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058 偏愛プレデター

 ロディトナ消滅――――


 大方の予想通りの事態ではあるが、やはり現実になると衝撃が大きい。

 『明星(あかぼし)のともがら』の件をルーに問い詰められている最中(さなか)、そのニュースが飛び込んできた。

 ギルドが速報を知らせる伝令を送ってくれたのだ。


 最古の幻獣《レヴィアタン》、《ベヒモス》のいずれか一体がロディトナを襲撃し、一瞬で何もかも消失してしまったらしい。

 建国から僅か三十四年で総人口約六百万人――なんの罪も無い一般人までもが、問答無用で消滅させられた。

 ランクS数人が駆け付けたときには既に、煙一つ立ち昇っていない静寂の大地と化していたという。何をどうやったのか、隣のアリムズは無事のようだ。


「《レヴィアタン》ってリヴァイアサンですか? 《ベヒモス》もだけど、ゲームでラスボスクラスの魔族って、やっぱりこの世界でも最強なんですね……」

「そのように名付けられたのは、ごく最近です。誰も姿を見ていないので、長きに亘って『最古の幻獣』と呼ばれ続けていたのです」

「『二体』って言われてるのも、昔、同時に二ヶ所で大規模攻撃があったからで、未だ正体不明のままなのよね……」

「人間の営みの痕跡すら残さずに消滅させるぐらいだもんな……」

「そういう相手を動かしてしまったのです。あの馬鹿商会が」

「で、でも、起こったことは悪夢そのものですけど、なんか不思議ですよね?」

「感情で動いてるように思えるから?」

「そうです、ルーさん。なんでかなあって……」

「ただ人間を滅ぼすだけなら容易い。自らに(あらが)う者とは対峙し、(あざけ)る者には容赦しない――それがこの世界で獰神(どうじん)と言われる存在なのよ……」

「む、難しいです……」

「『強くなってかかってこいよ?』ってことだろ?」

「遊び感覚ですか!?」

「そう、私達は生かされているだけです。この世界における不文律を人間が忘れたとき、このように思い知らされるのです」


 『看過していると思うか?』――師匠の言葉はずっと脳内で残響していた。


 手を出さなければ突っ掛けてくる、立ち向かえば圧倒的な力で打ち負かされる。

 それでも人は生きて、繋がって、また死んでいく。

 ならば、俺達冒険者がやることは一つだけだ。


「フリシー。そういうものなのよ、冒険者って? それでもやりたい?」

「うう……で、ですが……わたくしは……」

「やりますよね? フリシーはバカールをやっつけたんですから!!」

「そうだな。擂粉木(すりこぎ)でな」

「わ、わたくしだって(めい)有りの剣を手にすれば、幻獣など……!!」

「フリシー。基本を忘れてはいけませんよ? 剣など実力が伴ってこそですから」

「メリンダさん、焚き付けていいんですか?」

「私はこの子がやりたいことを支持します。今までだってそうでしょう?」

「はい。お母様がわたくしに反対したことなど、一度もありませんもの」

「さすが壁ママだな。ずっとロール子のこと応援してたんだな」

「あの、ちょっとよろしいでしょうか? 滝原さん」


 ちょいちょいっと手招きする。

 俺はテーブルマナー的にいいのだろうか……と首を傾げつつ、席を離れてそちらに向かうと、壁ママも静かに立ち上がった。


 そして――――食堂の壁でドンクイされた。


「こうでよろしかったでしょうか? 知り合いに教わったのですが、今一つ要領を得なかったものですから……まだ正しい作法が掴めていないのです」

「あの、食事作法は……?」

「ん?」

「いえ完璧です、ありがとうございます!!」

「それから、私のことは名前で呼んでください――ね?」

「はい……め、メリンダさんっ!!」


 吐息のかかる距離で顎クイされたまま返事した。

 あかんてこれ……凄いわこれ……。


 そんなみっともない姿を、全員に観察されている。

 メイドさんと真愛は「きゅーん!」と効果音が付きそうな表情だったが、その他の面々は借金パパも含め、全員が半眼になって呆れていた。

 いいじゃん、憧れのシチュエーションなんだから!


「いいなあ! あ、あの、私もやってもらっていいですか?」

「あ、あの奥様……よろしければ、わたくしも……」


 その後リクエストに応えて、更に完成度の上がった華麗なドンクイを立て続けに披露するメリンダさん。

 真愛は腰砕けになり、メイドさんは「ひゃわー」とか叫びながら、自室に走っていってしまった――おい、仕事は!?

 それにしても、見事な破壊力だ。

 ラファが「あとでボコギュなどいかがですか?」と物騒なことを言い出したので、デザートのアイスは俺のぶんも与えておこう。


「キミ達は、こんなときでも通常営業ね……」

「いや、俺だって閉店後に頭を悩ませる問題はあるんだぞ?」

「何よ?」

「ゴミ処理問題だ」

「はあ!?」


 そう――町の外に置き去りにした大量のゴミとその持ち主。

 明日は明日でやることがあるのだ。

 そうしてドタバタの晩餐会を終えた俺達は、浴室と人数分の寝室を使わせてもらって、早めに床に就いた。



§



 翌日。

 早朝からギルドへ向かい、マイルスさんにその後の状況を訊く。

 彼と職員の何人かはおそらく不眠不休なのだろう。疲れた表情をしている。


「ギルドは大変だったみたいですね……」

「書類と電信が飛び交っていてね……時々人間も飛んでいたよ」

「それはお疲れ様です……少しは休んでくださいね」

「ありがとう。それで経過なんだが、今のところロディトナ消滅以降は、西の大陸で魔族の動きは見られないようだ。ただ……別件で東の大陸南方に《ドラゴン》の目撃情報があってね。ランクSが向かっているが、こんな状況だ。情報も錯綜しているんだよ」

