045 決意が運命になる
またあの子が来てくれた――それにルー様ともお知り合いだったなんて!!
これはもう百人力。わたくし、冒険者になりますわっ!!
「フリシーに冒険者は無理だと思う。人を殺すこともあるのよ?」
「でもでも、このままじゃ好きでもない相手と結婚なんですよっ!?」
いきなり否定されましたわ!
それに――結婚? なんのことでしょうか?
「あ、あの……何故お二人が熱くなっていらっしゃるんですの?」
「だって結婚ですよ、フリシアラさん!!」
「フリシーで構いませんわよ? それで、その……結婚とは一体?」
二人が顔を見合わせていますわ。
「だって、前に言ってた婚約者が来るんでしょ?」
「その話でしたら、丁重にお断りさせていただきましたわよ?」
「え、じゃあ今回こちらに来るお客さんって誰なんです?」
「さあ? どなたかまでは伺っておりませんが?」
全員の頭上に『?』が浮かびましたわ。
「だとしたら、今回のお客さんはお父様のお仕事関係の方なんでしょうか……」
「その前に、以前の縁談相手の名前は『カール・マーシャル』ではないのね?」
「ええ。お名前は……『ビエルク・マーシャル』様でしたかしら」
「あれ?」
「あら?」
「親族じゃないの、それ……」
縁談については元々乗り気ではありませんでしたが、何より問題となったのが相手の年齢で、お父様とあまり変わらないお歳の方でしたから、いくらなんでも無理です! と強くお断りしたのです。
お母様は相手方の肖像画に漫画のようなふきだしを付けて、『プッタネスカより素うどんが好き!!』と異世界の言語で書いたものを、【メトゥス・ゼロ】でロディトナに送られる貨物に貼り付けていましたわ。
そんな話を伝えると、ルー様は何故か深刻な表情になってしまいました。
「相手方が執着する理由が分からないのが不気味なのよね……そもそも縁談話は、どちらが主導で始まったのかしら?」
「そこまでは……わたくし、存じておりませんの」
「でも、また断ればいいだけですよね?」
「相手がそれで退いてくれるなら――ね」
ルー様には何かしら引っ掛かるところがあるみたいですけれど、退かないなんてことがあるのでしょうか?
「その件につきましては、後程お父様の心積もりを問い質しておきます。それで、その……わたくしが冒険者になる件ですが……」
「もしあなたが『明星のともがら』の子供達に夢を与えたいなら、違ったやり方もあるでしょ?」
「ですが……この家で商人として生きるどころか縁談まで進められ、わたくしは何者にもなれない。そんな人形のような人生には、疑問しか抱けません」
「あの……『明星のともがら』ってなんですか?」
「フリシーのご両親が創設した孤児院の名前よ」
「ルー様にも援助していただいていますのよ? ルー様は各町にある孤児院に多額の寄付をされた上に、女児には護身術なども教授なさっていて、わたくし、とても尊敬していますの」
「ほわあ!? そうだったんですかあ! 私なんて……なんにも……」
「あなたが落ち込むことはないのよ? 今はまだ他人のことより自分のことを考えなさい」
「はい……そうですよね。――ということは、フリシーはルーさんの活動を見て冒険者に憧れたんですか?」
「はい。わたくしも世界を駆け回って親を失った子供達を救いたい! そのために冒険者になるのですわっ!!」
ヴィスティードの民が、天人の皆様のような早さで強くなるのは困難――それは存じています……それでもわたくしは、今のままでは誇れる自分になれるとは思えません……だから――――
「もっと具体的に考えなさい、フリシー」
「え?」
「冒険者になれないとは言ってないでしょ? だけど、今のままでは無理」
「どのようにすれば……」
「今の自分に何が足りていなくて今後何をすべきかを、もう一度見つめ直してから具体的な行動計画を書き出しなさい。それを見て大丈夫だと思えたら、夢の実現への手助けぐらいはしてあげるから」
「具体的な行動計画……」
「あの……その計画に私も入れてもらっていいですか? いきなりですけど、私、フリシーと一緒に旅できたらなーって思っちゃいました!!」
「え? えっ!?」
「そうね。真愛ちゃんと一緒なら心強いかもしれないわね」
どうしてこの方々は、わたくしのためにそこまで考えてくれるのでしょうか?
これが冒険者――いえ、それは違うように思います……この方々は、きっと特別なのですわ。
「あわわ、泣かないでくださいよーっ!?」
「そうよ? まだ何も決まったわけじゃないんだから」
え? ……わたくし、泣いて……?
