059 奇妙な生物
朝早くから壁の内側が騒然としている――
町の外から来た商人が、飛行型幻獣の姿を見たらしい。
ところが、何故か幻獣は町に来ない……更にもう一つ、大きな疑問点がある。
俺は町の外へ飛び出す前に、ギルドで話を訊いてみることにした。
「冒険者の気配しか感じなかったんですけど……幻獣なら高ランクですよね?」
「ああ、あれは大丈夫だよ。既に連絡も届いている」
「なんで大丈夫なんですか?」
「乗り物だからだよ」
「乗り物……?」
マイルスさんが言うには、商人が目撃したのは世界で唯一のテイマーが使役する魔獣で、そのテイマーこそが、ロディトナへ調査に向かう冒険者なのだ。
「しばらく待てばギルドまで来るよ」
「その魔獣を見たいので、着地地点まで行っても構わないですか?」
「構わないが、相手のほうも冒険者を警戒している。穏やかに頼むよ」
『相手が到着する前に行かねば』と、急いで町を出ると、ラファとルーも付いてきた。やはり謎生物が気になるのだろう。
すると、こちらに向かってどったどったと走ってくる、小太りの男が見えた。
隣でルーが口を横に広げ、「あー、やっぱり」と呟く。……知り合いか?
「おーい! 出迎えかい? それとも討伐かい?」
ああ、毎回トラブルになるんだな……と理解した。
テイマーが急いで町に来なければ、魔獣を迎撃すべく冒険者が来てしまう。
冒険者は依頼なしでも魔獣を討伐する。一体どうやって事前に『安全だ』と判別させるのだろうか……。
「魔獣のテイマーの方ですか?」
「そうだ。僕はイーヴォ・シンドリッチだ。シンと呼んでくれ」
「ファーストネームでなく?」
「ああ。みんなにそう呼んでもらってるんだ」
膝に手をついて「ふひーっ」と息を吐く男性は、ランクAの徽章を付けていた。
年齢は四十代ぐらいで金の短髪頭にゴーグルを引っ掛け、身長は約百八十セマ、そしてお腹がたぷたぷしている……冒険者でこの体型は、極めて珍しい。
腰には何故か剣ではなく、分厚い帳面をぶら下げている。
「どんな生物か見たいんですけど、いいですか?」
「いいけど、あの森まで僕を運んでくれるかな?」
そう言って、遠くの小さな森を指差す。
既に汗だくだ。これで本当にランクA冒険者なのだろうか……。
悪人ではなさそうだし、重力魔術で浮かせて運んであげることにした。
「俺は滝原涼平です。こちらの二人が――」
「ラファイエ・アルノワです」
「ルベルム・ノースフィールドよ。お久しぶり、シン」
「ああ! ルーか!? 久しぶりだな元気だったかもうランクBか凄いなルーは!」
ルーは「これだよ……」という表情をしている。
なんとなく分かるぞ。面倒臭いタイプだな、これは。
シンは浮いたままでマシンガンのように話しかけ、一方のルーは「ええ」とか「まあ」としか返さない会話が続き、やがて小さな森に辿り着いた。
そっとシンを降ろすと、人差し指を立てながら諭すように言う。
「一応、念の為に言っておくが、間違っても殺そうとしないでくれよ? 僕が泣くから。天人だからさ。ほら、泣くと恐いことになるだろ? 僕が」
「ああ、天人なんですか。俺達は見に来ただけですから何もしませんよ? だから泣かないでください」
「ジェイはランクS相当とされているが、紳士的だからね? 襲われない限り暴れたりしないよ」
ランクS!? ということは、自ら気配を消していたのだろうか?
「それに、攻撃力があっても戦闘には参加しないからね」
「なんで!?」
そして、眼前に佇む謎だらけの魔獣は――――
何だこれ……《ドラゴン》なのか?
