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085 愛すべき弟子達

 村にやってきたのは全部で二十人ほどの集団で、先程感じた強い気配の持ち主は二人ほど居る。おそらく叉鬼(またぎ)と呼ばれている人達だろう。

 余所者の俺達が出迎えるのも変なので、ナバルクア村民の出迎えを待った。


 お互いの挨拶を眺めてしばらく待っていると、やがて村長が俺達を手招く。

 そして代表者らしき人物が一歩前に出た。武装した中年男性だ。


「君が魔王を討伐した冒険者か! 若いのに大したものだな」

「はじめまして。俺はランクA冒険者の滝原涼平です。こちらはルベルム・ノースフィールドです」

「私はヤウグァト村から行商人の護衛として同行した、コウ・ナギリだ。堅苦しい挨拶はいらないよ。我々は存在しないことになっている人間だからな」

「でも存在していますから」

「ありがとう。君達のような世代が世界を見て感じたものを、大事にしてほしい」

「ちょっとナギリさん! 出会ってすぐに話が重いわよ!!」

「ああ、すまない。大陸からの来客に、少し興奮してしまったようだ」

「私はこの村のお隣、フサカレノエ村から来たサツキ・カスガ。サツキって呼んでくれていいわよ。そこのあなたは二度目になるわね」


 腰に太刀を佩いた気の強そうな女性が、掌を上にして俺に向けた。

 年齢は二十代半ばだろうか。長い黒髪をポニーテールにしている。

 大陸で会ったのかな? まったく記憶にないんだが。


「あの……サツキさん。すみませんが、以前どこでお会いしましたっけ?」

「会話したわけじゃないからね。ただ見かけただけよ」

「それは……どこで?」


 ジィスハの人……見かけただけ……。

 無意識下で身体が反応している。背中を嫌な汗が伝う。


「ほら、飛んでたでしょ? 正しくは、落ちかけてた――かな?」

「ひぎっ!?」

「ひぎって……キミ、どっから声出してるのよ?」

「ルー。オレ、シラナイ。トンデナイ」

「え? 飛んでロディトナから帰ってきたじゃない」

「やっぱりそうよね? 坊主頭だったし!」


 動作不良のロボットを装っても無駄なようだ。

 俺の中のLTSTが、静かに息を引き取った――

 隣でルーは頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、小首を傾げている。


「えーっと……この人が飛んでて落ちかけてるところを見かけたって話かしら?」

「そうそう。それが面白くて、もう爆笑ものだったのよ!」

「ふーん。……それはじっくり訊きたいわね」

「ヤメテ……ヤメテ……」


 二人仲良く女子会に行ってしまった……。

 残された俺にナギリさんが憐れみの眼差しを向けて、肩に手を置く。


「あの日、彼女は周辺警邏(けいら)に出ていてな……『変なものを見た』と大騒ぎしていたんだ。まさか君だったとは」

「いえいいんです犬に噛まれたと思って忘れますいや無理だそれ」

「そんなに動転するほどなのか……空を飛べるだけでも凄いと思うがなあ」


 ナギリさんは不思議そうな表情を浮かべたまま、自分の仕事に戻っていった。

 その後、行商人が露店を開くのを手伝ってから、ラファへのお土産を物色していると、ニヤニヤ顔でルーが戻ってきた……くそう。


「あたしには何を買ってくれるのかしら?」

「いや、来れなかったラファへのお土産だし。ルーはいらないだろ?」

「何を買ってくれるのかしら、『大の字』さん?」

「ははは……何でも好きなものを言いたまえ! おじさん何でも買っちゃうよ?」

「ちょっと!! 変な言い方しないでくれるっ!?」

「おじさんとキミとはそういう関係じゃないか、はっはっは!」

「やっぱりHENTAIさんなんだ……」

「なんでっ!?」


 いつのまにか隣に居た座敷童が、また走り去っていく。

 図らずも次世代妖怪に社会勉強をさせてしまったようだ……。


「不細工なとこを見られたっていいじゃない。可愛い彼女が居るんだから」

「違いますからね、サツキさん! エイネジアで待ってる彼女へのお土産を見てあげてるだけですからっ!!」

「じゃあルーは何もいらないよな?」

「うぐっ……卑怯よ、妖怪『大の字』っ!!」

「あーなるほど、二股ってことね?」

「サツキさんは話をややこしくしないでっ!!」


 露天に並べられた品物は食料品や日用品だけでなく、武器や服、アクセサリーや本など、多種多様だ。

 俺はアクセサリーを見ていたのだが、女子の好みはよく分からない。


「ルーにも買ってあげるから、ラファが好きそうなのを選んでくれるかな?」

「あたしが選んじゃダメでしょ? 女心ってものが分かってないわね」

「そういうもんかー。でも、ルーは自分で選ぶだろ?」

「そうね。目の前にあるんだし」


 ……わからん。

 結局ラファへのお土産は、七宝焼の飾りが付いたチョーカーにしておいた。

 黒猫の形に緑の星が散りばめられている。

 隣でルーが、それをじーっと見つめていた。


「ルーも欲しいの?」

「こういうとこなのよ!」


 そう言ってサツキさんと頷きあう。

 ……わからん。


 結局ルーは桜の花をあしらった飾りが付いた(かんざし)を選び、一緒に会計を済ます。

元から簪を通すようなバレッタをしているので、替わりになる物を選んだようだ。飾り部分は、やはり七宝焼で作られている。


 ついでに武器も眺めていると、一振りの打刀に目が止まった。

