084 桃色か肌色か
少し開けた広場に子供達を集め、俺とルーで魔術ショーを始めた。
魔族や高ランク冒険者の気配は感じないが、あまり派手な演出は控えておく。
まずルーが一マトほどの木の枝を十本ほど回転させながら宙に浮かべ、互いを打ち合わせて軽快なリズムを奏で、俺はあまり得意ではないイメージ投影で六体の炎の龍を作り、リズムに合わせてくねくねと踊るように上昇させた。
まずは簡単な魔術だけで何ができるのかを見てもらう。
「うわあ! すっごい!!」
「木の枝が空中でくるくる回ってるよ!!」
「こっちは蛇の形をした火が飛んでるーっ!」
「蛇じゃなくて龍だぞー?」
子供達は目をキラキラと輝かせ、リズムを打ち鳴らす枝と踊る龍を眺めている。
ルーがリズムを変えると瞬時に龍を消し、今度は俺の身体の周囲をぐるぐる回らせて、子供達が「消えちゃった!?」「こっちにいるよ!!」と視線を移すあいだに、ルーは木の枝を縦一列に並べただけの貧弱な柱を作る。
俺がパンッ! と手を合わせるとすべての龍が消え、「ふーっ」と額の汗を拭うフリをしながら貧弱な柱を掴み、身体を斜めにして体重を預けていく。
子供達が「ダメーッ!!」と声をかけると同時に、枝を掴んだままずっこけた。
貧弱な柱は、俺が掴んだ一本が抜けた状態で静止している。
尻餅をついた俺が、それを見て大袈裟に怒ったフリをして手に持った枝を折る。
すると、大量の枝が飛来して周囲に突き立ち、俺は木の檻に閉じ込められた。
子供達からは「逃げてー!」と声がかかる。うんうん、いいリアクションだ。
その檻に松明を持ったルーが点火すると、子供達の悲鳴が上がる。
『ちょっと待て!?』となるほど燃え盛る炎。怯える子供達――
「あれは何かなー?」
ルーが声を出すと、空には桃の形をした土の塊が浮かぶ。
その桃から俺が登場――――のはずが、顔と四肢だけが突き出た間抜けな状態になってしまった……リハーサルしておくべきだったか。
「なにあれー?」
「お尻人間ー?」
「桃太郎だよ!!」
子供達はわけが分からないまま爆笑している。
これはこれでウケたので、俺はしばらくお尻人間のまま魔術ショーを続けた。
広場には大人達も集まっていたが、半ば呆れながら眺めている。
「大陸には凄い人達が居るもんだねえ」
「あれが魔王を斃した冒険者なのか……」
「えっ!? 旅芸人だと思ってたよ」
うん、もういいよ……それで。
お尻人間を解除して、次は魔術の料理ショーだ。
俺はお椀を作るところから始め、地面から噴き出させた水を濾過と煮沸したお湯に味噌汁の材料を投入。完成した味噌汁をお椀に注いだものを更にフリーズドライ化して、インスタント味噌汁にするまでの工程を、ほぼ空中、すべて魔術で終わらせた。
実食は、何を食べても【加護】で平気な俺が美味しくいただきました。
「凄い……魔術ってこんなこともできるんだね!!」
「そうだぞ。魔術は危ないことばかりじゃないんだ。『もっと便利に使いたい』といろいろ考えて工夫して、自分のものにしていけばいいんだ」
「あたしもやってみたい!!」
「僕もー!!」
一方、仲間入りを拒むもう一人の妖怪は、空中に浮かせたマンゴーのような果実を、重力操作したナイフで綺麗な花咲カットにすると、ゆっくり皿の上に落として子供達に配っていく。
「うわあ、全部宙に浮いたままだったよ!」
「こっちのお姉ちゃんもすごいんだね!」
「おっぱいもすごい!!」
男の子の母親が頭をぺしっ、と叩き、村の男達は咳払いした。
新たな星人の誕生である――
次は各自で実技の練習だ。
「自然魔術は脳への負担が大きすぎるので、死にます」
「えーっ!!」
「だから大人に隠れてこっそり覚えようとしたら、死にます」
「みんなは妖怪さんの言うことを守って、魔術の練習は大人と一緒にね?」
「はーい!」
子供は素直でいいなあ……。
もう一人の妖怪は、アシスタントのお姉さんの体で逃げ切るつもりだな。
火炎魔術には、熱さを知ることも火傷をする怖さも大事で、危険から遠ざけるのではなく、何がどうして危険なのかを理解させたほうがいい。
マッチの火ぐらいの小さな炎を見せて、「これぐらいから始めよう」と乾燥した小枝の先に火を点ける練習をしてもらう。
まだ幼い子供も居るが、大人達に見守られながら練習を繰り返す。
「涼平! ついたよ!!」
「おう! これでカナはお家の手伝いもできるな!」
「かじてつだいだね!」
「家を燃やしちゃダメだからな?」
「こっちもできたー!!」
「それじゃ、できた子は重いものを持ち上げる魔術もやってみよう!」
そちらはルーに任せた。
基本となる二種類の魔術でも、火炎なら複数同時操作、重力なら障壁の構築と、いくらでも難易度は上げられる。
しばらくみんなでワイワイと練習を続け、大人達に「何が危険かは、みなさんのほうでも教えてあげてください」とお願いして、魔術教室は終了となった。
「あたし、妖怪の弟子になっちゃった!!」
「ぼくもー」
「わたしはまだできないから弟子じゃないのかな……」
「大丈夫、みんな俺達妖怪ムジカクの弟子だぞー」
「ちょっと!? あたしは違うからね!」
「ルーは妖怪のおくさん!」
「なっ!? 違うわよ?」
「おくさんはあたしよっ!!」
