070 ウィッチヘーゼルの聖堂
「なんか光ってたわね?」
「はい。近くで見たら、しばらくは視力が戻らないでしょうね」
その光のあと、戦闘の音も止んだ――
魔王は死んでいないとラファは言う。ならば状況はどうなったのか?
更にラファは彼も無事だと言う……それも謎だ。
程無く、町の上空にぴかぴか頭が飛来した。さっきの光って……まさか……。
低ランク冒険者が「UMAだ!」と攻撃しようとするのを止めているあいだに、素早く地上へ降り立って、彼が言う。
「今から急ぎでエイネジアに向かう」
「は!? こっちは大丈夫なの? 戦闘はどうなったのよ?」
「分かりました行きましょう!」
「ラファは何を分かったのよ!?」
「武器です」
ああ。えっと……【ブルレスケ】だっけ。
そもそも、それが東端へ向かう目的だったのよね。多くのことが断続的に起こるせいで、あたしも忘れて――はいないけど、脳内の優先順序が掻き回されていたのは事実だ。
「あたしは残るわね。こっちの警護も必要だろうし」
「ああ、頼んどくよ。ラファは俺が死んだときの遺体運搬係だからな」
「いえ、遺体にはさせません。もし遺体になったら悪戯しますよ?」
「やめて! 死ねないじゃん!! あとそれ犯罪だからな!?」
相変わらずの二人だ……彼もたった今、魔王と戦闘してきたとは思えない。
「で、戦闘はどう終わったのよ?」
「俺がピカッてやって腕斬られて逃げた」
「幼児の説明!? それで、魔王はまた来るんでしょ?」
「そう。武器が必要だから急がないと。それと、老人が戻ってきたら要介護な?」
「意味が分かんないけど、たぶんそれ【峻厳迅壊】のことよね? 怪我したの?」
「頑固ジジイだから隠すと思う。膝蹴ってやってくれ」
「できるかっ!!」
彼もアドレナリンで頭が混乱しているのだろう……それにしても支離滅裂だ。
あたしは「もういいからさっさと行きなさい!」と二人を追い出し、リノカラトに残ることになった――――
§
「抱えて飛ぶぞ?」
「喜んで!」
俺達は全力でエイネジアへ向かう。【ブルレスケ】が必要なこともあるが、治癒を終えた魔王は再びエイネジアを目指すだろう。手遅れになる前に行かねば。
人を抱えて飛ぶのは始めてだけど、迷っている時間は無い。
横抱きではなく、しがみ付いてもらう格好になるのでラファは大喜びだが、俺は精神集中が大変なのだ……いろんな意味で。
「凄いです涼平さん! 私も追い付きます!!」
「そうだな。この格好で飛ぶのは恥ずかしいし」
「私、追い付きません!!」
やめて……大変なんだぞ……いろいろと。
エイネジアまでは二度上空を飛んで距離が掴めているため、最大加速までは出せないことも分かっている。減速に距離が必要なのだ。
最高速度から急減速するには、まだ修練が足りていない。
完全に正対した状態だとラファは俺の胸に顔をつけたまま、横向きでしか景色を見られないので、片手を肩に回してもらって互いに半身の姿勢で飛ぶ。
俺は両手でがっちりラファの腰をホールドして、このまま後ろに投げれば半身のバックドロップだな……と考えていたら、ほっぺたを抓られた。
やがて視線の彼方に見えてきたのは、広大な海――
ラファの表情は見ていないが、無言のまま感動しているのは分かる。
断絶の大海は初めてだって言ってたもんな。
「いつかゆっくりデートがしたいです」
「ごめんな……ずっとバタバタだと思う」
「隙あらばデートしましょう」
「どんな表現だよ!?」
エイネジアは港町でもあるが、海側の防壁はとんでもなく高い。
それだけ海側は危険なのだ。魔獣が暴れるだけで津波が起こるのだから。
観察していて、ふと気付く――何故かこちらでは大規模な避難が見られない。
西東南はダメだとしても、北方向へ退避しない理由が謎だ。
今回の来訪は俺の個人的な事情なので、いきなり壁内には下りられない。
閉ざされたままの西側大門前で、静かに着地する。
「なんか平穏だな、こっちは……空の旅はどうだった、ラファ?」
「帰りが楽しみです!!」
気が早いな……これから剣を相手に、命懸けの交渉が始まるというのに。
§
変なのが来た――――
ランクは低いはずなのに、超高速でこの町に接近――飛行魔術だな。
こんな気配は先日にも一度あった。あの時は素通りだったのよね……。
私に会いに来たのだろうか? 自惚れなどではない。そこそこの実力者がこの町に来る理由は、海を渡るか私に会いに来たかの二択なのだ。
何より――魔王だ。あれが近くに現れたタイミングに、急いでこの町までやってきた冒険者が、そのまま海を渡るだろうか?
