050 テアムルトのランクS
【メトゥス・ゼロ】は広大な島だが、そのほとんどは物資運搬のためのスペースに使用され、人が立ち入れる場所も限られていて、島の核となる魔石が収まっている場所など、立ち入り禁止箇所へ侵入した者は、たとえ一国の王であろうと島からポイされるらしい。
俺はポイされても死なないが、一般人や低ランク冒険者なら助からない高さだ。
そして高ランク冒険者は、先程の俺のように常時監視対象となっている。
「ゴドンさんか……厳つい名前だなあ」
俺が探すのは警護担当の冒険者だ。
一般人と冒険者なら冒険者のほうが、徽章、使用武器、服装などの特徴の変化が少ないぶん見付けやすい。
ゴドンという名の冒険者の、特徴が書かれた紙を眺める。
――ランクB、三十二歳、背は約百九十セマ、茶色の短髪で三白眼、右腕に翼の生えた女性の入れ墨、茶色の軽甲冑、武器はブロードソード、好みのタイプはブルネットの褐色肌、掌サイズのお椀型――
特徴の塊みたいな人だな。あと、最後の情報は必要かな……いや、自己申請って可能性も……。
しばらく探すと、それっぽい――というか本人そのものの冒険者を発見した。
「あの、リールベムトギルドから派遣されたゴドンさんですか?」
「おう、そうだが。あんたは?」
「ハシャートクギルドから派遣された、滝原といいます」
「ああ、降下補助か……ご苦労さん。しっかし若いのにランクAかよ」
普通のリアクションだ。見た目ほどオラオラ系ではないのかもしれない。
俺は依頼書を見せて請負主であることを証明してから、ゴドンさんに尋ねた。
「カール・マーシャルさんはどちらに?」
「勝手にウロウロすっから困ってたんだよ……あんたも気を付けろよ?」
「警護の意味が無いのでは?」
「いや……これはここだけの話な? ――もう一人いやがるんだよ」
知ってるけどね。
ゴドンさんが言うには、昼でも夜でもずっとサングラスを着けた不気味な男が、一定の距離を維持したままカール・マーシャルを監視しているらしい。
ついでだから質問しておこう。
「他に連れっぽい人はいませんでしたか? 子供とか」
「子供? 居ねえな。ずっとあいつ一人だ」
「大きなバッグは常に携帯してますか?」
「いや、移動時以外は宿に置いてるんだろうよ。一体なんの話なんだ?」
「すみません。ちょっとこちらで耳にした噂があったものですから」
「ふーん……あんま首突っ込むなよ? あんた強いのかもしれねえが、アレはまた特殊な奴だろうからよ」
「そうですね、ありがとうございます。よかったらこれを」
そう言って俺は、ゴドンさんの手にいくらかの金を握らせた。
『お互いこれで不要な会話は終わり』という意味だ。
そんなやり取りを、サングラスの男が遠くからじっと見ている――
「積み下ろしも手伝ったんなら、今のうちに休憩しとけよ?」
「はい。それではまた後程」
俺はゴドンさんから聞いた再合流の場所を、一応見ておくことにした。
テアムルトの町は当然ながらこれまでの町より規模が小さく、一番大きな建物が国際銀行本部。次がテアムルトギルドで、それ以外は宿屋と商店や飲食店がちらほらある程度だった。娯楽施設は子供向け大人向けを問わず、存在しない。
「こんなとこで長期間警護を務めるのも凄いことだなあ……」
「そうだろ? もっと褒めやがれ、涼平!」
「うわっ!?」
颯波さんだ。
ハシャートクまでの道程の中で、もっとも広い草原地帯を抜けたとはいえ、仕事はいいのだろうか……。
「しばらく西側には積み下ろしはねえからな!」
「それでも、警戒は必要なんじゃないですか?」
「警戒は常にしてるっての。今んとこ半径五十キマ内に脅威はいねえよ」
「五十キマ……そういった探知能力って、どうやって鍛えたんですか?」
「東の大陸じゃ難しいな。中央大陸に行きゃあ嫌でも鍛えられるぜ?」
やはり魔族の脅威度の差かな? 師匠も「これでは修行にならん」って、ずっと言ってたもんな……。
俺も探知能力の足りなさは痛感している。もし魔剣【ブルレスケ】を入手できたなら、次は中央大陸に向かわねば。
「お前さんも、あっちに行くんだろ?」
「それがちょっと用事があって、東端のエイネジアまで行くんですよ」
「逆じゃねえか!?」
「今回は降下補助の仕事で乗り込みました。終わったらまた東に向かいます」
「――ってこたあ魔剣か。あいつぁ厄介だぜ? 頑固者だからな」
「えっ!? 元の冒険者をご存知なんですか?」
「ああ。多くは話せねえけどな……あいつに怒られっからよ」
「詳しいことは本人から聞くので、構わないですよ?」
「ははっ! 本人から聞くってか? お前さん、楽しみだなそいつは」
「楽しみ? 颯波さんがですか?」
「あいつがどんな反応すっかだよ! 分かった。俺からはなんも言わねえ。ただ、あいつに会ったらよろしく言っといてくれ」
