041 移動型浮遊島【メトゥス・ゼロ】
俺はソファー、ラファは一人掛けの椅子で対面に座り、俺は渋面、ラファは満面の笑みを湛えている。
「ラファ」
「はい、涼平さん!」
「なんで嬉しそうなんだよ……」
「だって、なかなか二人きりになれないじゃないですか」
「ああそういう……難しいもんだな」
「熟年夫婦みたいじゃないですか」
「そもそも結婚してないし」
「そうですね。式はいつ頃がいいでしょうか?」
「ラファ……押して押して崖から落とす勢いはダメだって」
「すみません……」
ラファは俺達の中で一番感情の起伏が激しい。彼女がその制御に苦悩するのは、年齢的にも当然なのかもしれない。だけど、そこに恋愛感情まで絡んでくると……いつか暴発しそうで恐いんだよなあ。
誰にでも棘のある言葉を放つのはよくない。それでは別の意味で茨姫になる。
真愛はこのままだと一人ぼっちなんだし、可哀想だ。
「じゃあ、こういうのは?」
そう言って俺が両手を広げると、ラファは首を傾げた。
「いやらしい意味じゃなく、落ち着くかなと思って」
ようやく意味を理解したラファが、ぎゅっとしがみ付いてきた。
俺だってこんな経験無いんだ……心臓がバクバクいってる。
「私は一度、死んだほうがいいのかもしれません」
「発想が飛躍するなあ……」
「だって、私だけ違うじゃないですか」
「そこをマイナスと考えるのか?」
「涼平さんは誰かと仲良くしてもいいんです。私がおかしいんです」
「苛々したり独占したいと思ったり――それが恋愛感情だとしたら、抑圧と開放が極端な場合、自分か他人のどちらかに負荷がかかるだろ?」
「どうすればいいのですか?」
「俺を見るのを当たり前のことだと思わない」
「え? それは無理です……」
視界に入るから目で追う。当たり前のことだ。
だが視界にあるものは所有物なのか? といえば、そんなわけがない。
俺は、そこなんじゃないかと考えた。
まったく声が聞こえない距離で、好きな人が異性と話している――嫉妬する。
偶々入った店で、好きな人が異性と二人で食事していた――嫉妬する。
事情を聞けばなんてことない話でも、視界の中にある所有物が気に入らない行動をとることすら許せない。――それは束縛というより呪縛だ。
「大事なのは一方的に得る情報よりも、人の温かさを確認し合うことだろ? 話さないと相手の声の調子が、触れてみないと相手の体温が分からない。それなら目は何を知るためにあるのか? この場合だと、たぶん――相手の目を見るためにあるんじゃないかな?」
そう言ってペリドットの瞳を見つめると、涙を溜めてうるうるしていた。
「キス――してもらえないのでしょうか?」
「そういう気持ちになったら、かな?」
「ずるいですね、涼平さんは」
坊主頭じゃサマにならないな――という雑念を振り払い、抱き締めていたラファの両肩を押して身体を引き離す。
人肌の温もりは、幼児の頃に刷り込まれた安心感だ。
「嫉妬は男にとって名誉でもあるけど、無関係の人とギスギスする必要はない」
「そう……ですね」
「みんな仲良く――って言うと結局『ハーレム思考』って言われるのかな」
「そうですね……無理です、束縛したいです」
「男だって逆の立場だったら同じだと思うぞ?」
「『私が好ましく思っている男性と仲良くして』は、きっと難しいでしょうね」
「難しいよなあ……」
「ですが、涼平さんの言いたいことも分かります。縄抜けを許可するかどうかですよね?」
「分かってないよ!?」
俺だって衝動に背中を押されるがまま、突き進みたくなる瞬間はある。
それでも――
「俺はこの世界で力尽きるまでやりきって死ねたら、それで幸せなのかもなあ」
「私は……きっと強欲なのです。いろんな幸せがほしいです。それに――避妊具もどんどん良質化しているみたいですよ?」
「ラファは肉食系なんだな……」
「涼平さんこそ。肉、好きじゃないですか」
「いや、ラファだって自信もっていいぞ?」
「ゴホンッ! ん、んーっ!」
「おや、肉屋さんが来ていますよ?」
「誰が肉屋よっ!? ノックしてるのに無視するから……」
俺の膝の上でラファが向き合って座っている。わりとエロい体勢だ。
ルーは両手で顔を覆ったままだが、指の隙間から目が見えている。
「俺も男だがマックスとは違う。ルーも慣れてくれ」
「慣れないわよバカっ!!」
「それより用件は?」
「真愛ちゃんがお腹空いたって言うから、そろそろ食事に……」
「肉ですか?」
「なんであたし=肉なのよっ!?」
夕食は、すき焼きだった――――
「異世界にすき焼きがあると知ったときは、ビックリしました」
「醤油を作った天人に感謝だな。卵は鍋に入れちゃうけど」
「習慣になってるだけで、生で食べても平気なんですよね?」
「殺菌方法も試行錯誤されてるからね。元々あたし達天人には関係ないけど」
「だけど、これはこれで美味いよ。あと、再現の難しい味といえば――」
「「「フライドチキン!!」」」
三人でハモってしまった。
例のあの味って再現難しいのかなあ。この世界ではまだ出会ったことがない。
