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053 異世界でも守られるお約束

 徽章(きしょう)を指差しながら門番さんに「緊急事態なので!!」と告げ、壁門を駆け抜けた俺は、眼前の光景に頭を抱えることになった。


 このパターンな……そこそこ面倒臭い展開だ。


 カールはゴドンさんに抱えられたまま、ギルドに入ったのだろう。

 高ランク冒険者の大半は草原から戻っていない。そして壁ママから事情を聞いている冒険者は、カールが何を訴えても無視するはずだ。

 その結果、事情を知らない低ランク冒険者だけが、何がなんだか分からないままギルドを飛び出し、対冒険者用の捕縛縄を手に立ち塞がっている。


「そ、そこのハゲ、止まれ!!」

「ランクAだろうと、犯罪は犯罪ですよ?」

「分かったら武装解除して投降しやがれ! このハゲ!!」


 俺、なんかこの人達の私怨を買うようなことしたかなあ……。

 問答している時間は無いので、ラファに教わった縛縄術で拘束する。

 「女性だけ亀甲縛りするなんて!?」「やはり変態!!」「走る精子!!」などと下品な中傷が飛び交う中、ナイーブでセンシティブな俺は涙目で先を急ぐ。

 あらぬHENTAI嫌疑をかけられてしまった……っていうか、「やはり」って言った奴!!


 カールは筋力も並以下の一般人なので、一人では何もできないだろう。

 だが、ヤブ医者を逃したのは失態だ。二ヶ所からあの嫌な気配がする。

 一方は停止しているので、俺は移動しているほうへ向かう。

 その方向は、行かせてはならない場所の一つなのだ。


 合図のために、黄色い煙が出る煙玉を空高く放り投げた――



§



 『明星(あかぼし)のともがら』まで来たものの、あたしは【外科医】がここに来ない可能性について考えていた。

 こんな明るい時間に、誰もが予想する場所に現れるだろうか?


 孤児院が最優先で狙われると考える理由の一つは、常に子供が居ること。そしてもう一つは……そこにある命の重みだ。

 この世界に限らず、人間は平等の(もと)での人生を約束されていない。

 権力者や高ランク冒険者の子供を狙えば、報復される蓋然性は高くなる。一方で孤児院の関係者は、怒りに任せて報復する力も、理非曲直の議論を捻じ伏せる権力も持たない。


 ならば、あたしが噛み付く牙と分厚い皮を持つ獣になってやる。

 不条理は、一度でも潰されるほどの重みだ――何度も耐えられるものではない。


 ――――ポンッ!


 不意に、気が抜けるような音が鳴った。見上げた空には黄色の煙が見える。

 一番有り得ないと思われていた、涼平の予想だ……。


「なにそれ……『昔の特撮ヒーローみたいに』って、当たりなの!?」


 あたしは引き続き警戒のため、ここを離れられない。

 だけど、彼が向かったならどうにかするだろう。

 不条理さえも軽く飛び越えてしまう――そんな気にさせてくれる人だから。



§



 スクールバス――は、この世界には無い。学童が利用するのも乗合馬車だ。

 家庭教師に学ぶ児童が多いため、広い町でも学校は少なく狙いを絞りやすい。

 俺がグラサン男の前に立つと、その後ろを子供達の声で賑やかな乗合馬車が通り過ぎていく。


「よう、ヤブ医者。骨怪人は通学児童を狙うのか?」


 他にも二つ、嫌な気配が動き始めた。こうなると眼前の男が本人かどうかは問題では無い。

 俺達は陽動もすべて潰すべきなのだ。他にも強力してくれる冒険者が居る。


「特徴的な容姿はそこに目を引き付けるためとは言え、一際目立つサングラスだ。多少の違いは判別できなくなるよな、ヤブ医者?」

「お、お前は……手を出し、相手……怒ら、せた……な、にもかも、失う」

「おいおい、動作不良になってるぞ? それ以前にやってることが小物なんだよ。ヤブ医者モドキ」


 次の面白道具は? などと楽しんでる暇は無い。何か仕込んでいる右手を肩から切断すると、重い金属を落としたような音が地面から響く。

 更にバッグを持つ左手の親指が不審な挙動をしたので斬り落とし、取っ手に妙なスイッチの付いたバッグを取り上げる。


 右手は銃――ではなく、鉄球を撃ち出す砲身のようだ。原理は気になるが、踏みつけてくの字に曲げておく。

 バッグは機関銃――ではなく大量の鉄球がばら撒かれるタイプの武器で、凶悪なことに開けたら飛び出す仕掛けもあったようだが、「カチン」という作動音が終わるより前に重力魔術で抑え込んで、装置ごと圧壊させた。

 俺はこの程度なら当たっても平気だが、もし一般人が開けてしまったら(むご)い姿になるだろう。


 「鉄球が好きなのか? だけど学校にこんなもの持ってきちゃダメだろー?」と言いながら持ち物検査をしている最中、モドキの左肘からいきなり棘が生えた。

 それ……なんの意味があるのか不思議だったやつだ。


「魔王の……遺骸からぶ、き、作った……き、貴様で……は……斬れま、い」

「どうやって加工したんだ!? そんなことより、そこしか使ってないのか?」

「っ!?」


 またか……なんでこう中途半端なんだ、この連中は。

 モドキは唸りながら緩慢な動きで回転して、肘打ちの要領で棘を突き出す。

 俺は屈んで棘を躱しながら足払いでモドキを転倒させて、左腕を掴んでその肘を地面に叩きつけた。

 肘の棘は地面を貫いたが、土の地面ではすぐに抜けてしまう。

 仕方ないので左腕も斬り落とそうとすると、どうやら上腕から魔王の骨だったようで、「ガキン!!」と高い音がして刃が通らない。――これほど頑丈なのか!?


