062 世界観の破壊者――その名は
二人の外道は、感情の無い視線を玩具に向けた。
「何が【掃除屋】だ。こんなものを使って人を殺すことが、どれほど残酷な行為かすら想像できない。獰神から戯れのように生命を取り上げられるのは、俺達人間の側にも問題があるんじゃないのか?」
「ボクが指示したわけじゃない! それに冒険者はそのぐらいでなければ死なないだろ? 自分達が一般人と同じだと思っているなら、おかしな話じゃないか」
俺は足元のドリルを重力魔術で遠くへ放り投げ、超高温の炎でドロドロに溶かしてから「そうだな」と呟き、慄くバカールに平坦な声で問いかける。
「カール・マーシャル。お前は一般人にも殺し屋を差し向けただろ?」
「何度も言うが、ボクが指示したわけじゃない。つまりお前は、無実のボクに罪を着せようとしてるんだよ!!」
「そうなのか? リヒャルト・ヘルフェン」
「っ!? ――何故名前を?」
「ラファが喋らせたんだよ。覚えてないみたいだが」
「ヘルフェンか……皮肉な名前だね」
「先生、どういう意味ですか?」
「彼の母国では、『助ける』という意味の言葉だ。ファミリーネームになっているぐらいだから、元々は職業なり肖りなり、なんらかの意味があったんだろう」
その言葉に、ずっと無表情だったヤブ医者の顔が歪む。
「だから……私はこの世界に絶望したのだ」
「そもそも、あんたが試したいと言ったから自由にやらせてやっただけで、ボクは何も指示してないよな?」
「私が試したかったのは魔王の骨の利用法だ――『惨殺された女性を処分したい』などと申し出た覚えはない」
「お前っ!? 今はそんな話してないだろっ! ボクは人殺しなんか依頼していないからなっ!!」
「あのな? お前はどうしようもないぐらいバカールだから、もう忘れてるみたいだけど、何もかも自白したんだよ。ペラペラ喋るわ喋るわ……『こんな人間はこの世にいちゃダメだ』と思うほど酷い内容だったし、実際何度もその場で殺されかけたんだぞ?」
悍ましいことに、マーシャル家は親子揃って同種の罪を重ねていた――
無理矢理監禁した女性に何をしたのか。その後、女性はどうなったのか。
屋敷に押しかけた親族や冒険者を、どのように葬ったか。
これから縦ロールの少女に、何をするつもりだったのか。
攫った子供達に何をして、何をさせたのか。
冒険者や国家の中枢を担う人物の身体に、何をしたのか。
親族以外の権力者を、どのように始末するつもりだったのか。
それらすべての内容を、二人は自らの口で詳らかにしたのだ。
全てを主観で具体的に語られたその一部始終は、冒険者の俺達ですら聞くに堪えないほど、惨い内容だった。
「そんなもの……証拠がなければ催眠術で嘘を上書きしたのと変わらないだろっ」
「まず、ギルドと警察隊との合意の下に、処刑を待つだけの罪人の印を付ける――俺以外は解除不可能だからな?」
「おい!? まさか、このボクをこんな場所に置いていくつもりなのか?」
「理解しろカール。我々は死した後、死を見ているのだ。生は既に失った」
俺は義憤に駆られただけだ。
消滅したロディトナという国について何も知らない。何も背負っていない。
この場で無念を晴らすべきは――俺ではない。
高ランク冒険者ならば、普通にこの場から生還可能だ。
だから俺は、二人の四肢に枷を付けた。
素材は現地調達。重力魔術で、それぞれに合わせた重さにしてある。
それでもヤブ医者は、足を投げ出し後ろに手を付いた姿勢で座ったまま、抵抗を試みる様子はない。
「叫べよ。声の限り助けを求めろよ。何が来るんだろうな? 魔族か? 状況確認に訪れたランクSか? それともヒキガエルか?」
「お前――っ!?」
「激痛だろ?」
自身の声紋に反応して枷の内側から数本の棘が僅かに伸び、二度と戻らない。
長時間喋らせたから声紋解析の時間もたっぷりあった。
『伸びろと言えば伸びる棒が、他人の声で伸びたら困るよな』という、他愛無い雑談から作られた魔術で、術の手順を組み上げたのはラファだ。
そして額に文字を書く。まいと比べると愛らしさの欠片も無い。
俺はある文字を書きたい衝動を堪えながら、『人外』『やり直し』とそれぞれの額に書き、文字を形成する墨の中には、魔石の粉末とこの件に関わった数人、そして何の関係もない日本の友人の名前を、術式の構成要素として埋め込んである。
音声暗号化もラファのオリジナル魔術なので、悪用はできない。
俺はやり方を教わって練習しただけだ。
当然消せない。皮膚を焼いても剥がしても無駄だ。骨まで浸透している。無理に解除を試みれば、火炎魔術が頭蓋を焼く。
「声を出さず静かに歩き続ければ、助かる可能性もゼロではないが、水も食べ物も店も無い。ここからアリムズとの国境まで、約千キマ。冒険者でもランク次第では絶望的な距離だ」
