086 それでいい、それがいい
村を囲む防護柵を抜けて歩いていると、警邏中の叉鬼と鉢合わせた。
トザネさんだ。
「もう行くのか? もっと子供達と遊んでやってほしかったんだがな」
「お尻人間二号は、トザネさんにお任せします」
「二号など必要ない。あれは唯一無二だ」
「子供達に『トザネさんが酒臭かったら妖怪に斬り殺されるから、みんなで守ってやってくれ』とお願いしておいたので、付き纏われると思いますよ、これから」
「おいおい、勘弁してくれ。子供は苦手なんだよ……」
家を尋ねたときよりも雰囲気が柔らかくなったトザネさんは、苦笑いを浮かべたものの、「まあ、俺なりにできることはやっておくさ」と、手をひらひらさせながら去っていった――
サツキさんとの約束を言い忘れてたけど、まあ大丈夫だろう。……たぶん。
村から遠ざかり、周囲に人が居ないことを念入りに確認したルーを抱き締めて、俺達は東に向かって飛び立った。
「涼平……香箱って嫁入り道具なんだけど、知ってて受け取ったの?」
「香箱を知ってただけでも褒めてほしいぐらいなんだけど……マジで!?」
だからカナパパが取り乱していたのか……。
「どうせ猫の座り方で覚えただけでしょ?」
「うぐ……というか、家宝みたいなものじゃないのか、それって」
「まあ、小さかったし子供用のお土産みたいなものだと思うけどね」
「ルーは日本文化に詳しいんだな」
「えっ!? そ、そうかな……常識の範囲でしょ」
「俺はてっきり刀剣女子だから日本に詳しいのかと思ってたよ」
「刀剣女子って何? どういうジャンルなのよ?」
「俺も詳しくは知らないんだけど、なんか流行ってたんだよ。擬人化とか」
「擬人化って、刀の? 複雑なことになってるのね……日本文化は」
雑談しながら飛んでいるが、世の非モテ男性から矢が飛んできそうな状態だ。
だが――俺には一つの疑念がある。
まったりトークしながら何日もかけて移動するのと、美少女を抱き締めて一瞬で目的地に到達するのとでは、前者の方が二人の距離は正しく縮まるのではないだろうか? 今の俺は――言わば、お金で一時の夢を買っているおじさんのような状態なのではないか?
「俺はルーにお金を払うべきなんだろうか……」
「とりあえず、大太刀が手に入ったら斬るわよ?」
「とりあえずで斬られるのか、俺は」
こうしてルーが慣れてくれたおかげで、犯罪者のような気持ちで飛ばなくて済むのはいいが、今後『俺が替わろう』って言う男が現れたら、きっと俺は嫉妬するんだろうな……。
そんな自分勝手な思いに煩悶していると、遠くに【フィオーレ・マネッテ】の気配を捉えた。
「また少し離れて降りたほうがいいよな?」
「そうね。あの二人には絶対見られたくないし」
「なんで?」
「勘違いしてるから」
「俺はテッドさんにしか興奮しないって設定にしとく?」
「どんな発想よっ!?」
少し進んだ場所に、やはり偽装の施された集落が見えた。
俺達は既に一つの村の上空を通り過ぎているので、ナバルクアから見ると二つめの村になる。
用事もない俺達がいきなり尋ねても、警戒される可能性が高い。先にクアテェリ村の人達と合流しておいたほうがいいだろう。
集落の少し手前で降下して待っていると、テッドさんの元気な声が飛んできた。
「よう! お二人さん。大きな犬は留守番してくれたんだな」
「気兼ねなくイチャイチャできるわね?」
「しないわよ!?」
「大きな犬より、相手の膝が心配で」
「ランクSの心配するって、どんな狂犬なんだよ!?」
相変わらず明るい二人だ。クアテェリ村の人達も笑顔で迎えてくれた。
クアテェリ村の男性が先行してくれたので、俺達はゆっくり後を追う。
防護柵の前には先程の男性と、もう一人――次の村の叉鬼だろうか。
「ヤウグァト村へようこそ、大陸の冒険者さん」
「先程、そちらの村の方とナバルクアで会いましたよ」
確かナギリさんは『ヤヴァイ村から来た』と言っていたはずだ。
そしてサツキさんは、その次の……フサ……フサなんとか村から合流している。
正直、エイネジアに戻ったら全部忘れてそうだ。覚えられる気がしない。
「ナギリさんですか。それにしては随分速いですね?」
「飛んできましたから」
「ということは、ソアーズの方ですか?」
「いえいえ。まだランクAです」
「『まだ』を付けるのはやめてくれないか涼平。俺達にダメージが……」
【フィオーレ・マネッテ】の二人と一緒にルーも凹んでいるが、事実なんだからしょうがない。
そしてジィスハでは、今でも『ソアーズ』って言うんだな。
簡単な挨拶のあと村に入り、次の村まで借りる替え馬の手配を待つあいだ、興味津々で集まった村の叉鬼と話していると、テッドさんが戻ってきた。
今後の予定を尋ねると、すぐに次の村を目指して出発するようだ。
「俺達の最終目的地は、ミウヤトクという都だ。この国の中央政府が置かれている場所らしい」
「中央政府って、ちゃんと機能してるんだろうか?」
「ああ。国際会議には参加できないようだが、国の統治は機能している」
「無政府状態って感じはしないもんなあ」
「そこはこの国の人達の気質によるところもあるんだろうな。穏やかな人が多く、攻撃的な人は少ないようだ」
