048 用法用量を守って正しい壁ドンを
お好み焼き屋を出た俺達は、話を終えたロール子と再合流するために、宿へ戻って待つことにした。
ところが、宿の受付の前で俺達の帰りを待っていたのは――――
「メリンダさん!?」
「ごめんなさいね、ルー。貴方達とお話がしたくて、フリシーは帰らせました」
この人が? 俺とラファは初対面だ。
金髪縦ロールのお母さんだし、きっとゴージャスドリルなのだろうと予想していたのだが、同じ金髪のウェーブヘアでもボブカットだし服装もユニセックス系で、どちらかと言えば、壁ドン顎クイしてほしい系の美しい女性だった。
「そこの僧侶の方が、このパーティーのリーダーでしょうか?」
「僧侶? ああ、頭か。そうです、俺が代表者のようなものです。ここじゃなんですし、部屋へどうぞ」
「そうですね。では、お邪魔させてもらいましょう」
俺とラファの部屋に招き入れ、全員で話を聞く。
「それで、話とは?」
「フリシーを守ってあげてほしいのです」
「はい。他には?」
「随分簡単に引き受けるのですね……訊きたいこともあるでしょう?」
「相手は誰ですか?」
「カール・マーシャルはどうでもよいのですが、彼に同行している男が危険人物なのです……マーシャル商会の厄介事を処理する裏組織――【掃除屋】と呼ばれる集団に所属するその男は、【外科医】と呼ばれているようです」
「犯罪者ではないのですか?」
「【外科医】が直接手を下すのではなく、他の『何か』が実行犯らしいのですが、調査に向かった者が生還せず、断片的な情報しか得られていません」
「フリシーのために、メリンダさんは独自にそこまで調べていたんですね」
「昔の伝手を頼ったのですが……『国家ぐるみの案件』という結論から、個人主導での調査は打ち切りました」
【外科医】か――不気味な二つ名だ。あの違和感と関係ありそうだな……。
ただ、情報が新たな疑問を生み出す。
犯行の目撃者が居ないのは何故だろう……暗殺専門か、隠蔽されてるのか?
「【外科医】と呼ばれる男は、姿を見せているんですよね?」
「はい。『冒険者ではないのにランクA相当の戦闘力があり、常に大きなバッグを持ち運び、夜でもサングラスを外さない不気味な男』だそうです」
大きなバッグなら『何か入っている。または入れる』と、誰でも考える。
ところが【外科医】が何をしていたのかは、誰にも分かっていない……。
そこでラファが問いかける。
「人形の目撃情報はありませんでしたか?」
「人形ではありませんが『子供を見た』という確度の低いものと、『【外科医】が現れた付近では二つの事件が同時期に発生する』という情報はあります。度々子供の失踪事件と重なるようです」
「子供……もし事実なら、一番考えたくなかった事態ですね……それは」
「り、猟奇事件じゃないですか! 恐いです滝原さん!!」
「真愛、落ち着け。真愛も小さいが、バッグには入らないんじゃないかな?」
「いえ、人間でも入りそうなサイズで――なるほど、そういうことですか……」
「子供、人形、バッグ……それでもまだ、完成図にはピースが足りないわね」
「抜け落ちているピースが、実行犯の正体に結び付くものなんだろうな」
そしておそらく、俺の感じている違和感の正体だ。
「でもでも、冒険者じゃないならどうやって強くなったんですか?」
「おそらく野良冒険者なんだろう」
「捨てられたんですか!?」
「ギルドを介さずに魔獣狩りしてる冒険者のことよ? 真愛ちゃん」
真愛は『自分がそうなるかも』と思ったのか、怯えている。……捨てないから。
旅の途中で出会ったハヤルワ君も変な奴だったが、個々の野良冒険者の事情には興味が無いので好きにすればいい。ただ、マーシャル商会が作った【掃除屋】などという馬鹿げた組織は、興味以前に脅威と考えるべきだろう。
だが、それ以外にもまだ疑問はある。
ルーも俺と同意見のようで、壁ドンママに尋ねた。
「それで、メリンダさんはどうされるんですか?」
「どう……とは?」
「【メトゥス・ゼロ】関連でお忙しいとは思いますが、そんな状況の中で普通に仕事をするんですか?」
「そ、そうですね……夫の借金であろうと家庭の問題ですから、少しでも働いて返済に充てなければなりませんので……」
「えっと、どうしてフリシーだけが危険と判断したんですか?」
真愛の疑問は尤もだ。『ロール子以外は安全』と判断するには、確定情報が少なすぎるので、縁談相手がどんな人物なのか壁ドンママに尋ねると、独自に調査していたというマーシャル家の情報を語ってくれた。
縁談相手であるカール・マーシャルとその父親は、ロディトナの裏社会でも特に女性関係で悪名の高い人物らしい。……またその手合いか。
気に入った相手を強引な方法で我が物にするだけでなく、マーシャル家の邸宅へ招待された女性達はそのまま戻らず、どうなったのかは想像の域を出ない。
