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036 砂地に潜む魔獣

「タキハラとか言ったな……忌々しい。あのハゲ野郎」


 俺は四人部屋のベッドにタオル一枚で腰掛け、貴重なフェーダーヴァイサーの最後の一本の針金を外し、コルク栓を飛ばす。

 この世界に飲酒の年齢制限は無いが、どちらにせよ天人は【加護】があるせいでアルコールに意味は無い。こいつもただのジュース代わりだ。


「【加護】か……なんであの二人には効かなかったんだ?」


 俺のパーティーのメンバーも容姿のレベルは高い。

 二十八歳のリヴィーは知的な褐色美女で、十六歳のサーフェアは俺にベタ惚れの色白銀髪美少女で、強力な特殊能力を持つ。そして最近仲間に入れてやった十五歳の真愛は、黒髪美少女だが頭の中は子供で、俺を年下だと思ってやがる。

 他のパーティーからは羨望の視線が向けられる三人だ。


 それでも、ラファイエとルベルム――あの二人は手に入れたい。


「あんなハゲ野郎と一緒に居るのはおかしいだろ……あれも【加護】か?」


 一年前、まだ三十代の若さで死んだ俺は、このクソみたいな世界への転生要請に応じる代わりに、最低限戦える年齢への若返りと、二つの【加護】をもらう約束をした。その一つは『異世界で俺が認めた美女は、あらゆる面で俺が理想の男性に見える』というものだ。

 俺好みの相手が向こうから惚れてくるのだから強制ではない。『あらゆる面で』という部分が特に重要だ。そこは強調しておいた。


 俺がカッとなって殴ってしまったとしても、相手は『自分は強い男に惹かれる』と勘違いする。多少強引に抱いても『ウジウジしている童貞より、強引なぐらいがいい』と思い込む。うざったいペナルティもスルーされる、都合のいい能力だ。

