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054 勇気の背中を押すものは

「そう、なりますか――」


 窓から『明星(あかぼし)のともがら』のある方向を見ていたメリンダさんが、赤の煙が空に上がったのを確認した。

 えーっと……赤って……。


「ほわあ!? ここに来るってことじゃん!!」


 一瞬で空気が張り詰める。


「でもでも、外にはラファさんもいますし! ここは安全ですよね?」

「そう簡単ではないかもしれませんよ?」


 メリンダさんが指し示す方向に視線を送り、言葉を失った。

 こちらに向かって緩やかな坂を上がってくるのは――およそ二十人のサングラス男だ。


「分身の術!?」

「この世界にクローニング技術は存在しません。ただの偽装でしょう」

「わ、わたくしも戦いますわっ!!」

「「無理です」」


 震えながら健気に擂粉木(すりこぎ)を握り締めるフリシーを、メリンダさんと二人でお父様とメイドさんが避難している地下室に押し込めドアを閉じ、私も戦闘態勢に入ろうとすると、メリンダさんに優しく押し止められた。


「相手の強さが計り知れません。真愛さんも地下室に入っておいてください」

「いいえ! 私は現役の冒険者です! 戦います!!」

「真愛さんは心が強いのですね……分かりました。ですが、私のサポートに徹してもらいます。貴方はまだ対人戦を学ぶ段階。そこは自覚してください」

「はい! 全力でサポートします!!」


 明るい時間からあんな人数で仕掛けるなんて……相手は国際問題になっても握り潰せると考えてるんだろうか?

 そうしている間に、外から爆発音が聞こえた。ラファさんだ!


「窓から顔を出してはいけませんよ? 手鏡で見なさい」


 もう家に取り付こうとしている男達が鏡に映る。

 数人は近くの屋根の上に居たけど、炎の鳥が覆い被さると一瞬で灰になった。


 私は炎が苦手だ――そのせいで魔術も上達しない。けれどラファさんの火炎魔術には、不思議と恐怖感が無い。

 それどころか、3Dで作られた映像を見ているのかと思うほど、幻想的な美しさがある。というか、火炎魔術で作る形状はイメージ投影であって、あの鳥も燃えてはいないんだけど……とにかく綺麗だ。


 屋根に焦げ跡すら残っていないということは、相手を障壁で覆ったのかな?

 あの一瞬で……【弄炎(ろうえん)茨姫(いばらひめ)】の火炎魔術――凄い!!


「家に取り付きましたっ!! 二人です!」


 同時に玄関のドアが吹き飛ばされた。

 外では何をしているのか衝撃音が響き、その振動で家が震える――



§



 遠くから爆音が響く――


 ラファね……派手にやってるなあ。

 向こうには彼女が居る。そして彼も向かっているはずだ。

 【外科医】が来なかったこの場所は、あたしが守りきる。


「悪いけど……終わらせてもらうわよ?」


 右腕を断てないなら、武器を取り落とさせるのは不可能だ。

 それは戦闘不能にするためには最悪の条件となる。

 男は更に速度を上げた。魔術を使わず近接戦闘のみで戦うスタイルは、お互いにとって幸運と言えるかもしれない。

 せめて最期は苦しまないように、一撃で仕留めたい。


 速度のある連撃を捌きながら、背後から鞘を飛ばして足を狙うと上に跳んで躱され、そのまま迫りくる二枚の鞘を強制停止。交差させて上からの剣を防ぎ、自身は飛び退ってから斬撃を放つ。

 男はまた跳んでそれを躱すが、あたしは斬撃を追う形で超加速して背後に回り、未だ空中にある両足を峰で打ち抜き、両足を砕いて使えなくした上で正面へ移動。半回転して首を刎ね飛ばす。

 そして向き直ると(おぞ)ましいことに、まだ剣を握ったままの右腕が、殺意を振るうべく動こうとしていた――

 あたしは男の左肩から袈裟斬りに上半身を切断する。


「たぶん通り掛かりに仕込まれたんだろうけど……巻き込んでごめんなさい」


 元々ロディトナという国自体が狂っていたのか、マーシャル商会だけがおかしいのかは知らないけれど……ここまで非道な行いをする人間を見たことがない。

 そんな狂気の裏に、事実として確定した部分がある――


「マーシャル商会は冒険者を、他国を、そして魔族を恐れていない……」


 嫌な予感しかしない。

 この世界では大昔、恐れを抱かなかった人類が半減させられたのだ……。


 遺体を子供達に見られないように焼却しながら、遠く南の空を見上げた。



§



 同じ格好の人間が二人並ぶのは、なんだか不気味だ――

 左手で私を制しながら、メリンダさんがサングラス男達に話しかける。


「そうまでして、私達を葬る意味があるのですか?」

「逆に訊くが、何故抵抗する? 借金苦から娘を差し出した愚かな親が姿を消したところで、別段珍しい話でもないだろう。それ以外に――何を知った?」

「どうやら常識の異なる世界からの客人のようですね……闇に手を伸ばせば破滅がその手を引くと理解しなさい」

「商会の国外進出には、表の力だけではなく裏の力も必要だ。殖財に(うつつ)を抜かした愚鈍な商人が、冒険者の助勢を得て可能な限り抵抗した挙句、敢え無く絶え果てる――それが世界に我々の力を周知せしめる契機となるだろう」

「それにしては規模が小さいですね。他国やランクS冒険者とも渡り合えると?」

「冒険者など脅威ではない。魔族相手に周章狼狽(しゅうしょうろうばい)していればいい」

「ですが、ここにランクS相当の人物は来ていないのでしょう?」

「この町にランクAが何人いようと、相手にならんからな」

「ランクAは各ランクの中で、もっとも懸隔が大きいのですよ?」

「なんの話だ? いくら話を引き伸ばしても、助けなど来るものか」

「来ます。凄く強い人が来ますから! だから今のうちに降参しろさいっ!!」

「あの……真愛さん?」


 白犀(しろさい)はアフリカとかに居るやつだよ……カッコつかないなあ。


 【外科医】本人が武器を持っているので、直接戦うみたいだ。

 片方はどうやって使うのかよく知らない棒状の武器。トンファーだっけ?

