071 光差す場所へ
予想以上に凄いのが来てしまった。
剣を相手に菓子折りを持参する時点でかなりの頓痴気だが、それをハゲが土下座して差し出している姿は、シュールな光景としか形容しようがない。
「ジゼルさんは洋菓子のほうがお好みでしょうか? 俺の師匠はシュークリームを作るのがパティシエ級に上手いので、よければ一緒に食べましょう」
いや師匠とか知らんし。何なんだこのハゲは……。
というか私の名前教えたな! あのふわふわっ子!!
なんで普通に話しかけてるのかしら……剣が欲しいんでしょうに。
まあ、使われてあげないけどね。
すると、ハゲがすすっと近付いてきた。寄るな! 寄らば斬るぞ!?
「あの……大きな声では言えないんですが、いろんな方があなたのことを知ってるみたいで、颯波さんとか師匠も顔見知りらしくて。あ、師匠はここだけの話、魔人でして……これ誰にも言わないでくださいね、オクトって言うんですけど――」
落ちた。綺麗な飾りの付いた台座から、転げ落ちた――
今、なんて……颯波のバカはどうでもいいとして、オクトですって!?
なんでこんなバカが、あのオクトを師匠だの言ってるのよ?
バカハゲは私が落ちた理由など気にせず、元の台座に丁寧に戻して話を続けた。
「みんな口を揃えて、ジゼルさんのことを『真面目すぎる』って言うんですけど、俺はそうは思わないんですよね……面白い人だなあって」
ふ・ざ・け・ん・なっ!!
私が面白いとか、ナメてるのかしらこのハゲ。
というか、ランク低すぎて話できないのが苛々するわね!
念話が通じる感知能力すらないなんて、本当に嫌になるわっ!!
「だって普通は『勝てない、もう無理だ』って諦めちゃうじゃないですか? あと『もっと強くなってやる』って頑張るんだけど、状況は変えられなくて凹んだり。それが当たり前だと思ってたのに、こんな斬新な方法で更に上を目指すとか、その発想力は凄いなあって尊敬しましたよ!! 師匠の次ぐらいに」
おい最後!!
ただ、返事もしない剣にこれだけ熱く語る人間も初めてなら、こちらがこんなに感情的になった相手も初めてだ……あの魔人オクトが師匠というのも、気になってしょうがない。
フーリュエとブトルアの戦争を終わらせた『大虐殺』の当事者であり、ミシュクトルやジィスハのように、真実が隠匿され書き換えられた幾つかの事件にも関わっている。
何よりこの私が軽くあしらわれて、呆然とする私達に「最古の幻獣とは戦うな。無駄死にするだけだ」と、警告を残して去っていった魔人――
わけが分からない。うー喋りたい……なんでこんな奴が来ちゃったのよ!!
「そちらからも返事できたらよかったんですけどね? 嫌なら嫌でしょうがないんですけど、俺もじゃあ帰りますとはいかないんです。しゅ……しゅん……なんとかさんていうお爺さんが戦ってまして、助けてあげないとヤバそうなんですよ。膝が悪いみたいで。やっぱり寄る年波には勝てないってやつですかね?」
知るかっ!!
ラシッド・ケリーだってランクSだ。一人でどうにかするでしょう。
魔王如きがこのエイネジアまで辿り着いたところで、私の敵ではない。
ただ――この少年が求める強さは、これまでここを訪れた単純バカどもとは少し違う。ここに来た冒険者の口から、『発想力』という言葉は初めて耳にした。
魔人オクトからも、何かしら話を聞いているのだろう。
『英雄になりたい』『世界を救いたい』『身近な弱者を守りたい』
そんな甘っちょろい考え方では、この世界への絶望を深めることになる。
獰神は、同じ舞台に立つ敵方ではない。
登場人物の劇的な死で情動を揺さぶられたいなら、物語の読者と同じだ。
逆転するのが分かっている窮地も。
それらは慣れによって飽きる――そして停滞が始まる。
更に獰神にとって笑いは娯楽に成り得ない。神格の構成要素が負の力なのだ。
奴は、自身に立ち向かってくる愚か者を待ち続けている。
それが理解し得る未知の娯楽だからだ。
攻略のヒントは提示されている。ほとんどの者が、考えないから気付かない。
私も怠け者は助けない。
ならば、この少年はどう考える?
「俺は……いろんなものを見ました。他の天人と同様、二つの世界を見ています。地球はいつの時代も、支配大好き人間と思考停止した怠け者とで、ややこしい世界なんですけど、こちらの世界はシンプルですよね……とりあえず獰神を説得するかぶん殴る。そんな世界にややこしい地球人を連れてくるのって、わりとシンプルな理由なんじゃないかと思うんですけど、どうですかね?」
――知らん。……でも、逆説的な論理は、ちょっと面白いと思ってしまった。
未だに手に持とうともしない。まるでそこに、ジゼル・トゥオネラが座っているかのように、あるいは病院のベッドで意識不明の患者に話しかけているような……不思議な少年だ。
共に戦う者とならば、死力を尽くす――次は無い。
この変な少年に、私の人生のすべてを託せるのか?
