039 コインの裏表、あるいは紅白帽
北の国も冷えてきたんで南下してみれば、嫌なタイミングで何かが何かと戦ってやがる――どうせ冒険者だろう。
あいつらは死ぬまで理解しない。勝てない相手が居るってことを。
俺みたいに知性のある魔人は、勝てもしない相手とは戦わない。弱い相手が居る場所を探して狙いを定めてから行動する。物を奪うのも女をヤるのも程々だ。
馬鹿な冒険者や魔獣とは違うんだよ。
だが――――そんな俺の運も、ここまでのようだ。
なんの気配もなく目の前に冒険者が現れた。それも別格の奴だ……。
たとえ魔王だろうと、コイツに勝てる奴は少ないだろう。
喉から声を絞り出す。
「な、なんでお前が東の大陸なんかに居るんだよ……【最強】」
「やあ、魔人《スリサズ》。この近くに、強いとは言い難い冒険者が居る。赤毛の少年なんだが、くれぐれも手を出さないよう頼んでおきたくてね」
頼む……だと? ここで俺を殺るつもりはないみたいだが……コイツは一体何を言いたいんだ?
「僕は今からこの国を出るが、戻る予定は無い。いいか? くれぐれも殺さないように。僕はそう言ったからな?」
「俺が何者か承知で言ってんなら、そりゃあ『やらなきゃ戻ってお前を殺す』って意味になるんだけどな?」
「『お前はいつ死にたいのか?』という話だ。ああ、そういえば――若くて美しい女性も居たぞ? それと、馬鹿な少年が一人」
「お、女……ははっ、そいつは重畳! 馬鹿は巻き込まれて死ぬだろうよ」
まだこの国には来たばかりだからな……どうせ殺されるなら、一発ヤっとくか。
この近くってことは、さっきの戦闘だな。
まったく、どいつもこいつもイカれてやがる――――
甘い言葉に釣られて来てみれば、地球も異世界も変わらねえ。
だが、頭のいい俺には分かってんだぜ? 俺をこの世界に引き摺り込んだのは、地球じゃ『悪魔』って言われるような存在だってことぐらいは。
「好んでそっち側を選んでやったんだ。少しはいい思いさせろよ? ――獰神」
§
「生意気なハゲガキを死ぬ程度に教育してやるか。俺の正義の力で!!」
「然らばこのハミガキめは、模擬戦の心積もりでお相手して進ぜましょうぞ!」
「歯磨きじゃねえよハゲ!! なんだその口調は」
師匠っぽい言語変換を狙ってみたのだが……受けなかったようだ。
彼が抜いた剣は妙な魔力を放っている。もしかして、魔剣だろうか?
あれが謎の一端か――俄然興味が湧いてきた。
「なあなあ、それって魔剣?」
「これは聖剣【カセクシス】だ。それよりお前、そんな剣で俺と戦えると思ってるのか……童貞でハゲなのに自殺志願者かよ?」
俺も一応剣を抜いてはみたものの、折れてたんだっけ……まあいいか。
「俺はまだやることがあるから死ねない。やることっていってもエロい意味じゃないからな? 違うからな?」
「何が『やることがある』だ。可愛い女を連れて、チャラチャラと正義のヒーローごっこしてるだけなんだろ? 気取ってんじゃねーよ、ハゲ」
「俺は自分の気持ちを伝えて、彼女達は自らの意思で来てくれたんだ。マックス、お前はどうなんだ? パーティーの女性達はどうなんだ?」
「うるさいなハゲ! 女なんて性欲の捌け口だろ? 他に何があるんだよ?」
「性欲ぐらい自制できるだろ? 孤独に耐えられないなら、命懸けで戦ってくれる仲間をもっと大事にしろよ。ランクA相当と戦うには、お前が足手纏だ」
「やってみりゃ分かるだろ!!」
マックスが斬りかかってきた――またしても模擬戦の開始である。
「それって特殊能力とかあるのかな? 使えなくなったら泣くやつ?」
「知った頃にはお前は死んでるよ、ハゲ!」
「そんじゃ教えてくれなかったら壊すってことで」
「できるもんならやってみろよ!!」
緩慢な一撃を躱しながら、同時に俺の感覚は別の状況を捉えていた――
こちらを目掛けて何者かが接近している。禍々しい気配……魔族だ。
のんびり模擬戦を楽しんでいる場合ではなさそうだ。
マックスの太刀筋は乱雑で無駄が多く、魔術の同時起動も使いこなせていない。
時代劇の剣戟のように向き合って斬り結ぶ戦闘は、相手の魔術を使用不能にできるランクSクラスがやるものであって、普通は相手もこちらも魔術を併用する。
こんな技量で仲間を危険に曝す神経が理解できない。
もし彼の剣に何らかの秘密があっても、考え方はエセ紳士と変わらない。結局は『味方を盾にしてでも生き残る』だろう――――
そんなくだらない人間は、やがてすべてを失って孤独になる。
孤独は光の下で俯いた自分の影だ。それは冷たい闇だ。
だから俺は、首をゴキッとやってでも上を向かせてやりたい。
そこには熱と光があるのだ。俺の頭の光ではなく。
「おい、避けてんじゃねーよ! ハゲ!!」
「なあ、近くに魔人が来てるんだけど、気付いてる?」
「はあ? ……なんだそれ。つまらない揺さぶりだな」
「そんじゃお前が『あれ』とやれよ、おっさんルーキー!!」
俺は超加速でその場を離れた――移動距離は五十マト程度。
そして俺が離脱した空白を、躍り出た魔人が埋める。
「なっ!? なんだお前?」
「確かにあまり強くはなさそうだが……こいつが馬鹿のほうか?」
「クソ魔人がっ! 死んどけよっ!!」
あの魔人――今、『確かに』って言ったな……どういう意味だ?
