069 オールド・シールド
かなり移動した。あと少しで断絶の大海という場所にある森林地帯。
戦闘現場との距離はおよそ一キマ。
元ロディトナへの往復によって遠視能力もかなり向上したのか、これ以上の接近は必要無いぐらい鮮明に見える。
この距離でも、どちらかの攻撃が飛来すれば死ぬかもしれない……そのぐらいの圧力を感じる。俺が斬撃を飛ばしても、威力を保てるかは微妙な距離だ。
冒険者のほうは確かに老人だった。
皺は多いが髭を蓄えた精悍な相貌に、如何にも冒険者という立派な体格だ。
一方の魔王は、やはり人型でツノなども生えておらず、魔人と違って肌が赤い。
外見年齢は三十代前半。レスラーのような体型。
互いに魔術を打ち消せるのか、師匠が言っていたようにほとんど魔術を使わず、得物を駆使した近接戦闘がメインのようだ。
おそらく両者とも俺の接近に気付いている。
それが牽制となるか、それとも――――
「おい小僧! 邪魔だから帰れ!!」
やっぱりそうなるよな。
魔術を使った声が飛んできた。
だが、俺も下がるつもりはないので、同様に声を飛ばす。
「『高齢者はお前達が支えろ』って強迫観念の中で育ったもので!!」
「そこで死んどけ馬鹿野郎!!」
くそう、説得力が足りない……寝起きが楽になるベッドでもプレゼントするべきだろうか。
お年寄りは大切にしなければ、たぶん師匠にも怒られる。
相手の魔王は俺には興味無さそうだ。一瞥することもなく、眼前の冒険者に襲いかかる。
老人の武器は戦斧、魔王は……なんだか分からない剣身が短いやつの双剣だ。
あれは地球ならばアジア系の武器か? 持ち手の部分が独特の形状をしていて、例えるなら――そう、吊り革だ!! 三角のやつ。我ながらいい例えだ。
などと思っていると、斬撃がこちらに飛んできた。
距離があるぶん躱せるが速度と威力は凄まじいもので、直径五マト以上ある大木が、雑草でも払うかのように易々と薙ぎ倒されていく。
その攻撃力に反して相対する二者の距離は狭く、俺から援護の攻撃は難しい。
ならばやることは一つだ。
「魔王ちゃんはこんなとこで何してるのかなあ?」
俺は『声掛け事案』を発生させた――
§
「今、一際凄まじい攻撃があったわね……」
「私達も行くべきではないでしょうか? 行きます!」
「こらこら。近接戦では邪魔するだけでしょ? 涼平だってバカじゃあるまいし、戦闘に参加したりは――――いや、バカだったわね……」
リノカラトの壁内で、ラファを押し止めながら南東の空を見上げる――
住人の多くは既に町を脱出していた。
西のヤーラフトゥルより北部の町ノリューワのほうが近いので、徒歩移動の人々は冒険者を伴って、そちらへ避難しているようだ。
出現したのは既知の魔王だろうか? 未知の魔王なら『無色』と表現される。
町に残っていた冒険者に尋ねてみよう。
「魔王は色付きか無色のどちらですか?」
「【黒橡の魔王】だ。ランクS【峻厳迅壊】が応戦してる。ランクBなら間違っても行くんじゃねえぞ? 流れ弾でアレだからな」
色付き――しかも【断滅の嚇刃】の人生を狂わせた魔王だ。
男が指し示した方向を見ると、広大な畑の一部に直径三十マトほどの巨大な穴が空き、穴とその周囲は焼け焦げていた。
「あたしは割れても弾けないかもしれないわね……」
「おそらく近接戦闘に入る前の攻撃でしょう。逸れた攻撃が飛来しただけならば、元は相当な威力だったはずです」
怪我人が居ると聞いた場所に走りながら、因縁の名前に焦燥を感じる。
【黒橡の魔王】か……悔しいけど、今のあたしでは相手にならない。
「あの名前を聞いたなら、涼平さんがあっさり引き返すとは思えません」
「バカだからね……」
「いいえ。涼平さんにとって最適な判断がそうさせるのです」
「そう……なのかなあ?」
天性の勘みたいなものだろうか? まだ合流して日が浅いあたしには、ラファの発言が事実なのか願望なのかを知るには、判断材料が少ない。
「彼はバカ」「彼は天才」今はどちらにも頷けてしまう。
――紙一重か。
「なんか凄いのね。涼平って」
「凄いのです。涼平さんは」
また遠くから轟音が鳴り響いた――
§
「お前は何しに来たんだよ馬鹿野郎!!」
「介護です」
「殺すぞっ!?」
何故か俺は、魔王と冒険者の両者に命を脅かされている。
ちょっとからかっただけなのに……あんなに怒らなくても。
とはいえ、まだこの一帯が吹き飛ぶほどの攻撃ではない。
「なんだ貴様は。ちょろちょろとしゃしゃり出てきやがって!!」
「おじさんはね、その武器の名前を知りたかっただけなんだよ魔王ちゃん」
「死ね!!」
斬撃というより突き技だ。拳と剣を突き出すことで衝撃波を飛ばしている。
それが速いのなんのって、髪の毛があったら二回ほどカット代が浮くぐらいギリギリで躱したものの、いつか当たるなこれ。
「あれはジャマダハルだ! もういいだろ帰れ小僧!!」
「足腰は大丈夫ですか?」
「死ね!!」
なんで!?