指で頬に触れると――それはすうっと蒸発して消えましたの。
「分かりましたわ! わたくしの決意がどれほどのものか、ルー様、そして真愛様にも思い知っていただきますわ!!」
「ご両親は、いいの?」
「知りませんわっ!! 縁談など、勝手に進めて……」
「そっか……まあ荒事にはならないと思うけど、今日来てない二人は暴れると手が付けられないから、あんまり怒らせちゃダメだからね?」
「えっ!? そんなに恐ろしい方々なのですか? わたくし、暴言を……」
「私は少し漏らしそうになりましたねー」
「もっ――!? 真愛様、淑女がはしたないですわよっ!」
「様はいらないですってー。元気戻りましたねっ?」
「あっ、ありがとうございます……真愛さ……いえ、真愛」
不思議な人ですわね……そこに居るだけで、小さな太陽があるみたいで。
そんな人が、わたくしと一緒に旅をしたいと言ってくれている――――
わたくし、燃えてきましたわっ!!
§
意気込むフリシーをクールダウンさせて、あたしと真愛ちゃんは宿へ戻ることにした。
「なんかメラメラしてましたけど、いいんでしょうか?」
「結果的に焚き付ける格好になっちゃったけど……ま、しょうがないわね」
「わ、私も責任取りますからっ!」
「その前に?」
「もっと強くなります!!」
この子は強くなる。涼平も言ってたけど、潜在能力が高い。
きっと彼のように爆発的に成長するだろう。
あたしが導くなんておこがましい。一人の天人として、前を向いて進んでもらいたい。
だけど、もう少しだけ――自らの翼で力強く羽ばたけるまでは、見守ろう。
「あ。それから、寄付のことはあの二人には内緒だから。絶対話しちゃダメよ?」
「それは所謂『絶対押すな』系のあれでしょうか?」
「違うわよっ!? もし話したら、真愛ちゃんが漏らしたこと言っちゃうからね?」
「も、漏らしてませんからその場のノリみたいなあれで、違うんですよう!!」
「……あの二人は、絶対『自分達も支援する』って言い出すからね」
「え? それって何か問題あります?」
「あるわよ? 自分で稼いだお金をどう使うかは、自分の意思だけで決めるべきなのよ? 命を懸けて戦って得た報酬なんだから」
「うぅ……」
「どうしたの?」
「みんないい人すぎて……私、幸せですっ!!」
まだまだ。もっと幸せや楽しさを知るべきなのだ。
あたしもだけど、みんな地球では若くして人生が途絶したのだから。
真愛ちゃんとは同室なので、転生前の出来事をいろいろと話してくれた。
私はずっと病室だったけど、直前まで元気だった子が突然命を失うのも、残された家族にとってはつらい出来事だったはずだ。
彼女は勇気と炎へ飛び込む無謀さを持ち合わせているけれど、それらは相克する命題ではなく、アウフヘーベンが可能なのだ――このヴィスティードなら。
この世界ならば人外の強さを得られる。死ななければ蛮勇ではなく実力となる。
だからこそ、未来を恐れさせてはならない。
道半ばで消えた命。止まった時間に置き去りにされた幼い命――不条理だ。
あたしにできるのは些細なことかもしれない。だけど、明るく前を向いて生きていれば、それをきっと誰かが見ていてくれる。
薄曇りの天気の中でも真愛ちゃんはご機嫌な様子だ。二人で坂を下っていくと、ぴかぴか光る頭が立っていた。
あれって自分で発光してるの? と首を捻るこちらに気付いたようで、軽い声が飛んでくる。
「よっ! 終わったみたいだな?」
「泊まり込みとかできなかったのですか? 気が利きませんね」
さっきのは何かの反射か、気のせいだったようだ。彼の頭は発光していない。
二人は宿の近くにあるジェラートショップで、何か買って食べていた。
あたしは真愛ちゃんのほうを向いて、唇の前に指を一本立てる。同じ動作が返ってきた。……ほんとに漏らしたのかしら。
「勝手にお泊まり会にはできないわよ。それで、あなた達は何食べてるの?」
「『ねるねるいんげんアイス』です。めっちゃ伸びます」
「城塞都市みたいな名前ね……」
「あ、知ってます私! 『ネトルニンゲン』ですよね?」
「刺草人間がお風呂に入るとハーブティーになるわけですね」
「原形がなくなってホラーになってるから!」
「寝ると人間に戻ります」
「ドヤ顔!!」
ほんと仲いいわね、この漫才コンビ。
あと、真愛ちゃんはなんで悔しそうな顔してるのかしら……。