「なるほど……《ドラゴン》となると、俺もまだ勝てるかどうか……」

「立ち向かう覚悟を示せるだけでも素晴らしいよ。私など、既に第一線を退(しりぞ)いているからね」

「いえ、ギルドマスター無くしてギルドは成り立ちませんから」

「そう言ってもらえると、これからも頑張れるよ」

「そ、それでですね……町の外の件なんですけど……」

「ああ、『穴と山』か。元に戻しておいてくれれば不問としよう」

「すみません。俺がやったのもバレてるんですね……そりゃそうか」

「あれだけ派手にやればな。ただ、今回はいろいろと助けてもらった部分もある。他の冒険者や一般人からのクレームは、こちらで対処しておこう」


 町の外に出てみると、歪な山と巨大な穴が、前衛芸術のような風景を作り出していた。

 そのまま墓に……なんてことは出来ないので山を崩し、遺体は別の場所で手を合わせて焼却処理したあと、謎武器は一応集めてギルドに持ち帰る。

 遺体は何度見ても、初めて見たときと同じ気分になる――それでも他人の人生を背負うことはできない。


『相手の実力も測れないなら、殺しに来るな』


 つまり、逆の状況も起こり得る。


『お前程度が勝てると思うのか?』


 そこに答えがある。この世界で(あまね)く生きる人々にとって、重要な答えが。

 獰神は客席でポップコーンを食いながら、それを見たいんだろ?

 ならば、もう少しだけ俺の答えを待ってもらいたい。


 そのままロール子の家に立ち寄ってルーやラファと合流し、凍結させてある魔王の骨が移植された腕を、荷車に載せた謎武器と一緒にギルドまで運ぶ。

 「もし強奪目当ての賊が居るようであれば、我が家で応戦しましょう!」とメリンダさんがやる気満々だったので、一晩だけ地下室に置いて様子を見ていたのだ。


 ふと、骨を埋め込まれた腕に入れ墨を発見する――


「この腕の持ち主……知ってる人かも。どんな風貌だった?」

「茶色の短髪と軽甲冑、背は百九十セマぐらい、剣は幅広の大型で、ランクはB」

「やっぱり……ゴドンさんか……」

「誰なの?」

「【メトゥス・ゼロ】で合流したバカールの警護担当で……いい人だったんだよ」

「そう。……なんか、ごめん」

「ルーが気にすることはないって。骨を埋め込まれた直後に腕を斬り落とす以外、助ける方法は無かっただろう。それより、あの外道二人をどうしたものかな……」

「うっかり殺してしまいますか?」

「ラファは危険球が好きだなあ。俺は……拘束したままロディトナに放置とか?」

「行くの? 遠いわよ?」

「ラファはどう思う?」

「素晴らしい案だとは思いますが、やはり遠いですね……」


 とりあえずその辺りの相談も兼ねて、謎武器と腕とヤブ医者のバッグを運ぶために、ギルドへ向かった。


「君達はやるべきことをやればいい。こういった雑事は我々ギルドの仕事だ」


 魔王の骨は厳重管理の(もと)、護衛も付けられ、俺達の負担にならないようマイルスさんが配慮してくれたのだ。ありがたい。


 留置場の二人の処遇についてマイルスさんにも相談してみると、『ロディトナに放置はいい案だ』と賛同してくれた。

 そして明日午前に、ロディトナへ調査に向かうランクA冒険者がハシャートクに立ち寄ると聞いたので、その人にも二人の処罰方法を相談してみよう。


「西から東の大陸を横断するルートで向かう人が居るとは。訊いてみるもんだな」

「断絶の大海を越えるルートなのよ? そう上手くいくかしら」

「どんな人物かも重要です。性別も」

「ラファは俺を『女とみれば見境なし』だと思ってるのか?」

「いえ、逆です。惚れられてしまうのです。涼平さんが」

「全然そんな感じがしないんだけど……ルーはどう思う?」

「あたしに訊くなバカッ!!」


 早足で先に行ってしまった……。

 ほら。顔を赤らめて「そ、それはその……」みたいな反応じゃないし。

 ラファ脳は、俺に補正をかけすぎている。


「涼平さん。海面に見える背鰭(せびれ)はイルカとは限りません。いずれガブリとやられますよ?」

「そんなにみんな肉食系なのか?」

「狩りをする雌が珍しいとでも?」

「なるほど。ラファは獲物だと思ってるんだな、俺を」

「いえ、片利共生です」

「小判鮫かよ!?」

「ですから、『正しい共生にしよう』と提案しているわけです」

「生々しいからやめよう……」

「そうですね。何事も手順が大事です。まずは適宜イチャつくところから――」

「スイッチ切って即入れるなよ!?」


 まあ、ロディトナまで同行するとは限らないし、性別はどっちでもいい。

 もし一緒に行くなら、男のほうが気楽かな。


「涼平さん……もしやとは思っていましたが……やはり――」

「『もしや』と『やはり』の内容は訊かないからな!?」


 俺はお年頃のノーマル男子だ。そして我慢しているだけだ!!

 するとラファが妖艶に微笑み、上機嫌になった。……やはり捕食者!?

 というか、さっきから当たり前のように心を読まれてるんだけど……。


 その後はロール子の家で、片付けと補修を手伝って一日が終わった。

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