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057 清福の笑顔を愚者と言うなら

「さっきのあれ、《ヴイーヴル》ですよね!? ギルドの図鑑で見ました!!」


 突然の幻獣襲来に、真愛ちゃんが興奮している。

 恐怖ではなく興奮ってところが大物の器を感じさせる……無邪気なだけかも。


「他の冒険者が『ヒャッハー!!』などと奇声を発しながら走ってゆかれましたが、この大陸では珍しい魔獣なのでしょうか?」

「そうね。中央大陸なら珍しくないみたいだけど、東の大陸では滅多に見かけない幻獣の一種よ」

「あ、あんな化け物と戦うのですわね……冒険者は」

「やっぱりやめとく? フリシー」

「い……いいえっ!! わたくしは、強くなりたいのです!」

「一緒に頑張ろう、フリシー!! おトイレ大丈夫?」

「だ、大丈夫ですわよっ!?」


 あたし達は『明星(あかぼし)のともがら』のグラウンドに立っている。

 建物はどこも問題無かった。やはりフリシーの両親は、(たわむ)れに孤児院を創設したわけではないのだろう。耐久性にも配慮された、安全第一の構造になっている。


 マーシャル家がどうなろうと銀行からの借り入れは消えない――施設の維持にはまだ課題があるけれど、生きてさえいれば、また商人として元の姿に立ち戻れるのではないか……などと甘い展望を抱いてしまう。


「あたしもヒャッハーしたいとこなんだけどね……お金かあ」

「でもでも、この世界は植物の生育も早いじゃないですか? 食べ物さえあれば、あとは気合でなんとかなりますよ! 食こそが元気の(みなもと)ですから!!」

「真愛は立派な考えをお持ちですのね……それに比べてわたくしは……」

「いえいえ、父がよくそう言ってたんですよ。料理人なんです!」

「ちちー!!」

「ひゃわっ!?」

「なんですのっ!?」

「ちちないーっ?」

「こっちもー」

「こらっ! 手が届くからって、そんなことしちゃダメでしょっ!!」

「ちちにおこられたー」

「誰が『ちち』よっ!?」


 真愛とフリシーは胸を押さえて涙目でこちらを見ている。

 その目線は――ちょっと、どこ見てるのっ!?

 二人は身長が低いため、子供の手が届いてしまうのだ。


「まだ危ないから出てきちゃダメ!! どこに戻るか言ってごらん?」

「ひなんべやー」

「そう、いい子ね。さ、行きなさい」

「わかったー。ルー、またねー」


 安全な避難部屋へ走って戻っていく子供達に手を振っていると、フリシーが拳を震わせながら言った。


「わ、わたくし……冒険者になりますわよっ!」


 どこを見て言ってるのかな?


 その隣で真愛ちゃんもうんうんと頷いている。


 どこを見て頷いてるのかな?



§



 町はダメージを受けたが、それも想定内の世界だ。町の人々はサバサバしていて悲嘆に暮れるような雰囲気はない。


 ヤブ医者がどう思おうと、思うだけなら個人の自由だ。

 ただ、こうして日常を取り戻すべく迅速に行動する人々を眺めていると、頭でっかちになってグシャグシャ言う人間が聡明だとは思えない。


 危険な場所や救助の必要な場所を見て回ったあと、落ち着いたところでロール子の家へ戻って地下室に向かうと、膝を抱えて黒いオーラを放つ物体が……。


「ごめん、ラファ。やっぱり外は大変なことになっててさ……」

「私も行きたかったです。こんな部屋に、こんなものと取り残されて……」

「しょうがないだろ? 一応は重要危険人物なんだから」

「いいえ。あとは処罰されるだけの残り(かす)です。重要ではありません」

「心が(すさ)んでるなあ……ほら?」


 俺が両手を広げると、即座に飛び込んできた。

 これで恋人同士じゃないって言っても、誰も信じないよな……。

 ラファは俺の胸に顔を(うず)めて、猫のようにゴロゴロ言っている。声で。


「ギルドの無事を確認したから、運ぼうか」

「はい。早く離れたいです、こんなものとは」


 シーツでくるんだ危険人物二人を、魔術で浮かせた状態でギルドへ運び、地下の留置場に昏睡状態のまま寝かせておいた。

 万が一、奪還のために襲撃する残党が現れた場合は、抵抗せずに引き渡すよう、マイルスさんと打ち合わせしてある。


 そして、昏睡状態にした術者はこう言った――


「もし、サーカス団の残党が強引に覚醒を試みた場合、彼等は絶叫しながら自分の皮膚を掻き毟り、死ぬまで自殺を試み続けます。薬物中毒者の症状ですね」


 だから言ったじゃん……『恐いお姉さんが待ってる』って。……あれは別人か。

 ラファは近接戦でも魔術を併用する。『腕を振る』という概念を逸脱した特殊な戦闘スタイルに、ただの野良冒険者が対応するのは難しいだろう。


 俺達にとっては、それも大きな疑問の一つだった。

 支配だのなんだの大言壮語を並べておいて、投入戦力は呆れるほどに貧弱。

 冒険者を(あなど)っていたとしても、あの程度で一国を支配できるはずがない。 

 尋問の中で『本国にランクS相当の人物が居るのか』と問い質した結果、やはりバカールの父親の側近が相当な実力者のようだ。

 『ランクS相当で本名不詳。【朦蟾(モウセン)】と呼ばれていて、常に覆面をしているため顔を見たことがない』らしい……怪しさの塊みたいな人物だな。

 二つ名も奇妙だ。食虫植物のモウセンゴケ――ではなく、ヒキガエルか。


 その人物がマーシャル商会を影で操っていたと考えると、いろいろ引っ掛かっていた部分が腑に落ちる。

 【朦蟾】の正体は、おそらくヴィスティード人の冒険者だとは思うが、仮に魔王だった場合は、先程の攻撃の意味合いが変わる――『身内の粛清』という可能性も浮上するのだ……ややこしい。


