006 《ゴーレム》
雑談しながらようやく壁の近くまで到着して眺めると、壁の高さは思ったよりも低く、間に置かれた物見の塔も含めて簡易的――有り体に言えば雑な造りで、地球の城塞都市『カルカソンヌ』のような重厚さはないが、僻地の町にすら防壁が必要なのだから、それだけ魔族の存在は人々にとって脅威になっているのだろう。
「この壁って、どうやって作ってるんだろう?」
「すべて魔術よ? 一から町を造るときには大量の木と土を使うから、山を幾つか潰すのよ」
「俺の理解が追い付かないスケールだ……」
「地球でも同じでしょ? 木を切り倒して地面を均して資材を運び込んで――って工程を、この世界では重機もトラックも使わずにやるだけだから」
「俺……帰っていいかな? 《ゴーレム》と一緒に」
「どこに帰るのよっ!? というかなんで《ゴーレム》を気に入ってるのよ!」
「そんな涼平さんに残念なお知らせがあります。《ゴーレム》とは、ここでお別れとなります」
「えっ!? 飼っちゃダメなの?」
「正気に戻りなさい。それは犬じゃなくて魔族だからね?」
「理由は分かりませんが、町の中には入ってこないのです」
「なるほど、おりこうさんなんだな」
そう言って《ゴーレム》を見ると、照れたように身体を半身にした。
なんだ、やっぱり可愛いやつじゃないか。本当に敵なんだろうか?
そしてあらためてよく見てみると、人間なら額にあたる部分に何か文字が彫られている。
「ま……い? しかも『ま』の字が左右反転してるな」
「『まリ』ね。『リ』は何故か『カタカナ』で、縦線の長さがほとんど同じなのがややこしいのよ」
「ルーは日本語に詳しいなあ。これってどういう意味?」
「『真理』を日本の文字で刻んだようです。《ゴーレム》の特徴です」
「有名よね。ただ、本当なら日本語だと意味合いが変わっちゃうんだけど――」
「文字を加工すれば無力化させられるのです」
「え? 何その不思議システム」
額の『まリ』の『リ』に横棒を一本足すと……って、なぞなぞかよ!?
ただ厄介なのが『ま』が反転しているため、『リ』の縦棒の左右どちらに横棒を足すかを間違うと『ま+1』になり、「失敗した」ともう一本足せば『ま++』になってしまい、本来は徒手による打撃のみの《ゴーレム》が、魔術攻撃をしてくるように変化するらしい……どこまで本当なんだか。
「だけど魔族にもユーモアがあるんだな。よく見ると結構可愛いし」
「あのねえ……ランクSじゃないと勝てない相手なのよ?」
「本当に触っただけで暴れた事例があるのか?」
「召喚儀式の現場に居た関係者が全滅した事例はあります。生存者が居ないため、実際にどんなことがあったのかまでは憶測の域を出ません」
「だからあんなに過敏な反応だったのか……でも、俺は触れたんだけど?」
「ちょっと!? また触る気じゃないでしょうね? 町の近くで《ゴーレム》なんか暴れさせたら――」
ルーが言い終わる前に触ってしまった……つい。出来心で。
ひんやりとした石のような金属のような不思議な質感だ。
《ゴーレム》は動かずじっとしている。ルーも口を開けたまま停止している。
「お前もさ、そんな無骨な感じじゃなくて、可愛い女の子の姿とかなら幸せになれたのかもな?」
「相手は魔族なのよ? バカなのかなキミは? ああ……バカなのよね」
「なるほど。目の前での接触事例は参考になりますね」
「ラファも何を感心してるのよ!?」
いつか戦うことになるのかもしれないが、今はそっとリリースする。
俺が「バイバイ」と手を振ると《ゴーレム》も少し右腕を上げかけたが、戸惑うようにその腕を元の位置に戻した。
『作られた存在』というなら俺だって変わらない。地球の日本で滝原涼平は既に死んでいるのだ。
この《ゴーレム》が端末のような存在で、人間が攻撃しない限り何もしてこないのなら、そこには何か意味があるのかもしれない。
もしプロセニアム・アーチの向こう側で舞台を眺めている観客が、『獰神』と呼ばれている存在ならば、「何も殺し合わなくてもいいんじゃないか?」と訊いてみたい――――そんな考えは、青臭い綺麗事でしかないのだろうか。
「さあ、入るわよ? 変な汗かいちゃったじゃない!」
ルーに急かされ、《ゴーレム》を残して俺達は再び町へと歩を進める。
街道に面した大きな門は馬や馬車用で、人間だけが通るときは脇にある通用門を使用するようだ。
女子二人が門番と短い会話を交わした後、特に問題も無く通してもらえた。
壁門の外へ振り返ると、《ゴーレム》は既に立ち去ったのか、どこにも見当たらない。
「本当に日が暮れる前に着けたな。助かったよ」
「お疲れだとは思いますが、まずギルドで冒険者登録の手続きを済ませておけば、そのあとはゆっくり出来ますので」
「そうね、あたしもその案に賛成しておくわ」
「冒険者か……そうだな、面倒なことは先に済ませておこう」
初めて訪れたエデルクアという名の町をゆっくり眺める暇もなく、先導されるがままに冒険者ギルドを目指して歩くと、程無く二階建ての大きな建物の前へと辿り着いた。
その奥には更に巨大な建造物が見える。
「奥の建物は訓練施設とか?」
「そんなもの無いわよ? あれは昇格試験用の闘技場ね」
「初心者に手取り足取り教えてくれたりしないの?」
「模擬戦を行うことはありますが、屋内での鍛錬はあまり役に立ちません」
「試験の意味は!?」
「ここが一番安全な場所だから。死んだら自己責任って言えるでしょ?」
「……やっぱり俺――」
「それじゃ入るわよ?」
腕を掴んで引き摺り込まれてしまった……おのれ、戦闘民族め。
ルーに引っ張られてギルドの入り口から数歩進んだところで、突然大きな衝撃音が響き、続いて建物が揺れるほどの振動が発生した。
「な、なんだ地震か!?」
「いえ、これは――」
言うと同時にルーは外へ飛び出す。
居た場所が悪かった。
ギルド内に居た冒険者や職員達が出口に殺到し、まるで有名なアニメ映画のワンシーンのように、俺を先頭にギルドから人が溢れ出す。
外に出ると、冒険者は各々周囲を見渡して音の発生源を探している。
やがて、「あっちだ! 町の外、近いぞ!!」と大声が響き、町に入るとき通った壁門に向けて皆が走り出したので、俺も後方からノロノロと付いていく。
大門を開いて出ていく勇ましい冒険者達。その様子を通用門から顔だけ覗かせて見ている俺の背後から、ラファの声がした。
「もう遠ざかったので安全ですよ?」
「何が?」
「《ゴーレム》です」
「えっ!? じゃあ、さっきのって……」
「何者かが手を出したのでしょう。ランクSでなければ死んでますね」
「そんな簡単に……」
「つまり、私達がどのような状況にあったか――ということです」
そこにルーが外から戻ってきた。
先程までとは違い、険しい表情をしている。
「巨大な地割れ以外、何も残ってないみたい。塞ぐの大変よ……あれ」
「目撃者はいたのですか?」
「飛び去る《ゴーレム》を見た人は居るけど、戦闘は誰も見てないっぽいわね」
「やはり俺が責任をもって飼うべきだったのか……『まい』を」
「名前付けてる場合じゃないでしょ!? 人が死んだかもしれないのよ?」
「情報はギルドに集まります。元々用事があったのですから、待ちましょう」
俺とルーはラファの言葉に頷き、ギルドへと踵を返した。