079 未亡人
のんびり食事して『また明日。おやすみ』とはいかない――
俺自身は当面の目的を果たせたものの、破壊されてしまったルーの大太刀をどうするかは喫緊の課題だ。
ルーは『大太刀愛』さんなのだ。正真正銘、相棒として連れ添った大事な刀で、俺のように雑に扱っていたわけではない。
一応回収はしてあるが、素人が見ても『これはもうダメだ』と分かるぐらい酷い状態だ。真ん中付近が折れているのではなく砕かれている。
破壊された武器であろうと、その辺に捨てるわけにはいかない。武器屋に持っていって引き取ってもらう。
「愛さんごめん……もう少し早く到着してたら旦那さんの命も救えたのに」
「まだ言うかな!? 元々ランクS相手に通用しないのは分かってたことだし」
「大太刀はどこで入手したんだ? 安くはないだろ? 貧乏なのに」
「ひと言余計よっ! ……教導担当だった人から譲り受けたのよ」
「大事なものだったんだな……」
「そうともそうでもないとも言えるわね。自分で選んだわけじゃないし」
「合コンで余り者を押し付けられたのですね?」
「どういう意味よ!? 『冒険者辞めるから売るなら売っていいぞ?』って渡されたのよ」
「なるほど。微妙に喜べないなそれは……目当ての相手が居たのか?」
「今となっては考えられないわね――って、自然に話を拗らせないで!!」
となると、やはり新しい見合い相手――ではなく、大太刀を入手できる町を探さなければならない。
エイネジアの町ならあるかもしれないが……。
「あの……涼平」
「ん? どうした、カナ?」
「おっきな刀だったら……あたしの村にもあるけど?」
「えっ!? マジで?」
言われてみれば、シンがそんな話をしてたっけ……。
刀の製法はジィスハから他国に伝わったんだよな。
そう考えると……ルーが求める刀もあるかもしれない。
「ジィスハまで行ってみるか? ルー」
「いいのかしら……気軽に行っていいような場所ではないでしょ?」
「別に涼平だけ来てもいいんだけど……」
そう言って口を尖らせるカナを見たラファが、俺の腕を抱いて言う。
「行きましょう。私の涼平さん」
「誰が『私の』だ……俺は俺のものだぞ?」
俺が全裸にアヒルの人形状態でも、アヒルに嫉妬しそうだな……ラファは。
死んでも死体を愛でる相手だ。俺の所有権は明確にしておかねば。
三人で話し合った結果、まずはエイネジアで幾つかの要件を済ませてから、後日あらためてジィスハを訪ねることになった。
【フィオーレ・マネッテ】の二人も、隠されていた事実を知って感ずるところがあったようだし、ここは彼等に任せておきたい。
何より、ルーのランクA昇格を先に済ませたほうがいいだろう。
冒険者は軍隊のように規則でガチガチではないにせよ、臨機応変に動きたければ動けるだけの実力を要求される。
ジゼルさんが『オマエモナ』と呟いたが、その通りだ――俺もまだ弱い。
それと、もう一つ――
ルーの刀が見付かるまで、ラファにはエイネジアに留まってもらう。
それはもう散々ゴネられたのだが、「ラス爺さんが居るあいだに、近接戦の指導を受けておいたほうがいい」と説得したら、渋々ながら納得してくれた。
ラファにとって近接戦の強化は重要課題だ。オーソドックスな豪腕型のランクSとの訓練は、いい経験になるだろう。
そうした話が煮詰まったところで、【フィオーレ・マネッテ】の二人が、荷車に大量の荷物を載せてキャンプ地に到着した。
「よう、楽しそうにやってるな!」
「いい匂い~。何か残ってるかしら?」
「はい、まだ沢山残ってますよ」
「ああ、俺達にも敬語はいらないよ。ラス先生にも『お前ら、降格するか?』って叱責されたし」
「俺も馴れ馴れしさと敬意の加減が難しいんですよ、テッドさん」
「ははっ、正直だな!」
「私達のほうが敬語を使わなきゃいけないぐらいよ? お世話になりっぱなし――というか、迷惑かけっぱなしだったし」
「そうですか……じゃあ、タメで」
「ああ、タメで!」
テッドさんが差し出した拳をコツン、とやって俺達は笑い合うと、石の鍋や皿を運んで二人に食事を勧めてから、今後の予定を話し合った。
「そうか……一緒に行くのも楽しそうだが、あまり大所帯で乗り込むのもよくないかもな」
「立前上は住人の居ない場所なので、たぶん向こうも警戒すると思う」
「そうね……嫌な過去を思い出すかもしれないわね」
「二人はなんで行こうと思ったんだ?」
「いろんなものを自分の目で見ておきたくてね」
「なるほど。二人でイチャラブ旅行じゃないんだな」
「いや、涼平。そんなにいいもんじゃ――」
言いかけて耳を引っ張られるテッドさん。
そういう力関係なんだな……仲はよさそうだけど。
「た、他人から聞いた話なんて、誇張が混じってるかもしれないからな」
「確かに。今頃リノカラトの町では、『嫁に逃げられた男』の話題が広まってるんだろうなあ……」
「何それ?」
俺がリノカラトでの出来事を話すと、二人は爆笑しながら聞いていた。
「ルベルムさんも苦労するわねー?」
「なっ、なんの話よっ!?」
「いいえ、苦労しているのは私です」
「そうは見えないわよ……常に幸せそうなんだけど?」
「気苦労が絶えません。夫がモテると大変なのです」
「誰が夫だ!? モテてないし!!」
「確かにラファさんは苦労しそうね……違う意味で」
【フィオーレ・マネッテ】は、このままキャンプ地で一泊する。
周辺警戒は俺達三人のローテーションで、二人には明日に備えてしっかり睡眠をとってもらう。
§
夜が明けるとキャンプ地を片付け、ジィスハに向かう一行とはお別れになる。
二つの村がどの辺りなのか、地図に印を書き込んでおいてもらった。
「ご迷惑でなければ伺わせてもらいますね」
「迷惑だなんてとんでもない! この度はありがとうございました」
「私達にできることならなんでも言ってください。ご恩は忘れません」
「涼平! 絶対に来てね? あたしも待ってるから!!」
「おう! カナも気を付けてな? 玄関に入るまでが旅だからな?」
「うん、ありがとう!」
そしてラファに「あっかんべー」とやってから走り去った。
恐る恐る隣を見ると、わなわなと震えながら「この、泥棒猫……」などと不穏な言葉を呟いているが、何も盗られてないからな!?