ラファが俺にエア投げ縄している。新しい遊びを覚えたご褒美に、あとでアイスをあげよう。
一夜明けると俺達はトリネーブを出て、次の町、ハシャートクへ向かった。
ここまでは草原や砂地の平野が多く現在地付近は丘陵地帯だが、更に東に進んでハシャートクまで行けば、再び広大な草原地帯になるようだ。
道中で魔獣に出会うと、真愛を優先的に戦わせて経験を積ませる。
彼女は近接戦タイプで、低身長に合わせた片手持ち用の短剣を、師匠と同じ双剣スタイルで巧みに振るう。
その戦いを見るとやはり天才肌だが、前回の戦いでの反省点をちゃんと修正する聡明さもある。これならランクCにもすぐに到達できるだろう。
魔術は苦手なようだが、体術は絶対俺よりセンスあるぞ、この子。
ルーが過保護過ぎて、魔獣を瀕死にしてから「今よ、真愛ちゃん!」とかやってしまうのはどうかと思うが、それなりに経験値を積み上げられただろう。
「いっそこのままエイネジアまで行って、帰りは南を通るルートもいいかな」
「それじゃ真愛ちゃんが大変でしょ? この辺でいい町があったらそこで待ってもらったほうがいいわよ」
「わりと大丈夫ですけど、この先地形とか厳しくなる感じですか?」
「いや、南ルートでなければ極端な変化はないかな」
「どちらかと言えば、町の雰囲気などが問題でしょうね」
「まずはハシャートクを見てみるか」
「そうですね。私は全然大丈夫ですけど」
『大丈夫』を強調するあたり、やはり一人で待つのは不安や寂しさがあるのかもしれない。できれば、このまま一緒に連れて行ってあげたいんだけどな……。
問題は移動速度だ。今のペースでは、エイネジアに到着するのは一ヶ月以上先になってしまう――ならばここで、別の移動方法も試しておこうか。
「それじゃ少しだけ急ぐんで、真愛、嫌だったら言ってくれ」
「え? 何がですか?……ひゃっ!?」
俺は真愛を荷物ごと抱き上げ、速度を上げる。
こうしないと日が暮れるまでにハシャートクへ辿り着けないのだ。
また真愛は「ほああっ!?」と変な声を出していたが、徐々に慣れてくると流れ去る景色を気持ちよさそうに眺めていた。
「私も疲れました涼平さん!」
「ラファは体力付けような?」
辺りが暗くなり始めた頃、ようやくハシャートクに到着した。
例に洩れず防壁に守られている町で、これまでとは異なる光景に出会う――
街道に面した大門から、多くの馬車が入場しているのだ。
徒歩で町に入る人も多く、俺達もしばらく待たなければ入れなかった。
「なんだろう……思ってたより人が多いんだけど?」
「ああ、そっか。【メトゥス・ゼロ】かな」
「確かに。タイミング的にそうかもしれませんね」
「【メトゥス・ゼロ】!! 通るんですか、ここ!?」
【メトゥス・ゼロ】は、ヴィスティードを周回し続ける巨大な移動型浮遊島で、正式名称は『テアムルト』という名の独立都市国家だ。
数十年前、その偉観に感嘆した天人が、地球の戦艦『ドレッドノート』の語源を捩って【メトゥス・ゼロ】と表現したものが広まったらしい。
全長四キマの巨大な島なので遠くからも見えるのだが、真上を通過するところを見たければ、地図に航路を照らして通過タイミングに合わせる必要がある。
「そうか。これまでより南に下ったから、飛行ルートに入ったんだな」
「めっちゃ楽しみです! あんな巨大な島が空を飛んでるなんて!!」
「テンション上がるよな! 俺も遠くからしか見たことないからなあ」
「一ヶ月で一周してるから、タイミング次第なんだけどね」
情報伝達、貿易物資の運搬、そして銀行など、ヴィスティード文明の発展に大きな役割を担う【メトゥス・ゼロ】だが、一つだけ問題点がある――
止まらないのだ。
時速約五十キマの巨大浮遊島が五百マト上空を通り過ぎる間に、乗ったり載せたり降りたり下ろしたりする荒業をこなす必要があり、それ故に通過地点では高ランク冒険者が引く手数多となるのだが、当然ながら冒険者は物資運搬だけが仕事ではない。どうしても人員確保が難しくなる。
「ある意味……まずいタイミングで来ちゃったかもなあ」
「え? どうしてですか?」
「『手伝え!』って言われるから……ちょっと面倒なことになるわね」
「あの、私は胸部に浮袋が無いので遠慮しておきますね」
「ラファさんはあります! 私は無いけど頑張ります!!」
「あなた達――ちょっとそこに座りなさい」
「俺も無い」と乗っかる前に、ルーがキレてしまった。
しかし冒険者ギルドに行ったらヤバそうだなこれ……。
ランクAには拒否権があるとはいえ、「次は来月なんだぞ、分かるよな?」とか言われるだろうし、通り過ぎるまでなるべく目立たないようにしておこう。
そう考えていた俺を――背後からよく通る美声が呼び止めた。
「そこの貴方! ランクAの冒険者ですわよね?」
早すぎる。もう見付かったのか?
振り返ると、金髪縦ロール少女がサファイアの瞳でこちらを見ている。
お嬢様口調だったし、彼女で間違いないだろう。
確認した上で、俺は言った――
「違います」




