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038 ズラ・ディスターバンス

 褐色さんを下がらせた俺は、《エラスモテリウム》と一対一で勝負する。


 少し攻撃を受けてみたいけど、いろんな理由で魔人と四連戦した剣だ。耐久性に不安があるんだよなあ。

 師匠は明らかに手を抜いていたが、それでも強さが異常なので、剣にはダメージが残っているだろう。ケチらずに新しい剣に買い替えておくべきだったか……。


 防御耐久性を少し強化するために、俺は屈んで剣を地面に突き込む――

 所謂(いわゆる)寝刃(ねたば)合わせ』ではなく、抜いた剣は一回り大きくなっている。

 周囲に土を纏わせて硬質化した、受け流し防御用の装備だ。


「自ら望んで魔獣になったわけじゃないだろうけど、ここで(たお)させてもらう」


 今更、憐憫の感情はない。これは残虐性に対する自戒の言葉だ。

 戦闘には、柔軟な発想による創意工夫が必要だ。緊張は身体を強張らせ、思考を鈍らせる――だが、殺戮は娯楽ではない。そこを(たが)えてはならない。


 《エラスモテリウム》は、そんな俺の複雑な心中など気にせず突進してくる。

 体毛を硬質化させたツノは、体毛がある限り何度でも再造される。ふと、自分の頭に意識が向くが、今は魔獣に頭髪お悩み相談をしている場合ではないのだ。

 すると、俺の頭部を嘲笑うかのように、魔獣の前面にツノが数本突き出された。


「自慢か!? というかキモいな、それ」


 俺が闘牛士のように横に躱すと、《エラスモテリウム》は身体の側面からも大量のツノ――というより棘を突き出してくる。

 サイというよりハリネズミだ……クロッケーの球としては巨大すぎるけど。

 剣で捌きながら飛び退く。少し腕を掠めてしまった。

 同時に纏わせた土をパージする。棘が邪魔で直接斬れる間合いに入れないな。

 だが俺には自らの体験によって得た攻略法がある――ここは火炎魔術だろう。


 ラファのように美しいイメージ投影の無い素朴な方法なので、魔獣の周囲にいきなり火炎が出現する。爆炎との違いは、焼くか爆散させるかだけだ。シンプル。

 そして《エラスモテリウム》の巨躯が炎に包まれる直前――――周囲を覆う炎が爆散した。


「身体の周囲で爆炎魔術を使った!? 爆風消火みたいなものか?」


 魔石の魔力で燃焼しているので、炎は消えずに飛散する。

 俺は傘のような形の障壁で前面防御しながら視線を巡らせ、背後に居る仲間達の状況を確認すると、ラファが椅子に座ってお茶を飲みながら広域に飛び散った炎を防御していた。どうやら観戦モードのようだ。

 その客席から「アホ涼平!!」と声が飛んできた。ルーだな……。


 突進攻撃主体の相手だけに、魔術を使えるのを忘れていた。

 こんな簡単な方法で斃せるなら、ランクA相当の脅威度とは認定されないか。

 もし低ランク冒険者が居たら付近は惨状になっていただろう。……反省。


 煙が晴れると、《エラスモテリウム》の周辺の地面も吹き飛んでいた。

 爆発の威力はそれなりのものだ。迂闊に接近した冒険者は、あの攻防一体の魔術を喰らってしまうだろう。


「やはり予備知識は大事だな。これもいい経験になったよ」


 再び地面に剣を突き込む。だが、今度はそのまま抜くのではなく、前面に持ち上げると、土を硬質化させた全長約十マトの巨大な剣が地面から出現する――

 それは剣の形をしていない。見た目は巨大な(くし)だ。

 櫛の歯の長さは一マト程度で七本。芯となる剣の強度に難アリなので、一度しか使えないだろう。


「コーミングしてあげるから、おとなしくしましょうねー」


 そう告げると俺はまず水平に回転して勢いをつけて二回転目で跳躍、ぐるぐると回転しながら魔獣の上空に跳び、突き立ったトゲごと背中の体毛を巨大櫛で絡め取り、異世界トリマーとしてのデビューを果たして着地する。