「それじゃ行くよ。そっちのスケジュール次第では、また会えるかもな?」
「追い抜くかもしれないけど、どうなるか分からないな……大きな犬が居るから」
「犬? ――ああ。そうだな」
笑うテッドさんを見て、「犬ってなんのことですか?」とラファが尋ねる。
ルーが「物事が思いどおりに進まない喩えよ」と答えると、ラファは釈然としない表情のまま、「天人独自の表現でしょうか……」と首を傾げた。
それが本当に犬みたいな仕草だったものだから、みんな一斉に背を向けて、肩を震わせながら笑いを噛み殺した。
港は無いので船は沖に係留されている。見た目はボロボロだが、あれもフェイクらしい。
ジィスハの人達と荷物は、俺達冒険者が魔術で優しく運んであげた。
こちらへ来た時は、いくら浅瀬とはいえ危険な海を小舟で往復したのだ。俺でも海は恐いのに……セコ杉君をもっと殴っておくべきだったな。
そして俺達が使用した荷車も積んでおいた。
「向こうで子供を乗せるのに使ってください。邪魔だったら海に不法投棄で」
「邪魔だったら俺達が浮かせて運ぶよ。ありがとう、涼平」
「二人も気を付けて。海は危険がいっぱいなので」
「涼平は海の魔獣とも戦ったんだな」
「断絶の大海で、しつこいのが居て……口だけで二十マトぐらいあるやつ」
「それって《メガロドン》だろ!? 普通にランクS相当だぞ?」
「こ、この辺の海は浅いから……大丈夫だと思うわよ?」
緊張の面持ちの二人に、「でかいやつは中からズドンで大体死ぬ」と教えてあげると、呆れ顔で「雑だな」と言われた……そうかも。
全員乗り込んだか確認してもらってから、ジィスハへ旅立つ船を見送った。
「それじゃ、まずはエイネジアだな。ゆっくり風呂にも入れてないから、温泉宿があるといいなあ」
「混浴ですか?」
「なんで縄持って訊くんだよ!?」
「あ、あたしは入らないからね!!」
「じゃあルーは部屋風呂のある宿に一人で」
「ユニットバスで」
「そんな宿もあるんだな」
「無いわよ!? ……たぶん」
魔王が暴れた事後処理も済ませて移動したので、町への到着は昼過ぎになった。
エイネジアは二度目だが、冒険者ギルドは初めてだ。
ルーは《ガーゴイル》などの魔獣の討伐証明部位を換金したあと、ランクA昇格手続きをする。
そのあいだに、俺は懐が寂しいのでいくらか現金化。ラファはオススメのアイスクリームショップを尋ねたりと、個々に行動してから再び集合。
そして受付のお姉さんに、ゆっくり寛げそうな宿を教えてもらった。
「いい宿があります。温泉宿ですよ」
「おお、温泉!!」
「は、入らないわよ!? 一緒には!」
「当たり前だろ、正気に戻れ」
目がぐるぐる状態のルーを揺さぶっていると、聞き慣れた声が飛んだ。
「おう! 遅えな馬鹿野郎!!」
「遅くなってすみません。よかった、まだ生きてましたか」
「てめえっ!?」
「御老体も湯治ですか?」
「口の減らねえ奴等だな……まったく」
周囲に居た冒険者は顔を強張らせ、「何者だ?」「あいつら死ぬぞ……」などと囁きながら、遠巻きに俺達のやり取りを見ている。
するとラス爺さんが受付のお姉さんに向かって告げた。
「【黒橡の魔王】の討伐報酬は、こいつにやれ。俺は金なんざいらねえ。それにこいつは《ドラゴン》も斃したんだが、海に沈めちまったんだよ。そっちの報酬は水の泡だ」
「で、では……この方が【疾走する諧謔】滝原涼平様なのですか!?」
「そうだ。こいつがいなきゃ、この町もとっくに吹っ飛んでるからな」
「えっ!?」
「なんで驚いてんだよ涼平。お前がこの町と国を救ったんだよ」
「はあ。でも、俺じゃなくてジゼルさんなんですけど?」
「知るかっ!! 受け取ってからどうするか決めろ!」
そう言って俺に書類を渡した。――討伐証明書だ。




