083 大陸から来た妖怪
『ジィスハに帰った酔っぱらい』こと、トザネさんの踏み込みは、俺の予想より鋭かったが、その打ち込みは避ける必要を感じない威力だ。
左手で受け止めて下方へ流しながら右半身になって、トザネさんの左顎を掌底で打ち抜くと、さすが元冒険者だ。咄嗟に右へ飛び威力を軽減しながら、左手一本で握った刀を下から振り上げた。
俺は力の入っていないただ振っただけの一撃を、左手でぺしっ、と払いのける。
「この刀では斬れぬ格か……甘いのは俺のほうだな」
「なんで冒険者を続けなかったんですか?」
「刀に……申し訳ないと思ったのさ。『俺はここまでだ』と感じるような人間が、使ってはならないものなんだよ……あれは」
「なるほど。だけど、今の刀だって大事でしょう?」
「惰性で生きるのに必要なだけだ。志の問題じゃないんだよ」
「じゃあこうしましょう――それは俺が折ります。だから、もっといい刀を使える志を持ってください」
「簡単に言ってくれるッ!!」
怒りではなく熱量。注力が増しただけだ。これが本気の力なのだろう。
更に鋭い踏み込みと、高速の一撃――
素手で砕いてやろうかと思ったが、折るのは心ではなく刀だ。ここは礼儀を以て応じなければならない――擂粉木を手にする。
「そんなもので魔王と戦ったのか!? 頭は大丈夫か?」
「これは焼けて剃っただけですから。生えてきますよ? たぶん」
「髪の話はしていない。まったく……ルーは面白い旦那を見付けたもんだな」
「違うわよっ!?」
さすが教導者をやっていただけあって、魔獣相手でも対人でも使える体捌きだ。低ランクとは格が違う。
だが――それも冒険者を引退してしまえば『いい先生』程度でしかない。
俺は直立したまま、相手の攻撃のすべてを片手で捌いた。
ちょん、ちょん、と刀の軌道を逸らして当てさせない。素手でも掴めるぐらいなのだ。本気で弾けば折れてしまう。
トザネさんは既に肩で息をし始めている。アルコールのせいだろうか……。
誰のためでもない。彼がここで終わらないように、また前を向けるように――
「高みを目指すだけでなく、やるべきことを前向きにやってる人も居ます」
「説教か……いいんだよもう、そういうのは……」
「トザネさんがよくても、この村の人達は違うと思うんです。魔王が誰の命を奪ったか、ご存知ですよね?」
「俺はこの村で生まれ育ったんだ……みんな知ってる……知ってるさ」
「あれに勝つのは俺やルーです。あなたを必要としてるのはこの村です」
「……俺なんか居なくても、やっていけるよ」
「ここに帰ってきたなら、トザネさんもこの村が必要なんでしょ?」
「それは……っ」
俺は加速して急接近すると、鳩尾に左の拳をぶち込んだ。
トザネさんは胃の中身をぶちまけて呻いている。
擂粉木でやったら死ぬだろう。こんなところでただの酔っぱらいを殺めて魔人化なんて、御免蒙りたい。
「依存症なんて治せるはずなのに、何故そうしなかったんですか?」
「お前さんには分からんよ……求めるだけの強さを得られる人間には」
「みんな言うよなあ……『お前には理解できない』って」
「理解は壁ではなく天井だ。上からでは何も見えないものさ」
「――そこのルーは飛べないんですよ、まだ」
「ちょっと!? 巻き込まないでっ!」
「でも飛ぶよな、ルーは? でないと俺に抱きつかれちゃうもんな」
「涼平はHENTAIさんなの?」
「カナちゃんはちょっと下がってようね? 今大事なお話してるからね?」
「なんの話だ……」
「ルーは飛べないけど飛ぶ。トザネさんはどうしたいんだよ?」
「上から天井を砕いても、下の人間は埋もれて死ぬだけだ。……そんな話の前に、この刀を砕いて見せろッ!!」
「いや、もう砕けてるから」
トザネさんが刀を振り上げると、その刃は粉となり風に舞い散った――
ただ攻撃を受け流しただけでそうなるのだ……この擂粉木は。
「天井とか、そういう哲学的な話は難しくて俺は何も言えないけど、雨に濡れたくなければ必要なんだし。そんなに悪いものかなあ?」
「雨、か……畢竟、俯いて駄々を捏ねているだけなんだろうな……俺は」
「それって『まだまだ若い』ってことじゃないですか?」
「耳が痛くなるだけだ、その表現は。お前さんも大概だが、その武器――最上位を超える格のものだろう?」
「紹介しますね。俺の仲間、魔剣【ブルレスケ】こと、ジゼルさんです」
ビシッと擂粉木を向けると、トザネさんは少しだけ驚きの表情を浮かべたあと、静かに息を吐いた。
「そうか……お前さんが選ばれたんだな、【ブルレスケ】に」
「ご存知でしたか。といっても、お試し期間なんですけどね」
「まったく、ルーはとんでもない旦那を見付けたもんだな」
「くどいわねっ!! 新しい刀で斬る予約入れるわよ?」
「あはは……面白いなあ、ルーは。だったら俺にも身を護る刀が必要だな、それもとびきりいい刀が――」
トザネさんが断酒できるかは分からないし、俺は飲酒依存症のカウンセラーではない。ただ、少しでも心境に変化があったなら、こうしてルーと一緒に訪ねた意味もあるだろう。
代替の刀はあるようだが俺は刀代を渡し、『次に来たとき酒代に消えていたら、ルーに斬ってもらう』と約束しておいた。
そのトザネさんが、「ジィスハには奇妙な場所がある」と言う――
