063 闇は手招き、足を取る
《マイン・トータス》――ランクS相当の幻獣種。
背甲はワニガメのようにゴツゴツしていて、頸部は潜頸類タイプで首が伸びる。『鉱山』が名前の由来とあって、甲羅だけでなく身体すべてが硬質。
攻撃はブレスとプレスだが、スピードが無いので回避は容易い。
冒険者にとっての問題は、『攻撃が通せるか』の一点に絞られる。
連携したことのない相手と組むときは、やはり魔術使用のタイミングが難しい。
俺は剣に十マトほどの長さの火炎を纏わせ、中距離戦で臨む。
「おお、素晴らしい技をもっているね? ならば私も!!」
「やっぱりか……」
プロディジー先生が刀を抜くと、そこには青白く輝く光の刀身。
日が落ちてきた黒の荒野に、絶妙に映える。
俺はもうスーツの原理とか考えるのを放棄して、無表情のままで亀のほうへ向き直った。
「プロディジー・スパークフラッシュスラッシュ!!」
プロディジー先生の技だ。
ベタな技名でも切れ味は鋭く、瞬間加速に合わさった剣撃は、亀の左前肢に深い傷を付けた。
だが、直径五マト以上ある足を切り離すまでには至らない。
俺も火炎の温度を上げ、右前肢を溶かすように斬りつけると、そのまま切断することができた。……熱耐性が低いのか?
「プロディジー! 熱には弱いみたいですから頑張って!!」
「応援ありがとう、少年!! 寸時注意を引き付けてくれたまえ!」
「応援団をバッターボックスに立たせてどこ行くんですか!?」
これは……必殺技が来るのかな? きっと蹴るやつだ。
何故かワクワクしてしまうのは、幼児の頃に刷り込まれた何かがあるのだろう。
俺はふわりと浮き上がろうとする亀の上から、巨大な円筒状に固めた土をオークション・ガベルのように落とし、まだ落札価格の決まっていない珍種を地面にへばりつかせる。
首を伸ばしながら噴かれるブレスを躱し、黒い大地側の地面を抉り取って固めた黒い槍を、《マイン・トータス》の巨大な目へ飛ばす。
亀が目を閉じると硬質の槍が跳ね返された。なんという硬さ……だが、そろそろいい頃合ではないだろうか?
そして――天上から声が響く。
「魔獣《マイン・トータス》! 貴様の野望もここまでだ!!」
「野望って、あんた……」
あんたとか言ってごめんなさい。
プロディジー先生は夕日を背に、遥か上空へプロディジー・ジャンプしていた。
逆光なので目が青く光り、身体にも青のラインが走る。
認めるのはなんか悔しいけど――――カッコいい。
「プロディジー・スクリューサイクロンファイヤーアローキック!!」
また凄い技名のキックが炸裂した。作法をよく分かっているなあ。
足の先から螺旋を描いた炎のドリルが一番硬そうな背甲の頂点に突き立ち、一瞬静止状態になったあと、ガリガリ火花を散らしながら甲羅を抉り始めた。
「タメまであるのか!?」
俺も面白攻撃をぼけーっと眺めてる場合ではない。
亀は首を伸ばし、背中のプロディジー先生目掛けてブレスを放とうとする――
「危ない! プロディジー!!」
亀の首に炎のマフラーを巻き付け、きゅっと絞めると熱量を上げ、その部分を目掛けて火炎の剣を振り下ろす。
派手に音を立てて剣が折れてしまったが、どうにか《マイン・トータス》の首は斬り落とした。何故か股間がキリリと痛むが、気のせいだろう。
一方、プロディジー先生は分厚い背甲をぶち抜き、体内で爆炎魔術を放った。
「危なっ!?」
咄嗟に飛び退くと、派手に爆発する亀を背にしてプロディジー先生が降り立つ。
逆光が好きなんだな。
「大丈夫だったかい?」
「はい。最後の爆発が一番危険でしたが回避しました」
「それはよかった。では、また会おう少年! ――トゥェアッ!!」
「いや、どこ行くんですかっ!?」
俺を『少年』って呼ぶのは、おかしい人ばかりだな……。
そこへ珍生物が戻ってくる。
「アレは……どうなのよ?」
「アレとか言うな! プロディジーは正義の味方なんだぞっ!!」
「えっ!?」
確かヒーロー談義のときには呆れていたような……まさか……。
そして、たぷたぷ腹が平然と戻ってくる。
「やあ、なかなか強敵だったね!」
「――察しました」
「ああ。助かるよ」
「どこ行ってたんだよ、シン!! 斃されちゃったじゃん!」
つまり――珍生物にとってプロディジーは、『謎の』ヒーローなのだ。
異世界のヒーローには興味が無くて、目の前に現れる正義の味方に心躍らされるということか。
なかなか素敵な関係じゃないか。
クリスマスに窓から覗きたくなるコンビだ。……この世界には無いのが残念。
「それじゃ今度こそ、ここでお別れです」
「助かったよ。僕一人では厳しい相手だったからね」
「シンはなんにもしてないじゃん……」
「あはは、そうだな。だから滝原君にお礼を言ってくれないか?」
「しょうがないなあ、シンは。……滝原、さんきゅ」
「おう。ジェイはいい子だな! 俺も新しい友達ができて楽しかったよ」
「友達……友達かあ!」
「だから無茶したらダメだぞ、ジェイ? シンだって強いんだからな」
「当たり前だろ!! お前ももっと強くなれよな! 剣、大丈夫か?」
「折れちゃったけどなんとかするよ、ありがとうジェイ。先生もありがとう!」
「またヒーロー談義しようじゃないか!!」
「そ、そうですね……」
乾いた笑顔で手を振って別れると、俺は再び黒い大地を蹴って跳んだ。
§
こんなに脆い枷を嵌めるとは――どういうつもりだ?