 それなのに、あの二人は靡かなかった――

 まったく……女ってやつは異世界でも手間をかけさせやがる。


 隔靴掻痒(かっかそうよう)に煩悶していると、三人が入浴を終えて部屋に戻り、着替え始めた。


「マックスはいつも鴉の行水だねー。弟もそうだったなあ」

「しっかり身体を暖めないと、疲れが取れませんよ?」

「マックスー。今日も……私と?」


 やれやれ。これだから女どもは。

 あの二人も、ランクAのハゲに盾役でもやらせて使い潰すつもりだろう。じきに俺のものになるさ。


 翌日以降もギルドを覗いたが、貨物運搬の仕事ばかりで高ランク魔族の討伐依頼は見当たらず、旅行者が立ち寄る飲食店で情報を集めること四日間――

 ようやく大物の目撃情報が入った。


 雑魚魔獣を狩りまくって端金を稼ぐ生活には、退屈していたところだ。


「《バジリスク》はランクA相当か……俺に見合う獲物が現れたな」

「ランクA相当の魔獣と戦うのでしたら、やはり全員の装備を見直さなくては難しいかもしれませんね」


 冒険者としてのリヴィーは、つまらないことばかり言う。そこが唯一の欠点だ。

 ソファーの隣に座る彼女を抱き寄せて口付けすると、その唇に人差し指を置いたまま言う。


「勝つから心配すんなって。俺には聖剣【カセクシス】がある」


 『これは魔剣だ』などと言う馬鹿な武器屋も居たが、使用者の感情に応じて強くなるこの剣は、まさに聖剣と呼ぶに相応しい。

 元々はリヴィーが所有していたが、『使いこなせそうにない』とギルドに預けたままになっていたものを、俺が譲り受けた。


 使用者の感情を吸うような剣だ。天人の俺が使用すれば魔石が暴走する可能性もあったが、そもそも俺は冒険者なんてどうでもいい。

 簡単に強くなれないようなら、さっさと辞めるつもりだった。

 偽善はどこまで行っても偽善だ。面白おかしく生きて死ぬほうがいい。

 だが、【カセクシス】を使って弱体化が起こらなかった時点で、俺がこの世界の最強に君臨するのは確約されたようなものだ。


 俺はソファーから腰を上げて言う。


「行くぞ、お前ら」

「おー! ぶっ殺すぞー!!」

「強い敵を(たお)して私も早くランクAになるんだ!!」

「あの……ギルドに立ち寄らなくてもいいのでしょうか?」


 もう一度キスしてやった。まったく、しょうがない女だ。



§



「また出掛けるみたいね」


 ルーが指差す方向を見ると、【(たわむ)れの狂飆(きょうひょう)】が壁門に向かって歩いている。

 俺達は当初の予定を変更してトリネーブで彼等の監視を続けたが、ここ数日は普通にパーティーに相応の低ランク魔獣の討伐に出掛けるぐらいで、仲間の命を危険に曝すほどの危険な魔族は出現していない。