見たことのない生物だ。魔獣は元になる生物が居たり、有名な幻想生物だったりするんだが……。
「何これ?」
「これとは失敬だな、お前」
「は?」
「言語は理解できるのだろう?」
「ええええっ!?」
喋った――謎の生物が喋ったのだ。
俺は口を開けたまま、その場の全員を見渡す。
皆一様に頷くだけで、飼い主に至っては何故か胸を張ってドヤ顔をしている。
「えーっと、あなたが喋ったんですか?」
「そんな丁寧に話さなくても、タメでいい、タメで」
「えーっと、お前が喋ったの?」
「お前、さてはバカだな? こうも早く看破されるとは、かなりのバカだな?」
「変な生き物にバカって言われた!?」
「変な生き物とは失敬だなお前! オレはジャバウォック。お前らが幻獣種と呼ぶ生物だが、魔獣などではない」
「あたしは分かるわよ。アリスでしょ? 鏡のほう」
「異世界の話など知るか。生まれた時からジャバウォックだ」
「飼い主に似て、面倒臭い生物のようですね……」
当然アリスは知っているが、神話や伝承の幻想生物ならまだしも、百五十年ほど前の物語となると、この異常な世界の中でも浮いた存在のように感じる。
謎生物の見た目は《ドラゴン》に近いが、頭部は厳つい感じではない。
目がくりくりと大きく、ヒョウモントカゲモドキのような愛嬌のある顔で、頭部には柔らかそうなツノが四本生えていた。
身体は一般的なイメージの《ドラゴン》に近く、翼は畳まれているが、尻尾だけでもかなりの長さになる。全長は二十マト以上あるだろう。
「こんなアニメに出てきそうな顔の面白生物、他にも居るの?」
「誰が面白生物だっ!! 失敬だなお前!」
「いや、彼は突然変異なんだ。討伐された《ドラゴン》の体内にあった卵を譲り受けたら、別の生物が生まれてきたんだよ」
「幻獣が卵産むのか!? 滅茶苦茶だな……この世界」
「歴史上でも、その一例だけだよ。譲ってくれたランクSは僕にこう言ったんだ。『お前さん、変なもんが好きだろ? こいつぁとびっきり変なもんだぜ?』って。面白いだろ?」
周囲は笑うどころか、危険物を石ころのように扱う雑なやり取りにドン引きする中で、シンだけが楽しそうに笑っている。
そして俺は、その江戸っ子みたいな口調の人物に覚えがある――
「それって……颯波さんでは?」
「おや!? 知ってるのかい? 譲り受けたのは十五年ほど前の話なんだよ」
「颯波さんは、そんなに前から《ドラゴン》を斃してたのか……凄いなあ」
「当時の最強は彼だからね。今でも――――っと、話が逸れてしまったね。ジェイは僕と暮らすうちに言葉を話し始めたんだ。今では知能も人間の大人レベルだし、記憶力は人類を凌駕するよ?」
「つまり、便利記憶媒体ってことか……」
「お前、よく今まで生きてこれたな……その軽い口と命をここで終わらせるか?」
「わりと物騒なこと言ってるんですけど、この面白生物」
「涼平は殺されても文句言えないわよ? 天人が異界言語で会話できるのは、彼のおかげでもあるんだから」
「えっ!?」
「失敬だな!!」
脳内自動変換――各母国語とヴィスティード語を照合して、合致する言葉で瞬時に読み書きと会話ができる【加護】だ。
地球の場合、各国で日常生活に必要な語彙数は数千~一万程度とされるが、専門用語まで網羅するなら、数十万~百万を超える場合もあるだろう。
そんな膨大な量を、データベース化しなければならない。それをこの珍妙な生物がやったのだろうか?
「というか、神様が地球から直接情報収集すればいいような……辞書とか事典とかまるごとデータベース化しておくとか」
「それは基本だ。随時アップデートされているよ。僕達がやっているのは『相手に正しく伝わっているのか?』を、検証する作業なんだよ。そのためにジェイには、膨大な種類の言語を覚えてもらったんだ。神様や天人達にも協力してもらってね」
「神様も!? それって、わざと変わった口調を試したりとか?」
「そう。例えば日本の言葉で『拙者の名は山中幸盛と申しまする』と言った場合、ヴィス人には『私の名前はヤマナカユキモリです』としか伝わらなかったり、逆でも同じことが起こる。日英変換でも正しく伝わらないことがあるだろ? 『事故に遭った』と言ったつもりが、相手から『お漏らししたの?』って訊かれたり」
なんで『尼子三傑』の名前が出てくるんだ……『山陰の麒麟児』だっけ?
それは置いといて、【加護】が無ければヴィスディード人だけでなく、他国から来た天人と漫才するのは難しい。人工知能どころではない、神の領域なのだ。
「先生、つまり諺や慣用句、個人差によるニュアンスの違いまで、自動翻訳する荒業なんですね?」
「荒業か……そう感じるのはきっと君が他国語を面白いと思っていないからだね。『ああ、この国で生まれ育ちたかった!』と思えるぐらいに他国の言語を楽しめるようになれば、荒業どころか必須だと感じるようになると思うよ?」
「先生! 日本人が思う蜜柑とオレンジの違いはどうなりますか?」
「地球でも相手が温州蜜柑とマンダリンやタンジェリンとバレンシアオレンジは別物と知っていれば通じるように、ヴィス語でも品種を無視して『オレンジ』と翻訳する場合とそうでない場合を、臨機応変に切り替えられるようにするのが、僕達の仕事なんだよ!」
「先生! 俺は何も知らずに、冬になったらぼけーっと炬燵で蜜柑食べてたよ!!」
師匠の家のキッチン脇は、冬には『おこたゾーン』になるのだ。
寝てる師匠の顔に蜜柑の皮を乗せようとしたら重力魔術で跳ね返されて、顔面に蜜柑の皮エイリアンがへばりついたまま気絶させられたなあ……三回ほど。
「何よりも、まず興味を持つことがスタートだ。好奇心と向学心だよ!」
「ありがとう、先生! 俺もできることがあったら協力するよ!!」
熱く盛り上がる俺と先生の会話を、ラファはふんふんと頷きながら熱心に聞き入っていたが、ルーと珍生物は呆れ顔で見ていた……珍生物は表情豊かだな。
「なんで意気投合してるのよ……話題が完全に脱線したまま暴走してるし」
「そこが涼平さんの魅力なのです」
「いや、ただのバカだろコイツ……」
謎の生き物よ……ラファの背後で短槍二本が高速回転しているぞ。




