074 海上の波風
「貴様!? 何を――」
やはり抱えて離脱するのは気持ち悪いので、円錐形の障壁を前面展開。直立状態の魔王に頭から水平に突っ込み、そのまま超音速まで加速して海を目指す。
『いきなり超音速』はエイネジアからの帰路、ラファにヒントをもらった。
一緒に飛んだことで、お互いに得られるものがあったのは僥倖だ。
魔人ならばこれだけで身体を貫けるのに……魔王は頑丈だな。
飛行軌道を安定させるために魔王の背後にも重力障壁を展開し、魔王は背中側へ強烈な力で引かれる加速のサンドイッチ状態なので、天地左右へは逃れられない。
それでも障壁を無効化される可能性はある。海が近くてよかった。
一分に満たない時間だが、ここで無効化されたところで、既に――――
南の方角、断絶の大海の上で、急制動して魔王を突き放す。
「どうする? 俺を海に落下させて泣きながら逃げても、すぐに追い付くぞ?」
「逃げるかよ糞餓鬼。貴様をぶち殺して、ここから遠距離攻撃するだけだ」
「老人を森に置き去りにしてきたから、遠距離攻撃は防がれるぞ? バカなの?」
「ならば貴様を殺して戻るだけだ! 糞餓鬼がっ!!」
魔人と魔王に共通する脆弱性は、煽り耐性だな……ちょろい。
空中戦は、あの地表への刺突による衝撃波を防ぐ意味もある。
踏み込めないぶん、通常の刺突も威力が落ちるだろう。
問題は一つ――
「これ、使えるんだろうか……」
擂粉木である。
魔剣【ブルレスケ】ではない。こんなものはただの擂粉木だ。
試しに魔王の攻撃を捌いてみたが、傷一つ付いていない。
不本意ながら打撃には使える。
「なんだそれは? 貴様はそんな棒っ切れで俺を殺せると思ってるのか?」
「さあ? それはこの人に訊いてくれ。俺も訊きたいぐらいだ」
まあ、当てるのが難しいんだけど。
空中での回避能力も高い。さすがは魔王。なので豊富な水を使おう。
氷山で左右と後方を塞ぎ、同時に擂粉木で打撃すると上に躱されたので、俺は更に上昇して上空に氷塊を作っておく。
放っておくと逃げそうなので、空中近接戦に持ち込もうとしたが、相手も魔術で氷の壁を作って俺の接近を阻害する。
ならば、と俺は空中の氷塊からレンズ照射で目眩まししたあと、氷壁を破壊して接近。擂粉木で鳩尾に一発入れた。
ダメージは通り、擂粉木にも破損は無い――うん、いけそうだな。
「ゴフッ! 貴様あ!! そんな棒切れで、この俺に……」
「ほーら止まるとチカチカ攻撃だぞー?」
レンズでチカチカやると魔王が怒ってレンズに炎の槍を投げつけたので、その隙にもう一発。今度は顎を下から打ち抜いた。
骨が砕ける感触はなかったが、やはりダメージは通る。
つまり俺に力があれば、一撃で斃せる可能性もあるわけだ。
「凄い擂粉木だな……擂鉢は砕けそうだけど」
「殺す!!」
魔王がいよいよ本気で向かってきた。
右腕は負傷しているようだが刺突の連撃は空中でも威力があり、何発かは掠って血が吹き出す。
冒険者をやっている限り、怪我や死は付き纏う。だが、あの聡明なルーが不利な交戦に至った理由は、バカな俺とは違うはずだ。
だから俺は、この魔王に敗北という屈辱を与えてやろうじゃないか――
ルーの信頼に報いるために。
「どうした、手も足も出ないか? 貴様如きが勝てると思うなよ糞餓鬼!!」
「いやいや。必殺技封印してここまでご同行願ったのは、新しい武器のお試し期間だからだぞ? なんか、いろいろ試さなきゃダメらしくてさ」
『チガウ!!』