場所は東方、山の麓にある洞窟のような場所で、外から見ると奥の壁が見える深さなのに、その中に足を踏み入れると更に奥まで洞穴が続き、その最深部には刀の置かれた祭壇があるらしい。
謎の刀を求めて何人もの冒険者が向かったが、結局外から見える範囲までしか入れず、祭壇を見たという者は既に他界し、真実は未解明。
それだけならただのミステリースポットなのだが、俺が一番引っ掛かったのは、そこにある不思議な門だ。トザネさんが描いて見せてくれたものは……どう見ても神社の鳥居なのだ。
宗教の形態が地球とはまったく異なるこのヴィスティードで、誰がなんの目的で神道の鳥居を作ったのか? そして謎の洞窟――――
ただ天人が郷愁の念で作っただけとは思えない。奇妙な場所であることは間違いないだろう……そもそも鳥居は、神域との境界として作られるものなのだ。
「信じるか信じないかはお前さん達次第だ。ただ、こういう話……好きだろ?」
「大好物です!!」
「え!? あたしは行かないわよ? なんか恐いし……」
「あたし行きたい!!」
先程の模擬戦を見て、星が飛び出しそうなほど目をキラキラさせていたカナが、ふんすふんすと鼻息を鳴らしながら興奮している――
だが残念ながら、カナが耐えられる速度で移動していると、滞在期間がどんどん延びてしまう。
「ごめんな……カナ。今回は大きなわんこが来てないから、ちょっと無理なんだ。次に来たときは、みんなでミステリースポット巡りしような?」
「ほんとに? ……約束してくれる?」
「うん。俺はジィスハが大好きだからな。約束するよ」
「あ、あたしを『みんな』に入れないでほしいんだけど……」
「ルー。この世界には、亡霊の魔族もゾンビも実在するんだぞ?」
「重要なのは、斬れるか斬れないかなのよっ!!」
「……カナはルーより強くなるかもしれないな」
「うん、あたしはルーより凄くなるんだから! ちょっとだけ待っててね涼平!!」
何が? 何を!?
藪蛇をつついてしまったかも……と後悔しつつ村長宅に戻り、刀工の居る村の位置と、ここからの道程にどんな場所があるのかを尋ねるついでに、謎の鳥居の場所も俺が自作した地図に書き込んでもらった。
上空に飛んで見た極東の島を、ささっと描いただけの簡易地図だ。
鳥居はシィオルナカナという村の外れにあり、刀工達は更に東方のラギナトゥナ村に居るらしい。
それぞれの距離は、九州から奈良、そして栃木ぐらいだろうか。
魔王に連れて来られたクアテェリ村の住人は、既にこの村で馬を借りて【フィオーレ・マネッテ】と共に村へ向かっているが、峠越えの難所が続くため、早くても二週間ほどの道程になるようだ。こちらは九州から兵庫ぐらいだろう。
冒険者なら、遅くても数時間で行ける距離なんだけどな……。
「そろそろ『化け物』と言われ慣れてきたけど、本当に化け物なんだな俺達って」
「『俺達』って、あたしも入ってるの、そこに?」
『ムジカク』
「ああ。妖怪ムジカクだな、俺達は」
「涼平はHENTAIさんで妖怪なの?」
これでカナも結婚を諦めてくれるといいな。
「たーきはーらさーん!!」
不意に外から俺を呼ぶ声が聞こえたので見に行くと、数人の子供が家の前に集まっていた。
大陸に連れて来られた子と、その友人達のようだ。
「滝原さん! 魔術教えてくれよ!!」
「あれ……そんな約束したっけ?」
「だって、【ふぃれおまねて】の人が『滝原さんが教えてくれる』って!」
「マジか……あの二人、俺に押し付けやがったな!?」
「みんな! 涼平は妖怪でHENTAIさんなんだよ!!」
「えーっ!!」
「HENTAIさんってなあに?」
カナが状況を掻き混ぜている――
ルーのほうを見ると、目を逸らした……裏切り者め。
ただ、俺も一つ疑問があったので、腰のポーチから火炎魔術の魔石を取り出し、子供達に訊いてみた。
「この村に、魔石はあるのかな? こういうやつ」
「あるよー! 火をつけるのに使うやつ!!」
「食べるの? 妖怪だから?」
「食べないよっ!? 魔石があるなら、なんで魔術を教えてほしいんだ?」
「土とか木とかをぐりん! ってやるやつ!!」
「ああ……そっちかあ」
自然魔術は真愛ですら使いこなせていない……難しいな、これは。
すると子供好きのルーが助け舟を出してくれた。
「この村に、魔術の先生は居ないのかな?」
「いないよー。親に教えてもらうから」
「だけど土や木の魔術を使える人は居ないんだ?」
「うん……いたんだけど……」
「魔王が……」
カナが俯く。そうか……戦ったんだな、あれと。
俺とルーは顔を見合わせて頷くと、子供達に「魔術教室を開く前に、村長の許可を得ないとな?」と告げ、ルーを残してカナと家に戻り、村長に伺いを立てる。
村長はあっさり許可してくれたが、理由を問うと「子供達が笑顔になってくれるなら、なんでも構わない」とのことだった。
「訊くまでもないと思うけど、ルーはいいのか?」
「当たり前でしょ。このまま『じゃあね』って立ち去れると思う?」
思わぬ事態で大太刀探しの旅は少し先延ばしになってしまったが、俺だってこのまま暗い顔の子供達を残しては行けない。
なので俺達は、魔術教室――というより、魔術ショーの開催を決めた。