「悪いが、これは回収させてもらうぞ」


 そう宣告したあとモドキに止めを刺してから手を合わせ、どこからなら斬れるのかを試す。

 誰かに見られたら、やはり『人の心を失った悪魔だ』と思われるだろうか?

 それでも、こんな取扱免許が必要になりそうな危険物を置いては行けない。


 肩より下はダメだ。鎖骨も怪しい。

 結果、とても他人にはお見せできない状態に……。


「俺もいつかは簡単に解体出来ない生物になるんだろうけど、こういう使われ方は勘弁してほしいな……」


 現場をあとにする前に、残りは高温で焼いて灰は一纏めに圧縮しておく。


「【掃除屋】の構成員は、本当にこの世界の価値観の中で暮らしていた人達なんだろうか……」


 冒険者を忌み嫌うだけでなく、子供を手にかけることすら(いと)わない。

 理由を知るには手掛かりが少なすぎる――今はそれどころではないのだ。


「ルー、ごめん。そっち行っちゃったわ……」



§



 もう一度間抜けな音がして、青い煙が上がった。

 グラウンドからそれを見上げ、思う。


「青空に青い煙って、バカじゃないの? 考えたのは……ああ、涼平ね」


 納得している場合ではない。青は想定通りということだ。

 つまり――


「来たわね! 【外科医】」


 けれど、聞いていたものとは容姿が違う。見た目は完全に普通の冒険者だ。

 更に様子がおかしい。グルルルと犬のように唸り、口からは涎を垂らしている。

 目は焦点が合っておらず、どこを見ているのか分からない。

 これは――――


傀儡(くぐつ)にされた冒険者っ!?」


 子供ではなかっただけマシだけど、元となった冒険者はランクB。気を抜けない相手だ。

 男は唸りながらブロードソードを振り回す。

 問題は、骨だ――


「斬れるのかしら? あたしの刀で」


 試しに分割した鞘を飛ばして足を狙うが、意外に軽快な動きで躱される。

 その間に急接近して右腕を斬り落とそうとすると――やはり使っている!?

 刀の強度、速度、膂力(りょりょく)、魔力……斬るために必要な要素がすべて足りていない。 無理をすれば刀が砕ける。実際に体験すると、聞いていた以上の衝撃ね……。


「だけど約束しちゃったからね。勝つわよ?」


 相手に意識があるのかも分からない。元の強さに仕込まれた骨……難敵だ。

 傀儡にしたところで操れるものなのか疑問だったけれど、相手の様子を眺めるにつれ、ラファの仮説が検証されていく。


「やっぱり魔王の骨には、精神への侵食作用があるのね……」


 男は(あらが)っているようにも見える。それでもあたしへの攻撃は止まない。

 魔族の特性である『人間を見たら襲いかかる』という部分が、男の意識を喰っているのだ。骨と化しても収まらないほどの怒りなのか……。

 気絶させて済むとは思えない。侵食部分を切り離さない限り、意識を失っても、たとえ心臓が停止しても、止まらずに襲いかかってくるだろう。


「ごめんなさい……あたしはあなたを救えない」


 ラファならどうだろうか? だけど今は、躊躇(ためら)っている場合ではない。

 あたしの後ろには子供達の避難所がある。

 他の冒険者にも警護してもらっているけれど、万が一もあってはならない。

 男の剣は大振りに見えて速く、人間には不可能な挙動で切り返す。

 時折、筋肉の断裂する音が聞こえる。放っておいても自壊するだろう。


「つまり……そういうことか……」


 もし、眼前で壊れていくのが幼い子供なら、取り乱さずに戦える天人ばかりではない。怒りで魔石が暴走してしまう可能性もある。なんて悪辣な術計を……。


 足は元の身体のままだ。踏み込んで間合いを詰める速度は、人外の領域に達しておらず、リーチの差を埋めるだけの速度が足りない。

 よく知っている――これがランクBのレベルだ。

 そして、あたしが足踏みしているあいだに、涼平が軽々と通り過ぎた領域。

 彼は既にランクSの領域へと歩を進めている。あたしも人外の領域に踏み込まなければ、ランクAに昇格しても停滞を続けるだろう。


 彼なら躊躇わず一瞬でケリをつける。バカなのに瞬時の判断は的確だ。

 大太刀という槍でも戦斧でもない特殊な間合いの武器で、連携しやすいと感じる冒険者に初めて出会えた。きっと彼は数手先を読む能力にも長けているのだろう。

 だけど、頼ってばかりではダメだ――肩を並べなければ、背中が遠ざかる。


 そんなことを考えながら、間合いをとって剣を捌き、今更気付く。


「【外科医】が来ないなら、これも時間稼ぎと戦力分散か!?」


 自壊を待ってる場合ではない。

 こうまでして【外科医】が目指す場所は――――

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