046 西部劇で流れてたっけ
断絶の大海を越え、ようやく大陸の端っこが見えてきた――
魔族に滅ぼされた東の島国、ジィスハは避けて通ると聞いて、警戒を緩める。
冒険者をやって二十年を超えるが、【メトゥス・ゼロ】での旅は初めてだ。
残念ながらこいつは仕事で、御守りの相手がアレってのがなあ……。
「フリシーハァハァ……まだ着かないのかい? 空の上は落ち着かないなあ」
「別の理由で落ち着かないんじゃねえのか?」
「まったく無粋だな冒険者ってやつは。ボクの恋心は既にハシャートクまで届いているというのに!」
「そんじゃあんたはここで降りるか?」
「意味を! 理解したまえよ!! ゴドン、あんたはその歳でランクBになるまでの長い時間に、詩の一つでも嗜んでおかなかったのか?」
「そんなもんで飯が食えるかよ……」
つまらない警護の旅もあと少しで終わるが、ロディトナに戻るまで報酬は受け取れない。ギルドに依頼主のサインが入った完遂証明書を渡して、ようやく全額報酬が得られる契約になっている……面倒臭え。
帰りは東回りルートで危険な断絶の大海越えになる――どれだけ報酬がよくても請けない冒険者が多い所以だ。
この面倒な仕事が終われば、しばらくは西の大陸を離れてのんびり暮らせる。
西の大陸にある二つの国に来る馬鹿どもは、上っ面部分しか知らない。
どちらも冒険者を兵器程度に考えて、対人兵器なんぞ開発してるバカどもだ。
何より、魔族の真の恐ろしさをまるで分かっちゃいない――
まだ人類が主導権を掌握できると思ってやがる。
「そんなに険しい顔してないでさ。あんたも町に降りてお役御免になったら、女ぐらい抱くだろう?」
そりゃそうだ。それでもお前みたいな悪趣味とは違うんだよ。
カール・マーシャル、十八歳――こいつの父親も昔から悪い噂しか聞かねえが、狡猾な野郎だ。尻尾を掴ませないように悪さをしていた。
だが、このガキは違う。ロディトナ国内では既に悪名が広まりつつある。
女の冒険者は誰も西の大陸に寄り付かなくなっちまった。
俺は正義の味方なんかじゃない。だからこの旅に『もう一人』同行しているのは知っていても、何も訊かない。ランクもたぶんあっちが上だ。
何を始めるのか知らねえが……世界は広いんだぜ? お坊っちゃん。
無理を通せる化け物にとっちゃ、金の力なんぞたかが知れてんだよ。
§
「できましたわっ!! わたくしの行動計画が!」
子供の夢などではありません。
冒険者が交戦から生還するために、優先すべき注意点を客観的に考察した上で、わたくしにも実現可能な肉体強化方法、近接戦闘と魔術の鍛錬方法なども、具体的に書き出しましたわ。
いくらかは真愛にも負担をお願いすることになりますが……。
その時、重い音でドアがノックされました――お父様ですわね。
夢は死守せねばなりませんわっ!!
「フリシー。大事な話がある」
「あらたまってどうなさいましたの? お父様」
「突然だが数日後、お前は西の大陸のロディトナへ向かうことになる」
「え!? な、何故ですの?」
「これは……まだお母さんにも話していないことなんだが――」
それは――この世界ではまだ承認されていない『投資』という概念の一端を利用したもので、結果的に『詐欺』と呼ばれる手法についてのお話でした。
お父様は、莫大な財産を騙し取られた上に、多額の借り入れによる負債まで抱えてしまったのです……。
ロディトナとアリムズが躍起になっている開拓、開発合戦の中で、『融資』ではなく『投資』の試行が噂されてはいましたが、国際銀行はそれを認可しないという話だったはず。
『資金繰りが難しければ、経済的停滞を受け入れよ』という考え方がこの世界における経済理念であり、それでも『発展こそが人を豊かにする』と考える者には、自重を促す天人も少なくないと聞きます。
曰く、「人間の在り方として、地球が成功例とは思えない」――と。
そんな世界の隅で、とある商会が架空の大富豪との大口契約を実例として掲げ、どうやって集めたのか、あるいは偽造された貨幣を見せながら、世界経済の新基軸の起点となるかのような夢物語で、一介の『町の商人』にすぎないお父様をその気にさせて、突然雲隠れしてしまった。
巨大な船、港、市場、宿泊施設、森林を貫く街道……数年間に亘る視察の度に、別の場所で未完成の建造物を見せられたようです。
小さな商店から始めた平凡な商人が、小売業者と製造者や生産者を取り持つ流通業で築き上げた経験と実績など、絵空事の記された契約書で失ってしまうような、ちっぽけなものだったのです……。
「ですが……その件と、わたくしがロディトナへ向かう件との繋がりは?」
「分かるだろう? 縁談の相手は『マーシャル商会』だ」
「わ、わたくしを売るのですかっ!?」
「落ち着きなさい、フリシー。そうではないんだ。お前のことをマーシャル家のご子息がいたく気に入られてね。縁談は向こうから持ちかけてきたもので、私からは何も頼んでいないんだ」
「それでは、この家は? お父様とお母様は? 『明星のともがら』はどうなりますの?」
「母さんとは別れることになる……彼女は元ランクA冒険者で友人も多い。心配は無用だろう。ただ、『明星のともがら』は……マーシャル商会にとって利益の無い施設だから、厳しいだろうね……」
「少し、時間を……気持ちの整理がつきませんわ……」
「そうだな。私も母さんに話さなくてはいけないからね。ただ――フリシー。私がお前を愛する気持ちは、離ればなれになっても変わることはない。それだけは覚えておいてほしい。それと……目先の欲に溺れた父親で、本当に申し訳ない」
――泣きながら家を飛び出した。
わたくしの夢には、なんの力もありませんっ!
