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078 奇効ハーモニー

 事後報告のためにラス爺さん達はエイネジアのギルドに戻った。

 俺は《ドラゴン》の討伐証明を何も入手せずに戻ったため、幻の討伐となる。

 気配の途絶を感知した冒険者が居たとしても、それと『誰がどこで(たお)したか?』は別の話で、大物であればあるほど本当に斃した証拠を見せなければならない。


 俺の個人的な問題だけでは済まないので、死体を回収するべきかをラス爺さんに問うと、「俺が死んだのを確認してる。海に落ちた死肉は、《ドラゴン》だろうとあっという間に内側から食われちまうから、回収は困難だ」と言われた。

 海の生物恐い……そりゃ海水浴とか無理だよなあ……。


 ジィスハの人々は、定期調査以外の目的でエイネジアからの航路を使えない。

 大陸に来たルートをまた逆行して帰ることになる。とにかくいずれにしても危険なのだ。海は恐いのだ。

 往路では一人の犠牲者も無かったそうだが、奇跡と言ってもいいだろう。

 そのため、復路には【フィオーレ・マネッテ】の二人が同行する。

 テッドさんもマチルダさんもランクAなので、心配は無用だろう。


 二人がエイネジアで装備を整え直し、ジィスハへ戻る人々に必要な物資を運んでくるまでの警護は、俺達三人に任された。

 当面必要な食料などは、俺ともう一人でリノカラトまで取りにいく。


 ――と、そこまでの流れはスムーズに決まったのだが……。


「飛行魔術を体感するには、これが一番手っ取り早いんだし」

「ルベルムさんは独学で身に付きます。ここに残るべきです」

「大太刀もあんな状態だし、ここに残るより俺と行ったほうがいいだろ?」

「せ、背中に乗るとか……無理かしら?」


 ラファは口を尖らせ、ルーは赤面のまま硬直している。


 そんな二人をどうにか説得した(のち)、ルーを抱き締めて飛んだのだが――

 「不要な言葉を発した瞬間、そこで一緒に落ちるからね!!」などと物騒なことを言うので、ルーからの質問に「ソウデスネ」と機械的に答えるだけという、不思議な状態でリノカラトへ向かった。


 まあ、その条件は俺としてもありがたかったけど。

 だって、それはもう……凄かったから……ラファ、ごめん。


「どう? 感覚掴めそう?」

「あ……」

「あ?」

「頭の中が真っ白で無理……」


 町に到着したときには茹で蛸が出来上がり、ルーの頭からは湯気が出ている。

 まあ、空っぽのほうが入るものもあるだろう……だといいな。


「帰りは荷物あるから走っていくけど、怪我はもう大丈夫か?」

「ええ。ひたすら劣等感しかないわよ……ラファも凄いわね」


 ルーが手子摺(てこず)ったテッドさんの怪我を、一瞬で治してしまったらしい。

 ラス爺さんも「ありゃあ規格外だ」と言ってたが、仮にラファがテッドさん達と一緒に魔王に立ち向かったとしても、厳しい結果になっていただろう。

 俺は亀とか竜と戦った経験があるけど、二人はまだこれからだ。

 何より、師匠と二年近く模擬戦をやっていた俺とは、速度に対する慣れが違う。


「ルーを見た瞬間に、劣等感を感じる女子の気持ちが分かったようだな」

「言うと思ったわよっ!!」


 ふくれっ面のまま、預けていた荷物を取りに行ってしまった。


 ルーは怒ってるほうが元気でいい。

 焦る気持ちは分かるんだけどな……俺だって同じだ。

 漫画のように『ギリギリの場面で参上』を繰り返すのはダメだ。心臓に悪い。

 だからもっと速く、強く――常に二人を守れるぐらいの余裕が欲しい。

 それでは二人は不本意だろう。だからみんなで強くなればいいのだ。


「早くジゼルさんにも認めてもらわないとな」

『ムリ』

「ですよねー」


 擂粉木(すりこぎ)と会話していると、ルーが戻ってきて不思議そうな顔をした。

 そういえば正式な紹介はまだだっけ……向こうに帰ってからだな。


 町から避難した人々はまだ戻っておらず、リノカラトの町は閑散としていたが、備蓄されていた食材を分けてもらえることになり、冒険者ギルドに荷車の購入費用も合わせた代金を収め、三十五人+俺達のぶんの食料を調達した。


 町の規模からすれば大した量ではないが、それでも「俺達の食料です」と言うと驚かれた(のち)、何故か納得された。

 そして納得の視線を受けたルーは、「あたしはそんなに食べないからねっ!!」と憤慨していた――


 頑丈そうな荷車に大量の食料と自分達の荷物を積み終え、俺達は帰途に就く。


「荷台に乗ってくれていいぞ? ぶっ飛ばして帰るから」

「キミの速度だと車輪がぶっ飛ぶわよ! あたしが引くから」


 俺が渋々荷台に乗ろうとしたとき、冒険者から声がかかった。


「おいおい、嫁さんに引かせるのかい?」


 東の大門に居たランクBのなんとかさんだ。ルーが俺達の荷物を預けていた相手でもある。

 別に嫌味とかではなく、ちょっとからかってやろうという程度の軽口だ。

 それなのにルーは顔を真っ赤にして、「誰が嫁よっ!!」と走り出してしまった。

 否定したいなら、立ち去らないほうがよかったのでは?