「あと、ここには入れなかったんですけど、俺と一緒に旅してくれる仲間がいて、ラファとルーって両方女の子なんですけど、強いんですよ二人とも。ランクSから見たら児戯かもしれないけど、一生懸命だし俺とは違った視点があって、やっぱり一人じゃ何もできないなあ……って痛感させられました」
私は……どうだっただろうか。
拒絶してしまったかもしれない。相談もせず、この姿になってから事後報告だ。
マルーアは泣いていた。颯波は怒ってたな……。
後にここを訪れたオクトは、「それがお前の選択か」とだけ言って立ち去った。
「だから、そんな俺達の仲間として力を貸してもらえたら、きっとみんなも大歓迎してくれると思うんです。一緒に笑ったり泣いたり、食べたり風呂……は無理か。とにかく俺達の旅は、まだ始まったばかりです! 神様をも驚かせるような、旅の仲間になってくれませんか?」
ははっ、青臭いセリフだ……カブかハム、それとも大根か。
悔しいけど、こういう人間が舞台に上がるのを待っていたのだ……くそう。
弱いしバカだ。全然足りない。だけど、天性の魅力を備えている……くそう。
こうしよう――『お試し期間』だ。成長が望めなければ捨てよう。
その時、この少年は死んでいるだろう。
大言壮語など聞きたくない。夢など寝て見ればいい。
やるか、死ぬか――究竟、万事はそこへ帰趨するのだから。
§
この剣――というかジゼルさん、やっぱり面白いな。
俺が一方的に話しかけているあいだ、ぷるぷる震えたり台座から落ちたり。
そして、今――
「なんか勝手に浮いて床に文字を書き始めたぞ……」
【試用期間】
「なんだそれ!? だけど、許可ってことだよな?」
そのまま空中で静止した剣に触れる――
俺が何をしようと、相手が斬りたければ斬るだろう。
『バーカ』
そう言われた気がしたので俺も応える。
「フハハハッ!! 残念だったな! まさしく俺は、鍋の底を抜くバカなのだ!!」
ジゼルさんがぐんにゃりしている……と思ったら、光り輝いて――変形した。
部屋を出た俺と【ブルレスケ】を、ラファは複雑な表情で出迎えた。
「お疲れ様でした、涼平さん。やや殺気を感じる瞬間もありましたが、『本気ではない』との判断から、静かに様子を窺っていました」
「その能力、恐いよっ!?」
「何やら面白い形の剣……なのですね」
「うん。変幻自在なんだろうけど、あえてこの形にしたみたいだな……」
「あらあら。そうして持つだけでも信用を得なければ叶いませんのに、そのような形状変化まで……余程気に入られたようですね。彼女に」
「だといいんですが……」
ゆるふわさんはとても嬉しそうだが、俺は先程のラファと同じ表情になっているはずだ。
魔剣【ブルレスケ】の現在の形状を、あえて表現するなら――擂粉木だ。
俺が欲しかったのは相棒であって、文字通りの『棒』ではないんだけどなあ。
「ここを訪れる方で、『剣を見せてほしい』『一度持たせてほしい』とおっしゃる方とは数多お目にかかりましたが、『会いたい』とおっしゃった方は、先代の時代と合わせても僅かに数名ばかりなのです」
「そのうちの一人は、背の低い十二歳ぐらいの少女ですか?」
「ええ。そう聞いております。お知り合いの方でしょうか?」
「いえ、なんとなく……勘です」
「あらあら、それはそれは! 正解でしたね」
「本当に一緒に行っちゃっていいんでしょうか? 管理人さんの仕事がなくなってしまうのでは?」
「いえいえ。お給金は沢山頂いておりますので。それに、彼女が決めたことです。嫌ならまたここへ戻ってきますから」
「マジで!? そうならないように努力します」
「はい。どうかジゼル・トゥオネラ様に、優しくしてあげてくださいね?」
子犬でも飼うみたいだ……とか言ったらジゼルさんに怒られそうだな。
あらためて管理人さんに挨拶してから、ウィッチヘーゼルの聖堂をあとにする。
不思議といえば、管理人さんはジゼルさんと普段から会話していたような口ぶりだったのに、俺がジゼルさんに話しかけても答えてくれなかったんだよなあ……。
何か足りないのかもしれない……信心だろうか?
『チガウ!』
何か脳内に響いたが、とにかく今は急いでリノカラトの町まで戻らなければ。