 魔獣の背中は俺のコーミングで地肌が剥き出しになった――私怨ではない。

 頑丈な体毛も攻防一体だ。それを取り除いたのには理由がある。

 《エラスモテリウム》は反撃のために爆炎魔術を放つ。だが俺は、コーミングの直後に、魔獣の周囲を多層重力障壁で囲んでおいたのだ。

 魔族とはいえ、やはり動物――哀れな自爆技となった。


 巨大櫛を土に戻すべくパージすると、すとん。と剣身が落ち、右手が軽くなる。

 手元に残った根元付近だけの剣を眺め、重い息を吐く。

 次はどこでどんな剣を買うか以前に、俺の使い方が荒すぎるのかなあ。


 体毛で身体をガードしきれず《エラスモテリウム》は自滅してしまったが、周辺には俺のコーミングによって大量の体毛が抜け落ちている。

 それを拾って埃を払い、束ねたものを頭に被って片目だけ覗かせて、テレビから出てくる亡霊みたいだ……と遊んでいると、突然目の前に男が現れた――


「君はここで何をしているんだ?」

「テレビから出てくる亡霊ごっこです」

「意味が分からないが、魔獣は斃されたようだな」

「はい。勝手に死にました」

「意味が分からないが、この魔獣の魔術は強力なんだ。運がよかっただけで、子供が遊ぶには危険な場所だぞ?」

「いえ、冒険者ですから」

「なるほど……折れた剣を拾って野良冒険者の真似事をしていたのか」

「これ、俺の剣なんですけど……」

「ああ、大丈夫。窃盗の罪には問われないさ。それは捨てられた物だろう。だが、こんな場所で遊んでいたら死ぬぞ? この近くでは他にも魔獣が出現している」

「その魔獣って、どんなやつですか?」

「《バジリスク》というトカゲの魔獣だが、既に斃したよ。いいか、僕は忠告したからな? この先は君の自己責任だ」


 そう言ってラファ達が居る方向を一瞥したあと、勘違いしたまま男は飛び去ってしまった。

 随分あっさりとした人物だな……あれが【最強】さんか。

 そんなことより、徽章(きしょう)見ろよ!! 誰が魔獣を斃したと思ったんだよ?

 ランクAのでっかい星の徽章が俺の腕に――――あれ? 無い。

 さっきの戦闘中に飛ばされたのか?

 俺が《エラスモテリウム》の体毛を掻き分け徽章を探していると、ラファとルーがやってきた。


「無茶苦茶な戦い方ね……あと、キミはいつまでそれ被ってるのよ?」

「いえ、お見事でした。正体を隠して【最強】に実力を悟らせないとは」

「ただの偶然でしょっ!?」

「あの人……俺のこと、『テレビから出てくる長髪の亡霊みたいな冒険者ごっこをしてる残念な子供』と思ったまま、去っていったぞ」

「どんな遊びよそれ!?」


 褐色さんと目を覚ました二人の少女は、離れた場所からこちらを見ている。

 ああ、そうか。【最強】さんは、『褐色さんが魔獣を斃してすぐに二人の元へ移動した』と考えたのかもしれないな。

 そしてラファ達は観戦モードだったので、まだ詳細を話していないらしい。

 呑気だな。


「それじゃ俺は向こうで時間稼ぎしとくから、あの三人は任せていいかな?」

「うっかり殺す感じを狙ってください」

「だからそれは無理だって!!」

「こっちはあたし達に任せといて。男性が居ると言えないこともあるだろうし」


 それならそれで、早くマックスのところへ行かなければ。

 俺は褐色さんに教えてもらった場所に向かうため、超加速で離脱した。

 彼女は既に様子がおかしかった……繊細な問題だ。ここは女性に任せておくべきだろう。

 そしてなんか視界が悪いと思ったら、ズラを被ったままだった――――


 荒涼たる砂の大地を進み、地面がハンドミキサーで掻き混ぜられたような場所に到着した。凄惨な亡骸が点々と落ちている――あれが元《バジリスク》なのか?

 凄いな【最強】さん……だが今は、二つ名を嘲笑してしまったことを反省している場合ではない。目の前の苛々君を、この場に留めなければ。

 彼は《バジリスク》の残骸から換金可能な部位を探していたようで、俺に気付くと眉根を寄せ、舌打ちした。


「少し話をしないか? マックス」

「話すことはない。不愉快だから俺の前から消え失せろよ、ハゲ」


 俺は手にしたズラを装着する。


「そういう意味じゃねえよ!!」

「【加護】ってさ、考えようによっては呪いみたいなものだと思わないか?」

「お前――っ!?」

「あの三人に何をしたかは訊かない。だけど――この世界でそんなことしてたら、そのうち誰かに命を狙われるぞ? お前より強い冒険者はいくらでも居る」

「また説教かよハゲ! 俺は冒険者なんてやりたかったわけじゃないんだよ!!」

「じゃあなんで転生を受け入れたんだ?」

「ヤリ足りなかっただけだ。お前も似たようなもんだろ」

「泣くぞ? 井戸の中でさめざめと泣くぞ?」

「なんだ童貞野郎かよ……ヤッてみりゃ分かる。童貞に説教されたくないな」

「俺は童貞だけど、好意を抱いた女性を奪われる冒険者の気持ちは、お前のほうがよく分かるんじゃないのか?」

「知るかよ。分不相応ってことだろ」

「それが自分自身だと何故思わないんだ?」


 その言葉にマックスの顔色が変わった。自覚があるから腹が立つのだろう。

 よくこんな性格で、魔石を暴走させずに冒険者を続けられたものだ――

 【加護】とは別に、この世界の常理さえ出し抜ける方法を持っているのか?

 ならば時間稼ぎに謎解きを兼ねて、もっと苛々させてみよう。


 俺はズラの長髪を耳の後ろに引っ掛けながら言う。


「あんたの中身は、何をするにも近道を求める残念なおっさんですかあ?」

「なあ、お前――――ここで殺してもいいかな?」


 苛々君の苛々がマックスに達した。うむ。なかなかいい挑発だったようだ。

 中身がおっさんの少年に、回り道の楽しさを知ってもらおう。


 俺は華麗にマント――ではなく、ズラを投げ捨てた。

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