――またどこかから声が聞こえた。
とりあえず凄い剣――いや擂粉木だと確認できたので、引き続き打撃での有効な攻撃を模索する作業に入ろう。
魔王の身体は頑丈。
先程の攻撃でそれは痛感したので、俺は左手で以前買った剣を持ち、魔王の攻撃を受けた。
粉々に砕けた普通の剣を見て擂粉木の凄さを再認識しつつ、魔王の顔を目掛けて剣の欠片を擂粉木で打ち付ける。
「ぐあっ!? 目にっ!!」
「砂が入った程度かもしれないけど、隙はできるな?」
魔王が反射的に手を翳したので、右手の傷に手頃なサイズの欠片を突き立てて打ち込むと、欠片は砕けたが右手のジャマなんとかを取り落とさせた。
重力操作による加速で水没させて、即時回収不能にする。
「俺が剣を片方失った程度で、貴様に勝機があると思うのか?」
「いや、もう片方は俺が使うんで」
「何っ!?」
突き込まれた腕を掴み、肘の裏から擂粉木を垂直に当てて左手をへし折ろうとしたが、やはり折れない。しかし、肘への打撃で落とした短剣を掴み取る。
これで相手は無手になった。
「貴様っ! 武器を奪ったぐらいで!!」
一瞬で空を覆い尽くすほど大量の氷の槍が作られ、飛来する。
これを発動前に打ち消すのが、ランクSなんだよなあ。
ただの氷の壁で受けると、槍の何本かは硬質化されていたようで壁を貫く。
腹に一本と足にも何本か刺さってしまったが、空中で踏み込むことはないため、然程気にならない。痛覚などとっくにカットしてある。
重力操作でずるりと槍を引き抜いて止血。治癒は後回しだ。
打撃で決定打を与えるのは困難だったが、手元にはいい感じの杭がある。あとは打ち込むだけだ。
俺は相手より先に動いて接近すると同時に、雲の中に隠しておいたもう一つの氷のレンズでチカチカ攻撃すると、蹴り上げた短剣を魔王の下顎に突き立て、蹴りの勢いで後方へ一回転しながら右に捻りを加え、擂粉木アッパーで杭を叩きつけた。
「があっ!?」
下顎を貫いた短剣は上顎の骨に当たり、残念ながら脳までは届かない。
瞬時に抜こうと顎の下に伸ばされた右手も、もう一本のじゃ、じゃ……邪魔だ丸――エロ修正みたいだけどもうそれでいいや――で打ち付けた。
「――っ!?」
「なんでか疑問に思ったか? 俺にとっても大事な邪魔だ丸を、そのまま海中に沈めるわけがないだろ? 沈めたと見せかけて、海中に止めておいた氷塊に突き刺したものを、戦闘中に回収したんだよ」
氷の槍を喰らったのはわざとで、俺は相手が結果を視認すると予測していた。
腹と足に突き立った槍を満足げに眺めていたとき、邪魔だ丸は魔王の背後で氷塊ごと、ぷかぷか浮いていたのだ――
あとは一本目を突き立て後方宙返りで頭が下を向いたときに、魔王の足の間から氷塊の邪魔だ丸を左手でキャッチ。顎に刺さった杭を反射的に抜こうとした魔王の右手に、もう一本の邪魔だ丸を突き立てて、擂粉木で打ち付けた。
残る左手でエロ修正を取ろうとする前に掴み、氷の板を硬化させた俎板に乗せ、天を向いた掌目掛けて擂粉木を振り下ろし、指を叩き折ってやった。
魔王が手を握る速度より速い――つまり、屈辱的な打撃だ。
衝撃で氷の俎板も粉砕され、キラキラと光の粒が舞う。
「あがあぁぁぁっ!!」
「魔王でもみっともない声で喚くんだな。痛覚切っとけよ……できないの?」
できないのを分かった上で、煽る。
蹴りで離脱するのは読めていたので後退すると、やはり前蹴りが何もない空間を空振り、その勢いで魔王の身体がくるりと一回転。その隙に右胸に打ち付けられた手を強引に抜いていた。
