007 並盛りか特盛りか
町に大きな混乱は見られない。あんな出来事すら、この世界では日常なのだ。
あっという間に平静を取り戻したギルドに入り、ルーが別の窓口で話をしているあいだに俺は冒険者登録手続きを済ませ、二人で外に出るとラファが待っていた。
そういえば中に居なかったな……。
何やらアイスクリームのようなものを手にしている。
「登録は済みましたか?」
「うん。簡単に終わりすぎて、なんか拍子抜けって感じだよ」
「どこに消えたかと思ったら何してるのよ!! アイスなんか食べて!」
「どちらかといえばジェラートっぽいかも……いや、分類が難しいけど」
「キミは黙ってて!!」
ローブのフードを下ろしたラファは、涼しげな顔でピンクのアイスを木製のスプーンで口に運ぶ。フードに隠れていた髪は、後ろで短く束ねていた。
美少女二人に挟まれ、遠目に見れば羨ましい光景なのかもしれないが、当事者としては、すぐ変な空気になる二人に困惑させられるばかりだ。
「ルーもアイス食べたいのか?」
「そういう話じゃなくて!! ……食べるけど」
「卑しん坊さんですね、ノースフィールド女史は。あ、涼平さんには奢ります」
「アイスよりも、ゆっくり話ができる場所に移動したいかな……俺は」
「でしたら、あちらに喫茶店があります」
ラファの指し示す方向に、ガラス窓から店内の見える建物がある。
俺達は先にアイスクリームショップに寄ってからその店に向かい、カウンターで飲み物を注文してからテーブル席に移動した。
「アイス持ち込んでも大丈夫?」
「はい。この店のメニューからも注文すれば、持ち込みは自由です」
フードコートの店が個々に独立しているようなものか。
ラファに選んでもらったミントティーらしき飲み物を一口啜り、「ふむ」などと分かったように呟いてから、ギルドでルーに手渡された『ノスタルジア』のページを捲る。
面白いことに巻頭にグラビアページがある――といっても写真ではなくイラストで、俺が見たかったタイプの女性冒険者が色っぽく描かれ、『来たれ、冒険者ギルドへ!!』というキャッチフレーズが添えられていた。うんうん、いいなこれ。
更にページを捲ると、今度は胸をはだけた細マッチョなイケメン冒険者の横に、『君も一緒に冒険してみないか?』と――――
あんな化け物と戦うんだもんな……いろいろ大変なんだろう。
俺が想像していた『地球の情報だけが載っている真面目な本』ではなく、グルメやファッション情報なども載った雑多な情報誌という感じだが、まだ脳内自動翻訳に馴染んでいないせいか、長文を読むと頭痛がする。慣れが必要だな。
「それにしても……色々と進んでるんだな。建物とか食べ物とか。もっといろいろ足りてない感じを想像していたから、驚いたよ」
「例えば『無杼織機』のアイデアは出てくるわけ。そこから技術者と話し合って、需要とメンテナンス人員との兼ね合いを見極めるのが難しいのよ」
「発展途上国に最新の機械だけ置いていっても、持て余すような感じかな?」
「そういうこと。結局使わずに売っちゃったりね。魔術があって人口が少ないから逆に機械なんか必要なかったり、いろいろ分かってくると面白いわよ」
ルーはご機嫌な様子でヘラで盛り付けるタイプの三色アイスを食べている。こうしていると普通の女の子なのに。
焼いた生地を円錐型にしたワッフルコーンの残りを口に放り込み、その小さな口をむぐむぐさせながら、ラファが言う。
「三種類も……抑えている脂肪が爆発しても構わないのですか?」
「ちょっ!? なんでそれを――」
ラファが人差し指を立てて唇と十字を作る。
意味が分からず首を傾げる俺の横で、手で口を塞いだルーの顔が赤い。
女子の秘密を追求するのは野暮というものだな……何より嫌われたくないし。
これが異世界、それも魔族なんかが居る世界でなければ、幸せな午後のひと時なのになあ……などと思って溜息を吐いていると、ラファが話題を変えた。
「それで、『犠牲者なし』『攻撃は剣術』『攻撃されたのは《ゴーレム》』以外の情報は、何かありましたか?」
「いっ、いつの間に聞いたのよ!? それ以外は――――特にないわね」
