044 西方の暗影
「ほわあ……この町はギルドもなんだかゴージャスですね!」
翌日、正午前――
真愛が言うとおり、これまでに訪れたギルドと比べると、外観も内装も手が込んでいて豪華だ。
冒険者と依頼者も多く、田舎者のようにきょろきょろしていた俺達を、壮齢を過ぎたベテラン職員らしき男性が受付まで案内してくれた。
「若き天才の名は、この町にも届いております。お一人は容姿が伝聞と若干違うようですが――歓迎しますよ、【疾走する諧謔】、【弄炎の茨姫】」
「うう……ありがとうございます……」
「あの、ルベルムさんがいつの間にやら離脱したのですが」
「事情はなんとなく分かってるだろ? まあ、好きなようにさせてやろう」
ルーが俺達と合流してから十日ほど。再会してすぐに熱愛宣言したラファが特殊事例なだけで、もしルーがいろいろ考えた末に『パーティーへの参加は辞退する』と結論したなら、俺達には引き止めるだけの強い理由が無いのだ。
思案していてもしょうがない――
俺は受付の前に立たせた真愛に、用件を伝えるよう促す。
今回は真愛に所定の手続きを任せて、経験を積んでもらう。
「あ、あの、ドヴォールク・ティルスさんの依頼の件で伺ったんですけど」
「この子は雛竹ですが、指名依頼の相手は俺、滝原になっていると思います」
「はい。雛竹様と滝原様ですね? 只今書類を確認いたしますので、少々お待ち下さい」
慇懃な受付のお姉さんが席を立った。やはり制服も装飾が多くゴージャスだ。
「お待たせしました。確かにドヴォールク・ティルス様から滝原様への指名依頼を承っております。どうぞ――こちらが書類です」
戻ってきたお姉さんが差し出した書類は、真愛の前にある。
真愛は不安げな顔で斜め後ろの俺を振り返る。
「これも経験だ。怪しい事務所で怪しい契約書にサインするんじゃないんだし」
「そそ、そうですよねっ! 私とか撮影しても売れませんから!!」
正面に向き直ったのはいいが、どういう回路のスイッチが入ったんだ……。
「まず、契約締結後に依頼側と請負側のいずれかに不履行があった場合、違約金の支払義務が発生しますので、ご留意なさってください。依頼内容をご確認いただいて内容に不備、誤謬等ございましたら、書類不備による差し戻しが可能ですので、その際は無記入でご返却なさってください。記載内容に問題が無いようでしたら、請負主様のご署名をお願いいたします」
「ひゃ、はい、ご確認いたしますですっ!!」
「緊張しすぎだって……後半ダジャレ混じりだったぞ?」
受付のお姉さんはお茶目にウインクした。
保護者みたいな俺が横に居ることを理解した上で、真愛がこういう機会に慣れるために、わざとくどいぐらい丁寧に説明してくれたんだな……いい人だ。
依頼内容は真愛から聞いているが、確認は必要だ。
真剣に内容に目を通す真愛の横から書類を覗き込む。
【メトゥス・ゼロ】への物資の運搬と……ん? 客人の降下補助!?
それは聞いてないぞ!?
「ちょっと見せてくれるかな?」
「ど、どうぞでございます!」
なんで俺にまで緊張してるんだ……それは置いといて、その人物が何者なのかによっては、問題ありだと思うのだが。
ロディトナ民主国、リールベムトのカール・マーシャル?
名前を見たところで、俺にはどんな人物か分からない。受付のお姉さんに訊いてみよう。
「この方は要人ですか? 依頼を請けるか決めかねる要素なんですけど」
「その方は、ロディトナ民主国だけでなく西の大陸最大となる商会の、会頭の嫡男でいらっしゃいます。リールベムトギルドからも、警護の冒険者が一名派遣されていますね」
「……やっぱりか」
「あの、滝原さん、それって何か問題なんでしょうか?」
「【メトゥス・ゼロ】を足代わりにするなんて、一般人では考えられないんだ」
「お高いんですか?」
「貨物優先だから一般乗客はお高いんだ。船と馬車の移動で発生する経費の二十倍以上の運賃だったかな」
「どひゃっ!? に、二十倍ですか!!」
真愛は漫画のキャラみたいで面白いな。
それにしても……厄介事に首を突っ込みかけているのは間違いないだろう。
客人が商人の息子、家出未遂の娘はまだ若い……嫌な予感しかしない。
だからといって依頼を断れば、真愛は冒険者としての経験を積めない。
「受けましょう」
「ふぁっ!?」
背後霊のように黙って見ていたラファの不意打ち発言に、俺も漫画みたいな声を発してしまった。
「理由はあとで話します――ここは私の意見を通させてください」
「あ、ああ……構わないけど」
「ありがとうございます!!」
結局、発音の難しいロール子パパの依頼を受諾して、俺達はギルドを出た。
普段は控えめなラファだが、感情を優先するときだけは押しが強くなる――
どうやら今回も例外ではなさそうだ。
「すみませんでした、涼平さん。ですが、この依頼は請けるべきです」