 それに――


「俺、乗ってないんだけど!!」


 なんとかさんは爆笑している。

 他人から見れば、荷物を纏めて逃げる嫁を追うダメ亭主の姿だ。

 進行方向に冒険者の笑いが連鎖する中、リノカラトの町をあとにした。



§



 海の近くに戻った俺達は、腰を落ち着けるためのベースキャンプを設営する。

 既にラファが寝所やトイレ、テーブルや椅子など、ある程度の基礎を構築しておいてくれたので、俺とルーも協力して細かい作業に勤しんだ。

 大所帯なので調理場と椅子やテーブルも多めに作り、魔王が切り倒した大木が豊富にあったため、木材も様々な用途で使用している。

 ジィスハの人達に運んできた食材を提供すると、つらいこともあっただろうに、俺達へのお礼だと言っていろんな料理を作ってくれた。


「滝原さん、ありがとう!!」


 十歳ぐらいの少女が、湯気の立つお椀を手にしている。


「おう、涼平でいいぞ? こっちこそありがとう」

「うん。あたしはカナ。まだいっぱいあるからね、涼平!」


 俺達がそこら辺の木で適当に作ったお椀の中身は、豚汁だ。

 カナと名乗った少女は、俺が魔術で木材から食器を作る様子を楽しそうに眺めていた子供達の中の一人で、魔術に興味津々のようだった。

 何故かラファとルーが半眼になってこちらを見ているが、気にしないでおこう。


 各々が好きな場所で(くつろ)ぐ中、監視役だった人達もぎこちないながらも打ち解けているが、やはり表情は冴えない。早く帰りたいだろうな……。

 俺が豚汁を啜っていると、またさっきの少女が魚の煮物を持ってきてくれた。

 魚は現地調達したものだ。ヒレに棘が多かったが煮付けると美味しいらしい。


「ありがとう。でも、カナもちゃんと食べてるか?」

「あたしはもうお腹いっぱいだもん。太っちゃうよー」

「いっぱい食べないと、あのお姉ちゃんみたいになれないぞ?」


 ルーからは見えない角度で指し示す。


「っ!? ――あたし、もっと食べてくるね!!」

「おう!」


 するとルーがつかつかとやってきて、「何を言ったか分かるんだからねっ!!」とだけ告げて、ぷんすかと去っていった。……カナの目線だろうか?

 俺はただ、ルーの前に置かれた料理の数々を見て、食事の大切さを学んでほしいと思っただけなんだけどなあ。

 ラファが俺の隣に腰掛けて言う。


「涼平さんは、いつでもどこでもモテモテなのですね」

「今のを見てその感想? 俺はむしろ逆だと思うけどなあ」


 ジィスハの男性達がラファとルーを見る目は、テレビでしか見たことのないアイドルや女優を生で見た一般人のそれだ。あまりに別世界の生物すぎて近寄りがたいという表情をしている。同性だからな、分かるぞその気持ち。


『バーカ』

「む。ジゼルさんも何か食べたいのかな?」

『イラネ』

「お気に召す食べ物はなかったか……洋食のほうが好きなのかな」

「あの、涼平さん……頭でも強く打ったのでしょうか?」


 ああ、そうか。紹介がまだだった。

 これじゃ擂粉木に名前を付けて愛でるキモい男だな。

 俺はルーも呼んで、二人にジゼルさんを紹介することにした。


「こちらは【ブルレスケ】こと、ジゼル・トゥオネラさんだ」

「それが冒険者の名前ってこと?」

「私は聞きましたが?」

「実は会話できるんだよ」

「涼平さん……やはり、魔王に……」

「何されたんだよ俺!?」

『テイランク!!』

「どうやらランクに問題があるみたいだぞ?」


 するとラファが擂粉木をまじまじと見つめ、ふむむ……と唸ったあと「嫉妬ではないようですね」と呟き、ジゼルさんが『スルカ!!』と答えた。

 ラファとルーにはこの声が聞こえないなら、あのゆるふわさんはどうやって会話していたんだろうか……。


『ランクエス!!』

「え、マジで!? あの人が?」

『バーカ』

「そっか……引退してると分からないものなのかな?」


 元冒険者、しかもランクSか……そのことをラファに教えると、納得顔をした。


「元は人間であっても、今は人類にとって重要な武器の一つですから」

「なるほどなあ。俺、まったく気にしてなかったよ……ゆるふわさんだったし」

「魔王がエイネジアに向かってた目的も、その【ブルレスケ】なんでしょ?」

「そういえば、なんか破壊するだの言ってたな……」


 結果は逆になったが。――だが、それだけ脅威になる存在ということだ。

 やはり凄いんだな、ジゼルさんこと【ブルレスケ】は。


「とにかくランクが上がるぐらい成長すれば話せるみたいだし、当面は俺のことを擂粉木を愛でる優しい男だと思っておいてくれ」

「そうね。他人を装っておくわ」

「ええ。嫉妬の眼差しで見ておきます」

「どっちも俺の話聞いてた?」

『キモイ』


 そもそもの原因はこの形状では!?

 美しい剣なら絵になる光景――いや、つるぴか頭と擂粉木なら、お似合いか。

 なるほど。ジゼルさんは、見た目の相性を考えてコーデしてくれたんだな。

 

『チガウ!』

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