042 お嬢様と冒険者
「なっ――――!?」
縦ロール少女は絶対にお嬢様がしてはいけない顔のままフリーズすると、そんな出来事は存在しなかったかのように素の表情に戻った。面白い。
多少狼狽えつつも、引くつもりはないらしい……なかなか気が強い少女だ。
背丈と顔付きを見る限り、真愛と同じぐらいの年齢だろうか?
「そ、そんなはずありませんわ!! 徽章が曲がっていましてよ!」
「曲がって……?」
「いえ失礼、つい癖で。――ですからその徽章、ランクAではありませんか!」
「涼平さん、相手は女性です。今、女難の相が出ましたので逃げましょう!!」
「リアルタイム占いかよ!?」
「ちょっと! そこの貴方もランクAではありませんか!?」
「えっと、私はランクDなんですけど……どうしたんですか?」
真愛の人懐っこい性格は、短所でもあるな……ややこしそうな手合いにまで構ってしまう。
こうなるともう、話を聞くしかないよなあ……。
ふと気付くと、いつのまにかルーが姿を消している。――逃げやがった!!
縦ロール少女が、縋るような目で訴える。
「わたくしを【メトゥス・ゼロ】まで上げていただきたいのです」
「投げていい?」
「死にますわ!!」
「どうして【メトゥス・ゼロ】に上がりたいんですか?」
「そ、それは……冒険者になりたいから……ですわ」
「それなら地上でもなれるだろ?」
「だ、駄目なのです。……地上は」
「私、お話を聞いてきますね。滝原さんはちょっと待っててください!」
俺とラファから離れて狭い路地で話を訊くみたいだが、連れて行ったのが真愛でなければ喝上げのような光景だ。
よりによって面倒臭そうなのに声をかけられてしまったな……。
どうせ家出的な何かだろう。しかもお嬢様風。絶対ロクなことにならないパターンだ。ここは修行の一環として、真愛にはきっぱりと断るように――――
「分かりました!! 滝原さんに頼んでみますねっ!」
快諾してるっ!?
「えーっと……真愛さん?」
「はい? あ、お話伺ってきました。助けてあげましょう!」
「そのあいだがどう繋がるのか聞きたくないような……」
彼女はフリシアラ・ティルス、十五歳。この町の資産家の娘らしい。
この町はルトクーア共和国の中でも治安がよく職場も豊富なため、彼女の父親は孤児院を創設し、冒険者の遺児達を引き取って自立支援しているそうだ。
何故そこから『冒険者になるために【メトゥス・ゼロ】に上がりたい』に繋がるのかというと――
『本人は以前から自身が冒険者になって、孤児達の親がどんなふうに戦い、世界を守ったのかを肌で感じたいと思っていたのだが、何度掛け合っても父親の許可を得られず、地上では連れ戻されてしまうので、【メトゥス・ゼロ】に上がってしまえば追いかけられない』
――ということらしい。
「なんというか……典型的な甘ちゃんお嬢様だな。やめといたほうがいい」
「え? でも、本人がやりたいって言ってるんですから……」
「真愛……あまり言いたくはないが、自分自身がどうだったかを考えよう」
「う……だったら、私が一緒に……」
「ランクDとEだけでは、遠からず命を落とすことになりますよ?」
そもそも家出少女が一人で――なんてのは論外なのだ。
【メトゥス・ゼロ】に上がりたいというのも、連れ戻すのが困難という点以外、メリットが無い。悪く言えば、お遊び感覚というか……。
「俺が親でも絶対許可しないな」
「でもでも、外の世界を見て回りたかったら、冒険者を雇うか自分がなるしかないですよ? 守ってもらってたら肌で感じるのとは違うと思うんです!」
「無謀です。命の大切さを諭すのも、冒険者の役目なのですよ?」
「うう……なんかお二人が、お父さんとお母さんみたいですよう……」
「えっ!?」
そのキーワードはラファが喜ぶだけだぞ?
