080 月明かりの窓辺
ギルド内が騒然とする中、受付の前で押し問答していても埒が明かない。
書類に目を通すと俺の名前が記されていた――ラス爺さんが申請したのだ。
「ここに『ジゼル・トゥオネラ』の名も入れられますか?」
「申し訳ございませんが……ジゼル様は書類上、故人扱いとなっておりますので」
「それじゃ生き返ったということで」
「できるか馬鹿野郎!! さっさとサインしろ!」
渋々サインすると、受付のお姉さんから一枚の紙を渡された。
見ると、桁数を数えるのが面倒臭い金額が記された下に、幾つかの印影がある。
横から覗き込んだラファにその紙を渡して、解説してもらう。
「ギルド連盟と国際銀行の印影、そしてルトクーア国璽の印影ですから……勲記のようなものですね、これは」
「マジで!? ……勲記って何?」
「叙勲の証書です。こちらは魔王討伐証明書ですが」
「なんでそんな大層なものを……相手はセコ杉君だぞ?」
「重要案件だから俺が立ち会ってるんだよ馬鹿野郎!!」
「こんな事務的に紙切れ一枚渡されても、全然ピンとこないなあ」
「誰が偉くてどんな形式で渡すかなんざどうでもいいんだよ。そんな手続きをノロノロやってるあいだに、冒険者が死んだらどうするんだ。パッと受け取れるように用意されてんだよ、そういうもんは」
「そういうもんなのかー」
「国際銀行本部でしたら全額お渡しも可能なのですが、支部は常備している現金に限度がございます。こちらで現金化可能なのは一千万ドミまでとなり、他は記帳と小切手帳のお渡しのみとなります。いかがいたしましょうか?」
受付のお姉さんも、さっきまでフランクに話してたんだから、形式張った口調に変えなくてもいいのに……俺ではなく、ラス爺さんに怯えているのだ。
それにしても――金額が大きすぎるとこうなるのか。そして【メトゥス・ゼロ】に莫大な現金があるのは当然で、造幣局本部もテアムルトにある。
「うーん……とりあえず記帳と……一応、小切手帳もお願いします」
そう言って通帳と冒険者登録証を渡すと、それらを確認したお姉さんは奥の部屋に入っていった。
冒険者ギルドと銀行は別の組織だが、ギルドでも多くの金銭を扱うため、それぞれの受付の奥は、繋がった一つの部屋になっている。
「でもいいんですか? あとから『やっぱりくれ! ベッド買いたい』ってなったら、ちゃんと払いますけど」
「ベッドってなんだよ?」
「手動リクライニング式の、介護も楽になるやつ」
「いるか馬鹿野郎!!」
まあ、金はあるよな……ランクSなんだから。
周囲は「何者なんだ!?」と大騒ぎになったものの、集まった冒険者はラス爺さんに睨めつけられると、蜘蛛の子を散らすようにギルドを出ていった。
お姉さんが戻ってきたので、通帳と登録証、そして小切手帳を受け取って代金を払うと、俺達は窓口を離れた。
「ラス爺さんは、まだこの町に滞在するんですよね?」
「ああ、そこの乳――嬢ちゃんの昇格試験もあるからな」
「今、何かおかしな単語を言いかけませんでしたか? 【峻厳迅壊】?」
「い、いや……気のせいだろ? それで涼平は何か用事でもあんのか?」
「ラファに近接戦の指導してもらえたらなーと思って」
「俺を何だと思ってんだお前ら!?」
「暇を持て余した老人」
「湯治に訪れた老人」
『セクハラジジイ』
「おい最後!? ったく……こんなルーキー見たことねえよ」
そう言いながら、老人はどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
ラス爺さんは、ルトクーア東方の警護を担うランクSの一人で偉い人なのだが、少しのあいだなら戦技指導も引き受けてくれるらしい。ありがたい。
一方のラファは、「変なことをしたら膝を壊しますよ?」と、偉い人をエロい人扱いしていた……吠える犬をトレーナーに預けるような心境だ。
最優先の要件は済んだが、まだ重要案件が残っている――温泉だ。
「いい宿があるぜ? 高いがお前らなら余裕だろ?」
「じゃあルー以外で行こうか」
「そうですね。ルベルム・ユニットさん以外で」
「誰よそれ!? あたしも温泉入りたいんだけど!!」
「お前さん……こいつらと一緒に居たら老けるぞ?」
『ワカル』
冗談もそこそこに、俺達はラス爺さんに訊いた温泉宿へ向かった。
爺さんもそこに宿泊しているらしく、知り合いということで滞りなく部屋を用意してもらえた。お礼に爺さんの部屋に酒でも届けておいてもらおう。
