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061 深淵に何を見るのか

 俺は即応してしまった未熟さを悔やむ――

 これが引っ掛けなら一発アウトだ。


 それでもシンは、軽いトーンのまま言葉を続ける。


「僕も名前を訊かなかったし彼女も『小僧』としか言わなかったが、君がそうなんだろ?」

「なんで!?」

「ちなみに、現役冒険者で彼女の居場所を知っているのは、僕以外にも二人いて、彼等はランクSだ。全員敵ではないが、言葉だけで信用するのは難しいかもしれないね……冒険者以外ではほんの数人、ミシュクトル王国の中枢の人間だけだ」


 師匠の話っぽいなーとは思ったけど、やっぱり顔に文字で出たのか?

 それとも――――


「まさか……珍生物の謎能力ですか?」

「おいタキバカ!!」

「いや、その若さでランクA、日本人、ミシュクトルに転生、エイネジアに行くということは目的は【ブルレスケ】、魔人と聞いてその反応、そして何より――」

「バカだからな!」

「おい珍生物!!」

「いや、彼女が認めるだけはある。その器があるだけの人物だと僕も思うよ?」

「俺は大したもんじゃないですけど、師匠は凄いですよね!!」

「『まさか彼氏ができるとは!』って言ったら蹴り落とされたけどね!」

「オレ……あの人恐い……」


 珍生物が震えている。いろんな意味で、さすが師匠だ。

 しかし秘密を共有できる相手が世界を駆け回るランクAの冒険者で、年齢的にもしっかりして――あれ? そこはなんともいえない微妙感が……。

 ともあれ、そういった人物が外部にも居るのはありがたい。


「まあ、そんなこんなでジィスハには今でも人間が住んでいる。秘密だよ?」

「はい。いつか行ってみたいです」

「行くならエイネジア経由がいいよ? それ以外の入国は警戒されるから」

「空から行ったら迎撃されるでしょうね」

「いや、むしろ隠れて出てこないと思うよ? イレギュラーな調査が来た時のカムフラージュ用に、適当な数の魔獣まで用意しているらしい」

「住居とかどうしてるんですか?」

「見た目はボロで中身は綺麗にしているんだ。その技術も凄いんだよ! 採光まで綿密に考えてボロ屋敷を建てるんだ」

「変なとこに職人魂が()ぎ込まれてるんだなあ……」

「さすがに米は自生しているように見せかけるのは不可能だから、輸入という形に頼らざるを得ないけどね。彼等は豊かさと便利さを捨てて、国の在り方を見直しているところなんだ。余所者が『それは間違っている』とは言えないんだよ」

「凄い覚悟ですね……現地の人に直接話を聞いてみたくなりました」


 そんな話をしながら極東の島を越えると、本当に延々と海だった。

 空と海の青に雲の白――そして数は少ないが、浮遊岩も点々と漂っている。


「ハワイみたいな島もあるんですか?」

「火山島なら所々にあるが、のんびりビーチで海水浴とはいかないかな」

「魔獣が襲ってきますね」

「それだけでなく元々鮫やら半陸生の肉食獣も居るから、どうしても泳ぎたい人は入り江を閉じて海水浴するけど、それでも一般人だけでは危険だし、断絶の大海にある島で海水浴するような傾奇者(かぶきもの)は、冒険者でも居ないだろうね」


