076 不完全と端末
隠しておいたエロ本を発見されたような顔の魔王と、目が合ってしまった。
これは高威力攻撃が来るな……俺に防ぎきれるだろうか?
そう思った瞬間――上空の魔王に戦斧が振り下ろされた。
元気だな、お爺ちゃん。
ほっと安堵する俺に飛び付いた生物が、声を弾ませる。
「涼平さん、好きですっ!!」
「どんなタイミングだよ!?」
ラファは大型犬みたいだな。頭を撫でてあげよう。
追ってやってきたルーも無事で何よりだが、その表情は冴えない。
「そんな顔するなって。生きてたら『これも経験』って言えるだろ?」
「そうね……ありがと。涼平」
あとの二人は、最初に出会ったときよりアバンギャルドな服装になっている。
俺の服も穴だらけだけど。
「やあ、滝原君。無事――とは言い難いが、生還したのは何よりだ」
「なんで穴だらけのまま平然としてるのよ……ほんとに無茶苦茶なのね……」
「穴空き仲間ですけど、パンクバンドへの勧誘は現在お断りしています」
「「するかっ!!」」
息ピッタリの反応。男女共に天人だな。
二人は俺に抱き付く大型犬、そしてルーへと視線を移動してから呟く。
「これは……苦労するわね……」
「そうだな……」
「なんでこっち見てるんですかっ!?」
謎の会話を交わす三人は置いといて、しがみつく犬を優しく振りほどくと、俺の傷も完治していた。
「ありがとう、ラファ。やっぱ魔王は強いわ」
「いえ、弱いです。人質を使うような小悪党です」
「そうだな、セコい小悪党だな」
「あたしの立場が……」
またルーが凹んでいるが、実際、魔王としては弱い部類なのかもしれない。
ランクAやSにも幅があるように、魔人や魔王にも強さの幅がある。
元になった冒険者の実力のままということなのだろう。
魔人でランクS相当の師匠は、いろんな意味でイレギュラーなんだな。
「それじゃ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい。お布団を敷いて待っておきますね」
「帰れないよっ!?」
どこで覚えたんだか……と呆れつつ、俺は魔王目掛けて飛んだ。
ここでは近すぎるので、養老院を抜け出してきた不良老人に言う。
「離れます!!」
魔王に蹴りを喰らわせて吹っ飛ばす。
さっきの場所から十キマほど離れた場所で、着地した魔王をよく見ると、向こうも既に傷が治っていた。
「残念だったな、糞餓鬼? 俺は再生能力が高いんだよ」
「俺も俺も!」
「お前のは治してもらったんだろうが、馬鹿野郎!!」
膝に爆弾を抱えた老人との共闘ではあるが、二対一でやれるのはありがたい。
また突然《ドラゴン》とか来られても困るし。
「さっきの《ドラゴン》は、魔王ちゃんのペットかな?」
「……貴様が知る必要はない」
「テイムじゃなさそうだし、『もっと上』の力が関与してるのか?」
「……やはり貴様は、ここで死んでおくべき人間だな」
「いや、小僧はそこで見とけ、俺がやる!」
「爺さんも治してもらったくせに……」
「てめえっ!!」
「今度は武器があるんでポコポコ殴りますから」
「何だ……そりゃ?」
「あ、紹介しますね? 擂粉木ことジゼルさんです」
「なっ――!?」
「まさか……貴様があの魔剣の使い手として選ばれただと!?」
「俺が言葉失ってんのに、てめえが先に訊くなよっ!!」
確かに……今頃になって魔王が反応している。
さっきまでこれでポコスカ殴られてたじゃん……バカなのかな?