テッドさんの話によると、ラス爺さんはヴィスティード人なので、酒もそれなりに嗜むらしい。
部屋は二部屋。女子二人にも、のんびり羽根を伸ばしてもらいたい。
「ルベルムさんが一人部屋ですね?」
「違うよっ!?」
俺の借りた一人部屋は、数日延長してラファに使ってもらう。
ジィスハまでの往復だけなら日帰りで済むが、大太刀が入手できるか定かではないので、数日余裕をみておくことにした。ラファの鍛錬期間でもあるし。
さて――それじゃ、ひとっ風呂浴びにいこうか。
「おお……ちゃんとした温泉だ!」
露天風呂でも泳げる広さでもないが、日本で見慣れた温泉の風景だ。
当然ながら混浴ではない。
いそいそと身体を洗って湯船に浸かると、ここのところ立て続けにハードワークが続いたこともあって、思わず声が出てしまった。
「はあー、極楽極楽……っと」
「お前のほうがジジイじゃねえか」
「居たんですか!? ラス爺さん!」
「いや気配で気付けよ? 気を抜き過ぎだろ」
「確かに。湯煙殺人事件に巻き込まれるかもしれないもんなあ」
「なんだそりゃ? ……それはそうと、お前さんはこれからどうするんだ?」
「ルーの昇格が決まったら、ジィスハで大太刀探しです」
「ああ。砕かれちまったもんな……昇格はもう決まってるようなもんだ。俺んとこの馬鹿弟子よりよっぽど強いぜ? あの嬢ちゃんは」
「ありがとうございます――って俺が言うのも変ですけど」
「いや、いいチームだよお前らは。だが……無茶しすぎだな」
「俺が弱いから、二人には迷惑かけてます」
「そうじゃねえ。お前ら全員焦りすぎなんだよ。ずっとそんなんじゃ精神がぶっ壊れちまうぞ?」
「そうかもしれません……でも、俺が一番焦ってるんで」
「ロディトナ見ちまったんだろ? シンが向かったのは知ってたが、お前さんが同行してたとはな」
そうか……ギルドで情報共有してるもんな。
「ランクSならどうします? あの相手に?」
「勝てねえな」
「何が足りないんですかね?」
「足りないとは手厳しいな。何より範囲攻撃に神属性が乗っかるのがな……」
「自爆のときのあれですか」
「最古の幻獣は、通常の魔術攻撃が全部あれらしい。どうやって防げる?」
「気合で」
「そんなこと言う奴は魔王の自爆すら防げずに死ぬ。ガキ向けの御伽噺みたいにはいかねえんだ」
「それじゃ……対話しますか、獰神と」
「ははっ、それこそ話にならねえ。問答無用で攻撃されたら終わりだ」
「興味をもってもらう。それが重要だと俺は思ってます」
「興味ねえ……まあ、安心したよ。馬鹿は馬鹿なりに考えてんだな」
「考えるバカなんで。俺は」
「だったら力を抜くとこは抜け。それは頭も身体も同じことだ」
「なるほど。温泉を満喫しろと?」
「そういうこった」
その後は静かに温泉を満喫し、爺さんと別れて部屋に戻った。
「あとで【ブルレスケ】を見せてもらいたいんだが」と言われたので、爺さんの部屋に持っていって、「嫌なら勝手に帰ってくると思います」と預けておいた。
二人部屋に運んでもらった夕食を三人で食べたあと部屋に戻り、久しぶりの布団に身を横たえる。
部屋の鍵を厳重にかけて。……普通、逆だろうに。
§
「すまねえな……小僧に我儘言っちまった」
『いいわよ。こっちも話し相手がほしかったし』
魔剣【ブルレスケ】――今は擂粉木みたいな変な形ではなく、美しい剣の姿をしたジゼル・トゥオネラが、窓際で向かい合った椅子に居る。
こんな形で話すことになるとはな……。
「小僧のこと、頼んどくぜ。ありゃあ無茶苦茶だからな」
『そうね。頭おかしいわね』
「手厳しいな! だが、気に入ったんだろ?」
『どうかしら……面白いとは思ったけど』
「何十年もあの部屋でじっとしてたんだ。面白いほうがいいじゃねえか」
『確かに。それぐらいじゃないとね』
「俺は――いや、なんでもねえ。酒、飲むか?」
『酔わないし酔ったら斬っちゃうわよ』
「ははっ! そうか、俺もまだ斬られたくねえな」
『長生きしたくなった?』
「いや……それはいいんだが、可能なら見届けたいもんだ」
『見せてあげるわよ? この私を誰だと思ってんのよ』
「ああ、そうだな……楽しみにしとくよ、ジゼル」
窓から見上げた月は、柔らかい光を放っている。
彼女をあの部屋から連れ出して、こんな月を見せてやれる存在が現れた――
「宿からのプレゼントって貰ったんだが、なかなかいい酒だ」
『ふふっ……それはよかったわね。でも飲みすぎちゃダメよ?』
「ああ。だが、こんなに美味い酒は、本当に久しぶりだからな……」