真愛は彼女の希望を叶えてあげたいようだが、全方位から見て無謀と言える。
「俺達にできることがあるとすれば、信頼できる冒険者に彼女の弟子入りを依願することぐらいなんだが、この町は初めてだからなあ……」
「分かりました!! 私はこの町に残って、みなさんの帰りを待ちます。それでその期間にフリシアラさんの親御さんを説得して、一緒に西へ連れて行きます!!」
「真愛はなんでそんなに乗り気なんだ?」
「私、この世界で人と出会うのって必然だと思うんです……いい出会いではなかったかもですけど、マックスに会ってなければ滝原さん達にも会えてませんから。今ここでフリシアラさんと出会ったのも、すぐに別れるためではないと、そう思えるんです!」
そう言われてしまうと……俺達には何も言えなくなるんだよなあ。
出会いは必然――そうかもしれないし、ただのこじつけかもしれない。
「そうですね……大切なのは、本人がどう感じるかですから。真愛さんがそう思うなら、それは必然なのです」
「えっ!? ラファ?」
意外なところから援護が入った。
ラファも真愛の中に、芯の強さみたいなものを感じ取ったのかもしれない。
それは冒険者にとって大事な要素で、年齢や経験とは無関係の部分でもある。
「うーん……俺としては、こちらの一存で決められない話を性急に進めるのはどうかと思うし、一番の問題は縦ロールちゃんの親御さんを説得できるのか? の部分だと思うんだけど」
「そこはランクAの威光でどうにかなりませんか?」
「無いから。威光なんて……なあ、ラファ?」
「はい。涼平さんの後光でランクAの威光など霞んでしまいますから」
「もう『俺ネタ』というジャンル化してるだろ……それ」
路地から顔を出して縦ロールちゃんが不安げに見ているが、俺達の表情はあまり芳しいものには見えていないだろう。
真愛の考えはふんわりしすぎだが、そういった直感も大事にしてあげたい。
俺も年長者として、できることはしておこう。
「そこのロール子、ちょっと来てくれるかな?」
「だ、誰がロール子ですの!? 失礼ですわねっ!!」
「いいか、まず君を【メトゥス・ゼロ】には行かせない。他は現時点では応相談で保留としておこう。それより手前の問題として、親御さんに内緒で飛び出して来たのか? そこは正直に答えてほしい」
「……話せば最悪、軟禁されますもの。話せるわけがありませんわ……」
「その場合、私達は誘拐犯扱いになるのですが、それは構わないと?」
「で、ですから、ささっと【メトゥス・ゼロ】に上げていただければ……と」
「まだすぐには来ないだろ? それまでどうするんだよ?」
人の動きで分かる。【メトゥス・ゼロ】が近付くと、冒険者は数十キマあるような広大な平原に集まって待ち構えることになる。
物資は魔術が使われる場合は指定された場所に優しく落とされ、そうでない場合は地上の冒険者が受け止めなければならない。
そのため地形は重要で、ハシャートクの町は周囲が平坦な草原であるため、商人や冒険者が集まっているのだ。冒険者は略奪者に対する警護も兼ねている。
「来るまでは、どこかに身を潜めておきますわ」
「それで本当に危ない人間に連れ去られたら、どうするんだよ?」
「ですから……守っていただければ……と……」
どんどん声が小さくなっていく。如何に自分にだけ都合のいいように物事を考えていたかを、少しは理解できたみたいだな。
俺だって狭量なおっさんみたいに頭ごなしに否定するのは嫌だ。
それでも――地球であれヴィスティードであれ、軽率短慮は命を危険に曝す。
後日、遺体を回収されるための自由では意味が無い。
「とにかく一旦家に戻れ。今回は真愛に付いていってもらって、『年が近い同性の冒険者に出会ったのが嬉しくて、話し込んでしまった』とでも説明すればいい」
「あの、私が一緒に行って大丈夫ですか?」
「お願い……します。あの、わたくし……申し訳ございませんでした」
「謝ることはないって。ただ、気持ちと手段のバランスを取るべきだ」
結局、俺達は先に宿を決めてからロール子を彼女の大きな邸宅の近くまで送り、真愛を連れて帰宅させた。真愛には適当な時間に宿に戻るように言ってある。
「それより逃亡犯はどこに行ったんだ?」
「失礼ねっ!! ちゃんと近くに居たわよっ!」
「顔を見られたくない相手だったのか?」
「……そこはノーコメント」
ルーはソロでいろんな場所に行ってたみたいだし、東の方にも来てたのかもな。
それにしたってあんな少女に顔を見られたくないって……何をしたのやら。
「ルー。まさか……年下の少女をこよなく愛する趣味とかないよな?」
「なっ!? 違うわよっ!!」
「私も、もう少し若かったら危なかったのですね」
「斬るわよっ!?」




