075 権謀と変人
飛び込み競技なら高得点をもらえそうな着水。そんなものは誰も見ていない。
勢いを殺しても慣性だけで水深百マトぐらいまで沈んでしまった……またしても水圧さんとの戦いだ。しかも時間が無い。
脳に血液を送りながら、最適解を導き出そうとする。
あった――推力を得る方法が!!
足元に頑丈な障壁を張り、その下でバルーン状の障壁を膨らませて、内部が高温高圧状態のバルーン障壁を解除すると――爆発が発生した。
身体は姿勢制御用の障壁で覆われている。更に加速してミサイルのように突進。抜け出した海上から見下ろすと、海面は山のように膨れ上がる程度で収まった。
それだけエネルギーが抑え込まれるんだな……水圧さん凄い。
《ドラゴン》の姿は見当たらない。海に沈んだのだろう。
「できれば普通に戦ってみたかったなあ……剣で」
視線の先では魔王が何かしたのか広域に炎が拡がり、同時に消失する。
一般人からは、空が一瞬明滅したようにしか見えなかっただろう。
「あの広範囲を……シルバー人材が頑張ってくれてるみたいだな」
やはり老人も、まだまだマンパワーとして社会貢献できるのだ。
それでも、油断はできない。
あの魔王は、ただ高齢者の労働力を侮っていたお調子者ではないだろう。
勝てない相手に対する奥の手もあるような気がする――――
§
小僧に《ドラゴン》をけしかけて、【黒橡】の野郎が戻ってきやがった。
「《ドラゴン》まで来やがるとはな。小僧はまだ無事のようだが――」
「涼平さんは既にこちらへ向かっています」
「お前も感知できるのか?」
「はい。涼平さんのみ確実に感知できます」
「何だそりゃ!? 意味ねえだろ馬鹿野郎!!」
「私にとっては最優先事項です。また膝を壊されたいのですか?」
この小娘……頭はおかしいが治癒魔術は世界有数のレベルだ。
あっちの小僧といい、とんでもない才能が現れやがった。
膝は嘘みたいに自然に動く――これなら全力で戦えるだろう。
【黒橡】は、向こうでかなり削られたようだが、まだ余力がある。
再度降下してくる前にガキどもを撤退させなければ、同じ悲劇を繰り返す。
「俺はもう問題ねえからお前らはさっさと退け!!」
「だけどラス先生!! 本当に万全なんですか?」
「そこの嬢ちゃんの治癒魔術が桁外れってのは、お前らも分かるだろ馬鹿野郎!!」
全員瀕死の重症だったのに、走れるぐらいまで回復してやがる。
ランクSでもここまでの術士は珍しいが――広域防御魔術が拙い。
まだ未完成の才能を、ここで無駄死にさせるわけにはいかない。
「邪魔だってんだよ馬鹿野郎!! 早く行け!」
「私は残ります。もし膝の故障が再発したら、誰が魔王を抑えるのですか」
「お前だって無理だろ小娘が!!」
「そんなことより早く牽制攻撃を。空に止めておきたいのでしょう?」
確かに。さっきから【黒橡】の動きがおかしい――何か狙いがあるのだ。
広域殲滅魔術も撃つフリをしただけだ。そっからは、ちまちま火炎魔術を撃ってきやがる。相手がこういう吝嗇な戦術を選択するときは、必ず裏がある。
「いいか? お前らが居ると俺は空に上がれねえ。広域防御魔術すら使えないお前らは、全然足りてねえんだよ!!」
「立てるようになったらその言い草ですか。もう一度膝を壊しますよ?」
「お前は敵かよ小娘!!」
「ラファ……口論してどうするのよ? あたし達が邪魔なのは事実なんだし」
「俺、ラス先生と口論できる冒険者なんて初めて見たぞ……」
「そうね……凄いわね、この子」
いっそ奴を下ろして戦うか? 奴にはダメージがある。まだこちらが有利だ。
相手も分かっているのか、普通には下りてこない……何を狙ってやがるんだ?
それにさっきの《ドラゴン》――もしあれが南方で目撃されたあと、消息不明になった個体だとしたら、他にも隠し玉があるかもれねえ。
更には――――
「上空で何かしてやがるな……」
「あの……一つ思い付いたことがあるのですが、聞きたいですか?」
§
「なんだあれ?」
百マトほどある巨大な氷塊。それが上空一キマ辺りに浮いている。
料理に使うボウルというか深皿というか……そんな形だ。
「あれ……中は空洞だよなあ」
レンズ効果を狙ったものでないなら、あの空洞の意味は?
地上に降りて何をする? 何がある? それとも――――何か居るのか?
「さっきの《ドラゴン》、通りがかっただけとは思えないタイミングだったな」
俺は足りない頭を搾って仮説を組み立てる。
「あの氷塊は器。もし、魔王が自分に意識を引き付けるために近接戦主体にしたのなら、単独行動ではないのか? 《ドラゴン》も陽動なら他に何が居る? もし、協力者が気取られぬようにランクSを妨害するなら……」
下に居る何者かが人間だとすれば――人質か!?