老人が俺を狙って戦斧の斬撃を飛ばすので、射線に魔王が入るように動いて避けてやると、ニヤリと笑ってどんどん攻撃を繰り出してきた。
前後から来るんですけど!? 攻撃が!!
「とんでもねえ小僧が来たもんだ……俺とあいつ相手にして躱しやがるとは」
「なんで仲良く攻撃してくるんだよ!? 俺、老人の味方。魔王は?」
「訊くな! 敵だ!!」
「ほら、老人の敵だって言ってるじゃん! 俺を攻撃するなって老人!!」
一応隙あらば攻撃しようと窺っているのだが、まったくその機会が無い。
このままでは埒が明かないので、ちょっと動き方を変えよう。
「おい小僧!? 俺の後ろに隠れるなっ!!」
「最近は『若者に負担をかけたくない』って老人も増えてるようなので」
「何しに来たんだ馬鹿野郎!!」
俺は観客だ。声をかけたらリングに上げられてしまっただけなのだ。
だが、ランクSの盾は素晴らしい。あの攻撃を捌いてくれる。
俺は老人を盾にした卑怯な攻撃を繰り出す。気分は人質をとった銀行強盗だ。
多勢で攻めてくる卑怯な警官隊に、応戦する悪党――って、あれ?
いや、ここで迷っちゃダメだ。斬撃に炎を纏わせて飛ばす。
当たってもダメージは微弱だろうけど、牽制ぐらいにはなるはずだ。
なので主に足とか顔を目掛けて飛ばす。ブンブン飛ばす。
「鬱陶しいんだよ! この糞餓鬼がっ!!」
またアレが来る――
魔王が地面に向けて両手を突き出すと、巨大な衝撃波が放射状に飛ぶのだ。
その動きを読んで回避動作に入ろうとすると、眼前の盾老人の動作がワンテンポ遅れそうになった。俺は咄嗟に抱えて上空に飛ぶ。
「膝を痛めてるんですか?」
「五月蝿えっ! 上がると狙われるだろ馬鹿野郎!!」
しょうがないのでそのまま加速飛行して、一気に高高度まで上昇する。
抱えた相手がランクSでなければ、失神、もしくは死ぬ速度と高度だ。
すると老人は瞠目したまま振り向き、またニヤリと笑うと、声を出さず口の動きだけで言う。
「俺が先に落ちる。お前は目潰ししてやれ」
「はい」
落とした。
「馬鹿野郎っ!? 合図ぐらい――」と声が飛んでくるが、指示に従ったまでだ。
続けて降下すると、老人が魔王からの攻撃を捌いてくれているので、俺は漫画で読んだアレを試すことにした。
「タキハラ・スーパーエキサイティングサンフラッシュ!!」
あれ? 変な技名を叫んでしまった……プロディジー先生の悪影響か。
俺の頭が眩く輝く――はずが、タイミングがズレて、エキサイトしてはいけない部分が光り輝いてしまった……猥褻物にボカシが入ったような状態だ。
また婚期が遅れるじゃないか。おのれ、魔王め。
俺の中のリトルTSタキハラが、脳内の舞台袖でハラハラしている。だが老人は下向きの体勢だし、見たのは魔王だけだ。あんな相手に見られても、俺の婚期にはなんら影響は無い。舞台袖のLTSTは安堵して楽屋へ帰っていく。
魔王が眩しさに右の手を翳した瞬間――もう一方の腕が切断された。
「貴様あっ! こんなくだらない方法でっ!!」
「卑怯がお前らだけの十八番とは限らねえんだよっ!」
卑怯って……魔王にとっての俺の印象が、ダブルで最悪じゃないか。
左腕を斬り落とされた魔王はこの場から退くつもりなのか、重力魔術で腕を拾い上げたあと、ジリジリと後退を始めた。まだはっきりとは見えていないようだ。
だが、その時――老人がガクン。と膝を突いてしまう。
慌てて牽制の斬撃を飛ばすと、魔王は既にこの場を離脱していた。
そのまま気配は遠ざかっていく――
なるほど、相手が逃げる場合にも感知能力は必要なんだな……。
遠距離から飛来する攻撃への警戒も怠ってはいないが、目の前にランクSが居るのだ。俺ができることなんてたかが知れている。
そのランクSが「もういい」と言うので素直に警戒を弛めると、拳骨で思い切り殴られた。
「馬鹿野郎!! 死にたいのか?」
「でもタイミング的に、死んでたのはそっちじゃないですか?」
「五月蝿え! お前が来なきゃもっと早くに決着できたんだよ馬鹿野郎!!」
「確かに……それはそうかも」
「納得するな馬鹿野郎!!」
「魔王はまた来ますよね?」
「ああ。腕を接合したらすぐにでも来るだろうよ」
「それじゃ俺はこの辺で――あ、俺は滝原涼平です」
「知るかっ!! どこ行くんだ!?」
「ちょっと武器が必要なもので」
俺はまた跳躍して町の方向へ飛んだ。
旬野菜の――なんとかさんは有名人みたいだし、あとで名前を訊いておこう。
とにかく今は急がねば。魔王がどのぐらいで戻るか分からない。
老人の膝は万全には程遠い状態だろう……戦闘中も何度か庇う動きがあった。
俺が上空から落としたせいではない。
さっきのランクA二人が心配していたのは年齢ではなく、そこだろうな……。