胸と手と口から出血しているが、その目は爛々と輝き殺意を放つ。
「ぎ、ぎざまあああああっ!!」
「さあ、どうする? 広域殲滅魔術でも撃ってみるか?」
空中での近接戦なら俺でも互角以上にやれる。もう魔王には魔術しかない。
ならば、これまで悪行を重ねた手の内を、すべて見せてもらおう。
ところが、いきなり予想外の魔族が上空から現れた。
巨大な炎弾を放ってきたのは――
「《ドラゴン》!? マジかよ? 気配察知って痛覚と連動してるのか?」
まったく気付かなかった……だが今は検証している場合ではない。
魔王と距離を空ければ逃げられる――
俺は急加速で魔王に突進しながら炎弾から離れると、魔王はエロ修正が刺さったままの手を俺の背中へ振り下ろし、俺は海面に叩きつけられた。
追撃を避けるために海中へ潜りながら三本の巨大な氷柱を突き上げ、そのうちの一本に紛れて空に上がったところへ、《ドラゴン》の炎弾が飛来する。
それを急加速で上昇回避してから見下ろすと――――
「くそっ! いちいちセコい奴だなあ……また向こうに戻りやがった」
俺はファンタジー生物を仕留めなければ、あちらには戻れない。
ランクSの幻獣《ドラゴン》の体長は五十マト以上。確認されている中でもおそらく最大級――擂粉木でポコポコ殴ってダメージを与えるのは大変だ。
「もしもしジゼルさん? 俺、あっちに戻りたいんだけど、ちょっと普通の剣になってもらえませんか?」
――無反応。
自力でどうにかしてみせろってことか……試用期間って大変なんだな。
炎弾が飛来する。飛行速度は俺のほうが速いが、振り切ったところで大陸方向へ誘導してしまう。ここで斃すしかない。
魔王も魔王で何をするかが読めない。急がなければ。
「しょうがない。奥の手でいくか!!」
俺は更に上昇する。陸地の方向へ仰角で進むと、《ドラゴン》も後ろから炎弾を飛ばしながら追ってくる。
振り返る余裕は無いが、気配で竜が何かやろうとしてるのは分かる。
高威力魔術を放たれる前に――
「緊急停止アンド方向転換!!」
飛行のための重力魔術を解除し、慣性で飛ばされるのを制御するため巨大な障壁を作り、そこに両手をついて踏ん張る。既に運動エネルギーは相殺され予備動作に入っている段階だ。
地球でのミリ秒どころかマイクロ秒単位での魔術操作は既に人外の領域で、タイミングを誤れば即死となるが、「こうしよう」と考える前に予測操作も可能だ。
そこは俺も感覚でやっているので、理屈はよく分かってないんだけど。
制動を終えると、即座に足の方向目掛けて急加速する。
《ドラゴン》の周囲には、無数の炎球が不規則に螺旋を描いていた。
「あれが炸裂して弾幕を張られたら回避は難しいだろうな……だが!」
俺はパクリキックの要領で足元に飛行用の障壁を作り、自分自身が障壁を纏った巨大な槍となってファンタジー生物へ突貫した。
巨大魚を斃したときとは違って貫通させる。障壁も円錐ではなく紡錘形だ。
一気に超音速に加速――血流操作は限界突破している。それでも《ドラゴン》が回避できない速度にしなければ、避けられるとまた時間をロスしてしまう。
炎球をぶつけようと放ってくるが、超音速で飛来する物体に、それより遅い火球を当てるのは困難だ。
俺は口から下腹部まで《ドラゴン》を貫き、魔術操作を解除する。
なんで強力な武器を握り締めたまま、パクリキックで攻撃してるんだろう……。