だが、魔王の目の色が明らかに変わった。
「それは――ここで破壊させてもらおう」
「いや、さっきできなかったじゃん。バカなの? 爺さんとお揃いの認知症?」
「貴様っ!!」
「俺は呆けてねえよ馬鹿野郎!!」
またこのパターンか。二人とも俺に攻撃してきた。
だが爺さんの踏み込みは前回より鋭い。戦斧が振り上げられ、俺は跳び退き魔王は仰け反って躱す。
爺さんは戦斧を振り切る前に戻し、相手の反撃を牽制する。
やはりあの武器で戦い慣れているんだな。
一方の俺は、扱い慣れているほうがおかしい擂粉木だ。
空中と違ってしっかり踏み込めるぶん、魔王の攻撃も速く重くなり、軽く片手を突き出しただけの攻撃で、周囲の木々が粉砕されてオガクズと化す。
「いいか小僧! 邪魔するならやり方を考えろ!!」
「時々後ろから殴ってもいいですか?」
「てめえっ!!」
長い戦斧と擂粉木――いや、どんな戦術があるんだこれ。
せめて二本あれば動きに幅ができるんだが……。
「もしもしジゼルさん。まだ寝てますか? 二つになれませんかね?」
返事が無い……やはり分身の術は無理か。
「一度、双剣で戦ってみたかったんだけどなあ……師匠みたいに」
言うと擂粉木が反応した。やっぱり寝てたのかな?
突如手の中で輝きを放つと――にゅーっと延びて二つに折れた。
そもそも擂粉木なので、柄も何もあったものではない。
俺は折れたもう一本を手にすると、それを驚愕の表情で見ていた観客に言う。
「なんか増えちゃいました」
「どういう理屈なんだそりゃあ!?」
「やはり使いこなす前に破壊しておくべきだな……」
これでやれることが一気に増える。
「ありがとう、ジゼルさん!」
「お前は牽制しろ! 俺は払う!!」
なるほど、俺が上からで爺さんが足か。
俺は跳躍すると魔王の両肩を打撃。反撃しようとする魔王の足元に戦斧が横薙ぎに一閃。魔王は後方宙返りで躱しながらついでに俺を蹴ろうとするので、頭を下に向けたまま足から上方向に飛んで躱す。
着地した魔王の首目掛けて戦斧が振られると、魔王は低い姿勢で踏み込み突きを繰り出すが、戦斧をぴたりと止めた爺さんはそれを飛び越え、戦斧の柄を一番端まで滑らせ地面に突き立て、前方へ一回転。
俺に背を向けた魔王の両肩を殴ると、前傾姿勢になった魔王は後ろ蹴りを放つ。
バックステップで躱した俺を、後ろに居た爺さんが戦斧の石突部分で器用に跳ね上げてくれたので、そのまま後方宙返りで爺さんの後ろに着地した。
速度には慣れたが、俺の攻撃には一撃の重さが足りない……それでも折角ジゼルさんが起きてくれたのだ。俺なりの戦い方を見てもらおう。
振り向きざまに横薙ぎの斬撃を飛ばす魔王。爺さんはそれを戦斧で払う。
魔王が踏み込んで剣を突き出し衝撃波を飛ばすが、爺さんは身体を逸らしてそれを躱し、その上を飛び越えた俺は、魔王の上からもう一度両肩を殴打する。
「なんのつもりだ? その程度の打撃が効くと思うのか?」
「そこの爺さんより肩凝りが酷いのかよ?」
「てめえっ!!」
単純に俺の力不足だ。そもそも擂粉木による打撃なんて経験ゼロだし。
記憶にあるのは、家で鍋をやったときに小さな擂鉢と擂粉木で胡麻を擂ったことぐらいだ。……なんの役にも立たない経験だな……美味かったけど。
だが、これが双剣なら相手の腕は肩から斬り落とされているのだ。向こうは分かってないみたいだが、バカだからな。
――仕切り直しだ。