「――そっ!?」
「そ? 『それで、この光景を見た感想は?』――次、『は』からな?」
謝罪も反省も意味が無い。もし、恨みが呪いとなるなら、この場で呪われて朽ち果てればいい。
「だが滝原君、本当に誰かが助けてしまったらどうするんだい?」
「二人の関係者なら、尚更この地に来るとは思えないんですよ」
「確かに……瞬間消滅させられる恐怖と隣合わせでは、近寄り難いだろうね。僕も外部に関係者が居ないか警戒しておくよ」
「もしギルドから依頼があっても、先生は深入りしないでください。ジェイのためにも。これは冒険者としてではなく、俺個人としてのお願いです」
「ありがとう。冒険者をも疑うべき案件だ。情報収集程度に留めておくよ」
そして俺達は二人を顧みることもなく、その場を離れた。
黙って見ていた珍生物が空に上がったあと、「人間は面倒臭いな」と言うので、俺は「だから面白いんだろうな、獰神も」と答え、そこからは無言のままアリムズとの国境へ向かった――
「こんなこともできるのか……」
「これは……国境線が分かりやすくなったね」
大陸の西側である元ロディトナと東側のアリムズの国境に、綺麗に境界線が形成されていた。
黒い大地が突然終わっているのだ。
それはまるで人間が作った国境を、「ここまでなんだろ?」と嘲笑うかのような光景で、その先は普通に雑草が生えた土の大地となり、遠くには山脈も見える。
過去に衝突のあった二国間の国境付近は緩衝地帯になっているため、最寄りの町まではかなりの距離らしい。
「さて――僕はこの付近をもう少し見て回ったあと、中央大陸へ向かう。滝原君は本当に一人で大丈夫なのかい? 夜間の海上移動になるぞ?」
「なんとかします。安全重視だと修行になりませんから」
「オレもタキバカなんか、もう乗せないしー」
「口調変わりすぎだぞ? 大人になりたかったら、もっと落ち着かないとな?」
「シン!! バカに諭されたよ!?」
「ジェイ。彼をバカだと思っているようでは、まだ年齢相応だぞ」
「そうそう。鍋底ブレイカーだからな! 俺は」
そんなバカ話を切り上げさせるように、突如魔獣の気配が高速急接近する――
ジェイも反応を示した。
「シン! 魔獣が来るよ!!」
「南南東から飛来。推定ランクは――Sです!」
「おお! アニメっぽくていいねその表現!!」
眼前、アリムズ側から轟音と衝撃波。そして砂煙が乱れ舞う。
――亀だ。それも、とんでもなく巨大な……全高は二十マトを超える。
「《マイン・トータス》だね。厄介な相手だぞこれは……ジェイは急いで遠くへ避難しておくように!!」
珍生物は無言のまま尻尾を地面に叩きつけて身体を跳ね上げ、低空飛行のままで瞬時にアリムズ側へ離脱した――
「この亀、硬いですか?」
「硬い。硬いし、これがあるっ――」
ブレスだ。左右に散開して火炎の回避と同時に斬撃を飛ばしてみたが、足も硬いようで、傷一つ付かない。
ならば――と、土を巨大な螺旋状の槍に固めたものに回転を加え、上から落としてみると、「ギン!」と甲高い金属音が響いて弾き飛ばされた。
「おおう……ガチで硬いんだな」
その刹那――どこからか、眩い光が放たれた。
凄まじい光量の中で目を細めて見ると、亀の背中に何かが立っている。
その何かは……どう見ても……その……。
「ジャバウォッキーライダー・プロディジー! 推して参る!!」
変身ヒーローそのものだった――――
顔を覆うマスクはドラゴンがモチーフだろうか。虫系ではない。
スーツは部分的にメタリックなパーツもあるが、基本は全身タイツタイプ。
腰のベルトはやはり最近の作品を見ていないせいか、面白ギミックのなさそうなオールドタイプのデザインだ。
そしてベルトの両サイドには、何故か日本刀の柄のようなものが前方に突き出ているのだが、鞘は無いと言っていいほど短い。
「トゥェアッ!!」
何、今の声……いや、こっちに着地するの!? そのまま攻撃しないのか?
などと思っているあいだにブレスが来るので躱す。どうやら亀さんは、数種類のブレスを噴けるようだ。先程は炎、今のは冷気だった。
「腹の中どうなってるんだろう?」
「相手は怪獣ではない。魔石を使用した魔術だ!!」
「そんなことより早着替えですか先生!?」
「プロディジーだ! そしてこれは変身だ!!」
本当だ――あまりの衝撃に忘れていたが、あのぷよぷよ腹のメタボ体型が、今はスリムなヒーロー体型になっている。
「それって魔術なんですか? プロディジー先生」
「【加護】だ。今は君の応援が私の力になる! 力を貸してくれたまえ!!」
【加護】って……神様も頭抱えただろうなあ。
俺もここで死ぬのはいろんな意味で嫌なので、全力で応援しよう。