 もう片方は無手だけど、コートの内側に何かしらの武器を隠し持っている。

 喋ったほうが【外科医】本人なのかも、まだ分からない。


 メリンダさんは細身の剣、レイピアを抜いた。

 ルーさんが言うには『振らずに突くスタイルは屋内でも戦いやすい』らしい。

 私は短刀の二刀流だ。片手で振れる軽さだけど、そのぶん取り回しが利く。

 滝原さんのお師匠さんも二刀流と聞いて、ちょっと嬉しかった。


「少し様子を見ます。時間稼ぎすれば、他の方も来てくれるでしょう」


 片方の男が動く。――だけど、挙動がおかしい……なんかガクガクしてる。


「チッ、こうなるから大人の身体は面倒なんだよ……」

「その人に……魔王の骨を仕込んだのですね?」

「ヒト、か――そうあってくれればいいがな」


 サングラスの奥の目は見えないが、口元がニタアッと歪んだ。

 やっぱり普通じゃない。

 この人達……いや、この組織はいろいろと歪んでいる。


 挙動のおかしな男は、身体を回転させながら大量のナイフを飛ばしてきた。

 メリンダさんがそれを叩き落としたけど、普通のナイフに紛れて違う形の武器も投擲されている――


「真愛さん、後ろです!!」


 ブーメラン。それもV字型ではなく刃が三つ付いたタイプだ。

 私は背後から飛来したそれを、剣で叩き落として言った。


「後ろは気にしないでください!!」


 メリンダさんには正面に集中してもらう。

 外からも戦闘音が聞こえるけど、場所が移動している。撹乱戦術かな……。

 私は目の前の敵に集中しよう。


「冒険者など、やはりその程度か。そんな平凡な武装でいつまで(しの)げるかな?」


 よく喋るほうが本体で間違いないだろう。

 だったら私は挙動のおかしなほうを抑えなければ。


「家ごと吹き飛ばしてもいいんだが、馬鹿息子の要請でね。娘はもらっていく」

「させませんっ!!」


 メリンダさんが目で合図しながら本体目掛けて突っかける。

 相手の戦闘能力は定かではないけど、ランクA相当と聞いた。一対一では厳しいかもしれない。だから私はもう一人を早く(たお)さなければ。

 偽物なら、それほど強くないかも。


 ところが私はただのパンチで吹っ飛ばされ、部屋を区切る壁を突き破って、奥の部屋の壁に激突した――――咄嗟に下がったけど、速度も威力も予想外だ。

 偽物が追撃に来る。強く背中を打ったせいか、痺れて動けない。


「真愛さんっ!?」

「余所見していいのか?」


 霞む視界に鮮血が舞う。

 メリンダさんが背後から鉤爪で斬りつけられた。

 そのまま半回転して振られたレイピアもトンファーで叩き折られ、前蹴りを喰らってこちらへ飛ばされる。

 私がぶち抜いた壁の手前で挙動のおかしな男が回転を始め、その手にはナイフが握られている――メリンダさんが危ないっ!!


「や、やめ……」


 私がまだ痺れる身体を起こそうとしたとき――


「悪趣味だなあ。壁ママは俺がドンクイしてもらう相手だ。曲芸の相棒探しなら、演芸場に行ってくれないかな」


 滝原さんがメリンダさんを抱きかかえ、回転男が……両手を広げた不思議な姿勢のまま静止している。


「涼平さんは、どのような丼が食べたいのでしょうか?」

「それ『丼食い』! あとでベタボケ反省会な?」

「喜んで!」


 ラファさんが回転男を強制停止させてるんだ……私はこの戦いの終わりを感じて安堵しつつ、異世界言語での見事なボケツッコミに感心した。


「ラファ、頼む」

「はい」


 メリンダさんを預けられたラファさんは、息を吸って吐く間に治癒を済ませた。

 回転男は「ぐぎぎぎ……」とか言いながら、まだ静止している。


「すみません。私が付いていながら、真愛さんが……」

「死んだのか!?」

「生きてますよう!!」

「そうだな。よく頑張ったぞ、真愛」


 そんな会話をしてるあいだも、【外科医】はトンファーと鉤爪で連撃を繰り出しているのに、掠りもしない――まるで低ランク扱いだ。

 これがランクSを目指す冒険者の実力……凄い。


 そしてラファさんが、メリンダさんとこちらに来てくれた。


「真愛さんは打撲だけでしょうか?」

「え? は、はい」

「動けるからといって無理は禁物です。引き続き地下の警戒を」

「分かりました!! 行きます!」


 身体を治癒してもらった私は、メリンダさんと地下室へ向かう。

 階段を下りてドアを開けてもらうと――


 そこには何故か、知らない男の人が居た。

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