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056 それは怒りか嘲笑か

 悪の組織の拷問のような恐いお姉さんによる尋問が続き、ヤブ医者などは何度も自殺を試みては強制停止され、終いには「心臓が止まっても強制血液循環させて、死なせませんから」と告げられ、ようやくヤブ医者の限界を理解したようだ。


 そして現在――

 壁ママとハシャートクギルドのギルドマスター、マイルズさんを交えての聴取が行われている。

 ラファによる尋問を終えて、今はどちらかといえば雑談に近い。

 俺にとって意外だったのは、ヤブ医者が『元医者の天人』という事実だ。


「それで自分の知識と技術を活用すべく、マーシャル家に接近したのか」

「貴様らに分かるものか……元々冒険者になるための転生ではない」

「また重複ネタか。グラサン以外はオリジナリティーに欠けるな……」

「転生前から嫌だったなら、拒否できたでしょ?」

「拒否しても死は変わらないなら、受け入れて異世界で生きるほうがマシだと判断したのだ……あの時は」

「この世界でも、医学の知識は役立つと思うんだけど?」

「化学の領域にまで魔術が浸透している。そして周りが無能ばかりでは、化学など意味が無いのだ!!」


 ルーは呆れた様子で軽く眉を上げて俺を見た。

 やっぱりバカに苛々するタイプなんだな、ヤブ医者は。

 俺とかテキトーに魔術を使っているので、なんか申し訳ない。


 そして『何故天人なのに魔石が暴走しないのか?』という部分は疑問だったが、マイルスさん曰く、『冒険者を引退すると暴走は起こりにくくなる』らしい。


「正と負の両方に魔石による増幅力が関与しなくなるんだよ。冒険者としての成長は止まって弱体化が始まり、緩やかに一般人並みの力になっていく」

「『戦わないなら一般人として生きなさい』ってことですか……」

「引退した者が再度冒険者登録をすると増幅力も戻るから、他の天人と同様の暴走が起こるようになるけどね」


 体内魔石を持つ天人が引退する場合はギルドで引退手続きをするだけで、特別な儀式などは行われない。そもそも魔石が神の力にアクセスする端末なのだ。

 神様的には、「ああ、辞めんの? そんじゃスイッチ切っとくわ」ぐらいの感覚なのかな。そして登録すればスイッチオン。……テキトーというかなんというか。


 そして、【掃除屋】の戦闘員達があれほど冒険者を憎悪していた要因は、組織の自作自演による洗脳で、家族や仲間を『非道な冒険者、頼りにならない冒険者』によって失った人々が、それが仕組まれたものだと気付かぬまま、負の感情を増幅させていったのだ。

 激しい憎悪を抱かせてから、優しく接して徐々に洗脳する――地球でも少年兵の洗脳などに用いられる方法で、珍しいものではない。


 渋面のマイルズさんが、一つ嘆息してから話を続ける。


「ギルドの会合でも、リールベムトのギルドマスターは様子がおかしかったんだ。質問されてもどこか上の空といった状態でね……あの時点で、既に……」

「あたしは魔族の動向が気掛かりなんです。もし、ギルドの粛清が入る前に魔族が動いたら……止められる規模ならいいんですけど」

「ルーの懸念は世界共通の問題だ。ウチからも緊急時の連絡方法を使って、各国のギルドへ警戒を促しておいた。ランクSにも動いてもらう」


 ルーやマイルスさんが危惧しているのは、獰神(どうじん)が「お前らナメすぎ」と本格的に動く可能性だ。

 最強の駒である最古の幻獣が動けば、人類を守り切るのは難しい。

 

