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040 冷たい闇に熱と光を与えるものは

「なんとなく――ですが、違和感はありました……それでも最初は素直でしたし、他人に対してあんな口の利き方をするようなこともなかったのです……」


 リヴィー・ルセンタは理知的な大人の女性だ。真面目な性格、教導担当者としての責任感――そこに付け込まれたのかもしれない。


 私とルベルムさんとで、意識を取り戻した少女二人とリヴィーさんに、あくまでも仮説としてこちらの見解を伝えた。

 彼女達と真相を探る作業は気が重かったけれど、目を覚ましてもらうためにあらゆる可能性と心当たりを尋ねると、一部例外はあったものの概ね想像通りのことが行われていたようだ。


 それでも、悪い話ばかりではない。

 『出会った女性すべてが彼に惹かれるわけではない』という話によって、解決策に一つの光明を得た。

 あの男が好みの相手にだけ【加護】を使うのなら、やれることはありそうだ。

 実際に可能かどうかは、やってみなければ分からない。

 もし、あの男の能力を封じられなければ、その時は――――


「滝原さんは、彼を許すでしょうか……」


 リヴィーさんは、真実を知ってもあんな漁色(ぎょしょく)男を気遣うのか……。

 私は他の誰のためでもなく――ただ一人、涼平さんの信頼に応えてみせる。



§



「貴方のあの能力――まだ必要だと思いますか?」


 冷たい目で睥睨(へいげい)するラファ。地面に座り込んだ苛々君が、片眉を上げた(いぶか)しげな顔で訊き返す。


「……どういう意味だ?」

「これから生きていく上で、まだ必要としますか? と訊いているのです」

「だからそれを訊いてどう――あがっ!!」


 問答無用のアイアンクローである。

 というかラファ……面倒臭くなったなこれ。

 できるか分からないとは言っていたが、おそらく『封じ込め』を試している。

 ちなみにマックスの四肢は、俺が魔術で拘束したので動かせない。


 そのまま数分――――


 何故か銀髪少女はマックスにしがみ付いたまま妨害もせず、ラファの所作をじっと眺めている。


「あの子だけ『素』だったのよね」

「【加護】は関係無しに大好き状態ってこと?」

「そう。だからあたし達が話しても、きょとんとしてたわ」

「はあ。なんというか……神様ー? って感じだな」

「神様ー? としか言いようがないわね」


 ルーと二人で中身の薄い会話をしているあいだに、ラファの『封じ込め』が完了したようだ。


「お前っ! 俺の頭の中に何をした!?」

「怯えることはありません。魔術干渉による『封じ込め』を行いました」

「ラファ、それってバカな俺にも分かるように説明できる?」

「いいえ。涼平さんは聡明ですので、ここにいる馬鹿に説明しますね?」


 辛辣っ!! いや、俺もバカなんだけど?


 ラファの説明を頭の中で整頓してみる――


 『神の成す業は人間が干渉できるものではなく、神性空間と神性物質を制御するのは困難だが、マックスの【加護】の場合、神性物質が気に入った女性だけに作用するのだから、脳のどこかにオンオフを切り替えるスイッチがある。それをオンにできないように魔術で封じ込めた』


 ――概要はこんな感じだろう。

 キューピッドの矢を放てないようにしたわけか……ラファさん凄い。


 それでも一つ、分からないことがある――


 何故ラファとルーは神性物質を防げたのか? その理由だ。

 ラファに訊いてみると、『仮説はあるが、現状では確証が無い』と言いながら、ルーをじっと見つめていた。


 話を聞いてあらためて実感したのは、やはり神――そして獰神(どうじん)という存在は途方もない相手で、ゲームのラスボスのように『戦って勝つ』という発想に至るには、大きな壁がある。

 今、俺が脳内で考えていることすら知っているのかもしれない。

 恥ずかしいと感じるすべてが見られている……先祖の背後霊か? いや、きっとそういうプレイが好きな変態を(はぐく)んでいるに違いない。……先祖の背後霊も?

