082 退廃的な教導者
ここはナバルクア村の、とある襤褸家の前。
ルーの教導担当者である、ソウスケ・トザネという中年男性が、刀を構えて俺の眼前に立っている。
相手は元ランクAとはいえ、三年前に冒険者を引退した人物だ。
打刀と言われる、普通の長さの日本刀を持つ相手と戦うのは初めてだが、擂粉木こと魔剣【ブルレスケ】を使えば結果は見えているので、俺は素手で相対する。
「どういうつもりだ? 言っておくが――あまり甘く見ないほうがいいぞ?」
「俺は手加減しますので、一緒に運動して酒を抜きましょう」
「言ってくれる――っ!!」
酒臭いおっさんに絡まれるフェロモンでも出てるのかな……俺。
正午過ぎの静謐な森の中に、ざっ。と踏み込む足音だけが響いた。
なんでこんなことに――――
話は数時間前に遡る。
§
「お、あれかな?」
「確かに、パッと見では分かりにくいわね」
ナバルクアの村は自然に融け込むように家が点在し、上からは壊れているように見える建物もあった。シンの話が事実ならば、あれは偽装なのだろう。
村の周囲には、戦国時代の馬防柵を、より強固にしたような木製の柵が広範囲に設置され、大陸の町で見られる魔術で作られた土壁は見当たらなかった。
「煙とかどうしてるのかしら?」
「大陸からは視認できなくても、結局のところ『知る人ぞ知る』状態なのかも」
「うーん……そこまでして公に伏せておく意味はあるのかしら……」
「何か深い理由がありそうなんだけど、部外者が根掘り葉掘り訊けないよなあ」
「キミはまったくの部外者でもないけどね? 魔人オクトの弟子なんだから」
「それがどっちに転ぶか分からないし……」
村の傍で第一村人のおじさんを発見。いきなり現れた俺達を見ても然程驚かず、向こうから話しかけてきた。
「あんたら、魔王を斃した冒険者だろ? 坊主頭と巨乳の美人さん、それに灰色の髪をした美人さんの三人連れだと聞いてるよ」
「巨乳は来てますけど、あと一人は留守番で来てないんですよ」
「二人とも――ちょっとそこに座りなさい」
おじさんと並んで正座させられた。
「身体的特徴を述べただけで体罰ですか先生?」
「誰が先生よっ!? 口外するのは慎むべき言葉を理解しなさい」
「はい、先生」
「あんた、先生さんなんだねえ……」
「違うわよっ!?」
第一村人と和やかに打ち解けた俺達は、「大陸から戻った人達に挨拶したい」と告げて、村へ案内してもらった。
村は上から見るよりも綺麗で、こんな例えは失礼かもしれないが、まるでテーマパークだ。一見、捨てられた村にしか見えないのに、人だけでなく馬なども通りやすくなるように、倒木の位置なども工夫されていた。
俺達が感心しながら村を見渡しているところに、元気な少女の声。
「涼平! おそかったじゃない!!」
「おう、カナか! 大きくなったなあ」
「まだ二日しかたってないよ!! でも……ほんとに?」
「ほんとだぞ。だからしっかり食べろよ?」
「うん! あたしが案内するねっ!!」
呆れ顔のルーを余所に、俺の手をぐいぐい引っ張って村長宅へ案内してくれた。そこがカナの家なのだ。
家の中にはカナの両親と祖父母と思われる老夫婦に、大陸で会話した初老の男性も居て、帰路は安全に帰れたことや、【フィオーレ・マネッテ】と俺達への謝辞をもらったのだが、俺達は『もっと褒めて』と言いに来たわけではない。
適度な雑談のあと、本題である大太刀について尋ねると――
「折角来てくれたのに申し訳ないが、ありゃあ使い物にならんよ……」
話してくれたのはカナの祖父にあたる人で、ナバルクアの村長だ。
タキジ・カゾノさんという名前らしい。背筋がしゃんとしていて、まだ五十歳ぐらいに見えた。
「長年手入れもせずに放置されとったからのう……」
「鍛え直すとかは無理ですかね?」
「この村ではもう無理じゃ……昔は刀鍛冶で栄えた村だったんじゃがのう……」
見た目に反して昔話のお爺さんのような口調で、申し訳なさそうに語ったタキジさんの横で、カナが沈んだ表情をしていた。
『自分が呼んだのにこんな結果になってしまった』と思ったのだろう。
子供好きのルーが、それを見過ごすわけがない。
「ありがとう、カナちゃん! あたしはすっごく感謝してるからね?」
「でも……せっかく来てくれたのに……」
「俺達はジィスハ観光に来たんだぞ? 気にすんなって」
「涼平……でも、あたし……」
「もっと面白いとこ、あるんでしょ? 教えてくれなきゃ帰っちゃうわよ?」
「ある。けど……おっきな刀は……」
それを見かねたように、初老の男性が教えてくれた。
「あの……この村にはありませんが、東方の村に現役の刀工が集まっております。ここからは遠方となりますが、足を運ばれてみてはいかがでしょうか?」
「本当ですか!? 俺はみなさんが昼ご飯食べてるあいだに、行って戻ってこられますから、ご心配なく!」
「キミだけ行ってどうするのよ!!」
「カナも行く!!」
「これこれ、カナが行っても邪魔になるじゃろうて」
「カナちゃんは、いい旦那様を見付けたみたいね。お母さんも嬉しいわ」
