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077 世界を巡る思惑

 何もない南の海上――陸地から百キマ以上離れた。速度はなかなかのものね。


 魔王の自爆の範囲は広域殲滅魔術よりは狭いけれど、防ぐ方法がない。

 結果、衝撃波も含めると広範囲が深刻なダメージを受ける。


 『画竜点睛を欠く』とまでは評せないけど、魔王相手にそこそこやれていた。

 ラシッド・ケリーとの連携は、ランクAとしては及第点かな。

 それでもやっぱりバカだ。最後の最後で致命的なミス。


 滝原涼平……何故か仲間は女ばかりだが、どこがいいんだこんなハゲ。

 オクトのような双剣捌きが見られるのかと思ったら、太鼓みたいにドンドコやるだけで、見惚れるような美しさとは程遠い。


 だが今回――魔族の動きには明確な意図があった。

 私を恐れているのではない。『これ』は今後の遊びに必要な小道具なのだ。

 あくまでも『誰が使うか』に主眼を置いた動き――その人物を見定め、潰すのではなく、牽制してみせただけだろう。


 いずれ世界は、このおバカな少年を無視できなくなる。……良くも悪くも。

 ならば、私は――――


「ジゼルさん、ごめんな……ここで俺が死んだら海のもずくってやつだな」


 普通に飛んで戻れるわよ! こんなとこで褐藻類(かっそうるい)になってたまるかっ!!


「お試し期間ってことで試してみたんだけど、やっぱり棒術は分からん」


 剣だ私は!! ……って、あれ?

 そういえば、剣として使おうとしてなかったわね……そこは反省。


「まあ剣でも似たようなもんだけど……俺の場合。想定外とかがあるから、状況に応じて戦い方を変えたいし、『この場合どうしたらいいんだ?』とか考える時間も無いし。生き延びてもこんな感じなんで、よろしく頼みます。ジゼルさん」


 ――頼まれてもなあ……だけど言ってることは正しい。

 想定外を想定するのは不可能だ。経験も時として硬直や緩みに繋がるからこそ、状況を瞬時に把握し、臨機応変に対応する能力が求められる。

 一つの理想は永遠の不完全となり、硬直化を(まぬが)れない――つまり、叶えるために欠けていくものを見落とす、あるいは目を背けてしまう。


 バカはバカなりに、この子はヴィスティードの問題点に気付いている。

 魔人オクトと、どんな話をしたのか……くそう。やっぱり面白いな。


 このままではもう間に合わない。相手は神の(ことわり)(のっと)って爆散する。

 それは人間がどう足掻こうと防げない力だ


 ――――ただの人間には。


「ここなら最小限の被害で済むかな。もしジゼルさんに伝言頼めるなら、みんなに『ありがとう』って――――」


 私を伝書鳩みたいに使うなバカ!! 


『【エクストラバガンザ】――――』



§



 白い光に包まれるのは二回目かあ……。


 だけど今回は潮風が心地いい。


「――――あれ? 俺……生きてるのか?」


 確か魔王の身体がパーッと光って「あ、こりゃダメだ」って――

 爆発が起こる直前、なんか声がしたから「お迎えか」と思ったんだけどな。


『バーカ』


 そうそうこの声! って、やっぱり幻聴じゃないのか!?

 周囲を見渡しても空中だ、誰も居ない。

 というか、かなりの爆発のはずなのに、津波も起きてないみたいだな……。

 俺は傍らに浮かんでいる擂粉木(すりこぎ)を見つめる。また一本に戻っていた。


「ジゼルさんが何かしたのか?」


 返事は無い――


「また寝たのか。睡眠不足はお肌の敵って言うもんな」

『イライラモナ!』

「なんだ起きてたのか――って、やっぱりかよ!?」


 よく分からないが、やはりジゼルさんが何かしたようだ。


「ありがとう。頼りない仲間かもしれないけど、これからもよろしく!」

『バーカ』


 照れ屋さんなんだな。

 俺は南の海上から大陸を目指して飛んだ――――



§



 あれは何だ――あんなのは初めて見たぞ。


 小僧が魔王の身体を抱えて、俺でも不可能な速度で海の上空にすっ飛んだ直後、想定通りの爆発が起こったと思ったら――何事もなかったのように消えた。

 衝撃波すら起こらなかった……だが、爆発の光は確かに発生していたのだ。


 そして何より謎なのが、あの状況の中で小僧が生存してるって事実だ……。

 この気配は間違いない。じきにこちらへ戻ってくるだろう。


「ここが死に時だと思ってたんだがな……凄いもん見させてもらったぜ」


 あの小僧がランクSになるには、まだ粗すぎる。

 それでも――魔剣【ブルレスケ】こと、ジゼル・トゥオネラが選んだ男だ。

 俺が望むのをやめた高みへ……俺がなれなかった存在に――


「見てえもんだなあ……行く末を」



§



 戦闘現場に戻ると、爺さんが魔王の頭部を焼いて粉砕していた。

 ロディトナ消滅へ連なる事件で世界に衝撃を与えたのは、魔族よりも人間の所業かもしれない。

 各地の廟所(びょうしょ)でも、今後難しい判断が求められることになるだろう。

 