ラファは俺達とは別行動をしていてギルド内では姿を見ていないのに、どこかで情報を仕入れたようだ。ルーは不満げな顔をしている。
「偶々ギルマスに会っただけですから。私よりギルマスの情報源が謎なのです」
「ギルマスって何?」
「ギルドマスター。この町に三ヶ所あるギルドを束ねてる偉い人よ」
「既に現役冒険者からは退かれていますが、今でもランクA相当の実力者です」
「三ヶ所もあるのか……広いもんなあ」
「ギルドは街道に面する壁門の近くに置かれるから。この町では三ヶ所ね」
「ああ――今回の一件のおかげで、その理由は分かる」
町に着いてもまたドタバタ続きで、ようやく落ち着けた気がする。
だが二人や町の人々の様子を見る限り、やはりこれが普通の世界なのだ。
それなら考えるべきはただ一つ。俺は二人に直球の質問をぶつける。
「死なないようにするにはどうすればいい?」
すると少し呆れたような表情のルーが「焦る気持ちは分かるけど……」と返し、そこにラファが被せるように言葉を続ける。
「死なないのは無理ですが、死ににくくなる方法はあります。この世界では一般人でも簡単な魔術は使えますから、まずは最低限の魔術を覚えるところから――」
「何言ってんの先に武器でしょ!? ナイフ一本持たずにウロウロしてたらあっと言う間に『御陀仏』よ?」
今、『おだぶつ』って文字通り発声したんですけど……日本語で。
それにしても、なんでいちいちムキになるんだ。
俺としても武器すら持っていないのは心許無いので、まずは武器屋に――
「あ」
間抜けな声に、むむむと睨み合ってた二人が視線を戻す。
「そういえば俺、この世界のお金もってないんだけど……どうしよう?」
「貸すわよ」
「すべて私が支払います」
ルーは即座に隣へ視線を移し、ギギギ……とラファを睨んだ。
「いや、ありがたいけど全部出してもらうのは流石に気が引けるし、当面だけでも立て替えておいてもらえると助かる」
「私はこちらの貧乏剣士様と違って、余裕がありますので」
「斬るわよっ!」
この二人は……仲がいいんだか悪いんだか。
「冗談はさておき、本来は召喚儀式に同行したランクA冒険者が教導担当として行動を共にするのですが、ああいうことになってしまったので、私がその代わりを務めます」
「その当人は、こっちのギルドには来なくて審議会送りで、【氷の戯曲】は早々に報告を終わらせて立ち去ったみたい」
「教導担当の【鋭怜の鋼糸】ジーマ・ノルノサディは、一番速く逃げましたから。補助手当の問題もあります。降格で済めば軽い処分と言えるでしょう」
「ランクAが二人ともアレな感じよね……今回」
「比較的平和な国の僻地ですから。人材に乏しいのです」
きょ、教導――――なんかそんな話は微かに覚えてるぞ。
俺は右側に置いてあった空気の箱を、正面に戻す。
二人の掛け合い漫才に少し和んでいたが、俺は置き去りにされかけていたのだ。
実際、この二人がいなければ、俺は町に辿り着くことなく死んでいた。
それでも同い年の女の子に、どこまでも甘え続けるわけにはいかない。
「とりあえず武器屋に行きたい。どんな感じなのか見てみたいし」
「そうね。本来なら教導担当者が見繕ってくれたりするものなんだし」
「分かりました。それでは参りましょう」
それから三軒の武器屋を廻り、結局一番最初に行った店に戻って剣と防具とウエストバッグを購入した。
剣は細身のロングソードの中古品。二人は「もっといいものを」とあれこれ薦めてきたが、そもそも剣なんて持ったことがないのだ。良し悪しも合う合わないも、さっぱり分からない。高額借金したまま俺が死んでしまったら迷惑だろうし。
その後、更に借金での食事へと向かう。
しばらくはヒモみたいな生活を甘受するしかない。
「あらためて眺めてみると、二階以上ある高い建物が少ないな」
「地震や戦闘による被害で建て直すことも多く、場合によっては町そのものを移転することもありますから。もう一つは、一般人にも遠くの空を見やすいように配慮されているのです」
「空? 地震は分かるとして、戦闘で破壊とか町を移転って……どんな規模だよ」
「ランクSにもなると、町を一つ消し去るぐらい容易いものよ?」
俺、この世界で生きていけるんだろうか……。