049 月例冒険者運動会
「それで、ルーはこれから『明星のともがら』に行くのか?」
「いいえ。また四日後に行くことになるし。子供は敏感だから、頻繁に顔を出すとなんとなく『おかしいな』って感付くと思うのよね」
「当面は私の方で、さりげなく警備強化の方法を提案しておきましょう」
「お願いします、メリンダさん」
「あの……この本にサインをいただけますか?」
唐突にそう言ってラファが差し出したのは、愛読書である『ノスタルジア』の、『地球の妖異特集号』だった――
「なんで!?」
「狐の妖怪についての考察が、とても興味深いものでしたので」
「それとメリンダさんが、どう繋がるんだ?」
「『ノスタルジア』と『フォックス&ストーク』の総監修をされている方です」
「えっ? マジで!?」
「あら。読んでくださったのですね」
それなら俺も訊きたいことが……というか、そんなのばっかりだな。
興味の塊であり壁ママでもあるロール子ママだが、ここへ長閑な雑談をするためにやってきたわけではない――事態は深刻だ。
今日のところは好奇心と壁欲を抑えて、ルーと真愛に家まで送ってもらった。
家で待っているロール子も、早く二人に今後の計画を話したいだろう。
その日から【メトゥス・ゼロ】が近付くまでの数日間、ラファに監視されながら壁ママと親睦を深めつつ、マーシャル商会の関係者がハシャートクで不審な動きをしていないか調べてみたものの、捜査の素人が出入りの激しい町で不審者を探し出すのは困難で、何も掴めないまま【メトゥス・ゼロ】通過前日となった。
そして現在――――
俺は遠くの空から飛来する、巨大移動型浮遊島との距離を縮めつつある。
そもそもロール子パパは、お迎えの仕事なんて依頼してる場合ではないのだが、真愛から連れがランクAと聞き、ロール子を守ってくれる人物を繋ぎ止めておくために、物資の積み下ろし以外の依頼を俺達に割り当てたのだ。
こちらが経緯を知った以上、双方合意の上で依頼の取り下げも可能だが、個人的に相手を見ておきたいので、俺が単独で行くことにした。
他にもロール子パパの依頼を受けた冒険者が居るので、その補助も行う。
残る三人は壁ママと一緒に町で待機してもらっている。
正午を過ぎた頃、広大な草原には総勢百人以上の冒険者が集まり、依頼主の荷物を積み上げるために確保した場所から、東の空を見上げていた。
「宇宙戦争の戦艦だな、これは……」
【メトゥス・ゼロ】こと、独立都市国家『テアムルト』――
縦最長部が約四千マト、横最長部が約ニ千六百マトの移動型浮遊島。
上空を通り過ぎるまでの数分間、大地は闇に覆われる。
その側面で行われる物資の積み下ろしは豪快そのもので、ランクB以上の冒険者が担当する。
まず、『下ろす』作業は着地誘導されるものと投擲されるものに分かれ、前者は旗の立った目標地点に静かに下ろされるが、後者はそのままだと地表に激突して破損してしまう。
地上班の主な仕事は後者が地面に激突する前に止める作業だ。予め色分けされたコンテナが空から降ってくるのを、それぞれの冒険者が重力魔術で止めたり地表に到達する前にキャッチしたりする。一般人や低ランク冒険者なら即死だ。
コンテナはキャッチする色の判別が容易なように、赤、橙、青、緑、黄、茶、紫の七色に色分けされ、落下時に影となる底面が光魔術によって発光する様は美しいが、ぼーっと見惚れていたら潰されて死ぬ。
色の数が依頼できる件数の上限で、空きができた色から次の依頼者に割り当てられる。
大きさは各辺最大五マト以内。重量軽減の魔石が使われているため、見た目ほど重くはない。
巨大コンテナが上空から落下してくる様は、さながら地上への質量攻撃だ。地上班は自分が担当する色のコンテナをキャッチして、所定の場所に積み上げていく。
俺も指定された色である青色のコンテナを適宜キャッチしていたのだが、同じ色を確保していた仲間が一つ取りこぼしそうになったので、止めてあげた。
「空から落とすのに空色ってどんな冗談だよ。もっと暗い色にするべきでは?」
「だから青は『ハズレ色』って言われてんだよ」
「普通に考えれば分かりそうなもんだろうに……考えた奴はバカなのかな?」
そんな話をしているところへ青色のコンテナが猛スピードで飛来する。俺は地表に激突する前に慌てて魔術で停止させた。
「まさか今の会話聞いてたのか? 距離と速度!?」
「有り得るぜ? 上から落とすのは【メトゥス・ゼロ】所属の冒険者だから」
「自覚あるなら色変えろよーっ!!」
叫ぶ俺を目掛け、また猛スピードで飛んできた。今度は二つ。
「仕事に私情持ち込むなよーっ!!」
飛来したコンテナの側面に張り紙があり、『上がバカなんですーこっちは真面目に仕事してるんですー』と書いてあった。……余計な仕事まで早い。