「介護は必要ですか? しゅ、祝言心壊(しゅうげんしんかい)?」

「人をマリッジブルーみたいに言うな馬鹿野郎!! 歩けるよ!」

「上手いこと言うなあ」

「ラシッド・ケリーだ。ラスでいい」

「ラスさん、膝の具合はどうですか?」

「今は問題無い。だが、これは怪我じゃねえからな……もう限界なんだよ」

「また痛くなったら言ってください。俺の仲間は凄いでしょ?」

「お前さんも大概だがな。それと……連れをランクAに昇格させてやるから、後日エイネジアギルドまで連れてこい。あの乳女な?」

「ありがとうございます! 伝えておきます」


 颯波さんといい、この世界でセクハラ訴訟が起こるのは時間の問題だな。

 俺も気を付けねば。


「向こうはウロウロできねえだろ、早く行ってやれ」

「そうか、人質が居たっけ……先に行きますから、ゆっくり歩いてきてください」

「走れるよ馬鹿野郎!! ……だが、そうさせてもらおう」


 森を走ってしばらくすると、みんなは開けた場所に集まっていた。

 魔獣とか居るもんな。視界確保は大事だ。


「お帰りなさいっ!!」


 ラファが抱き付いてきた。

 だが、いつもとは様子が違う……俺の胸の中で泣いているように思えた。


「泣くなよ、ラファ? 俺はゾンビじゃないからさ」

「はい。確認しました」

「したのかよ!?」

「止めるの大変だったんだからね……『あれは間に合いません!!』って言いながら行こうとするんだから、支離滅裂でしょ?」

「いえ、遺体を回収に」

「まだ引っ張るのかそのネタ!?」


 俺は赤い目をしたラファの頭をポンポンッとやってから、人質にされたジィスハの人々を見て、あらためて魔族化とはどういうものなのかを心に刻み付けた――


 集団の中から一人歩み出た初老の男性が、俺に問いかける。


「すみませんが……彼等の処遇はどうなるのでしょうか?」

「ああ、見張り役の人達ですか。……どういった事情なんですか?」


 その人が言うには、ジィスハの南端の森で隠れるように生活していたナバルクアという村に突如魔王が現れ、三百人余りの集落の中でも戦闘力の高い男達が瞬殺されてしまい、『抵抗するなら皆殺しにする』と脅された上で、大陸に渡り指定された場所で固まって指示を待つように言われたらしい。

 そして別の集落から連れて来られた男数名が、その監視役をさせられたのだ。


 俺はその監視役にも話を訊く。


「あなた達の村はどうなったんですか?」

「監視役を失敗したらクアテェリ村に残った者を殺すと脅されて……」

「俺達は魔獣に襲われないように警護していただけだ。ナバルクアの人達には危害を加えていない!!」


 初老の男性を見ると頷いた。どちらも理性的な人達のようだ。

 俺も魔王がどんな酷いことをしたのかを訊きたいわけではないので、生き残った人々が(いが)み合わずにいてくれれば幸いだ。

 当面の問題は、この件を大っぴらには公表できないという点ぐらいか。

 魔王や《ドラゴン》などのランクS相当の魔族については、出現情報が全世界で共有されるため、今回の騒動をどのように報告するかが難しくなる。


 そこにラス爺さんがやってきた。


「おう、話は訊いたのか?」


 説明すると、爺さんも腕組みして悩んでいる。

 いくらランクSでも国家間で秘匿されている問題を、独断で公表するのは難しいだろう。


「ちょっくらブトルアまで行ってぶん殴ってやるか? 国王やらその辺を」

「ラス先生は短絡的すぎます!!」

「今はもう手出ししてないなら、また争乱になるだけだろ? 先生」

「五月蝿えなお前ら! 今回足引っ張るだけだった奴等が偉そうに」

「うぐっ……」


 テッドさんとマチルダさんは何も言い返せずに俯いた……可哀想に。

 そりゃ俺だって『手出しした事実は公表せず、ジィスハという国は消滅ってことにしよう』なんてやり方は、どうなんだろう――と、疑問に思う。

 そこで先程の初老の男性が、恐る恐る切り出した。


「あの……差し出がましいようですが、私の所見を申しますと、我々ジィスハにも『屈辱だ』『これでいい』という両論があります。ですが、どちらが趨勢となるかについては、あえて結論を先延ばしにしていると言いますか……」

「今はまだ、そっとしておいてくれってことかよ?」

「はい。我々にとっては、犠牲者を増やさない選択が優先されるのです」

「そうか。だがなあ……ギルドへの報告が面倒臭いんだよなあ……」

「そっちが理由かよ!?」


 国の要人をぶん殴るより目の前の事務処理が(わずら)わしいとか、どんな発想だ。

 ただ、シンがブトルア王国の名前を(にご)した理由も、分かったような気がする。

 もしロディトナのように特殊な事情ではなく、今でも国としての考え方に問題があるのなら、次に消滅するのはブトルアか、あるいはブトルアを宗主国とするアリムズなのかもしれない――手を下すのが冒険者か獰神(どうじん)かの違いだけだ。


「お前らも、東の大陸とそれ以外はまったく別物だと思っとけよ。高ランク魔族が増えれば、人間のあいだにも余計な悶着が増える」


 ラス爺さんが険しい表情で言う。

 師匠も「まだ行くな」って言ってたけど……そんなにややこしい状態なのか。

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