055 恐いお姉さん
「あのくるくる男、ラファでも治せない?」
「移植後すぐなら切除可能ですが、精神侵食が始まると元の状態には戻りません」
「そうか……」
「き、貴様ら冒険者如きに……治療できるものか……自らが……招いた災いだ」
攻撃を躱しながらラファに問いかけていたら、ヤブ医者も会話に参加してきた。
すっかり息が上がっているので、少し休憩したいのかもしれない。
「【掃除屋】って実は深刻な人材不足なのか? あのくるくる男も実はバレリーナとかで、無理矢理戦わせてるんじゃないだろうな?」
「我々は……自ら志願した優秀な人材以外は徴用しない。貴様らのように、誰でもなれる塵のような存在ではないのだ」
「そこなんだよ。なんでそこまで冒険者を忌み嫌うんだ……何かされたのか?」
「守れもしない約束を繰り返し、救えずに殺す。天人に至っては魔族化だ。自らが人類にとって害悪であり、災厄である自覚が無い」
なるほど……【断滅の嚇刃】の類型か。嫌われてるなあ……天人。
「そりゃ冒険者は見逃せない殺人鬼とかは殺すけど、罪の無い人が魔獣に殺されるのは構わないのか?」
「貴様のような殺人鬼が魔族を斃すための力ならば、根本から間違っている」
「そうは言うけど……まず『冒険者は人間を殺すな』ってギルドに抗議しないと、殺す奴を殺す奴は殺す――って、普通に粛清対象になるだけだろ」
「ギルドなど、神の名を借りて人間を弄ぶ『神託の塔』に付和雷同するだけの、無能集団でしかない」
「『神託の塔』については、俺もよく知らないんだよなあ……もし、冒険者が魔獣を狩るだけの存在だったら、平和な世界が続いていたとでも言いたいのか?」
「収斂の結果が悲劇であろうと、それは正道と言えるだろう」
なんでそう虚無的な考え方なんだ……。
隣でラファが怒りに震えている。まあ、そうなるよな。
彼にとって、この世界の歴史は途中から始まっている。苦手科目は世界史か。
「『抗うな、別の道を模索するな』って、それを人間が決めたら同じでは?」
「世界が辿る道を正道に戻すだけだ。畢竟、人類の大多数は支配者に従属するか、無為に死ぬか――いずれかの道しか無い」
「そういう極端な思想こそ、獰神に操られてるのかもしれないだろ?」
「獰神など知るか。虚構の存在だ」
「『我々が世界を正しく導きまーす』って言われて、おとなしく従うかなあ?」
「求めるだけの愚者の代わりは人形でも務まる。それを自覚させるのが支配だ」
「発想が完全に悪役のそれなんだが……」
「愚者に自覚を促すのが悪なら、正義は愚者によって滅び去るだろう」
それならそれでいいんじゃないの? ……と言おうとしたが、呑み込んだ。
相手の知能が自己基準に達していないと苛々する人達が感じる『普通』には、議論の余地が無いのだ。
だから俺はここでヤブ医者を止めて、『議論に加える価値が無い』と思われてる人達の個別判断を待つしかない。
『愚者とか言われてますけど、そこんとこどう思いますか?』――と。
「【掃除屋】ってそういう意味かよ……メモを片手に見てた主婦はチャンネル変えちゃうだろ」
「自分で考えない愚者は、世界を萎靡沈滞させる冒険者と同罪だろう」
「論理がグシャグシャだなあ。俺はバカだからどう言われてもいいけど、ラファは賢いぞ? ちょっとエロいけど」
「いいえ、涼平さんは賢者です。馬鹿はそこのヤブ医者です」
あ……まだ言っちゃいけないキーワードを……。
「塵どもが!! ここで消えろ!」
ほら、キレた。セリフまで悪役っぽいんだもんなあ。
ヤブ医者はラスボス思考だが、『あるべき姿』を求める人間すら、操られている可能性を否定できない世界だ。
冒険者であれ魔族であれ、万能感で得られる満足には欠けているものがある。
いや――欠けていくのかもしれない。そこに気付くかどうかは、俺にも突きつけられている問題なのだ。
なんとなくヒントなんだろうけど、もう少し考える時間をくれないかなあ……。
俺はラファに合図して、くるくる男の拘束が解かれると同時に蹴り上げ、屋根をぶち抜いた。借金パパが可哀想なので、あとで弁償しよう。
ヤブ医者の相手は、恐いお姉さんがやる気になっているので任せることにした。
両手の短槍でトンファーと鉤爪を軽快に捌き、相手が得意とする近接戦に応じて心を折りにかかるようだ。
「そいつ、絶対なんか仕込んでるから、一応気を付けろよ?」
「大体把握しています。面白サーカス団の団長ですよね?」
偽装グラサン軍団もさぞかし変な武器を使ったんだろうな……と思いつつ、俺は上空のくるくる男に向かって跳躍した。
バレリーナではないとしても、空中で何もできない時点で低ランク相当だろう。自由落下を始める前にくるくる男を羽交い締めにして、そこから数回障壁を蹴って上昇後、重力操作だけで天空高くまで昇っていく。
飛行でも跳躍でもないから、風が吹けば流されるし速度も上げられない。
ただ上へと浮き上がっていく。空気は薄くなり、温度が低下する。