気配は感知できない。こうなったら目視と勘頼りだ。
『見る意識』を高め、小さなランドルト環を見るように凝視すると――
「居た!! やっぱりか……」
俺は気配を殺しながら、その場所へ向かった。
§
「人間をあそこに放り込むだと!?」
引き続き上からの散発的な攻撃を防ぎながら、こちらも斬撃を飛ばす。
【黒橡】の目論見が判明した――生意気な小娘の仮説だが。
「これは高ランク冒険者の欠点とも言えますが、脅威にならない弱者は逐一感知しません。そのせいで見落とす可能性があるのが、ただの一般人です」
「だが、どこから誰が連れて来たんだ?」
「それは分かりませんが、この付近の町ではないでしょう。バレますから」
「まさか、極東の島か!?」
「だけどテッド、あの島は魔族に――」
「いや……そうか。そういうことか……」
ジィスハには住人が居る。それも一人や二人ではない。
そして大陸とジィスハのあいだには、太古には陸橋になっていた水深の浅い海峡があり、危険度の高い大型魔獣はその体躯に見合う場所に居る。
つまり――こちらが感知できるようなランクの冒険者でなくとも、そこそこ戦闘力のある人間さえいれば、気付かれずに大陸に渡れる可能性はあるってことだ。
それでも魔族の脅威は消えないが、『何人犠牲になろうと海を渡らねばならない状況』ならばどうだろうか。
【黒橡】が何度も往来していればその意図も読めただろうが、ジィスハの住人が単独で動いていれば、情報など上がってはこない……盲点だった。
「ラファ、あの氷塊はなんなの?」
「恐らく――ですが、中を液体窒素で満たすつもりではないでしょうか」
「なんだそりゃ!? そこに人質を落として殺すってのか?」
「『遥か上空での惨劇を防ぐために、何をしなければならないか?』です」
「――俺も耄碌したもんだ……確かに、その通りだろう」
防御で集中力を散らすつもりなのだ。
そして人質を助ける間隙を縫うように、広域殲滅魔術を放つ――か。
態々あんな上空に器を作った理由も意図の不明な魔術攻撃も、すべては俺を妨害するためだな……。
いつ、どれだけの人数が上空に放り上げられるか読めない。
少なくとも今までは、こんな胸糞悪い戦術を用いた魔王と相対したことはない。
遠距離でも近距離でも真っ向からの力勝負ばかりだった。
「脳筋ばかりではないということですね」
「てめえっ! それは俺にも言ってるだろ!?」
だがそれが分かったところでどうする? 上から見られている状態で人質を探して駆け回れば、相手も戦術を変える。『人質は用済み』となるかもしれない。
「ですが、こちらには天才がいますので。上の馬鹿を斃せばいいのです」
「はあ? 自分のことを言ってんのか?」
「いえ、私はそこそこです。ほら、上の馬鹿が焦っていますよ?」
見上げた先の魔王は、ある方向を俯瞰して狼狽えている。
ここから近い。俺達からは死角となる位置だが、それを悟らせないために、地上への散発的な攻撃を放っていたのだ。
――ってことは、あいつが気配を殺して来てやがるのか。
「私は天才が居るところへ行きますね?」
変人が走って行くのを呆然と見送る三人に、声を飛ばす。
「そういうことだ! お前らも追えよ馬鹿野郎!!」
「どういうことよっ!?」
いや……俺にも分からねえんだ、それが。
§
「いきなりごっそり減ったらバレちゃうんで、『あれ? 魔王の人質少なすぎ!?』となるように、少しずつ退避してください」
森の中だったのは幸いだ。ここには巨大な葉っぱがある。
地球のグンネラよりも大きく全体的に丸い葉で、傘として使えばファンタジーな光景になる。葉脈がしっかりしていて上手く乾燥させれば強度が上がるため、布を貼ることで笠帽子の素材としても使われている植物だ。
その巨大な葉っぱを一人一枚ずつ渡して、じわじわと退避してもらう。
付近に魔獣の気配は無い。近くで冒険者が派手に戦っているため、そちらに向かっては瞬殺されているのだろう。魔獣はそういうところがバカで助かる。
人質は全部で三十人と、見張り役が五人。人質の中には小さな子供まで居た。
酷いことを思い付くものだ……。
見張り役は、突如現れた俺が口の前で人差し指を立て「静かにするで御座るよ」と言ったら「忍の者か!?」と驚愕したあと抵抗の意思を示さなかったため、武器を取り上げて人質側に渡し、同行させることにした。
見張り役もジィスハ人で、相手は魔王――何か事情があるのだろう。
少しずつ葉っぱに隠れて退避させ、上から見たら、いつのまにか居なくなってる状態にできればラッキーだ。まあ、バレるのは覚悟の上だけど。
焦った魔王の動きで、シルバー人材が反応するだろう。
ある意味賭けだが、向こうにはラファも居る。
などと思っていたら――――
「あちゃー。もう気付きやがった」
二度見って、リアルで見るとあんな感じなんだな……。