「はい。俺も楽しみにしときます!」
それから日本についての雑談をしていると、女性の声が飛んできた。
「颯波さん!! 何またサボってるんですか!」
声の主は、三十代前半ぐらいのランクS冒険者だ。
ゆったりとしたウェーブで肩の下まで伸びた亜麻色の髪に、ラピスラズリの瞳。そして、たわわ系美女だ。
「お知り合いですか? ということは――」
「おうよ。こいつも『テアムルト』の警護をやってる。まだひよっこだけどな」
「レイチェル・セネットよ。よろしくね。そんなことより颯波さん!」
「分かってるっての。お前さんの声はキンキンして脳に響くんだよ」
「俺のほうこそ、お仕事邪魔してすみませんでした」
「お前さんはいいんだよ、涼平。うるせえのはこいつなんだからよ」
「もう! 私が悪いみたいじゃない!! そんなことより、『変なの』は見付かったんですか?」
「ああ、居るんだけど居ねえな。今は」
「『変なの』とは?」
「一応機密事項なんだけどな。こいつが喋っちまったから、あとでお仕置きだな」
レイチェルさんは「ひっ!?」と小さな悲鳴を上げ、胸を押さえながら後退った。
颯波さん……地球だったら裁判で敗訴確定だぞ。
「ロディトナから『変なの』が乗ってきやがったんで、正体を探ってたんだが……居るんだが居ねえんだか分かんねえんだよ、これが」
「それ、俺も心当たりがあるんですけど」
「おう、そいつぁいいな。で、正体はなんだ?」
「私も興味あります。颯波さんが分からないなんて、よっぽどですから」
俺はハシャートクで壁ママから聞いた内容を手短に話し、ほぼ確定であろう仮説を伝えた。
「子供の身体を用いた傀儡――そいつに魔王の骨を使っている可能性……か」
「【外科医】が持ち運んでる大きなバッグ、そこに骨が隠されているはずです」
「だけど、過去にはバッグの中も確認されたんでしょう?」
「捜査の対象は人体、または人形になるので、それ以外は見当を付けていなかったのかもしれません」
「一体どうやってバッグに……二重底ぐらいなら見付かるでしょう?」
「俺達は辿った順番が逆なんですよ。『どこに入れているか?』ではなく、『空のバッグで何を運んでいるのか?』と考えて浮上したのが、骨だったんです」
――といっても、思い付いたのはラファだけど。
「何かを入れるためではなく、そもそも骨を運ぶための構造ですか……」
「ってこたあ、馬鹿でかい鞄の骨組みとして入れてやがるのか……居るんだか居ねえんだかってあの感じは……人間との距離か?」
「なるほど……その可能性はありますね。魔王は骨になっても強い怨念を残しますから。人間との距離が近いほど、その反応が強く出ると考えられます」
「そうなんですか? よくそんな物騒なもの持ち歩けるなあ……」
「それを精神侵食の容易な子供の身体に組み込んで使う――――胸糞悪い奴ですね殺しましょう!」
レイチェルさんは、知識と分析力に長けているのに直情的で、どこかラファに似た雰囲気のある人だな。
「レイ。この件は涼平に任せとこうぜ?」
「魔王の骨を盗んだ時点で厳罰対象ですから。もし彼が確保に失敗したら犠牲者が増えるだけでなく、責任問題にもなるんですよ?」
「俺達が推理したわけじゃねえのに出張るってのもな。それに俺ぁこの小僧は失敗しねえと思ってるぜ」
「ありがとうございます。失敗したら揉んでくれていいですよ!」
「それどころじゃ済まねえよっ!」
「えっ!?」
俺が胸を押さえると、何故かレイチェルさんも同じポーズをとっている。
「そういう意味じゃねえよっ!?」
この二人にまで迷惑はかけられない。骨はきっちり回収しなければ。
一方、グラサン男はランクS二人の【鳴弦】によって近寄れず、今は遠く離れた場所に居るらしい。やはり凄いな……ランクSは。
「常時【鳴弦】飛ばしてる傍で、平然としてるお前さんも大したもんだぜ?」
「それって魔獣避けのためですか? 俺は師匠で慣れてますから」
「ランクSの幻獣はそれでも突っ込んできやがるぜ? しっかしお前さんの師匠か……会ってみたいもんだな、そりゃ」
「残念ながら……無理でしょうね」
「亡くなったのですか?」
「そんなこと言ったら俺が亡くなります!! 人間嫌いなので……他人とは会わないんですよ」
「それが嘘だってこたあ分かるが、いろいろ事情があんだな?」
「そこは分からないでほしかったよ!!」
「ははっ! まあ世の中いろいろあっからな!」
「いずれにせよ、私達は任期を終えるまで降りられませんからね?」
「さあ、持ち場に戻りますよ!」と、レイチェルさんに引き摺られる颯波さんに手を振って別れ、俺はテアムルトの宿へ移動する。
やはり気付く人は気付いていたんだな……あの違和感に。