「お、お父さんは認めんぞっ!! こ、こんな……どこの馬の骨とも知れん若造に、カナちゃんは絶対に渡さんからなっ!!」
「ケンカしたって勝てないくせにー」
「なにおうっ!!」
素敵なコント一家だ。
普通に暮らしてドタバタやってるんだな……と、心がほっこりした。
とにかく東方の村に大太刀があるかどうか、行ってみるしかないだろう。
喧騒の中でもカナのお母さんは涼しい顔で、「食事の用意をしますから、食べていってくださいね?」と告げて、隣で静かに頷いていたお婆さんと台所へ向かい、ルーも「手伝います」と、その後を追った。
俺の腕にしがみ付く少女を残して――
「しませんよ? 結婚」
「遊びだと言うのかっ!?」
「あそびだったの涼平!!」
「正気に戻ってくださいお父さん!! カナも面白がって乗っからない!」
「だ、誰がお前のお父さんだっ!!」
「――これが件の刀じゃ」
家族コントに割って入ったのは、抜き身の大太刀だ。
よく持てたな……爺ちゃん。
柄の無い全長二マトほどの大太刀で、錆も浮いて本当にボロボロだった。
「この刀を打った刀工達は、もう一振り別の大太刀を拵えてから、余所の村へ移ってしもうたんじゃ」
「もう一振りの刀はどうされたんですか?」
「この村の馬鹿者が持って大陸に渡り、冒険者になったんじゃが……」
「亡くなったんですか?」
「いや、酒浸りで冒険者も辞めて帰ってきおった……あの馬鹿者めが」
それって……と思った俺は、一応確認しておいた。
「大太刀は持ち帰らなかったんですよね?」
「うむ。『やった』とぬかしおった。せめて良き使い手に渡っておればよいが……もし、悪しき者や魔族の手に渡っておったらと思うとのう……」
「その点は大丈夫ですが……刀はもうダメですね」
「知っておるのか? 行く末を」
「今、台所で包丁を握っている女の子が大事に使っていたんですけど、魔王に砕かれてしまったんです」
「あの刀で魔王と渡り合ったと? そりゃあ凄い!! 生還しただけでも幸いじゃ。すまんかったのう……愚痴を聞かせてしもうて」
「ルーは立派な使い手でしたよ。褒めてあげてください」
「そうか、そうか……それはほんに良き事じゃった」
「それで、飲んだくれさんは、まだこの村に?」
「ああ。今は村の警護を任せておる。戦える者も……減ってしもうたからのう」
「なるほど……あとでその人の家を教えてもらえますか?」
ダメ人間でもルーの教導担当者であり、大太刀をくれた人なので、挨拶ぐらいはしておくべきだろうと俺は考えた。
親父さんの怒りも静まり、カナと魔術お手玉で盛り上がっていると、料理が食卓に並び始め、昼食をご馳走になりながら、ルーにも大太刀の件を伝えておいた。
「そういう繋がりかあ……やっぱり、あたしがダメな使い手だったみたいね」
「落ち込むことはないって、俺が買った剣もガラスみたいに砕かれたし」
『ボンクラ』
「ジゼルさんは手厳しいなあ」
「涼平はおっきな刀はいらないの?」
「ここに凄い剣があるから俺はいらないんだよ、カナ」
「でもそれ、すりこぎでしょ? あたしも使ったことある!」
「それで魔王と戦っちゃうんだから、とんでもないわね……」
「凄いすりこぎなんだ!」
「そうだぞ、カナ。見ろ、ぴかぴか輝いてるだろ?」
「わかんない」
そんな会話をしながらルーの教導担当者の家に向かうと、カナも付いてきた。
その人物の名前はソウスケ・トザネさんで、年齢は四十代半ばらしい。
偽装ではない襤褸家から出てきた男性は、無精髭に眠そうな顔、長い髪を無造作に後ろで束ねていた。
「なんだ、ルーか……なんの用だ?」
「愛想なさすぎでしょっ!? 丸二年以上会ってないのに、それなの?」
「冒険者は辞めたからな。もう他人だろ」
「『久しぶり』とか『元気だったか』とか、あるでしょ普通」
「俺に普通を求めるなら、お前さんはルーの偽物だな」
「もういいわよっ!」
数年前と変わっていないなら、がっかり教導者だろうな……俺は師匠でよかった――何度も死にかけたけど。
その後、家に上がらせてもらうと、トザネさんは欠けた茶碗に注いだ酒を飲み干して、訊いた。
「それで……結婚の報告か?」
「違うわよっ!! 大太刀壊されちゃったから、申し訳ないと思って……」
「売らずに使っただけでも役目は果たしただろう。何と戦ったんだ?」
「それも聞いてないのね……【黒橡の魔王】よ」
「っ!? あれとやり合ったのか! ……よく生還できたものだな」
「この人――涼平が、【峻厳迅壊】と共闘して斃したのよ」
「何っ!? もうそんな大御所と組んでいるのか!!」
「いえ、パーティーの仲間は涼平と、もう一人よ? 【峻厳迅壊】は偶々居合わせただけだから」
「やっぱり結婚の報告か?」
「違うわよっ!!」
黙って聞いていた俺に視線を移し、トザネさんが問いかけた。
「お前さんと会ってからだろ、ルーが急成長したのは?」
「さあ? 俺には分からないですけど……」
「まあ、ちょっと外に出ろ。手合わせすれば分かることだ」
「ちょっと!? 何を始めるつもりよ?」
§
そして現在――
何故か俺は、酒臭いおっさんに斬りかかられている。