逃げる? 有り得るが海側へ逃げるバカは居ない。ジィスハは闇に葬られ、断絶の大海を越えればロディトナだ。
そこに最古の幻獣が現れたなら、見なくても状況は分かる。
ロディトナのことは『最近そんな国ができたらしい』と聞いた頃に死んだので、よくは知らない――いや、正確には死んではいないんだけど。
『これ』を生きていると思ってるのは私ぐらいでしょうけどね……。
昔の顔馴染みも、死去したり多忙によって疎遠になったりで、今では話しかけてくる者も少なくなった。
まるで古い墓のようだ……などと考えていると、一人の冒険者がこの聖堂に入ってきた。まだ若い。青年というより少年ね。
見た目から考えれば、その成長速度は目覚ましいものがあるけれど、とても私を奏でられるだけの発想力があるとは思えない。
さて、どうやって追い返そうか――
§
俺達は門番に事情を説明して、「まあ、無理だと思うけどね……」と苦笑いを浮かべるおじさんから【ブルレスケ】が保管されている『ウィッチヘーゼルの聖堂』と呼ばれる建物の場所を聞き、少し寄り道したあと目的地へと向かう。
門番のおじさんの話によると、ランクSの爺さんはエイネジアから現場へ向かったらしく、「【峻厳迅壊】が行って駄目ならこの国は助からない。だからいつもと同じように過ごすんだよ」とのことだった……町じゃなく、国なんだな。
口の悪い爺さんだったが、信頼されているようだ。
言われた場所にあったのは聖堂と呼ばれるだけあって荘厳な建物で、その雰囲気からは崇拝よりも哀惜が感じられた……まるで墓所だ。
魔石に自らを呑ませたランクSの女性冒険者――そう考えれば、墓として作られたものなのかもしれない。慕われていた人だったんだろうな……。
建物の奥にドアがあり、その中が保管部屋のようだ。
警備はなく、二人の管理人が交代しながら常駐しているらしい。
俺はその管理人さんに声をかける。とても美しい女性だった。
「あの……【ブルレスケ】さんに会いたいんですが?」
すると管理人さんは少し驚いたような顔をしてから、相好を崩す。
それは喜色の中に慈しみを感じさせる、穏やかな表情だった。
「会いに来たのでしたら、『ジゼル』と呼んであげてください」
「それが冒険者の名前ですか?」
「はい。これ以上はわたくしが叱られますので、中へお入りください」
「ありがとうございます。二人で入って大丈夫ですか?」
「申し訳ございませんが、【ブルレスケ】の所有を望む方のみでお願いします」
「分かりました。ごめん、ラファ。殺害阻止は難しそうだぞ?」
「いえ、気配で察して止めます」
「あらあら。それほどまでに狂暴だと噂されているのでしょうか?」
「はい。場合によっては殺されるとか」
「まあ、それは恐ろしい! ――ですがご安心なさってください。これまでにこのウィッチヘーゼルの聖堂内で亡くなった方は、一人もいらっしゃいませんので」
「そうなんですか!? じゃあ尾鰭が付いた噂だったんでしょうね」
「ええ。『自分にはまだその資格が無い』と、無事に退出された方もいらっしゃいますので」
「なるほど。狂暴な剣ではなかったんですね!」
「はい、平穏そのものですから。――聖堂の中は」
「あの……涼平さん?」
「ささ、どうぞ中へ――」
何か言いたげなラファを残し、ゆるふわ系の管理人さんに促されて奥の部屋に入ると――まるで中世のカタファルコのような、豪華な装飾の施された台座に佇む、美しい剣があった。
§
やはりランクA程度か――それで飛行魔術は、なかなかのものだけど。
これまでのパターンから考えると「俺の剣になれ!」とか「お前に相応しいのはこの俺だ!」とかかな? ありがちすぎて反応するのもダルいのよね……。
とりあえず『重力魔術で激重にする』『渦巻撥条の形に変形』『柄から無数の棘を出しておく』『剣身をドロドロに液化させて持ち上げられない』『どう振ろうと自傷する形になる』と、幾つかのコースを考えている。
『靴箆』とか『衣紋掛け』は、「これはこれで」とか言って使おうとするバカが居たからやめた。いつの世にも拒絶を理解しないバカは尽きることがない。
それでも食い下がる無駄にランクと自尊心だけが高いような奴には、口を塞いで『一言でも喋ったら殺す。もう一度来たら即殺す』と、脅して帰らせるコースだ。
聖堂内では治癒と体内操作も使用して、出血も失禁も許さない。
傲岸不遜な輩には、死なない程度に恐怖を植え付けてやる。――聖堂の外で。
聖堂を汚してリリアとメリィに迷惑をかけるわけにはいかない。二人は私を宝剣のように大切に扱ってくれるのだから。
リリアはちょっとふわふわしすぎだけれど、それも愛嬌があっていい。
そんな思案をしているあいだに変なのが接近し、手に持っていた物を差し出す。
――菓子折りだった。
「えっと、魔石で人間が呑めるなら食べ物もありかと存じまして、気に入っていただけると嬉しいのですが――こちらは『栗羊羹最中』でございます。どうぞお納めください、腹に。あ、腹は無いか……俺の師匠も大好物でして、程よい甘さとパリパリ感に、栗の食感が飽きさせない魅惑の菓子でございます」
バカが来た……。