 俺が脳内バカ問答を繰り広げているあいだに、ラファがマックスに告げる。


「貴方が私以上の術者になれば、【加護】を開放状態に戻すことも可能です」

「はは……無理だろそんなの……お前らみんな、化け物だ」

「あたしはその『みんな』に入れないでよね!!」

「なんだよルー。俺達仲間じゃないか。つれないなあ」

「違う!! 私は人間コースで強くなるの! キミ達は人外コース!」

「じゃあ教室も分かれるのか?」

「うっ!? ……ものは言いようね……」


 それは自分もだろ……と思いつつ、少し毒気の抜けたマックスを見る。

 ラファが何かした可能性も否めないが、くっついたままの銀髪ちゃんの存在も、毒抜きに効力を発揮しているのかもしれない。


「それで、マックスはこれからどうしたい? 俺と殺し合うのはナシで」

「もうやらねーよ。俺は誰かの光にはなれない。照らしてもらわなきゃ生きていけないんだ――ハゲてないからな。だから……冒険者はもう辞めだ」

「どういう理屈だよっ!?」

「わたしもつるぴかヘッドじゃないけど、みんなと楽しく暮らしたいー」

「悪いが『みんな』とは、ちょっと難しいな」

「うーん……じゃあ、わたしが寂しくならないようにマックス頑張ってー」

「ああ、そうだな。寂しいのは……嫌だもんな」


 前言撤回。ほぼ銀髪ちゃんの力だな、これは。

 女性の強さってこういうとこかもなあ……俺には無理だ。


 リヴィーさんと雛竹ちゃんの二人は『今は会いたくない』らしく、この場からは遠ざけられている。

 連戦で火炎魔術の魔石を消耗してしまったので、魔人の後始末はラファにお願いすると、数秒で終わらせて戻ってきた。

 その様子を呆然と眺めていたマックスが、一つ嘆息してから口を開く。


「ハゲオ……一つ忠告しておく」

「誰がハゲオだっ!!」

「【最強】リアンは、どうも胡散臭い。お前も気を付けたほうがいい。俺が悪だとするなら、あれはもっとタチの悪い何かだ……」

「そうか……ありがとう、覚えておくよ。マクシミリアン・ルプレヒト」

「そういうとこがウゼエんだよっ!」

「分かる」

「ルベルムさん、あとで職員室な?」

「どこよっ!?」


 師匠も言ってたな……『強さと正しさには紐帯(ちゅうたい)など存在しない』って。

 そのままの意味ではなく、含意があったのかもしれない。


「さて――拾うものは拾って、みんなで町に帰ろう」


 【最強】さんに覚えられてしまったし、ズラは拾わない。

 《エラスモテリウム》と魔人の魔石は、ラファが回収している。《バジリスク》の魔石は回収困難だが、証明部位は残っているので問題無いだろう。

 《バジリスク》は事後の扱いが複雑なので、ギルドへの報告は俺達がやっておくことにした。


 今日で【(たわむ)れの狂飆(きょうひょう)】は、解散になる――今後の生活費が必要だろう。

 「報酬はあとで宿に持っていく」と告げた俺に、マックスは無言で頷いた。

 そこから先は、二人で回り道を楽しむ方法を考えてもらいたい。


 褐色さんと雛竹ちゃんにはルーが同行して、一足先に町へ向かってもらった。

 肩を落として歩く後ろ姿を、俺は黙って見送ることしかできなかった……。



§



 翌日――


 雛竹ちゃんと二人で別の宿に宿泊していた褐色さんは、一人で町を離れた。

 討伐報酬の多さに恐縮していたが、戦闘に参加したのは事実なのだ。

 ルーから聞いた話によると、激怒していたのはラファのほうで、褐色さんはショックを受けてはいたものの、マックスが殺されなかったことに安堵していたらしい。

 ラファは「ストックホルム症候群ではなく、教導者としての責任感でしょう」と言っていたが、ヴィスティードでストックホルムって何!?