そもそもどこから来たのか……ちょっと出現率高くないか? 最近。
虫や珍走団みたいに陽気につられて湧くってものではないし……などと考え事をしているあいだにも、眼前では実にバカバカしい死闘が繰り広げられている。
白髪の魔人の得物は青龍刀だ。服装もそれっぽくて、【テクフレ】を思い出す。
あの前後が長く垂れ下がってるタイプの服は……チャンパオだっけか?
魔人は薄ら笑いを浮かべている。いつでも殺せると判断したようだ。マックスは必死の形相で捌いているが、相手にならない。殺されそうになったら止めよう。
俺もただ見ているだけでは退屈なので、声援を贈ることにした。
「がんばれー! どっちも負けるなー!!」
「「うるせえ死ねっ!!」」
紅白の頭で仲がいい。
それにしても……軽々しく死ねだの殺すだの。
「紅組、頑張れ。白組、頑張れ。みなさんも応援しましょー」
「「お前から殺す!!」」
あーあ、揃ってこっちに来た。――――それでいい。
俺は瞬時に根本だけの剣を使った技を考案する。
魔力は通せるんだから、上手くやればできるかもしれない。
折れた部分から火炎を伸延させながら振ってみた。
「あっ!? ごめん、白組」
炎が伸びすぎてしまい、何かしようと構えていた魔人の左半身が焼き切れてしまった……剣身が無いと魔力制御が難しい。
まあ、笑顔で人を殺しに来るような魔人相手に、手加減する必要はないか。
一方のマックスは、立ち止まって何やら暗い内容の独り言を呟きながら、剣に魔力を送っている。俺には聞こえてるんですけど……それ。
一応待ってみよう。内容はアレだが、なんとなく魔剣の謎が分かった気がする。
「ガキが! ぶっ殺してやる!!」
上空へ元気に跳躍した白組が、斬撃を放つ――不気味魔人より威力に劣る。
魔人の強さには個体差があるようだが、白組さんは見た目ほどではなかった。
ゆっくり飛来する斬撃を跳躍で躱し、そこへ高速飛来した火球をバレーボールのように手ではたき落とした。
瞠目する魔人に、そのまま空中からさっきと同じ技で止めを刺すと、火炎魔石が早くもガス欠になってしまった。燃費が悪い……避けられたら終わりだし。
それよりも俺は、『確かに』というひと言が妙に引っ掛かっていた。
事前に誰かから聞いたような口ぶりだ。相手は魔族なのか? それとも――
今更どうしようもないか。紅組はどうなったかな?
「その程度で調子に乗るな。俺にだって必殺技ぐらいあるんだよ、ハゲ」
「死ななかったら恥ずかしいことになるけど……いいのか?」
「うるせえ! 死ね!!」
ほう。剣を巨大化させたのか。ちょっと被ったな……申し訳ない。
だが、必殺技にしては動作が遅い。師匠なら暇を持て余した挙げ句、おにぎりを何個か作ってしまうぐらいに遅い。
これは模擬戦だが、俺は苛々君に相応の報いを受けてもらうことにした。
私的感情ではなく、こんな世界に転生した彼の今後のために――
「よ」
「よ?」
巨大な剣の一振りを受けた――片手で。
「なんだよそれ……お前、本当にランクAなのか……?」
「ほ」
薄い陶器の割れるような高音が響き、二十マトほどある巨大な剣が砕ける。
といっても物質的なものではなく、振動波による魔術的な力場の破壊だが。
ただ、増大した部分だけでなく、剣本体もダメージを受けるので……剣さんには可哀想なことをした。バカな持ち主を恨んでくれ。……俺の剣もだけど。
「ははっ……ほんっとクソだなお前……」
「次は何をしようか? お互い剣も無いし、楽しく魔術の撃ち合いでもやる?」
「素手で【カセクシス】を砕く相手と遊んでられるかよ……俺にとっては負の感情こそが戦う力だ。この剣が無いと、魔石が暴走して終わる」
「やっぱりそうだったのか。ちゃんと話してくれればよかったのに」
「お前を殺そうとしたんだ……俺を殺せよ。そういう世界なんだろ?」
「それも自己陶酔だろ? 美学なのかもしれないけど――」
「マックスを殺すならわたしも死ぬー」
少女が駆け寄ってマックスを抱き締める――
えーっと、名前なんだっけ……銀髪の子としか覚えていない。
「いや、殺さないけど? 俺達は回り道について語り合ってただけだし」
「だったらわたしも死なない! マックスと一緒に回り道するー」
「じゃあ、それで」
「お前、軽すぎだろっ!?」
そもそも俺には、ここで殺人事件を起こす動機が無い。
彼と俺とのあいだに横たわるのは、過去ではなく未来の問題だけだ。
傍に来たラファが目の据わった厳しい表情のまま、マックスに向かって言う。
「貴方のあの能力――まだ必要だと思いますか?」