 マリンスポーツが趣味の人にとっては絶望的な状態だな……まあ、その辺を散歩してるだけでも魔獣に襲われる世界だし、趣味どころじゃないけど。


「高度と速度上げるから、間違っても暴れるなよ? 即死だからな!」

「超音速飛行に入る。少しの間、会話を控えよう」

「分かりました」

「それじゃ一応カウント入れるぞ? 三、二、一」


 ゼロから上昇を始めると、流れる雲が速さを増した。

 やがて音を超える速さに到達する――

 飛行中、浮遊石などの小さな障害物は障壁で粉砕しながら飛ぶ。

 大きな浮遊岩や島は回避することになるため遠視能力は必須なのだが、珍生物は最小限の回避動作で飛んでいるので、遠視能力は冒険者より高いのだろう。


 そうして体内時間で二時間ほど経過した頃、速度が落ち始めた。


「さて、そろそろロディトナだ。一応警戒はしておいてくれよ?」

「速いですね!! ランクS相当の魔族は居ないと思います」

「今回は積荷が多いが一人ならもっと速いぞ? 探知系は僕も得意ではなくてね。ジェイも今は飛行に集中しているから、視覚以外の情報は制限しているんだ」

「俺もまだ、なんとなくなんですよ……気配みたいな曖昧な感覚で」

「それでも繰り返していけば精度は上がるさ」

「先生はランクS相当の魔族が現れたときはどうしてるんですか?」

「勝てないと判断したら瞬間加速して離脱するよ。飛んでしまえば本気のジェイに追い付ける魔族はほとんど存在しないからね」


 ほとんど、か……ゼロではないんだろうな……なんて世界だ。

 そして眼下に大陸の端が見えてきた。

 ロディトナか……もうその名前に『元』が付くことになってしまったけど。

 沢山の一般人が暮らしていたはずだ……怒りよりも無力感が勝る。

 今の俺ではどうしようもない。その場にいても、一緒に消えていただろう。


 やがてジェイが高度を下げると、眼下には衝撃的な光景が広がっていた――


「これは……想像できる範囲を超えてます……」

「ああ。過去の文献や伝聞で知り得た情報以上だ……」


 何もないのだ。

 町の形跡どころか山も川も木も。

 それなら砂地と化しているのかといえば、そうではない。

 一度溶融したものが固まっている――としか表現しようがない光景なのだ。


「先生、何をやったらこうなるんですか?」

「短時間で超高温から低温に移行したとしか言いようがないな……大地にも所々に収縮による亀裂が入っているね」

「そんなとこに降りても大丈夫なんでしょうか?」

「地表の温度は分からないが、ランクSが駆け付けた頃には既に冷めていたようだから大丈夫だろう。ただ、降下するのはもう少し内陸にしよう」

「そうですね、先生。俺の荷物も、もっとどうしようもないぐらい内陸の、北寄りだと更にいい感じです」

「マーシャル商会か。相当悪辣な組織だったようだね……僕も噂は耳にしたことがあるが……もっと早期に冒険者が乗り出していれば、無辜(むこ)の民は救えたはずだ」

「ただ、拙速とも言えるぐらい状況が加速した裏には、他の要因もあるんじゃないかと思うんですけど……先生はどう思います?」

「この国と共に蒸発した主要人物以外に、暗躍する人物の存在を否定するべきではないだろうね……冒険者側の人物も、一人や二人ではないだろう」

軽佻浮薄(けいちょうふはく)な野望ではなく、根は深いってことですか……」

「有史以来、血染めの歴史が繰り返される世界だからね。今回も末路がこれだ」


 さすがにバカな俺でも、この二年弱で思い知った。

 『話せば分かる』が通用しない相手の頂点にいるのが獰神だ。

 だが、人間も脆すぎる。もがけば沈む流砂に、自ら足を踏み入れる。

 そして俺も、他人をどうこう言えるほどの経験が足りない――


「先生は、沢山の天人と親交があったと思います。その中で、もっとも前向きに、明るく楽しくこの世界で暮らしていた人物を、パッと思い付きますか?」

「難しい質問だね。包み隠さず言うなら――出会ってすぐに死んだ人かな」


 やっぱりそうか……悩む人の肩を叩き『楽しくやろうぜ!』と言う人ほど、深い闇の(ふち)に立っていたりする。

 気付いていないのか、現実逃避なのか。いずれにしても危うい。


「躁鬱の躁状態ってあるじゃないですか。切れる寸前のゴムなのに、当人だけ気付いてないみたいな……俺は誰にでも『楽しくやろうぜ!』とは言えないんです」

「たとえ迷っても君は大丈夫だよ。自分を疑う人間はいくらでも成長できる。濁流の中から真実を見付ける必要はないんだ。『これは濁流だ』と分かればね」

「ありがとうございます。俺は殺されない限り、なんとかやれると思ってるんですけど、この世界に無難な生き方は無いんだなーって分かって、ほっとしました」

「『自分が居なくても世界は回る』と考えられるほど、甘くはない世界だね」

「いいんです、それで。新しいヒントになりました」

「そうか。滝原君は本当に面白いね。僕も会えてよかったよ」

「オレは会わなくてよかったよ、タキバカなんて!」


 俺と先生は、顔を見合わせて苦笑した。


 普通に会話しているが、かなりの速さで内陸部へと進んでいる。

 既に海は地平線の向こうに消えた内陸部だが、眼下の風景には変化がない。

 一面溶けて固まった漆黒の大地が続く様は、悪夢そのものだ。

 北東方向へしばらく進んでから、一度降下してみることになった。

 周囲に魔族の気配は無い――【朦蟾(モウセン)】がどうなったのかは謎だが。


「うん、やっぱり溶けて固まっているね。ガラス化している部分もある」

「でも瓦礫や山も無いってどういうことなんですか?」

「『この世界には無い』ということなんだろう」

「異次元に飛ばされたと?」

「それが一番有り得るってところが異常なんだけどね……この広範囲で」


 可能性としては、広域を蒸発させる熱量ごと異次元空間に呑ませた直後、一気に冷やしたということか……そもそも、惑星の気候変動に影響を与えるような範囲なのだ。熱を逃さなければどうなったのか、想像も付かない。


「暗くなる前に国境付近も見たいが、先に君の用事を済ませるかい?」

「そうですね。二度手間になりますし」


 俺は二人を降ろして目隠しと耳栓を外すと、視覚と聴覚の制限を解除してから攻撃も自殺もできないように、魔術で肉体に制限をかける。ここで死んでも構わないけど、最後にやることがある。


「見ろよ――これがお前達がやったことの結果だ。『冒険者なんか死んでも構わない』って言ってたけど、死んだのは冒険者だけに見えるか? 町の日常風景をどれだけ思い出せる? それらは何もかも消えてなくなった」


 カール・マーシャルはしばらく周囲を見渡し、『ただ知らない場所に連れて来られただけ』と思ったのか、薄ら笑いすら浮かべている。

 逆にヤブ医者は状況から何が起こったのかを察したようで、小さな声で「こんな世界だから……私は……」などと呟いている。

 だが、目の前の風景を見ただけで(あがな)える罪などありはしない。


 俺はバカールの目の前に場違いな武器を落とす。

 それは、ドリルだ――お笑いの小道具ではない。

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