カナはまだ諦めていないようだ……。
なんだかんだで空が茜色に染まる時間になってしまったので、今日は村長の家で泊まらせてもらう。村の人達も集まって、賑やかな晩餐会になった。
寝室は強制的にルーと同室にされたのだが、犯人はカナパパだろう。
カナが『HENTAIさん』と連呼したせいで、危うく隔離牢に入れられる可能性もあったが、どうにか普通の部屋での就寝を許可された。
そしてルーは現在、並べて敷かれた布団を引き離す作業に勤しんでいる。
「ごめんな……『別の部屋にして』って言っといたんだけど」
「まあ、監視役も兼ねてるからね。あ、あたしは信用してるし」
「だったらそんなに布団離さなくても……」
「それとこれとは別の話よっ!」
大陸の町と違って、ナバルクア村は日が暮れると闇と静寂に包まれる。
明かりを灯すことすら必要最小限なのだ。
「やっぱり俺がブトルア行って国王ぶん殴ってこようかな……」
「魔人化したらどうするのよ? たとえランクSでも好き勝手に世直しして回るわけにはいかないんだから、政治家とギルド連盟に任せるべきよ」
「それはそうなんだけど……ジィスハから大陸に出て冒険者やってる人達は、堪え続けられるんだろうか?」
「暴走すればどうなるかは理解していると思うわよ? むしろ天人が少ないのは、幸いと言えるかも」
「だけど、それも納得いかない部分なんだよなあ」
「確かに……ジィスハに愛着のある高ランク冒険者も少ないってことになるわね」
ヴィスティード人は【加護】が無いから天人よりも成長速度が遅い。
結果、いろんな要素がジィスハ弱体化と差別的扱いに働いてしまう。
「せめて俺達は『ここで逞しく生きてる人達が居るんだぞ!!』と心に留めておきたいな」
「当然でしょ? それにランクSになれば連盟への発言力も増すから」
「その前に大太刀探しだな」
「あたしも『ジィスハにあるんだ』って軽く考えてたから……なんかごめん」
「手掛かりがあっただけでもよかったじゃないか」
「でも……キミは擂粉木だし、あたしの我儘かな……って」
「俺の場合、そもそも剣にもしっくりきてなかったし、今はパクリキックが必殺技だからな」
「何それ? というか擂粉木に慣れるのもおかしいでしょ?」
「そうかなあ……そうかもなあ……」
ジゼルさんに「一緒に布団に入って、腕枕しようか?」と訊いたら『コロス』と言われたので、今は壁に立て掛けてある。
「剣に戻らないのは『普通の剣士になるな』って、深い意味があるのかもなあ」
『イヤガラセ』
「即答っ!?」
「そっちはそっちで不思議な関係なのね……」
明かりも喧騒も無い秋の夜――虫の音は催眠効果も高いのだろうか。
俺達は会話もそこそこに、自然の奏でる音色に身を浸した。
§
翌朝目覚めると既にルーは部屋を出たようで、部屋の隅に寄せられた布団は綺麗な三つ折りに畳まれていた。
ふと、部屋の出入口から気配がしたので襖のほうを見ると、カナが半分だけ顔を覗かせている。
「おはよう、カナ。座敷童の真似か? 妖怪仲間だな」
「……ゆうべはおたのしみでしたね」
走り去ってしまった……どこで覚えたんだそんな台詞!? 布団は部屋の隅と隅に離されてたんだけどな。
俺だって健全な男子だ。ムラムラしないわけではないが、ジゼルさんも見ているのだ。朝起きたらタキハラジュニアは失踪して、止血されている可能性もある。
『チョッキン!!』
「……顔、洗ってこよう」
村長宅で朝食もご馳走になった俺達は、本来の目的を果たすためにナバルクアを離れる。まず最初にクアテェリ村へ向かう一行を追うが、合流ではなく挨拶をするだけだ。
各村にも少数だが対魔族用の戦力が存在し、『叉鬼』と呼ばれている。
しかし、冒険者ならばランクC~B相当の者が大半で、やはりジィスハでも強い者は大陸へ渡ってしまうらしい。
村といえば、『クアテェリ村の人達に貸した馬を隣の村から返しに来る』と村長が言っていたな……。
「村長、馬を連れてくる人達は、いつごろ到着するんですか?」
「そろそろ着くと思うんじゃが、滝原さん達とは入れ違いになるかもしれんのう」
この国では所謂『替え馬』による旅は珍しくないようで、出発地点で馬を借り、次の村でまた馬を替えて次の村へ――というやり方で馬への負担を軽減させつつ、前の村へ馬を返しに来る人達が物資や情報の交換を行うらしい。
一緒に行商人も来ると聞いたので、ラファにお土産でも買おこうかな。
「ぼけーっと待っているぐらいなら、こちらから行ったほうがいいかな?」
「道の真ん中で荷物広げさせるつもりなの?」
確かにルーが正しいな。
急ぐ理由があるとすれば、それは俺以外の誰かのもので、俺には無いのだ。
カナが遊びたいならどこかに出掛けてもよかったのだが、座敷童ごっこに嵌ったのか、姿を現さない。
たまにはのんびり過ごすのもいいかなあ……などと考えていると、村に接近する気配を感じた――そこそこ強い人間が近付いている。
「やっぱり俺達にのんびりタイムは必要ないのかもな」
「どういうこと?」
「もう着いたみたいだぞ? 馬の人達が」
「馬の人達って……」
気配のしたほうへ向かって歩くと、やはり馬を引いた一団が防護柵を抜けてこちらへ向かってきた。