 だが、まさにそのタイミングで――――



§



 地震だ。体感としては日本の震度で六以上。


「か、かなり揺れましたね!!」

「そうだな……みんな、大丈夫か?」

「丁度全員が地下室に居たのは幸運でしたね」

「ロール子はトイレ行っとくか?」

「もう出ませんわよ! って何を言わせるんですのっ!?」


 そもそも地震は珍しくない世界なのだが、地殻に含まれる魔石の影響で地球ほどマグニチュードは大きくならない代わりに、世界の広域まで振動が伝播する。

 そこで問題になるのが情報伝達速度だ。広域に伝わるぶんだけ、どこで何が起こったのかを正確に把握するのに時間がかかってしまう。

 電信は未だにモールス信号レベルで、世界各地の中継点を挟んで人の手によって情報が移動するため、状況如何(いかん)ではランクSが飛んだほうが速い。


 ただ……それなりのランクの冒険者ならば、今のは分かるはずだ。


「魔族……それも最強クラスが動きましたね……」

「そうなると、攻撃対象は……おそらく――」


 そう言ったラファとルーだけでなく、ここに居る全員がヴィスティードで危険な場所を、二ヶ所知っている。

 現在俺達が居るルトクーア共和国と、もう一つ――ロディトナ民主国だ。


「ま、魔族なんかがボクの国をどうにかできるわけないだろっ!?」

「逆だカール君。君の国如きが魔族をどうにかできるわけがないんだよ……」


 マイルスさんも顔色が悪い。ロディトナの状況を想像したのだろう。


「これはランクSへの粛清要請ではないんですよね?」

「可能性は極めて低いだろうね……規模が大きすぎる」

「こ、これに近い衝撃なんてすかランクSの攻撃って!?」

「国一つぐらい地図から消せますから」

「ほ、ほわあ!? やっぱ滅茶苦茶ですね、この世界って……」


 そう。滅茶苦茶なのだ、この世界は。

 ゲームの最終バトルぐらいの出来事が、パンを千切って口に入れるまでの時間で起こり得るのだ――


 バカールとヤブ医者を昏睡状態にして、地上の状況を確認する。

 地下には、悲しそうな顔のラファに残ってもらった。


 町は相応のダメージを受けていたものの、大災害の規模ではない。

 一般人でも、量子重力魔術による障壁を使える者なら負傷する可能性は低いが、初歩魔術すら使えない者、特に子供は危険だ。

 ルーは真愛とロール子を伴って『明星のともがら』へ走り、マイルスさんも情報収集のためにギルドへ向かった。


 他国の状況も心配だが、情報伝達に要する時間は『最悪の場合は半日以上必要』と言われたので、今は気を揉んでいても仕方がない。

 俺は上空から見たハシャートクの被害状況を壁ママに伝えてから、町の中でも目立つ場所の一つへ跳んだ――――


「う、嘘だろ? こんなところに幻獣種だと!?」


 冒険者が声を上げたのは、学校のグラウンドだ。

 ランクの低い者は、駆け付けた目的とは異なる脅威に戦慄している。


 俺は近くに居た冒険者に『生徒達は全員無事』と聞いて、ひと安心した。

 校舎は一部損壊しているが、地震よりも前に町から派手な爆音が聞こえたため、頑丈な建物の避難所へ移動してから授業を続けていたらしい。


 やはり町で戦闘しちゃダメだよな……と言いたいところだが、もう一度そうなる理由が上空を旋回している――町に落とさないように(たお)さなければならない。


「あれは……幻獣種の《ヴイーヴル》か?」


 二十マトほどの細長い竜種だが、前肢は無い。頭部は蛇のような形で目も無い。額の中央に大きな魔石が埋まっていて、それが目の役割をしている。

 もう一つ特徴的なのは、地球のイッカクのような上顎ではなく下顎側から生えたタスクで、長さは一マト程度。全長と比べれば短いが、相手は魔獣だ。その役割は穏やかなものではないだろう。


「戦ったことのある人はいますか?」


 近くの冒険者に声をかける。ランクも年齢も様々な集団の中から、壮年の男性が応えてくれた。


「ブレスは無いが、地上へ突貫してくるから気を付けろ!!」


 その言葉と同時に《ヴイーヴル》は翼と後肢を畳み、槍のようにこちら目掛けて突っ込んできた。

 もし、屈んだり伏せてしまったなら、《ヴイーヴル》が口を開かないよう祈るしかない。タスクが掠っただけでも身体は切断されるだろう。

 俺は咄嗟に躱したが、《ヴイーヴル》は衝撃波で地面を抉りながら地表スレスレを滑空し、翼を広げて上昇する。そこへ土の槍を十本ほど飛ばしたが、あっさりと躱されたので即座に槍を分解させた。


 速い――巨体なのに、最高速度は昆虫型並みかもしれない。

 旋回すれば、またこちらへ突貫してくるだろう。


「低ランカーは交戦せずに防壁を! 足の爪にも気を付けろ!!」

「衝撃波だけで吹っ飛ばされるぞ!」

「私は子供達の居る場所へ向かう!!」


 冒険者は各々できることとやるべきことを叫び、それぞれの距離を空ける。

 密集すれば仲間の邪魔になるからだ。


「俺がやっていいですか?」

「訊くな! やれるならやれ!!」


 また「手柄横取りしやがって」とか言われたくないので、一応訊いておいた。

 俺は高速戦で応じよう――


 再度上空およそ三百マト付近から突貫しようとする《ヴイーヴル》に、超加速で跳んで横から蹴りを入れて吹っ飛ばすと、幻獣が姿勢を立て直そうとする間に障壁を蹴って追い付き、同時に凍結魔術を剣に纏わせて貫く。

 凍りついたまま錐揉みで落ちる《ヴイーヴル》と平行に落ちながら軽く斬撃を飛ばして首を刎ね、更に加速して相手が地面に激突する前に真下に降り、その巨躯と首を重力魔術で停止。凍結したままの死体を元のグラウンドへ運び、死体をそっと下ろすと、また別の場所から叫び声がする。


「もう一体来やがった!!」

「次は俺がやる!」


 頼もしい声がしたので、俺は牽制に爆炎魔術でもう一体の《ヴイーヴル》の気勢を削ぎ、一瞬怯んだところに巨大な斬撃が飛ぶと《ヴイーヴル》は縦に分割され、落下してくる。俺が「止めるべきか? 血の処理どうするんだ!?」と逡巡しているあいだに、爆炎魔術で粉微塵に消し飛んだ。


 それを見た他の冒険者が呆れたように声をかける。


「お前……それじゃ金にならんぞ?」

「あっ!? しまったあああっ!! 町の中だから、つい……」


 よかった――間抜けな冒険者は俺だけではなかったようだ。と安堵していると、斬撃を飛ばしたドジっ子冒険者が近寄ってきた。

 ランクAの中年男性で、鍛え上げられた筋肉質の身体に、巨大な戦斧がよく似合っている。


「あんた、【疾走する諧謔(かいぎゃく)】だろ? 牽制ありがとな!」

「いえいえ。余計でなければ幸いです」

「謙虚もいいが、度がすぎると嫌味になるぞ?」

「はい。気を付けておきます」


 《ヴイーヴル》の解体は他の冒険者が請け負ってくれるようなので、討伐報酬は『その場に居た冒険者で分配』ということにしておいた。

 ランクA相当の魔獣なので、それなりの額になるだろう。


 俺はもう一度空に上がって町全体と遠くの空を見渡し、他に接近する魔族は居ないか確認したあと、その場を離れた――

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