爺さんは俺の意図に気付いているようで、「それでいい」と言うとまた足を狙った横薙ぎを繰り出し、今度は魔王がバックステップで躱したところに俺が背後から両肩を殴打し、魔王が両手を広げたまま横回転して繰り出した水平斬りを跳躍で躱すと、上から突きで両肩を打撃する。
さすがのバカも意図を理解したのか「貴様っ!」などと言っているが、俺に構っている暇は無い。爺さんは回転でがら空きとなった足に戦斧を叩き込むが、俺とのタイミングが合わず、魔王は斜め前方に倒れ込むように跳んでそれを躱した。
「小僧、一人でやってみろ」
「疲れましたか、お爺さん?」
「殺すぞっ! 馬鹿野郎!!」
「貴様! 舐めるなっ!!」
魔王が突きの衝撃波を飛ばすが、俺は弾いてみせた。
僅かな時間で拮抗する戦力になりつつある俺に、驚愕の表情を浮かべた魔王は、例の範囲攻撃を試みる。
「こうだろ? いや――このほうがいい、だな」
同じ動作で技を繰り出すと、俺の放った衝撃波は放射状に広がらず、前方に二本のみで相手の衝撃波を呑み込みながら突き進み、魔王を吹っ飛ばした。
ロスを減らしたぶん、威力が増している。二本放ったのは左右への回避対策で、二本の∨字範囲内に衝撃波が飛ぶ。
「前にしか敵が居ないときは、前にだけ飛ばせばいいだろ?」
起き上がった魔王は俺目掛けて突進するが、弾丸のような速度であっても突きは鈍い。もう肩に力が入らないのだろう。
俺は闘牛士のように避けながら相手の右側へ回り込み、更に鋭く右肩を打ち付けると、ピシッ! という音が聞こえた。
「そんだけ硬い棒っ切れで何度も何度も打撃を喰らってたら、筋肉よりも骨にダメージが通っちまうわな……お前は身体の頑丈さに自惚れすぎなんだよ」
「老耄と糞餓鬼如きに……この俺がっ!!」
「次、左な?」
右肩を砕かれたくないと庇う動きで、魔王の身体は左半身になる。
だが、俺は両肩を殴っている――再生が追い付かないほど、何度も。
魔王の右、つまり俺から見て左側へ回り込む動きをすれば相手は右回転の動きになる。そこで向かって左に動くフェイントを入れてから一気に加速。相手の左側に回り込むと、背後から左肩を痛打した。
「あ、あがあああっ!!」
「だから痛覚切れって。ああ、無理なんだっけ? 痛かったね魔王ちゃん?」
既に両手は上がらなくなっている。更に正面から両肩を殴って鎖骨を砕く。
ルーには悪いが、今回は【天人狩り】のときのような轍は踏まない。
俺の脳裏に焼き付いた、漆黒の大地の光景――
こいつは【断滅の赫刃】のような冒険者だけでなく、ただひっそり暮らしていたジィスハの人達まで巻き込んだ。
魔王などと畏怖するべきではない。セコ杉君だ、こんな奴。
「き、貴様……このまま、帰れると……お、思うなよ……」
「このまま帰ったらお布団が待ってるから帰れないんだよ!」
「なんの話だ馬鹿野郎!! 自爆させんな! ここら一帯吹き飛ぶぞ!!」
「えっ!?」
完全に忘れていた……そういえばあったな……そういうのが。
魔王がニヤリ、と口の端を歪めた瞬間、爺さんが戦斧で首を斬り落とす。
自爆の条件が分からず呆然としていると、爺さんが呟く。
「駄目だ。絶命前に発動してやがる」
「障壁で囲めばいいのでは?」
「獰神の力だ! 抜かれるんだよ馬鹿野郎!!」
「表現は『自爆』だけど、端末の遠隔操作なのか……」
「とにかく海まで吹っ飛ばす!! 自爆はもう防げなくても、衝撃波は防げる」
「でもあっちの方向にはジィスハがあるんだけど!?」
「なら上空へ――っ!?」
――遥か後方に、爺さんの声。
いつ爆発するのか知らないけど、俺は首なし魔王を抱えて飛んだ――――