私は一言も発することなく、硬質の釘一本で片方の手枷を切断した。
くだらない仕掛けまで用意しておいて、あまりにも呆気ない。
無言のまま枷をすべて外してカールへ視線を移すと、涙目で訴えていた。
枷から開放されたカールは、大声でひとしきり悪態を吐く。
それでもまだ怒りは収まらないようだ。
「はあ、はあ……あいつ……このままで済むと思うなよっ! まずはハシャートクに戻って、あの憎たらしい女どもを犯して八つ裂きにして――」
「不可能だ」
「金なら銀行にあるんだ!! さあ、ボクを背負って走ってくれ! こんなどこだか分からない場所に、これ以上いられるかっ!!」
「歩け」
「はあ?」
「己が足で歩け。私も足が壊されている」
「お前っ!? 今までの恩を忘れたのかよっ!!」
「恩など受けた覚えはない」
そのまま歩を進める私の後方を、足を縺れさせながらカールが追う。
木も山も川の痕跡すら存在しない。全方位が漆黒の大地だ。
所々に迂回が必要なほど広範囲の地割れも見える。
この光景、こうなった原因を実感させるために……か。
「なあ、水とか食料は持ってないか?」
「あると思うか? 『人外』」
「なっ!? このボクにそんな口を利いて――っ!!」
「額の文字を音読しただけだ。それで、何をどうすると言うんだ?」
「ここから脱出したあとの話をしてるんだよ!!」
そんな結末は起こらない。
不眠不休で歩き続けても一週間以上を要する距離。しかも隣国はアリムズだ。
ロディトナの犯罪者など、そのまま刑に処されるだけだ。
カールの声色に、狼狽が増す。
「本当に……ここがロディトナなのか? パパは? 女の子達は……?」
「消滅した。これでは骨すら残っていないだろう」
「嘘だ!! ここは未踏の島で、広さだって本当は大したことないんだろ?」
「事が起こったタイミングを考えれば、間違いないだろう――ロディトナだ」
「そんな……それじゃボク達は助からないのか?」
「何度も言わせるな。我々は自らの死を観察しているだけだ」
するとカールが「嘘だ!!」と喚きながら走り出した……気が触れたか。
無駄な足掻きを眺めていると、駆けゆくシルエットが突如低く下がった。
大地の裂け目にでも落ちたのか?
確認のため、その場所に向かうと――
「なん……だ、これは……?」
眼前に広がるのは漆黒の沼だ。
そして悍ましいことに……その沼から無数の黒い手が伸びていた。
黒い手はカールを沼へと引き摺り込んでいくが、何故かカールは抵抗せずに笑っている……やはり精神が壊れてしまったようだ。
だが、こんな現象が本当に起こり得るだろうか?
この世界には亡霊系の魔族も存在するが、こんなタイプは聞いたことがない。
無意識に後退った足元から、ばしゃり。と水音が――そんな馬鹿な!?
闇から伸びた無数の黒い手が、我先にと足へ絡み付く。
「有り得んっ!! こんなものは幻覚だっ! この場所から……幻覚を誘発する物質が出ているのだ!! この場を……離れなくてはっ……」
眼前の風景がせり上がっていく。何故身体が沈む? どのような原理で?
本当に……沼なのか?
視界の遠くに男の姿が見える――まだこちらには気付いていないようだ。
脳が声帯を震わせ口を動かすべく命令を発した。
命乞いをしたいわけではない。これが現実か幻覚か知りたいだけだ。
だが……声を発するための器官は――――
既に漆黒の中にあった。
§
――声が聞こえたような気がした。
バカールだろうか? 顔を合わせるつもりはなかったが、元気が有り余っているようなら想定外だ……一応付近をざっと調べてみたが、人影は見当たらない。
そこからしばらく歩くと、枷にしていた石が八つ転がっていた。
「やっぱり外したか。懲りない奴等だなあ」
枷は絶叫されると鬱陶しいから付けておいただけだ。
あらためて跳躍して周囲を見渡す――――やはり人間の姿は見当たらない。
ヤブ医者の足の骨は、ラファの攻撃を受けて罅だらけだ。走れば砕ける。
奴は魔術を使わないから魔石も持っていない。治癒魔術に至っては死んでも使わないだろう。だから放置したのだ。
国外の交友関係も財産も、何もかも尋問してあるが、とにかく奴等は他人を一切信用していない。それが仇になっている。
「ここから二人を救い出すメリットなんて、無いと思うんだけどなあ……」
首を捻りながら歩いていると、靴の下で何かが割れた。――サングラスだ。
目隠しするときに邪魔だったから、外してヤブ医者の胸ポケットに入れておいたはずだ。
「えー。夜に黒い大地で黒いグラサンを踏み付けまして、ひと言。『これがないと明日ぶらつくのにくろうするでしょう』――なんつってな!」
独り大喜利を楽しんでいると、不意に近くの地割れから風が吹き出した。
まるで失笑したような一瞬の風だが、まだ地盤が安定していないのだろうか?
そう考えると、あの二人は大地の裂け目に落ちた可能性もあるな。
今は秋。夜は冷える。風防になる場所も無い。川の水も焚き付ける木も、何一つ存在しない。闇夜に動けば地割れがある――助かる要素が皆無だ。
俺は二人の死体を見たいわけではないし、もう夜になる。
この場を離れようと思ったとき――ふと、背後に気配を感じた。
振り返ってみても、誰も居ない。
そこにはただ漆黒の大地が、暗い沼のように広がっているだけだった――




