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068 それも数奇ではなく必然か

「そんじゃトイレはここな? 男女分けとくから。俺は右な?」


 土を長方形に固めた巨大な箱を二組作り、離れた場所に立てて置く。

 極めてプライベートな空間なので、俺が作るのはドアの無い箱だけだ。

 便座と目隠しの壁は使用者が作る。そのための土も傍に盛っておいた。

 明かりは各々光魔術を使う。


 便宜上、光魔術と呼ばれている球状発光体の原理は、火炎魔術で使用される視覚イメージと同じもので、光魔術用の魔石は存在しない。


「部屋は分けなくても構いませんよね?」


 ラファは小屋を作り上げた。――と言っても、『ちょっと豪華なバス停』程度の簡易的なもので、雨風を避ける建物と、地べたに寝なくてもいいように、椅子ぐらいの高さの寝床があるだけだ。


「見張りは交代になるし、涼平が何もしないなら別にいいわよ?」

「あんなの見せられて何かするわけないだろ。(すずめ)コースも性転換コースも嫌だ」

「小さな葛籠(つづら)的にも、分けなくていいと判断しました」

「誰が大きな葛籠(つづら)なのよ!?」


 お化けとか出てくるやつな。

 ある意味そうかもしれない……歩いているうちに、どんどん重くなるらしいし。


「斬るわよ?」

「なんで斬ろうと思ったんだよ!?」

「安心してください。私が見張りのときは屋内を(つぶさ)に監視します」

「外に背を向けてたら意味ないでしょ!?」

「魔族より小屋が心配なので」

「寝てるあいだに天井が星空になってて、俺はプラモデルみたいに前後のパーツに分離してるかもしれないもんな」

「安心してください。私が組み立てます」

「死んでるでしょ!? 寝ながら刀振り回さないわよっ!」

「ルーがずっとソロだった理由って……」

「同室で寝ていた冒険者は、皆……」

「斬殺してないから!! 間合いが特殊すぎて、連携が難しいのよ!」

「意図せず当たって悩殺してしまうのですね。特殊な間合いが」

「なんの話よっ!?」


 なるほど、俺は間合いが遠いのか……なるほど。

 まあ、俺はルーよりラファが恐いので、何もしないのは分かっているだろう。


 その後、捕獲した鳥や川魚を焼いたもので食事を済ませ、一人ずつ交代で見張りを立てながら、夜が明けるまで軽く睡眠をとった。



§



「次のリノカラトの町は普通だといいんだけど」

「あたしもそこまでは行ってないのよねー。ちょっと楽しみかも」

「時間もありますし、一応どのような町かは見ておきたいですね」


 夜が明けて宿泊小屋を片した俺達が街道を歩いていると、遥か遠方から黒煙が立ち昇っているのが見えた。次の町がある方向だ。

 そして――こちらへ向かって進む馬車が何台も連なっている。


「これはよくない感じだな……急ごう」

「確かに。逃げてきたっぽいわね」


 俺達は移動速度を上げ、一番先頭を走る馬車から少し距離を取った前方まで来てみたものの、全力疾走で逃げる馬車を制止するのは、なんだか悪いような気がして躊躇(ためら)ってしまう。