この場で渡される荷物は一通り投下し終えたようで、次は『上げる』作業のために、冒険者は【メトゥス・ゼロ】を追い抜いて進行方向にある集積場へ走る者と、居残り組に別れる。超人運動会も後半戦だ。
『上げる』作業は逆に、【メトゥス・ゼロ】を目掛けて地上から魔術によって飛ばされたり膂力で投げられた荷物が空を舞う。
側面直下からでは目標地点が見えないので、やや距離を置いた斜め下からの投擲になる。島の作業員も大変だが、地上組も距離と精度を求められる作業だ。
俺も指示されたポイントから重力魔術でコンテナを浮かべ、目標地点となる旗が空に浮いている場所の直下を目掛け、軌道と速度を制御する。やったことはないがゴルフみたいだ。
積上申請された色の旗が百メートルの間隔を空けて浮いていて、各々指定された色の旗を目掛けて飛ばしておけば、あとは島側の担当者が着地位置を調整して綺麗に積み直してくれる。
集積スペースが限られているぶん、島から落とすよりも丁寧な作業だ。
運動会の玉入れのように雑然とした投入ではなく、一つ一つ軌道修正しながら正確に投じられ、荷物を損壊させたり投入場所を間違えるような冒険者は居ない。
地球人の感覚からすれば無茶苦茶な方法だが、こちらの世界では魔術操作による荷物の上げ下ろしなんて日常風景だ。
そういった魔術操作が可能な高ランク冒険者は、島にも地上にもそれなりの人数居るが、中には島と一緒にヴィスティードを一周しながら稼ぐ人も居るらしい。
魔族と戦うのに比べれば命の危険が少ない仕事なので、高齢者や妻帯者も多いようだが、そうなると冒険者というより運送屋が本業かもしれない。
俺の年齢で積み下ろし作業に参加する冒険者は珍しいようで、作業中にもいろんな人から声をかけられた。
「あんちゃんが【疾走する諧謔】ってのかい? 頑張りなよ」
「よう、【疾走する諧謔】!! 会えて嬉しいぜ!」
「なかなかやるじゃん。【失速する科学】!」
帰りたくなってきた……。あと最後の奴は元日本人だろ!?
積み下ろしが終わると次は島に乗り込むため、地上に残る人とはお別れだ。
島からは縄梯子など降りてこない。島の後方に固定されている直径十~二十マトほどの浮遊岩が十数個あり、それぞれが開放されると地上五十マト~四百五十マトの本来の高低差となり、ロープで牽引される。
冒険者は、その浮遊岩を階段のように利用して島まで跳んでいったり、あるいは地上からダイレクトに島まで跳ぶ、飛ぶ――など、自身の能力で到達可能な方法で島へ上がる。
その際、不審者や敵対行動を目論む者は排除されるが、ルー曰く『どのように識別するかは秘匿されている』らしい……ただの勘だったりして。
ふと俺は、あの後ろで引っ張られている多数の浮遊岩に既視感を感じた。
「あの浮遊岩は……あれだ、外国で結婚式後に夫婦が乗りこむ車の後ろに、なんかガラガラ付いてるやつだ」
俺は師匠の島まで上がれるので、その半分の高さなら楽勝――と思っていたのだが、時速約五十キマで飛行する島に上がる感覚は、また違うものだった。
真上ではなく斜め前方に上がらなければ、感覚が狂うのだ。
ランクAでもガラガラから上がっていく人が多く、地上から直接跳躍して上がる冒険者は少ない。
師匠との修行の日々を嘲笑われているような悔しさを感じた俺は、意地でもガラガラルートは使わない。
大気中に壁を作って蹴る力の制御よりも、島周辺の大気の乱流と進行方向からの空気抵抗の攻略が鍵だと気付き、コツが掴めると島の横を同じ速度で前進することも可能になった。
「そこの小僧! 乗らねえんだったらはたき落とすぞっ!!」
気持ちよく空を並走していると、少し嗄れた男の声が耳の傍で響いた。
飛んでる島から跳んでる人間に声を飛ばすのだから、それだけ緻密な魔術制御が必要になる。
感心していてもはたき落とされるだけだ。とりあえず島に降下すると、着地地点に初老の男性が立っていた。
作務衣のような服装で、腰には白鞘の長脇差を佩いている。どこからどう見ても日本人だ。
「お前さんか? また随分と若えな? そんでもって日本人か?」
「畳み掛けないでください。『俺、日本人。跳んでた、俺』」
「なんで日本語がカタコトなんだよ! 面白えなお前さん。名前は?」
「滝原涼平です」
「涼平か、いい名だ。俺は颯波義一郎。島の左岸の警護担当だ」
「さっぱさんですか。珍しい名前ですね」
「覚えやすいだろ? いいかお前さん。もし上から降ってきやがったら問答無用で撃墜される。そいつは頭ん中に入れとけよ? そんじゃまたな!」
行ってしまった……そういえば、上からはアウトだったな。
なんか久しぶりに日本語で喋った気がする。
師匠は変な口調に拘る言語変換マニアだし、せめて真愛と話すときぐらい日本語を使いたいのだが、彼女は何かに怯えて日本語で話そうとはしない。
一体何に怯えているんだろうなあ…………まったく。
さて、あらためて『招かれざる客』を探すとするか。