 商人さんの許可を得てルーに調べてもらった結果、『かなりの業物』らしいので現金払いにて購入。

 この刀は、あとで村長に頼んでトザネさんに届けてもらうつもりだ。

 さすがに村長から渡されれば、酒代に替えたりはしないだろう。


「ありがとう。あたしが言うのもおかしいけど」

「こういうのは見たときに買わないとな。トザネさんが居たら無理矢理買わせるんだけど」

「トザネさんかあ。昔は私にとっても憧れの存在だったのよね……」


 サツキさんが遠い目をして言う。彼の現状を知っているのだろう。

 だが、今のナバルクア村にとっては重要な戦力なのだ。


「この村に来たときは様子を見てあげてください。酒臭かったら殴っていいです」

「ルーさんの先生だったんでしょ? だらしない生活してたらシメとくから、任せといて!」

「預かり知らないところで追い込まれていってるわね……」

「酔っぱらい包囲網だな」


 本人が関係を断ち切ろうとしたって、周りが関わっていけばいい。

 あんな家で毎日酒浸りでは、気が滅入るのも当然だ。


「さて……あと一つ用事を済ませたら移動しようか」

「そうね。このまま長居してる場合じゃないし。面白い話も聞けたし」

「落としたら忘れるかな?」

「落とさないで!!」

「それじゃ、私もこの辺で失礼するわね。外の人と話せて楽しかったわ」

「また会えるといいですね、サツキさん」

「サツキさんが見たのは、フライングヒューマノイドという未確認生物なのです。誰にも話さず忘れましょう。でなければ、いずれ奴等は全裸にアヒルの人形――」

「あなた達みたいに多くの人と会わないから。忘れないわよ? 『大の字』さん」


 笑顔のルーと打ち拉がれる俺に笑顔で別れを告げ、サツキさんは軽やかな足取りで馬の人達のところへ戻っていった。


 重い足取りの俺は、残る用事のために村外れの墓地へ向かうと、新しい花が沢山置かれた簡易的な墓標の前で、手を合わせた。

 俺達にはなんの関係もない人達であり、この村の大切な住人だった人達だ。


「『お前ら誰!?』って感じかなあ」

「生きてる側がどう考えるかでしょ? こういうのは」

「そうだな。日本に俺の墓があってその前で泣かれても、異世界でお尻人間だし」

「違う意味で泣くわね……」


 その後は村長宅にトザネさんの刀を預け、村を離れることを告げると、家族総出で見送ってくれた。


「またいつでも立ち寄ってくだされ。歓迎しますでな」

「お世話になりました、村長。食事と宿もありがとうございます」

「クックック……カナちゃんはお前に愛想を尽かしたようだな」

「こんな立派なお嫁さんが居るものねえ」

「ち、違いますからねっ!?」

「カナには『妖怪ごっこは程々に』と伝えておいてください。帰りはそのままエイネジアへ向かうので、またあらためて別の機会に来ます」

「こんなに賑やかだったのは久しぶりじゃ。滝原さんにルベルムさん、本当にありがとう。ラファイエさんにも感謝の意を伝えてくだされ」

「はい、こちらこそ楽しかったです。それでは――」

「涼平!! これ……みんなで書いたの!! 乾くのを、待ってた……から」


 息を切らしたカナが手にしているのは扇子だ。受け取って開いてみると、数人の名前が書かれている。先に扇形の和紙に名前を書いてから貼り付けたようだ。

 つたない文字で書かれた名前は、妖怪の弟子達のものだろう。


「それと、これは……あたしから涼平に」

「カナちゃんっ!? そ、それはっ!!」


 カナパパが驚愕している。なんだろう? と手に取ると、小さな香箱だった。

 美しい沈金(ちんきん)螺鈿(らでん)象嵌(ぞうがん)(ほどこ)され、一見しただけで貴重なものだと分かる。


「あたしのいちばん大事なものをあげます。助けてくれてありがとう、涼平」

「嬉しいけど、そんなに大事なものは貰えないよ」

「受け取ってあげてください、滝原さん。娘の精一杯の感謝ですから」


 奥さんが旦那を羽交い締めにしながら促すので、俺は一旦返そうとした香箱を見つめ直す。


「いいのか? カナ」

「あたしが……みんながここに居るって忘れないで……涼平」

「妖怪ムジカクは弟子達のことは忘れないぞ? カナも弟子だろ?」

「うん! あたしも魔術うまくなるから、また見にきてね、師匠!!」

「頑張って練習しろよ? それじゃ行くよ。ありがとう、カナ」


 カナは両手を伸ばしてハグを要求したが、俺はHENTAIさんではないのだ。

 その小さな手をそっと掴むと二、三度振ってから離し、頭を撫でてやった。


 ジィスハに生まれ育って、魔王、そして冒険者という途方もない存在と出会い、世界の広さと己の不自由さを知ってしまった少女は、それでも零れ落ちそうな涙をギリギリのところで堪えている……強い子だ。

 俺も冒険者として、できることをもっと増やさなくてはならない。


 手を振りながら村長宅を離れて歩いていると、森のテーマパークのような場所であるナバルクアの、樹木の枝や(うろ)の中、偽装廃屋、低木の隙間など、いろんな場所から子供達の声がする――これじゃ、どっちが妖怪なんだか。


「妖怪ししょー、またきてねーっ!!」

「オレも立派な妖怪になるよーっ!!」

「わたしも早く妖怪になりたーい!」

「ばいばーい! HENTAIししょーっ!」


 最後のは戻って訂正させるべきだろうか……まあ、次に来たときでいいか。

 俺とルーはいろんな場所に手を振りながら、テーマパークをあとにした。

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