「どうしようか? 逃げてるのに『止まれ!』って言うのもなあ」

「話を訊かなければ状況が分かりません」

「ごめん、涼平はちょっと下がってて。盗賊と思われたら止まってくれないから」


 そう言ってルーは街道の脇に立ち、馬車に向けて手を振る。

 向こうからも視認できたようで、二人を少し追い越して停車した。

 俺は少しのあいだ離れた場所で見てから、落ち着いたところで接近する。


「それで、どんな状況?」

「うわっ!? どっから現れたんだ?」


 御者をしていた低ランクの冒険者が驚いている。

 そりゃそうか、視認不可能な距離まで離れてたもんな。


「この人はパーティーの仲間――というかリーダーだから、心配いらないわよ」

「今、ざっと概略を伺ったのですが、短く纏めると『魔王』です」

「なるほど、分かりやすい。って魔王かよっ!?」

「魔王がエイネジアに行こうとしたらランクSと戦闘になって、リノカラト方面も危ない――って状況ね」


 ならば――と、早く避難するよう促して、馬車を行かせた。


「問題は……今から行って戦力になれるかどうかだな」

「誰かが(たお)してくれるまで避難するわけにもいかないでしょ?」

「俺達が邪魔になるかもってことだよ。斬れなかっただろ? 骨を」

「それは……そうだけど……」

「まず俺が先行して状況確認する。二人は町に向かいながら、避難してる人達を守ってやってくれ」


 ラファは渋面を作るが、ここで我儘を聞いていられない。

 俺はラファに荷物を預けると空に上がり、空中で静止した。


「それじゃ、頼んどくぞ」


 そのまま加速飛行して、黒煙の立ち上る場所へ向かう。

 眼下の街道では、多くの馬車が西の方向へと走っていく。


「なるほど。一撃喰らっただけで、あとは防いでるんだな」


 町は壊滅状態というわけではないが、まだ避難は続いている。開け放たれた大門から、続々と馬車が飛び出していく。

 その大門の傍で避難誘導している人物が目に入った。冒険者だろう。

 降下して状況を尋ねてみよう。


「忙しいところすみません。西から来たんですが、どんな状況ですか?」

「冒険者か? 魔王だよ! 遠距離から一発喰らったんだ」

「どの方向ですか?」

「行くのか!? ってランクAかよ!? 南東方向、まだ交戦中だから分かるはずだ」

「すみませんでした、行きます!」


 言葉を残し、町を越えるために飛んだ空から見渡すと、確かに南東方向に煙が見えた。遥か彼方と言ってもいい距離だ。

 あんなところから攻撃が飛んできたのか……俺が行ったところで戦力になれるかどうか……。

 空中で止まって思案していると、東の大門近くから男の声が飛んだ。


「おーい! 相手は魔王だぞ、やれるのか!?」


 声をかけてきたのは二十代後半ぐらいの冒険者だ。

 再び地上に下りて話を訊く。


「俺はランクAの滝原といいます。状況は?」

「マジか!? 空で静止してたよな? 俺はミルグナ。ランクBだ。他のランクAは南東へ向かったが、戦闘よりもこの町の防御のためだ」

「攻撃を逸らしてるんですね?」

「敬語はやめてくれ。あんたの方がランクは上だ。俺はこっちに逃げてくる一般人が居ないか見張ってるだけで、戦力にはなれない」

「向こうにはランクSが居るのか?」

「ああ。【峻厳迅壊(しゅんげんじんかい)】が応戦しているんだが……」

「何か問題が?」

「爺さんなんだよ。強さは衰えてないから大丈夫とは思うが……」

「なるほど。とりあえず行ってみるよ」


 再び空に上り、南東へ飛ぶ。

 【峻厳迅壊(しゅんげんじんかい)】か――知らない。『ランクS年鑑』とか見ないからな……俺。

 でも、爺さんならガクッといくかもしれないし。

 南東方向に町は無いが、かなりの距離を移動してもまだ戦闘現場が見えない。

 ようやく眼下の大きく開けた場所に冒険者の姿を確認できた。ランクAが数人、距離を空けて立っている。


「あの、滝原といいます。状況確認に来ました」

「おわっ!? 唐突に現れるなよっ!! 上から来たのか……気配もしなかったぞ」

「おーい! 【疾走する諧謔(かいぎゃく)】だろ? 【メトゥス・ゼロ】が来たとき見たぞ!!」


 離れた場所から声がかかる。あっちに下りればよかったか。


「それです」

「それって何だよ!? 行って大丈夫なのか? 【黒橡(くろつるばみ)の魔王】だぞ?」

「他にランクAは行ってないんですか?」

「【フィオーレ・マネッテ】とかいう男女二人組が向かった」

「危なかったらその人達と戻ります。ここはお願いします!」


 【黒橡(くろつるばみ)の魔王】――その名前には覚えがある。

 まだ討伐されてなかったんだな。


 更に進むと、いよいよ戦闘現場が近いのか、時折流れ弾が飛来する。

 流れ弾といっても魔術や高威力攻撃の余波であって、実弾ではない。

 飛行中は回避以外何もできない。まだ初心者マークを外せないレベルなのだ。

 現場に直接下りるのも危険なので手前の森に降下すると、先程聞いた二人の人物らしき冒険者が見えた。一人は怪我をしているようだ。


「大丈夫ですか?」

「冒険者!? ――治癒魔術は使える?」

「得意とは言えませんけど、やってみます」


 俺が声をかけた相手は女性で、怪我をしているのは男性のほうだ。

 どちらも二十代前半ぐらいなので、ランクAとしては若い。

 ――俺が言っても嫌味にしかならないが。


 男性のほうは重症だ。脇腹が切り裂かれて手で抑え続けなければ失血死する。

 ここで血液の補充は難しいが、早急に治癒すれば死にはしないだろう。

 俺の治癒魔術は世界最高水準に達しているラファに比べればショボいが、師匠の要求水準が高すぎるだけなので、平均的な冒険者よりはマシなはずだ。

 脇腹を押さえる手の上下に手を当てて、ささっと治癒を済ませてしまう。


「これで動けると思います。彼を連れて後方へ下がってください」

「だけど……ラス先生が一人で戦ってるの!」

「先生?」

「教導担当だったの……私達が駆け出しだった頃の」

「ああ、なるほど。――ですが、魔王相手に至近距離戦が可能なんですか?」

「それはっ……」

「よせ、マティ。俺達ではまだ……届かない」

「だけど! このまま引き下がるなんて……」

「すまなかったな……俺はテッド・スウェイン、そっちがマチルダ・ロッズだ」

「どうも。俺は滝原涼平です」


 テッドさんはまだ顔が青い。とても戦える状態ではないだろう。

 ラファなら全力疾走できるぐらいまで治せるんだけどな……。


「治癒魔術すら満足に使いこなせていない……攻撃力特化のつもりだったが、魔王相手だとこのザマだ。俺達は退くが、君はどうするんだ?」

「見ます。魔王とランクSの戦いを」

「この怪我は、まともに攻撃を受けたものではなく、ただの衝撃波なんだぜ?」

「凄まじい威力ですね……」

「あんなの不意打ちみたいなものでしょ?」

「勝てないって言ってんだよっ!!」

「やめましょう――ここで全員死にますよ?」

「――っ!?」

「これは――【鳴弦(めいげん)】!? 君は一体、どんな修羅場を……」


 【鳴弦】? そんなもの出てるかな? 本人が気付かないなんて、脇臭みたいで嫌だな。それは置いといて、静かになった二人に再度後退を促した。


「ここは君の指示に従うよ……他人を巻き込むわけにはいかない」

「ええ、ごめんなさい。私も冷静さを欠いてたわ……」

「この場には留まらないように。お願いします」


 そう言って超加速で離れる。現場では、まだ戦いが続いているのだ――

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