「ああ。なんとなく分かるけどな……」
「えっと……ラファさん、怒ってます?」
「いえ、まだです。事の成り行き次第ではそうなる可能性があります」
真愛は状況が呑み込めずきょとんとしているが、俺は大体想像は付いている。
ロール子の親に対する未然の憤り。憤りたくはないが、そうなるだろうな……という状態。俺も似た感覚はあるが、ラファのほうが俺よりも感情優先なのだ。
「婚約――でしょ?」
「唐突に出てくるな!? 事情を知ってるんだろ? ルーは」
「まあ……結局話すことになるわよね。とりあえず場所を移しましょ?」
昼食がまだだった俺達は、ルーの先導で刀削麺の店に入った。
四人で円卓を囲みながら、これは珍しいな――と思っていたら、大量の唐揚げの乗った大皿が……やはりこっちがメインか。
ラファは慣れたもので、事前にキノコとズッキーニの炒めものを頼んでいた。
カットされたレモンをじっと見つめている真愛に、ルーが「かけていいわよ?」と促してから話を切り出す。
「実は、フリシー……フリシアラさんとは顔見知りなのよ」
「うん、知ってた」
「まあ、そう思うわよね……」
ルーは元々ルトクーアを中心に活動していたようで、ハシャートクにはランクの低い頃から何度も訪れていたそうだ。
それより驚いたのは、ロール子の母親が天人であり元ランクA冒険者で、今でも冒険者が関わる運送関係の仕事を取り仕切っているという情報だ。
「それであの晩も出掛けていたのかもですね」
「もうじき【メトゥス・ゼロ】が来るからね」
「一週間後に上空を通るから、俺達はその前日から移動するぞ」
「そんなにのんびりでいいんですか?」
「真愛が抱えて運ばれるのが嫌なら、もっと早くに出立することになる」
「え!? えーっと……大丈夫ですよ?」
どっちの意味だよ……と話が逸れたタイミングで、刀削麺が運ばれてきた。
肉味噌を使った四川風だ。花椒の香りが鼻孔を擽る。
しばらくみんなで麺に集中してからルーの話を聞くと、どうやら父親の独断で相手側との縁談が進んでいて、母親は「嫌ならきっぱりと断ればいい」と言うだけで縁談話には関与せず、ロール子には味方が居ない状態らしい。
これは……ラファと真愛は絶対に引きそうにない展開だな。
俺達世代には共感性の低い縁談話に、やはり真愛が拒絶反応を示す。
「『実際に会ってみたら理想の男性だった』なんてこともあるかもですけど、私は無理です。そういうのって」
「ご近所の顔馴染みならいざ知らず、商売関係で有益な相手を充てがうような親に反発するのは、ごく自然な感情だと思います」
「この世界の結婚事情には明るくないんだが、やはり恋愛結婚が一般的と考えていいのか?」
「政略や功利を求める縁談というものが、まかり通る世界ではありませんから」
「そうだなあ。財力や権力なんて卵を積み上げるようなものか」
「だからあたしも破談するだろうと思ってたんだけどね……」
「ロディトナとアリムズは、長らく『薄氷上の国』と言われていましたから」
「『危険な西の大陸で国体を維持できるはずがない』ってね。それが――」
「するするっと上手く行ってしまったんですね?」
言ってから麺を啜った真愛が、ドヤ顔で俺を見た――
それにしても……『ダメだろう』と思われていた状態から【メトゥス・ゼロ】に乗ってお迎えに来る商人が居るぐらい豊かになったのだから、本当に急速な発展を遂げたんだろうな、ロディトナという国は。
「もし俺に娘が居たら、行かせたいとは思わない国だなあ」
「そんなだから急いで冒険者になりたかったんですね、フリシアラさんは」
「あたしも傍観してたのは悪かったと思ってるけど……あまり他人の家庭の事情に首を突っ込んでると、冒険者全体のモラルも問われるし」
「俺達、今まさにその状態なんですけど!?」
「そうなっちゃったから、あたしも雲隠れしてられなくなったのよ!」
「いえ、ルベルムさんは乳隠れしていてください。私達でなんとかします」
「三枚おろしがお望みかしら?」
真愛は食後のチョコパフェに意識を集中している。
「仲良くやれないなら、俺と真愛だけで出掛けるからな?」
「ま、まずはフリシーと会って話をしましょう」
「そ、そうですね。本人の意思確認が大事です」
「ふぁい。ほうへふね!」
真愛はウエハースを飲み込んでから喋りなさい。
「冒険者が大人数で押しかけると物々しいだろうから、真愛とルーに頼む」
「そうね。あたしも……行くべきよね」
「黒子になって陰で関わり続けるほうが難しいだろ?」
「私もルーさんが来てくれると安心ですっ!」
むしろルーは以前からの顔馴染みなんだから、行ってやれよと思うけどな。
店を出てロール子の家に向かった二人と別行動の俺とラファは、依頼とロール子の縁談問題の同時進行について話し合うために宿へ戻る。
昼下がりの灰色の空。垂れ込めた雲が、光を遮っていた――