親族や友人は、権力に屈し慨嘆するだけの弱者ばかりではないが、女性を帰すよう求め食い下がった人達は、『事故のようだ』『魔獣に襲われたらしい』といった不確かな要因によって、非業の最期を遂げるという。
『そのような横暴が罷り通る道理は無い』――誰だってそう思う。
ところが現在のロディトナは、事実上マーシャル家が牛耳っている状態らしく、個人が安易に首を突っ込めば、自らの危険だけでなく国際問題へと発展する。
そのため、ハシャートクギルドから国際ギルド連盟に上申し、介入を待っているのが現状――――という話だ。
ほぼ魔族みたいな人間の話を聞いて、俺は欧州で中世から近世へと区分が変わるややこしい時代の、バートリ・エルジェーベトという人物の話を思い出した――
犠牲者の無念を思うとやりきれない。
「予想外に規模の大きな話だったんだな。国まで巻き込んでいるとは……」
「ロディトナ……遠いですね」
「ラファ、待っていれば中心人物がこっちに来るだろ?」
「いえ、壊滅です。【掃除屋】もろとも一掃しましょう!」
ラファは間違っていないとしても、危うい情動の持ち主だ。
力があれば国一つ滅ぼせてしまうからこそ、俺達は足元を見つめなければ。
「ラファ、気持ちは分かるが、俺達にとって衝動的な感情は足枷になる」
「はい。涼平さんが最強の魔王と化して子育てを放棄したら、妻の責任です」
「えーっと……ハードル多いなそれ!?」
思ったより軽い気持ちで言ったようだ……別の意味で恐いけど。
俺達のくだらない会話を、慈しむような眼差しで見ていた壁ママが言う。
「滝原さんは古い友人に少し雰囲気が似ていて、懐かしい気持ちになります」
「日本からの転生者ですか?」
「日本人ですが、転移だったので一週間ほどで地球へ戻られました」
「この世界に一週間ですか!? 大変だっただろうなあ……」
「みなさん楽しそうにしておられましたよ? 私にとっても素敵な思い出です」
「あ、それ私の先生かもです!! 英語の先生なんですよー」
「マジで? 身近に当事者の関係者が!?」
「でしたら真愛さんには、後程ゆっくりとお話を聞かせていただきましょう」
俺も聞きたいんだけど……今ここでするべき話ではないな。
「すみません。大事な話をしてるときに脱線させてしまって」
「いいえ、こちらこそ。フリシーには、本当にいい友人ができたようですね……」
「壁ママ。遠い目してる場合じゃないですよ? これから忙しくなります」
「あの……壁ママってどなたでしょうか?」
「あ、脳内妄想が漏れちゃったみたいですね……『凛々しいお母様に壁ドン顎クイしてもらいたいな』とかそういうあれですので、気にしないでください」
――ドンッ!!
ラファだ。――でも、足でやるのはマナー違反だぞ?
「フリシー……友人は選びなさいとあれほど……」
話を本線に戻す――真愛が感じた疑問は、他の疑問と一緒に漏斗を落ちるように一本化された。
おそらく壁ママと借金パパは、自分達の身に危険が及ぼうと、娘だけが助かればいいと考えているのだろう。ここ数日の両親の行動と言動は、すべて娘を守るためのものだ。
ロール子が俺達を発見したのは偶然かもしれないが、真愛がティルス家を訪れて以降は、俺達の存在がロール子の今後を左右する決定的要素になった――
おそらく借金パパの厳しい態度も、ロール子の反発心を煽るためだろう。
ラファと同じく天人の娘なのだ。才能が無いとは思えない。
ところが、情報を整理していく中で、もう一つ重要な問題が浮上した。
『明星のともがら』の子供達が狙われる可能性もあるのだ。こうなると、相手の出方を見てからの迎撃が最善か……難しいけど。
「メリンダさん、あたしは『明星のともがら』に行きますからね?」
「えっ!?」
「なんでキミが反応してるのよ!?」
まあいいか。どうせ行ったことはバレるし、お互い様だもんな。
そんな俺達の会話を聞いた壁ママは、一層沈痛な面持ちになった。
「私は本来、助けを乞えるような立場ではありません……娘が自らの夢を実現させるために、あれほど入念に計画を立てて進もうとしているのに、その助けになってあげられないなんて……」
「それで、仕事の合間に現役時代の感覚を取り戻そうとしていたんですか?」
「っ!? ……それは……どうして?」
「それほど娘さんのことを愛しているのに、長らく家を空けて何をしてたんだろうって疑問と状況を総合して、そうじゃないかなーと思っただけです」
「メリンダさん――今回は相手が悪かっただけで、お父様は家庭を蔑ろにしていたとは思えないんです。きっとまた立ち上がれます! あたしは止められたって警護に向かいますからね?」
「そうだな。相手の手口から考えて、最初に子供が狙われる。ただ、ロール子一家が全員危険なのは間違いない。相手が初手をしくじった場合の動きも想定しておくべきだろうな」
すると壁ママが、再び首を斜めに傾けて言う。
「あの……ロール子ってどなたでしょうか?」




