑談していた。
もはや男二人に口出しできる雰囲気ではないのだ。
そこでアヤメさんが畳みかける。
「これは歴とした犯罪ですよ? 理解していますか?」
「はい! 俺が――俺達が犯罪者です!!」
「馬鹿お前っ!? モゴモゴ言ってたのに、そこだけ元気に答えるなよ!」
「《オーガ》はちゃんと仕留めたのですか?」
「俺です! 止めを刺したの俺です!!」
「何故報告しなかったのですか? 村人に迷惑だとは思わなかったのですか?」
「こいつが『隠し通すべきだ』って……俺はアヤメさんには言うべきだって何度も言ったんですよ……」
「異議あり! 偽証ですアヤメさん。こいつは同意してました!!」
「全員、隔離牢行きです」
「そんなーっ!」
いや、叉鬼の仕事はいいのか? と思っていると、アヤメさんがすーっと首だけ回してこちらを見た。……嫌な予感が。
「当然、タダで大太刀を持ち帰るつもりはありませんよね?」
「え、それはちゃんと代金を支払うつもりですけど……何か問題でも?」
「大金を叩きつければ無条件で譲ってもらえると、そうお考えなのですか?」
「いや、そんな乱暴な表現じゃなくて……え? どうなるのこれ?」
「キミが働いていけってことよ」
「ああ、なるほど……って、俺だけ!?」
「何を言ってるの? あたしは確認と慣らしをしなきゃダメでしょ?」
更には何故か隔離牢行きの男連中から「ざまあ」「あいつも極刑だろ」「非モテの恨みが届いたようだな」とか、罵詈雑言が飛んでくるんですけど……。
俺が【鳴弦】を飛ばしつつ顔の下からランプを当てて「はやく大太刀をだせー」と言うと、男連中は「命ばかりはご勘弁を、ハゲ入道様!!」と、土下座した。
ハゲ入道って……意味が被ってるだろ、それ。
「ランプで遊んでないで、涼平は周辺を警邏してきなさい」
「なんで俺が……」
「感知能力があるんだから、適材適所でしょ?」
「あとで強く抱き締めてやるからな!!」
「あとで斬るからねっ!!」
「くそう……あの二人……イチャイチャしやがって……」
「違うわよっ!?」
五人の恨み節と怨嗟の眼差しを背中に感じながら、俺は村の外へ向かった。