今すぐ冒険者になったところで、これから両親とこれまでの何もかもがバラバラになってしまう――もう、止められませんっ!!
「どうすれば……どうすれば……真愛、ルー様……助けてっ!!」
混濁した意識とぼやける景色の中、ふらつく足は自然と繁華街へと向かっていました。
その時、不意にわたくしの意識を引き戻したのは――見覚えのあるシルエットから投げかけられた声だったのです。
「あれ? ロール子じゃん。どうした、こんなとこ走って。ラントレか?」
「わ、わたくしは……ロール子ではありませんわ……」
「元気ないなー。親父さんに叱られたのか? 今から食事だ。ロール子も行くぞ」
「え? ……は、はい」
いつからか、雨が降っていますわ……彼……滝原様は、どこから出したのか私に大きな布を被せ、「雨が染みない素材だから被っておくといい」とおっしゃって、御本人は雨に濡れても意に介さないどころかむしろ楽しげな様子で、聞いたことのない歌を口ずさんでいました。
「わたくし……夢が……終わってしまいましたの」
「そうか。じゃあ次の夢はどうする?」
「え?」
「生きてるんだから次があるじゃん。ほら、みんなに泣き顔見られるぞ?」
顔を拭いて見上げた先には、心配そうに見つめる真愛とルー様、ラファイエ様が立っていました。
「バカ涼平! 何泣かせてんのよ!! あと、なんでずぶ濡れなのよ!?」
「俺のせい!? 障壁でガードしたら風情が無いじゃん。どうせすぐ乾かせるし」
「涼平さんが女性を泣かせるのは、相手が喜んでいるときですよ?」
「あの、きわどくないですか……それ?」
「真愛ちゃんはそういうこと言っちゃダメよ?」
わたくしは真愛とルー様に縋り付いて、もう一度泣きました――
「ラファ。手持ち無沙汰そうにわきわきしない」
「では、私が涼平さんの接近を感知したご褒美に、抱かれてください」
「俺は濡れてるし、その能力恐いんだけど!?」
§
想定より悪いルートに入ってたのか……俺達も軽く考えすぎていたようだ。
だが、まだ鍵となる人物の一人が欠けている。
「あの、フリシーはお母様とまだゆっくり話してませんよね?」
「それは……そうですが、今更なんの話をするのでしょうか……」
「母は偉大だからな。意外と何もかも知ってる可能性まである」
「いえ、有り得ませんわ……最近は、ほとんど家にも戻りませんのよ?」
「会いに行けばいいだろ?」
ルーと真愛が付き添って、三人は明日、物流倉庫施設に居るロール子ママこと、メリンダ・ティルスさんに会いに行くことになり、俺とラファは内緒の別行動だ。
まだ正午過ぎだが、今日はお互いのクールダウン期間としておく。
「しかし詐欺と商会って……どうも胡散臭いんだよなあ」
「はい。ですが、ロディトナは遠すぎますね……」
「でも来るのが居るじゃん。ラファは詐欺事件とは無関係だと思う?」
「いえ、ウサメンの一人ですね。ただ、一人で来るとは思えないのですが」
「何その略称……そうだなあ。警護の冒険者以外にどんなのが来るか、だな」
「チラ見してくるという手もありますが?」
「チラ見かあ――いいな、それ」
「あなた達、悪い顔して何を企んでるのよ?」
「ルベルムさんに不足しがちなチラリズムについて、語り合っていただけです」
「野菜みたいに言わないで!?」
「ラファイエ様はエロ系女子でいらっしゃるのですか?」
「私は純潔。こちらの二人も。フリシアラさんはどのような状況でしょうか?」
「「巻き込まないでっ!?」」
俺達五人は香りに誘われて鰻専門店に入った。