 マイルスさんにも心当たりを尋ねてみたが、高ランクで【朦蟾】――つまり月とヒキガエルに関係する容姿や渾名、二つ名の人物は、思い当たらないらしい。

 そこからヒキガエル繋がりで『《ベールゼブフォ》という蛙型の幻獣種がいる』という話になったが、そんなものを連れ歩いていたら目立つだろうし、あまり関係はなさそうだ。


 俺達は地下から受付フロアに戻り、そのマイルスさんに他国の状況を尋ねた。


「何か情報は入りましたか?」

「もう少し時間が必要だろう。どこもまだ物情騒然としているからね」

「今夜はドヴ……ど、どヴォ……さんの家に泊まりますから、何かあれば知らせてください。こちらもまた状況確認に伺います」

「そのほうがドヴォールクさんも心強いだろう。そちらは任せておく。あまり手助けできなくてすまなかったね」

「いえ、俺達のほうこそ暴れちゃったんで」

「まあ、こうなってしまっては有耶無耶だよ。気にするな」


 にかっと笑うマイルスさんに合わせて俺も笑い、ギルドをあとにした。

 実際、町はラファが暴れた以上に損壊している。

 ロール子の家も破壊した屋根だけは塞いだが、室内はまだ手付かずだ。


「みなさん、戻られたようですね」

「すみません。いろいろ破壊した上に部屋まで使わせてもらって」

「お気になさらず。なんでしたらこの家を差し上げても構いませんから」

「メリンダさん……さすがにそれは」

「明日、みんなで片付けましょう!」

「そうだな、真愛。お尻で壁をブチ抜いたんだって?」

「ち、違いますよう!!」

「ごめんな。俺のせいで危ない目に遭わせちゃったな」

「いえいえ! 私が弱いのが悪いんです!!」

「まあまあ。みなさん揃ったことですし、食事にしましょう」

「……誰?」

「この家の(あるじ)だよっ!?」


 ああそうだ。こんな顔だったな……印象薄くて。地下室ではずっとソファーの後ろに隠れてガクブルしてるだけだったし。

 キッチンは無事だったようで、みんなでメイドさんを手伝って、賑やかな晩餐会となった。


「さすが豪邸。この人数でも余裕だな」

「まあ、手放すわけですが」

「うう……メリンダ……ストレートすぎるだろう?」

「食事時にどうかと思うんですが、必要な話なので単刀直入に伺います――借金はどうにもならないんですか?」

「相手がどうであれ、銀行からの借り入れは帳消しにはならないからね……」


 元々マーシャル商会は、真っ当な手続きで事業を引き継ぐ気など無かったのだ。

 それでも借金問題は、『悪党退治で万事解決!』とはいかないのがなあ……。


「そもそも詐欺を仕掛けたのもマーシャル商会だよな、ラファ?」

「詐欺の手法的に、規模が大きすぎますから。間違いないでしょう」

「もっと早期に気付いて止めるべきでした。地球では古い手口の詐欺ですから……まさか騙される馬鹿が存在するとは」

「うう……私も家庭では仕事の話をしなかったからね……」

「メリンダさん、ドヴォールクさんに当たりがきつすぎますって……今後の銀行への返済計画を見直せば、再建も可能なんじゃないですか?」

「そうは言っても金額が大きいのでね……長期的に赤字のまま、これまでの仕事を継続するしか無いんだよ」


 そこで不意に壁ママが立ち上がって別室へいくと、何やら通帳のようなものを持ってきた。


「これで足りますでしょうか?」

「メリンダ……これは?」

「私個人の蓄えです。こんなこともあろうかと」


 通帳を開いた借金パパは、目を見開いて「こんなに……」とか言ってる。

 ロール子は口を開いたまま両親を交互に見ている。


「原因はどうであれ、正規の借り入れであればどうにかできるでしょう」

「な? ロール子、母は偉大だろ?」

「ロール子ではありませんわっ! ですが……はい。お母様は偉大ですわ」

「これだけあれば、全額返済はできなくても早期返済が可能になる。メリンダ……本当にいいのか?」

「貴方が苦しめば、フリシーが泣きます。それでは私も笑えませんから」

「お母様……」

「そうだな……娘を泣かせてはいかんな」


 メイドさんがおろおろと様子を窺っている――妙齢の女性なので他にも働き口はあるとは思うが、いきなり解雇となると大変なんだろうな。


「エミリーにも迷惑をかけたな……君の給料ぐらいはどうにかできるだろう。まだこの家で働いてくれるか?」

「はい。旦那様! わたくしは、これからも奥様に付いていきます!!」

「エミリー、ありがとう……悪いようにはしません。これからもよろしくね?」

「はい、奥様!!」


 メイドさんの黒い瞳がうるうると揺れる。それは――恋する瞳だった。

 そりゃ女でも惚れるって。壁ママだもんな。

 借金パパが、ははは……と乾いた笑みを浮かべる一方で、ロール子はメイドさんに笑顔を向けてサムズアップしていた。


「残る問題は、『明星のともがら』よね……」

「すまない……そこまでは今の私では手が回らないのだ」

「そんなに心配するなって、ルー。なんとかなると思うぞ?」

「なんでキミがそう言い切れるのよ?」

「あー、あれ? ……聞いてない?」

「行ったのね……」

「行きました……」


 まさかの自爆バレとは……。

第二章終わり。

ルトクーア篇は長くなるため、ここで区切りを入れます。

重い話が続いたので、次回、一話だけ閑話を。

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