 俺は「そうか」とだけ答えておいたが、あとで詳しく教えてもらおう。


 残る問題は……雛竹ちゃんだ。


「私のことは別に……裸は見られちゃいましたけど、家でもわりと裸族だったので気にしてません。他は何もされてませんから。ただ……リヴィーさんがショックを受けていたのがつらかったです……」

「一発殴っとくか?」

「もう済ませました! この町に居るあいだにボコっておかないと!!」

「いつの間に!?」

「サーフェアさんには悪いけど、ケジメってやつですよね!!」


 マックスは抵抗することなく黙って殴られていたそうだ。

 雛竹ちゃんは、俺が思っていたよりも強い子だった……。


「それで、雛竹ちゃんはこれからどうしたい?」

「リヴィーさんにも『絶対ダメ』って止められたんですけど……ソロってやっぱり危ないですかねー?」

「そうだな。命だけでなく、いろんな意味で危ない」

「そっかー。当然ですよね……」

「一緒に来るか? とは言えないとこがなあ」

「いえいえ、無理ですって。私、足手纏になっちゃうし」

「そう。貴方は弱いから一緒には行けない」


 ラファが辛辣キャラで固定化されつつあるんだが……。

 相手が誰でもこの調子だから恐ろしい。

 それは置いといて――実際問題、ランクSを目指すパーティーがランクDを同行させるのは、あまりにもハードすぎる。流れ弾で即死コースだ。

 かといって、一人きりで放ってもおけない。


「俺としては、エデルクアの町がいいと思うんだけどな……」

「また戻ることになりますが?」

「うん。だから馬車とか――」

「ダメよ! こんな可愛い子に一人で馬車旅なんてさせられないわよっ」


 ルーは雛竹ちゃんを抱き締めて言う。お気に入りのようだ。

 子供が好きなんだろうか?


「それじゃ、こういうのはどうかな――」


 雛竹ちゃんには道中で安全そうな町に留まってもらって、俺達が東端の町で折り返してから再び合流後、中央大陸方面へ向かう途中でエデルクアに残す――という提案をしてみた。


「そうね……一人で置いていくのは心配だけど……」

「わ、私も冒険者ですから! 大丈夫です!!」

「才能は俺以上だからな? 過保護すぎると強くなれないし」

「ここからの伸びが(とどこお)る可能性もありますが」

「あう……」

「ラファ? あとでちょっと話があるぞ?」

「喜んで!」


 喜ぶなよ……。

 置いていく町は一つ前のサーシュでいいような気もするが、ルーの意見は『出入りの多い町は誘惑や人攫いもあるからダメ』らしい。


「そういえばルーもずっとソロだったんだろ? どうしてたんだ?」

「主語が無いわね」

「女性の独り身危険対策だよ! 分かるだろっ」

「そ、それを言うの? ……今、こここで?」


 あからさまに動揺してるな……『こ』が一つ多いって。


「今、無理して言わなくていいから、雛竹ちゃんにだけ教えてやってくれ」

「あのう……ずっと気になってたんですけど、いいですか?」

「ん、何だろう?」

「私だけ呼び方変じゃないですか? 滝原さん」

「変かな? どう呼べばいい?」

「えっと……真愛でいいです」

「ああ、そういう意味か。だったら俺も涼平でいいぞ?」

「そそ、それは……年上ですし無理かなーって」

「そういうもんか」

「そういうもんです!」

「じゃあ、これからは真愛で」

「はい!」


 ふと見ると、ラファの頭上に暗黒の雲が立ち籠め始めている……。

 天候操作まで使えるように!? ――ではなく、イメージだ。

 嫉妬かあ。嫉妬なあ……どうしろと。


「それじゃ、真愛ちゃんは私と部屋行こっか? 涼平はこわーいお姉さんと話があるみたいだからね?」

「え? 私の知ってる人ですか?」


 まあまあまあ……と連れられて出ていった。

 さて、難題だな……これは。

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