確かに。カナパパぐらいだな。……あれは俺のせいか。
テッドさんは中央政府に、『何かあれば個人的に助力します』と伝えに行くつもりらしい。公式ではなく、非公式の協力ということなのだろう。
「だったら俺達も――と言いたいところだけど、このタイミングでそれを言うのはまずい気もするから、またの機会にしておくよ」
「そうね。今のタイミングだと『協力を引き出すために協力を申し出る』みたいな形になっちゃうから。刀が先ね」
「君達はまだ若いのに、そこまで考えてるんだなあ」
「また私達を凹ませるつもりなのね?」
そう言ってマチルダさんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
俺としては助力を惜しむつもりはないが、折角【フィオーレ・マネッテ】の二人が自ら行動に出てくれたのに、横から「俺も俺も」と首を突っ込むのは違うような気がするので、今回は二人で行ってもらいたい。
ジィスハの中央政府も、事を荒立てはしないだろう。
「それじゃ俺達は行くよ。ルーが「大太刀が無いと眠れない」って言うから、日が暮れる前に見付けないと、「かたなをよこせー」って呟きながら夜の闇の中を徘徊するかもしれないし」
「しないわよっ!!」
クアテェリ村の人達がヒソヒソと話し合っている。
「やっぱり冒険者って恐ろしいんだな」「あんなに可愛いのに」「あんなに大きいのに」「刀を渡さなかったらガバァって……」「俺、喰われてもいいかも」――うん、怒られるやつだ。
俺にはしっかりと聞き取れたが、聞かれてはならない相手にも部分的に聞こえてしまったようで、ルーが無言のまま殺人鬼の眼差しを向けると、男達は「ひっ!」と声を上げ、馬の世話に戻っていった。
「ガバァって何よ!? 喰われるとか! キミが変なこと言うから!!」
「だったら、アイドル冒険者みたいな扱いがいいのか?」
「両極端でしょっ! あたしをどうしたいのよ、キミは?」
「そのままでいいよ、ルーは」
「ひゅーひゅー! 熱いわねー」
「マチルダさんっ!!」
その後、村を離れて飛ぼうとしたら、またルーが真っ赤になっている。
折角慣れてきたのにリセットか……と嘆息しつつ、可愛いと思ってしまった。
「ルーは男で苦労するだろうなあ」
「現在進行形で苦労してるんですけどっ!?」
「いや、そういう意味じゃなくて――」
「すべての意味でよっ!!」
やっぱり女の子って難しい……。
拗ねると重くなるのは不思議だなあ……などと、絶対に口に出せないことを考えながら飛び続け、然程時間もかからず東方のラギナトゥナ村に到着した。
これまで訪れた村より人の手の入った森が多く、あまり隠す気もなさそうに見えるが、やはり少し手前で降下しておくべきだろう。
「この村は……なんか開けっ広げね」
「そうだなあ。バレても気にしてなさげというか……」
「だからって大陸の冒険者が、『お邪魔します』って入っていけるものかしら?」
「日本式だな。やたら言いにくい村の名前以外は、わりと日本っぽい国だけど」
「この国だけ異彩を放ってるわよね」
だが俺達は、ジィスハ建国の謎を解き明かすために来たわけではないのだ。
まずは叉鬼の人を探すと、すぐにその気配を探知できた。
交代時間だろうか? 村を囲う柵の出入口へ向かって歩く壮年の男性は、軽甲冑を纏い、腰には反りのある太刀を佩いている。
「すみません。突然ですが、襲撃ではないので安心してください」
「っ!? 何者だ? 本当に突然だな!」
「大陸から来た冒険者です。大太刀があれば見せていただけないものかと伺ったのですが」
「ああ、どこかで噂を聞いたのか。それにしては二人とも妙に若いな。武器らしい武器を持っていないようだが……本当に冒険者なのか?」
「はい、ランクAです。ちなみに俺の武器は、この【ブルレスケ】です」
「擂粉木じゃないか――って、【ブルレスケ】だとっ!?」
「俺はジゼルさんって呼んでるんですけど、それだと分からないかなと思って」
「【幻砂の白鳥】を知っているのか? ちょっとそこで待ってろ!」
バタバタと村に走っていってしまった。
「やっぱり世界的に有名人なんだな……ジゼルさんは」
『トウゼン!』
「今、胸を張ったなジゼルさん? して、そのサイズや如何ほどに?」
『コロス!』
「なんで!?」
「キミねえ……擂粉木と漫才するなら、公の場ではやめたほうがいいわよ?」
『コロス!』
「ジゼルさんの憎しみがルーにも向けられてるんだけど?」
「なんでよっ!?」
トリオ漫談をしていると、第一村人がもう一人連れて戻ってきた。
その人物は老齢だが足取りはしっかりしていて眼光も鋭く、まるで現役の冒険者のようだ。
「そこのあんた、それは本当に【ブルレスケ】なのか?」
「はい。今は擂粉木の形をしてますけど、元はちゃんとした剣ですよ」
「形状変化か……だが、俺と話す気はなさそうだな」
「お知り合いなんですか? ジゼルさんと」
「いや、探究心ってやつだ。俺は刀鍛冶だからな」
「なるほど、そういうことですか。俺達は大太刀を求めて大陸から来たんです」
「まあ入れ、話はそれからだ」
許可を得た俺達は、ラギナトゥナ村へ歩を進めた。