 ランクA相当の魔族など、そう頻繁に現れるものではないのだ。


「今日ってギルドに目ぼしい情報あったっけ?」

「いいえ、正規情報では何も」

「非正規情報で胡散臭いのがあったでしょ?」

「ああ、《バジリスク》か。どうなんだろうなあ……あれ」

「『南の森林地帯で姿が見えたような……』といった、精度の低い情報ですね」


 元の生物が存在する魔族では最上位のランクA相当だが、その特異な生態から、『幻獣種と認定するべきだ』とも言われているトカゲの魔獣だ。

 きっとやる気満々なんだろうなあ……条件次第では魔人より厄介な相手なのに。


「一応、だけど……声かけてみようか?」

「そうね。それで引き下がるとは思えないけど、一応ね」

「あの変態が一人で行けばいいのです」


 相変わらずラファは辛辣だな。

 俺達は足早に【戯れの狂飆】に近付き、偶然を装って声をかけた。


「よう、また会ったな。これから魔獣討伐にでも行くのか?」

「ああ。そこの二人も一緒に行くか?」

「かなり強い魔獣らしいから、仲間が多いと助かるよね!」


 雛竹ちゃんナイスアシスト。やはり《バジリスク》狙いか。

 本気で二人を連れて行くつもりはないだろう――ならば問題は出現場所だ。


「これは上から言ってるんじゃなくお願いなんだが、もし【戯れの狂飆】の狙いが《バジリスク》なら、俺達に譲ってもらえないだろうか?」

「はあ? 何でお前に譲る必要があるんだよ?」

「いや、俺じゃなくて、うちのルベルムさんが貧乏で困ってるんだよ」

「へっ!?」


 打ち合わせていた発言ではないので、ルーが面白い顔になっている。

 そこへラファも乗っかってきた。


「彼女はいつも財布の口を下に向けて、埃で支払おうとするのです」

「ちょっ!?」

「タキハラが払ってやれよ。無理ならルベルムがこっちに来ればいいだろ」

「そうだな……それがいいか」

「なっ!?」

「――だが、【戯れの狂飆】の戦闘は連携が(かなめ)だからな。今回は俺達だけで行く。そのあとは考えとけよ? ウチなら金なんて好きなだけ使っていいからな?」

「えっ……」


 何でちょっと惹かれてるんだよ。

 咄嗟に思い付いた『貧乏なルーを連れて行ってもらおう作戦』は、相手に見透かされてしまったようだ。

 普通に場所を訊いても言うわけがないし、相手が隠そうとしている状況で尾行は難しい。向こうにもランクAがいるのは厄介だな……どうしたものか。


「あ、あの……やはり私達だけで《バジリスク》討伐は危険ですよね?」


 そのランクAが恐る恐る尋ねてきたが、すかさずマックスが手で制する。


「俺は勝てると言ったぞ? リヴィー」

「っ!? はい……そう、ですね……」


 褐色さんは《バジリスク》の特性を知っているのだろう。ランクAなら単独で勝てる魔獣だが、弱い仲間を守りながら戦うのは難しい相手でもあるのだ。

 だが、彼女が俺達の想像通りの状態なら、ここでマックスに(あらが)うべきではない。精神が壊れてしまう可能性もある。

 すると、掌を上にして大仰に両手を広げた問題児が言う。


「そうだなあ……装備に若干の不安はある。一旦戻って補強するか」

「は、はい。私も……万全を期すべきだと思います」


 あれ? どういうつもりだ? 装備を整えたら行く気満々みたいだけど。

 普通に引き返していく彼等を眺めつつ、腑に落ちない俺は二人に訊いてみる。


「信用できると思う?」

「いいえ」

「まったく」

「この町の壁門って、俺達の後ろ以外はどこにあったっけ?」

「彼等が向かった方向にもありますね」

「知ってて行かせたのか!?」

「いえ、うっかりです」


 うっかりかよ!!

 だが俺達が急げば間に合う。慌てて壁門に向かって走ったが、姿が見えない。


「隠れて気配遮断したな……」

「リヴィーさんの能力ね。だけど、そうまでして行きたいのかしら?」

「根拠は不明ですが、勝てる自信があるのでしょう」


 まあいい。俺達が先に《バシリスク》の居る場所に行けば――って、あれ?


「《バジリスク》の出現場所って、どこ?」

「話しがふりだしに戻ったわね。雑な地図でも見直してみる?」

「私のうっかりで、変態掣肘双六へんたいせいちゅうすごろくがゴール前のマスでふりだしに……」

「どこからスタートなのよ、その双六!?」


 マックスの肩透かしな反応に容易く引っ掛かった俺は、勝ち越しを決めるPKを外したキッカーのように、天を仰いだ――



§



 馬鹿を撒くのは簡単だ。


 奴等は《バジリスク》の情報を、どこまで把握しているだろうか……。

 情報をくれた女性冒険者には、「ギルドには報告せず、適当な場所を噂として流しておいてくれ」と頼んでおいた。彼女は商人の警護ですぐ町を離れるし、噂程度で動くのは馬鹿か野良冒険者ぐらいだ。

 いずれにせよ、今から俺達が斃すのだ。何も問題は無い。


「だ、大丈夫でしょうか?」

「リヴィーがしっかりしてくれないと、パーティーの動きが瓦解するぞ?」

「は、はい。そうですよね……」


 最短距離で砂の荒野に到着した。この付近が目撃地点だ。

 俺達はあらかじめ決めた配置に立って迎え撃つ。

 たかがランクA相当――先日仕留めそこなった魔人は、サーフェアの【加護】による強力な魔術障壁で囲み、魔術を無効化してあった。

 真愛を庇ったリヴィーの負傷さえ無ければ、楽に勝てたのだ。


「俺達は勝てるんだよ。あのハゲ……ランクA程度で偉そうにしやがって」


 俺だって飛び級でランクAになればあいつらと同格。むしろポテンシャルなら上回っているはずだ。

 ギルドでは『飛び級は例が無い』などと言われたが、実力さえあればランクなど絵の無い額縁同然だ。


「魔力を感知しました――南西約五百マト。急速接近しつつあります!」


 音と魔力の感知に長けたリヴィーが言う。

 さて、簡単に斃してやるか。あいつらがやったように。


「五十、三十……通過しました!!」

「姿が見えないです、リヴィーさん!」

「居ないよー?」

「まさか、地中なのか!?」


 なんでリヴィーは、そんな重要な情報を話さなかった!?

 いや――俺は《バジリスク》について、彼女にどう訊いた?


『遠距離攻撃は持たない。人間を丸呑みにできる巨体で素速い。跳躍能力が高い。硬質化と凍結魔術を無効化する。砂地ではこちらが不利――』


 俺はリヴィーになんと言った?


『もういい。その程度の相手、俺一人でも勝てる』


 あの時、リヴィーは続く言葉を呑み込んだ――黙らせたのは俺だ。


「作戦変更だ! 一旦離脱する!!」


 だが、《バジリスク》の戦闘フィールドは、既に完成していた――

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