俺とくるくる男の周囲は障壁で覆い、内部の酸素量と温度を調節しながら上昇を続け、ついに惑星と宇宙の境界が見える高度に達した――
眼下に広がる海と大陸は地球と似た部分もあるが、やはり大半がまったく異なる形状だ。
ずっと唸り続けていたくるくる男も、今は静かになっている。
「俺は帰るところがある。あんたはどうなんだ?」
「…………うう」
「俺は人型の魔族だって人間だって殺す。そのことをどう言われようと構わない。だけど、悪人に情けをかけて殺された冒険者の無念が、問答無用で殺しに来る奴等に分かるとは思えないんだよ」
「……う」
「眼下の風景から人間を見付けられるか?」
「……ううう」
「誰とも敵対することなく、穏やかに日常を紡ぎ糾い穏やかに死を向かえるのも、欲望と野望で他人も自らも貶め、命が尽きるまで追い縋るように求め続けるのも、どちらも同じ人間だけどさ……ここからだと何も見えないよなあ」
「……う」
男は涙を流したが、その理由を知ることはできない。
手段を誤れば未来を失うのは俺も同じだ。誰だって同じはずだ。
俺は形容できない感情を抱えたまま、ただありきたりな言葉を絞り出すことしかできなかった。
「やり直せたら、よかったのにな……」
「……うう」
その言葉を最後に、羽交い締めの体勢のまま地上目掛けて加速する。
やがて近付いた地表に背を向けて男を手放し、その両腕を切除した身体を空中に残したまま降下速度を上げると、上空目掛けて爆炎魔術を放った――――
「ただいま」
ロール子の家に戻ると、まだラファは戦闘中――というより説教中だった。
相手は疲労困憊してふらふらだ。周囲には漫画でも見たことのないような奇妙な武器が、点々と散らばっている。
ヤブ医者は、ついに立っていられなくなり膝を突いてしまう。
「もう終わりですか? 冒険者は塵なのでしょう? 塵を相手に勝てない貴方は、一体なんなのですか? 素粒子レベルまで無価値な存在なのですか?」
「うる……さ……いっ…………化け物……がっ……」
「何故ちゃんと話せないのですか? 私が立っているのに膝を突いてどういうつもりですか? ちゃんと相手の目を見て、言いたいことを明瞭に述べてください」
うわあ……ラファさん恐い……。
ふと、地下室への階段を見ると、真愛とロール子が顔の上半分だけ覗かせてガクブルしている。俺が戻るまでも酷かったんだろうな……。
説教が続いてるあいだにガクブルズに状況を訊くと、なんとカールがピッキングで解錠して侵入後、不審に思い待ち構えていたロール子に、擂粉木でノックアウトされたらしい。
今は縛り上げて壁ママが監視している。
俺達の警護のスカスカっぷりも惨憺たるものだが……何してんだバカールは。
§
「外の片付けもしておいたわよ? ラファも無茶苦茶するんだから!」
「ごめん……そしてありがとうルベルム姐さん」
「すみません……そしてありがとうございましたルベルム姐さん」
「誰が姐さんよっ!?」
ルーも合流して、バカールとヤブ医者の処遇について考える。
壁ママは、この件の報告と周辺警戒を続けるように依頼すべく、冒険者ギルドへ向かった。周辺に嫌な気配は無いが、念の為に真愛を同行させておいた。
町の冒険者の協力もあってグラサン軍団は一掃されたが、まだ一般人として紛れ込んだ不審者は残っているかもしれない。
もしバカールを奪還するために動く者があれば、他の冒険者も手助けしてくれるようなので、当面はロール子の家で俺達が聴取を行う。
「ラファ……お手柔らかに、な?」
「暴力は何も生みませんから。ただ、脳は軽く弄らせてもらいます」
「や、やめろっ!! ボクに何かしたら、パパがこの町――いや、この国を――」
ラファがバカールの頭に手を翳すと、言葉が途切れた。
訊きたいことは山程あるが、一番重要な疑問があるのだ。
「なんでマーシャル商会が魔王の骨なんか持ってたんだ? どの国も廟所は冒険者ギルドで管理してるはずだろ?」
「言うわけなっ――国内のギルドマスターはすべて操り人形だ……洗脳したのは、そこの【外科医】――ちがっ……うぐっ――」
「抵抗しても無駄です。死ぬか、喋るか以外に選択肢はありません」
ラファ……ロール子がまたトイレにいったぞ?
「ヤブ医者は、まだ昏睡状態のままにしておくのか?」
「はい。同時に喋らせると面倒なので」
「念を押しとくけど、殺しちゃダメだからな?」
「ひっ!?」
バカールはもう脳を弄らなくても喋るんじゃないかな……。
「ぜ、全部話す……から……こ、殺さないでっ……」
「ロディトナという国は、貴方達を守るのですか?」
「誰もボク達に逆らえない……冒険者も大半は洗脳済みか……死んだ」
「国を正常な状態に戻す方法は?」
「も、戻せるものか……国そのものがマーシャル商会の手中にあるんだぞ?」
ラファは深い溜息を吐いた。バカールはやっぱりバカールだなあ……。
「やはり質疑応答は無駄ですね。脳を弄りましょう」




